いじめ、虐待、援助交際......。自分の問題を互いに支援し、乗り越える名古屋の若者たち
いじめ、家出、親からの虐待、性の問題......。10代・20代の若者にとって人生に関わる問題だが、大人からの支援を恥ずかしいと感じたり、嫌悪感をもったりする子もいる。名古屋のNPO法人・全国こども福祉センターでは、そんな悩みを抱える子たちが集い、互いに支え合いながら困難を克服しようとしている。着ぐるみ姿で繁華街に立ち、同世代に声かけ活動をする彼らは、悩みをどう乗り越えてきたのか。取材した。(文:ジャーナリスト・石川結貴、写真:加納シンスケ/Yahoo!ニュース 特集編集部)
猛暑の中、汗まみれの繁華街活動
8月半ばの猛暑日、午後6時を過ぎた名古屋駅前は、まだ熱気が立ち込めていた。高層ビルが迫る繁華街の一角に、15歳から22歳の男女8人が並び立つ。感染防止用のマスクを着け、首には保冷剤入りの濡れタオルを巻いた一団は、色とりどりの着ぐるみ姿だ。
「こんにちはー。全国こども福祉センターです。私たちは若者の非行予防や居場所づくりのために活動しています。よろしければ募金をお願いしまーす」
ひとりの発声が終わるとまたひとり。自発的に声を上げる顔はたちまち汗まみれになり、8人は互いに飲み物や保冷剤を補給しあう。
彼らは名古屋市を拠点とするNPO法人・全国こども福祉センターのメンバーだ。同センターの活動は、おもに中高校生の非行予防ための繁華街での声かけ、若者の居場所づくり、SNSでの情報発信やオンライン交流会などだ。メンバーは10代半ばから20代前半が中心で、2012年の法人創立以来、今年3月末までに1万4287人の子ども・若者に社会活動の参加機会を提供してきたという。
こうした働きかけは同世代の「手本」のように映るが、実のところ、メンバーそれぞれが複雑な事情を抱えている。いじめや不登校、親からの虐待、そして性的な問題......。みずからが苦しみながらも同じような境遇の子どもを探し、ともに支え合おうとする。そこに、このセンターの特色がある。
いじめと不登校から参加し、福祉に興味
大智さん(16・仮名。以下メンバーは同)がセンターに参加したのは昨年の夏。進学した通信制高校の友人に、「楽しいから来てみない?」と誘われたのがきっかけだ。
中学時代、部活動の顧問から嫌がらせを受け、同級生からのいじめもあって不登校になった。精神的に追い詰められた大智さんは、腕を振り回して自身の顔面を殴打する自傷行為を繰り返した。
「親に勧められて、心療内科に通院したこともあります。そんなとき、たまたま出会った近所の駄菓子屋のおじさんに救われたんです。話をして、笑って『またな』って見送ってもらえると心が軽くなる。メンバーに加わった頃は、あのおじさんみたいな存在になって、悩んでいる子を助けたいと思ってました」
メンバーの一員として、定例で行う繁華街での声かけ活動に意気込んで参加している。毎週土曜日の午後6時から9時まで名古屋駅周辺を歩き、同世代の少年少女に「子どもや若者のための居場所づくりをしています」などと声をかける(冬季は午後5時から8時)。想定しているのは、不登校や家出、援助交際などの問題を抱えている子たちで、アニメのキャラクターや動物などの着ぐるみ姿になるのは彼らに安心感を与え、センターの存在をアピールするためだ。
繁華街活動をはじめて間もなく、大智さんはある少年に出会った。不安げな様子で繁華街にたたずむ彼に声をかけると、「兵庫県から家出してきた」と打ち明けられた。
「僕と同じ年でした。疲れ切っていて、お金も持ってない様子で......。なんとか力になりたいけど、無理やり交番や児童相談所に引っ張っていくわけにもいかない。結局、センターの活動内容と連絡先が載っているティッシュを渡しただけでした」
雑踏に消えていく彼を見送りながら、自分の無力さを痛感した。誰かを救うには「思い」だけでは足りない。助けるための知識やコミュニケーションスキルが必要だと考えた。
相手に警戒心を抱かせないためには、どう話しかければいいのか。助けが必要な子どもがいたら、具体的にどんな方法があるのか。子どもの福祉に関する専門的な情報を集め、センターのメンバーと意見交換した。今、大智さんは中高校生主体のイベントを計画したり、メンバー同士の話し合いで司会を務めたりする。
「リアルとオンラインの両方で中高校生が集まれる場を作ってます。リアルの『高校生カフェ』は月に一度、レンタルスペースを借り、高校生が調理や接客をします。ジュースでも飲みながら話そうよって感じの気楽な場になるよう、僕は目線や表情、話し方を工夫しています。また、週に一度はセンターのメンバーたちとウェブ会議システムを使った『オンラインカフェ』を開いてます。新規で参加する子は緊張したりするけど、学校の話題や恋愛相談で盛り上がるうちに、お互いにディスりあって笑えるくらい仲良くなれるんです」
いじめに苦しみ、街を徘徊していた日々
大智さんと同様、いじめに苦しんだのが中学3年生の礼華さん(15)だ。「人とうまく話せない」という彼女は、小学4年生のときにクラスの女子から集団いじめにあった。教師からは邪険にされ、勉強にもついていけない自分に悩み、リストカットをしたこともある。
中学入学後も学校に居場所はなく、といって家にもいたくなかった。母親は仕事で留守がちで、母親の交際相手の男性が家に入り浸っていたからだ。
そんな環境に耐えられず、家を出ることが多くなった。街を徘徊していた中学2年生の春、名古屋駅前で繁華街活動中のメンバーに声をかけられた。戸惑いながらも後日、センターの事務所を訪ねると、同世代の少女たちがくつろいで笑い合う様子を目にした。
「私は女子にいじめられてきたので、最初は事務所にいる子たちも怖いかなと思ったんです。自己紹介もうまくできなかったけど、みんなから『全然大丈夫だよ』って言われて楽になった。ここには年齢とか学校とか関係なく、お互いに支え合おうって雰囲気があるんです」
半年ほどは繁華街活動が苦手だったが、メンバーに励まされるうちに自信がついた。今では「人とうまく話せない」コンプレックスよりも、多くの人に活動を知ってもらいたいという思いが勝る。「繁華街活動が好き」と明るく話す礼華さんは、母親との関係も変化した。
「勉強のことでケンカすることも多いけど、この活動は交通費を出して応援してくれるんです。ありがたいと思えるようになって、親への気持ちが変わってきました」
大智さんと礼華さんは傷ついた経験をバネに、センターからあらたな道へ踏み出そうとしている。当事者である子ども自身が問題に向き合い、不安や葛藤、失敗を乗り越えていく。それこそが、全国こども福祉センターの目指すものだ。
彼ら自身で立ち直ってほしい
センター代表の荒井和樹さん(38)は、10代・20代の若者が「みずから考え、動く」「仲間同士で助け合う」「立ち直りの力を高める」ことを理念とし、彼らの主体性を尊重する活動を模索してきた。荒井さんはこう振り返る。
「福祉の専門家ではなく、社会人にすらなっていない彼らを支え合う主体にすることには、疑問や批判の声も寄せられます。たとえば中高校生が夜の繁華街活動に出れば、ときに酔っぱらいに絡まれることもあるからです」
そうしたリスクを負いながらも子どもたちを活動の主体にした背景には、荒井さん自身の経験がある。大学院で社会福祉学を専攻後、児童養護施設の職員として働いた。その過程で、行政や児童相談所など「既存の支援」では救えない子どもたちが多いことを実感した。
たとえば貧困家庭の子どもなら、行政の経済的な支援を受けることを「恥ずかしい」と感じたりする。非行や性的な問題を抱える子どもの場合、養護的な支援と引き換えに管理される窮屈さを感じたり、「福祉」という言葉に偽善を感じて嫌悪感を持ったりする。社会が規定した支援の枠組みでは、「弱者」や「かわいそう」といったレッテルがつきまとい、「子どもが自己肯定感を持ちにくい」と荒井さんは言う。
「既存の児童福祉の支援では子どもを『お客さん扱い』し、大人が優しく寄り添うケースが多い。その優しさが真に子どもが望むものならいいのですが、案外大人のほうが自己満足を得るための一方的な押し付けの場合もあります。すると、子どもはそんな大人に気を使って、『大人を喜ばせなくては』と無理をして、周囲の望むように振る舞ったりします。本当は彼ら自身が立ち直れる潜在能力を持っているのだから、それを生かしていく方法があっていいと思うんです」
そんな荒井さんの思いを踏まえ、メンバー同士の話し合いが行われる。たとえば繁華街活動中に酔っぱらいに絡まれたら、どう切り抜けるか。仲間同士でどんなふうに助け合うか。リスクを避けるための防止策をメンバー間で考える。やがて話し合いは展開し、「酔っぱらう人は仕事がつらいのかな」「将来不安が高まっているよね」などと、別の視点で意見交換がはじまる。
出発点は「自分の問題」でも、次第に社会的な課題を意識し、仲間とともに解決の道を探ろうとする。みずからが主体となることで成長する子どもたちの姿を、荒井さんは数多く見てきたという。
一方、単に子ども任せにするのではない。荒井さんは「専門的なアプローチも必要」だと述べた。
「ただ楽しく集まる場所とはしないよう、繁華街活動で接する相手への洞察力や、身ぶり手ぶりといった非言語的コミュニケーションの必要性など、専門的スキルの習得も大切だと考えています。私は専門職として、メンバーの感覚的なものを言語化したり、目標設定を明確にしたりするなどのフォローも怠っていません」
アフターピルの強要に「イヤ」と言えず
メンバーには性的な問題を抱えた人もいる。17歳の美沙さんもそのひとりだ。
現在は活動休止中の彼女だが、メンバーとなったのは昨年6月。家出をしたもののあてがなく、名古屋駅近くの繁華街を歩いていたときだった。
「泊まるところもないし、いざとなったら男の人についていこうと思ってました。もしかしたら殺されちゃうかもしれないけど、まぁ、どうでもいいやって」
美沙さんは幼いときから、過干渉の母親に従うことを求められていた。食べるもの、着るもの、外出先に至るまで母親に指示されるうち、自分の意志や意見を出せなくなった。仕事で忙しい父親は子どもに無関心で、美沙さんとはほとんど会話もしなかった。
中学3年生で不登校になると、両親との関係は一気に悪化。発作的に家を飛び出るようになった。高校入学後に1歳年上の恋人ができたが、「自己チューな人」で会えば性交渉を求められ、アフターピル(事後の緊急避妊薬)を飲むよう強要された。
「ずっと『いい子ちゃん』で生きてきたから、イヤって言えないんですよね。彼のことは好きだけど、しんどくて。親や友達ともうまくいかない。あのころは自分の存在価値を見失ってました」
繁華街活動中のメンバーに声をかけられた美沙さんは、その日のうちに事務所に同行した。誘われるままについていったのは、個人的な事情を「詮索されなかったから」だという。
どこから来た、なぜここにいるのか、そんな質問は一切なかった。時間の経過とともに、親や恋人との関係を打ち明ければ、自分と同世代のメンバーがウンウンと聞いてくれる。
「メンバーは話を聞くだけじゃなく、ダメなところはダメとはっきり言ってもくれるんです。たとえば、『恋人が避妊にも協力せず、一方的にアフターピルを飲ませるのはよくないよ』と言われた。本当は自分でも、なぜ彼に言えないのかなって思ってたんです。ちゃんと言えるような人間になりたいと、意識が変わりました」
メンバーと話すうち、「自分の問題は家出では解決しない」と気づき、家に戻ることにした。活動に参加してからは仲間との交流を通じて自分を見つめ直し、意見を表明する大切さを学んだ。無理して「いい子ちゃん」でいることをやめた美沙さんは、恋人と別れ、親に対しても本音を言えるようになったという。
援助交際から卒業
過去にメンバーだった絵里奈さん(20)が活動に参加したのは5年前、中学3年生のときだった。
当時の絵里奈さんは、ネットで知り合った男性を相手に援助交際をしていた。週に一度、数万円のお金と引き換えに性的な要求に応える。「気持ち悪い」「自分はおかしい」......。そんな感情さえ湧かないほど、「ただ虚無感でいっぱいだった」と声を落とす。
母親と2歳年上の兄との3人家族。男好きの母親は子どもへの関心が薄く、兄妹だけで留守番をすることが多かった。そんなとき、兄は絵里奈さんに暴力を振るうことがあり、ときに性的虐待に及ぶこともあった。絵里奈さんは「家にいない母」と「怖い兄」に追い詰められ、「死にたい」という暗い気持ちに駆り立てられた。
「お金が欲しくて援助交際してたわけじゃない。自分ではどうにもならない悲しみをまぎらわせるためでした。センターの活動をはじめてからも内緒で続けていたけれど、3年目に『まじめに働いて、まじめにお金を稼ごう』という気持ちになったんです」
そして援助交際をやめた。絵里奈さんはその理由を「虚無感がなくなったから」だと言う。同世代のメンバーから頼られたり、年下の子から相談されたり、みんなで一緒にご飯を食べたりする中で、いつしかその居心地の良さに救われた。高校卒業後は飲食店に就職し、今は恋人と同棲しながら暮らしているという。
教員志望の大学院生も驚く中高校生の活動
メンバーの中には、教育心理学を研究する大学院生もいる。教員志望の雅人さん(23)だ。
10カ月前、アルバイト先の同僚から「勉強になるよ」と誘われた。メンバーになってみると、親から虐待されたり、家出中だったりする子どもたちを目の当たりにして驚いた。それでも中高校生の活動ぶりを見るうち、その真剣さに感化されたという。雅人さんは活動への思いをこう語る。
「とにかく考える機会が増えました。たとえば家出した子が『家に帰りたくない、児童相談所なんかイヤだ』と言う。じゃあどうすればいいんだろうと。悩んでいる子の話を聞くにしても、問題の本質を聞き出す工夫が必要です。聞けたとしても、その後、相手にどう接しようかと考えるんです」
モノマネをして場の雰囲気を明るくしたり、年下の子が問題点を整理するためのヒントを出してあげたり、自分なりに考えた言動を続けてきた。傷ついたり、悩んだりしている仲間とのコミュニケーションを模索し、それまで知らなかった世界で奮闘する日々だ。
「いずれ教職に就いたとき、ここでの経験は絶対に役立つと思う」と雅人さんは胸を張る。
酔っぱらいもかわすメンバーの繁華街活動
8月半ばの夕刻、礼華さんは繁華街でひときわ元気な声を上げ、大智さんは明るく手を振りながら周囲に視線を送っていた。代表の荒井さんは少し離れた場所に立ち、活動内容を記した手書きのボードを持ってメンバーの様子を見守る。
ほどなく、募金箱を抱えた女子メンバーに缶チューハイを手にした中年男性が近づいた。酔っているのか、真っ赤な顔で何やらまくし立てている。
今にも絡まれそうな雰囲気だが、年長のメンバーは「タイミングが大事」だと冷静に観察していた。
「あの人、たぶん自分の話をしたいだけですよ。いきなり介入しちゃうと気分を害して、かえってトラブルになる可能性が高い。もう少し様子を見て、それでもやめなければこっちから活動の説明にいきます」
数分後、年長のメンバーはセンターの紹介パンフレットを持ち、間に割って入った。臆せず、にこやかに話しかけると、男性は渡されたパンフレットに目をやりながらあっさりと引き下がった。
手際のいい対応は、これまでの活動経験に基づいている。彼らはこんなふうに実践の場で学び、リスクの回避策やコミュニケーションスキルを習得してきた。
立ち去った男性と入れ替わりに、募金をする人が次々に現れた。「がんばって」と励ます女性もいれば、無言で少し照れ臭そうに近づく若い男性もいる。
「ありがとうございましたー」。深々と頭を下げる彼らの背後では夕日が赤く空を染め、帰宅を急ぐ人々が足早に行き過ぎる。
「現実の世の中にはイヤな人、怖い人、無関心な人、いろんな人がいる。けれど、だからこそ優しい人がいるってすごくうれしいですよね」
荒井さんは手書きのボードに汗を落としながら、噛みしめるように言った。ところどころ色落ちし、いかにも使い込まれたボードには、彼と子どもたちの努力の跡が滲んでいた。
石川結貴(いしかわ・ゆうき)
ジャーナリスト。静岡県生まれ。家族・教育問題、青少年のインターネット利用、児童虐待などをテーマに取材。主な著書に『毒親介護』『スマホ廃人』『ルポ 居所不明児童~消えた子どもたち』『ルポ 子どもの無縁社会』『誰か助けて~止まらない児童虐待』など。公式サイト
元記事は こちら
文・ジャーナリスト石川結貴
写真加納シンスケ