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「誰かに引き継がないと」千年続く阿蘇の草原を循環型畜産で守る牛飼い親子の奮闘

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「赤身が広まっていけば阿蘇の草原と共にある"あか牛"が存続する可能性はある......まあ夢物語かな」。阿蘇連山を南に遠望する熊本県産山村(うぶやまむら)。コンビニや信号機すらない人口1,400人あまりの小さなこの村に、名だたるシェフから注文が絶えない畜産農家の親子がいる。井信行(い・のぶゆき)さんと息子の雅信(まさのぶ)さんは、霜降り肉が評価されるなか地域資源を活かし全国でも珍しい100%国産のエサで赤身肉が特徴のあか牛を育てている。この村では自然と人間の共生により草原が保たれてきたが、過疎化・高齢化による人手不足、畜産業の低迷により草原の維持が難しくなっている。阿蘇の大自然を守り、循環型の畜産を実践し続ける親子の持続可能な未来のカタチとは。

見渡す限り広がる阿蘇の大草原。
"千年草原"と呼ばれ、日本書紀に記載が残るほど古くから存在し牛馬が草を食み、人間が野焼きをし、受け継がれてきた。

産山村で70年に渡り地域に根ざした畜産を追求している井信行さん(86)。
息子の雅信さん(56)とともに阿蘇の広大な草地で放牧を主体にあか牛の繁殖から肥育までの一貫生産を行っている。育てているのは古くからこの土地に根付く赤褐色の毛並みが美しい"あか牛"(褐毛和種)。和牛4種のうちの1つで脂身が少なく"赤身"が特徴。
日本の和牛はおよそ9割を黒毛和牛が占めており、脂肪がのった霜降り肉が好まれるが、信行さんは"赤身肉"にこだわり地元で採草した良質な一番草の牧草でじっくりと時間をかけて育てている。その肉質はキメが細かく舌触りが滑らかで、噛めば噛むほどに肉本来の旨味が味わえる。

「お肉を草で作る。それは従来の昔ながらのお肉。昔は人がいて牛がいて、(村が)循環してたわけね。生活をするためにね」

信行さんが幼い頃は、草原にたくさんのあか牛が放たれていた。
田畑を耕し、茅を運搬する役牛として昔はどの農家にも2、3頭飼育されていたという。
体が丈夫で耐寒性・耐暑性に優れているあか牛は放牧に向き、1日50キロもの草を食べ、人間が管理しづらい急斜面の草まで食べるため、草原景観の維持にもつながってきた。
しかし、1991年の牛肉の輸入自由化を皮切りに安価な輸入肉との差別化を図るため、
国内市場では霜降り肉が評価され、村でも脂が入りやすい黒毛和牛への転換が進んだ。
あか牛は市場では安く取引され、減少の一途をたどり、いまでは、流通量がわずか1.3%に満たない希少和牛となってしまった。

「あか牛はふるさとが生き残っていくためのたいせつな財産。
あか牛が増えれば村が活性化し、草原とともにある村を次の世代へつないでいける」

そう信じ、あか牛のブランド価値を高めるために着目したのがエサだった。

国内の牛肉生産は輸入飼料で霜降り肉を作ることが主流となっているが、
信行さんはその飼育方法に疑問を抱き、熊本産100%のエサで"顔が見える畜産"を模索した。

飼料の原材料を集めるために国産大豆を扱う豆腐店から2日に一度廃棄になるおからを取りに行き、隣町から規格外の大麦・小麦・大豆を仕入れる。粉砕・焙煎などの加工まで自ら行い、これらを独自の配合で組み合わせ自家製のエサに辿り着いた。出荷できない2級品や規格外の農産物を使うことは農家の励みになり、休耕田を減らすことにもつながる。
さらに雅信さんは牛の飼育のかたわら、飼料米まで育てている。

「牛に飼料米を与えるところはないね。こだわったやり方をするとこんな手間をとる」

こうした地域資源を活かした循環型の畜産が評価され、信行さんは2016年に生産者として初めて「辻静雄食文化賞」を受賞。さらには、あか牛の最高位である三つ星も獲得。2020年には自分の名前を冠した「信行牛」の名でブランド牛として認定された。

雅信さんは父の意志を引き継いで今後も国産飼料であか牛を育てたいという思いはあるが、就農当初から黒毛和牛の飼育も続けている。いまの霜降りが評価される格付けでは黒毛和牛の収入で補填しないとかなり苦しい経済状況になるのは避けられないからだ。

「親父は黒毛なんてって思っとるかもしらんけど、
やっぱりあか牛だけじゃ安定せんと思ったけん、子どもも大学にやらんといかんしね」

高齢化・過疎化・後継者不足など山村の抱えている問題も年々厳しさを増し、
村の春の風物詩である野焼きすらままならぬ地域も出てきているという。
牛農家が中心となって集落単位で行う野焼きは野草地の森林化を防ぐ上で欠かせないが、村の人口が減少しているいま、草原も縮小している。

「2代目はなかなか難しいところがあるもんね。
でもオレがいるあと15年、20年はここ(草原)は大丈夫よ。地道にやるしかないたい」

今後の課題は後継者を探すこと。
次世代につなぐ畜産を目指し今日も親子は牛と向き合っている。

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元記事は こちら

  • 取材・撮影・編集中村 朱里

    取材・撮影・編集小林 瞬

    プロデューサー前夷 里枝

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