ミドリムシで飛行機が飛ぶ?! 日本のバイオベンチャーが目指す「サステナブルが普通である社会」
ここは旅先へと向かう飛行機の中。空の旅を楽しんでいると機内放送が聞こえてくる。
「この機体は、ミドリムシと使用済みの食用油からつくられた燃料『サステオ』によって飛行しています」
え! ミドリムシと食用油からつくられた燃料!?
......そんな驚きを体験する日が、もうすぐやってくるかもしれない。
2021年6月29日、株式会社ユーグレナは、自社開発のバイオ燃料を使った飛行機のフライトに成功した。ユーグレナ社のバイオ燃料による民間航空機の飛行は、今回が日本で初めてとなる。
バイオ燃料とは、動物や植物といった生物由来の燃料のことを指す。燃焼時に二酸化炭素は排出するが、原料である植物が光合成によって二酸化炭素を吸収しているため、排出量はプラスマイナスゼロになると考えられており、脱炭素社会の実現に向けて注目されている。
ユーグレナ社といえば、食料問題解決に向けた一手として、ミドリムシの屋外大量培養に世界で初めて成功したことで知られるバイオベンチャーだが、同社はいま、エネルギー・環境事業にも力を入れている。
「日本をバイオ燃料先進国にする」と宣言し、2010年からミドリムシを原料の一部につかったバイオ燃料の開発・製造に取り組んできた。
サステナブルな社会の実現に向けて、ミドリムシと使用済み食用油を使ったバイオ燃料が持つ可能性と課題とは? ユーグレナ社の広報担当、北見裕介(きたみゆうすけ)さんに話を聞いた。
ミドリムシは「仙豆」のような存在
── 御社が創業以来扱ってきたミドリムシって、そもそもどんな生物なんですか?
私たちは学名である「ユーグレナ」という名前で呼んでいますが、いわゆるミドリムシは小さな藻の一種です。自ら動くことができる「動物」と、体内にある葉緑素で光合成をしてビタミンなどの栄養素をつくることができる「植物」、両方の特徴を持っている珍しい存在なんです。
── どうしてミドリムシに注目をしたのでしょう?
きっかけは、社長の出雲(出雲充さん)が学生時代に訪れたバングラデシュで、栄養失調になっている子どもたちを目の当たりにしたことでした。「彼らが健康に生活できる未来をつくりたい」と思い立ち、日本に帰国してから、効率的に栄養を摂れる食べ物を探すなかで出会ったのがミドリムシだったんです。
ミドリムシはあの小さい体の中に、野菜や魚などに含まれるビタミン、ミネラル、アミノ酸、DHA、EPAなど、59種類もの栄養素を持っているんです。出雲は「ミドリムシの栄養価は、まるで『ドラゴンボール』に出てくる『仙豆』のようだ」と話しています。
── 一粒食べただけで体力が全回復する、あの「仙豆」ですか!
ええ。ただ、ミドリムシの高い栄養価はそれ以前から世界的に注目されていたものの、大量培養は技術的に不可能と言われていました。そんななか、ユーグレナ社は、2005年に石垣島で食用ミドリムシの屋外大量培養を成功させることができました。
それ以来、ミドリムシを活用した機能性食品、化粧品などの開発・販売を行ってきています。
一番の目的は「持続可能な地球をつくること」
── そんなユーグレナ社が、バイオ燃料の開発も行っているのは、どうしてなんでしょう。
その背景には、「Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)」という企業哲学があります。
私たちはよく「ミドリムシの会社ですよね」と言われるんですが、ミドリムシはあくまでもミッションを果たすための手段。もちろんミドリムシの可能性を世に広めることも重要ですが、一番の目的は「持続可能な地球をつくること」なんです。
今、世界では食料問題と並んで、環境問題が喫緊の課題となっています。そしてそれらは、ユーグレナ社が研究し、蓄積してきた技術によって解決できるかもしれない。こんな時代だからこそ「サステナビリティ」を第一に考えて、事業を推進していく必要があると考えています。
── 事業の根幹にあるのは「サステナブルな社会の実現」なんですね。
はい。ただ、なにも成し遂げていない段階で「サステナブルな社会の実現」をうたっても、誰にも響かないですよね。そのため、創業当初は「ミドリムシ無限大カンパニー」というタグラインを掲げ、活動していました。
2020年に創業15周年を迎え、事業や研究開発による実績が認められてきたタイミングで、今の哲学を掲げることにしたんです。
── ユーグレナ社のバイオ燃料自体についても教えてください。
ユーグレナ社のバイオ燃料は、「サステオ」という名前です。これは「サステナブルなオイル」が由来となっていまして、使用済み食用油(廃食油)とミドリムシの油脂などを原料につくっています。
── ミドリムシだけからつくられているわけではないんですね。
廃食油の大半はもとが植物由来の油であるため、二酸化炭素排出量はプラスマイナスゼロとみなされます。そのうえ、家庭などから廃棄された油を綺麗にするだけで使えるので、調達コストも低く、環境に優しいんです。
ユーグレナ社は横浜市とバイオ燃料の地産地消などSDGsに関する協定を結んでいて、市の紹介で横浜市内の小学校から廃食油を回収させてもらっています。「家でつかった油で飛行機が飛んでると思うと、唐揚げの味が変わる気がする」なんて言う子どももいましたよ(笑)。
── 逆に、ミドリムシを混ぜる必要はあるんでしょうか?
廃食油は家庭などで使わないと出てこないものなので、供給できる量の上限が決まっているんです。実際、バイオ燃料の需要増加に伴い、最近は廃食油の価格が少しずつ上昇し始めています。
一方、ミドリムシは面積当たりの収穫できる油の量が多く、トウモロコシやサトウキビといった農作物を原料とするバイオ燃料と違って、培養に農地も必要ありません。水とそれなりの広さがあるスペースさえ確保できれば、どこでも効率よく油をつくることができ、枯渇する心配がないんです。
── お話を聞いているとメリットばかりのように感じますが、課題はあるのでしょうか?
課題はやはり、価格ですね。まだ量産体制が整っていないため、現段階での価格は1リットル1万円と高額です。通常のディーゼル燃料が1リットル100円台前半ということを考えると、まだまだ実用には至りません。
── では、今後大規模な工場をつくるんですか?
2025年までに大規模な商業用プラントを建設して、年間の製造量を25万キロリットルにまで拡大する計画です。さらに2030年には、年間100万キロリットルにまで増やす方針も掲げています。そうすれば、価格もぐっと下げられるはずですので。
「これはやめましょう」というメッセージでは、社会は変わらない
── バイオ燃料を普及させていくために、価格以外にも課題がありますか?
一番大事なのは、ニーズを増やすことですね。私たちが掲げる目標の一つに「目指せ100円台」というものがありますが、それが実現したとしても、価格面で比べたら化石燃料にはおそらく勝てないと思うんです。
そのときに「結局安い方がいいよね」ということになったら、サステナブルな社会は実現しない。だから「多少高くても、バイオ燃料を選びたい」というニーズを生むことが大切なんです。
── そういったニーズを生むためにはどうすればよいのでしょうか?
選択肢を狭めるのではなく「増やすこと」が重要だと思っています。というのも、SDGsやサステナビリティについて議論をするときに「これはやめましょう」「これはダメです」というメッセージを訴えても、広まらないと感じていて。
なにかを我慢するのではなく、人々の生活のなかに自然とサステナビリティにつながるものが取り入れられていくのが、一番理想的なかたちだなと思います。
── なにか実際に取り組んでいることはありますか?
メッセージを伝えるだけでは自分ごと化できないですから、使っていただく機会をつくっています。例えば「バイオ燃料がノズルから出る」という体験を実際にしていただくために、葛飾区のガソリンスタンドで、3日間限定でバイオディーゼル、バイオハイオクの販売を行いました。
── どんな反響がありましたか?
バイオ燃料を入れられると知って来てくださった方もいれば、まったく知らずに来て「え、大丈夫なの!?」と驚く方もいましたね。
でも、決して大袈裟なことが起きるわけではなくて、いつも使ってるノズルから、ただいつものように燃料が出てくるだけ。そういう「普通の体験」だったからこそ、多くの方がワクワクして帰ってくださったんじゃないかな、と思います。
そういった体験を重ねるなかで、いつか「多少高くても、こちらを選択したい」というニーズが広がると思うんですよね。
── 劇的ではなく、普通であることが大事だと。
なにか一つのものごとが社会を変える時代は、もう終わったと思うんです。高度経済成長期にはテレビ・冷蔵庫・洗濯機の「三種の神器」が人々の暮らしを大きく変えました。でも、現代はライフスタイルも価値観も多様化していますから、課題の解決方法も多様化するのではないかと考えられます。
バイオ燃料も、あくまで環境問題を解決する一つの可能性。でも、それを可能性で終わらせないためには、「バイオ燃料を選びたい」と思ったとき、自然に選べる状況が必要なんですよね。
そんな状況をつくるために、私たちはこれからもバイオ燃料「サステオ」の開発や普及に力を入れていきたいと考えています。
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取材・文山中康司
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