親の介護は自分でやらない。今こそ変えるべき「介護のマインドセット」
超高齢社会が進む現在。
今後、介護の担い手の減少が予測され、仕事をしながら家族の介護に従事するビジネスケアラーもますます増加していくと言われている。
多くの人が不安に思うのが親の介護問題だ。
突然そのときが訪れたら、「適切に対応できるのか」「時間や体力、金銭面などは大丈夫なのか」。
あらゆる心配ごとが頭をよぎり、不安に駆られながら働く世代は少なくない。どんなマインドセットを持てば、この漠然とした不安から逃れられるのだろうか......。
介護・福祉事業者に特化した採用・育成・定着支援サービス「KAIGO HR」や、介護にまつわるコミュニティ「KAIGO LEADERS」を10年以上運営する株式会社Blanket代表の秋本可愛さんに話を聞いた。
「親の介護をしないことは、決して親不孝ではない」
「介護の目的はお世話じゃない」
「家族が要介護者になっても、甘えていい」
若い世代を巻き込みながら介護業界にポジティブな化学反応を起こし続ける秋本さんが、母との会話や亡き祖父母との記憶を回顧しながら紡ぎ出したのは、こんな言葉だった。
秋本可愛(あきもと・かあい)
1990年生まれ。山口県出身。大学在学中の介護現場でのアルバイトをきっかけに課題意識を抱き、2013年卒業と同年に、株式会社Join for Kaigo(現・株式会社Blanket)を設立。日本最大級の介護に志を持つ若者のコミュニティ「KAIGO LEADERS」発起人。2017年東京都福祉人材対策推進機構の専門部会委員に就任。2021年よりNHK中央放送番組審議会委員、2022年より厚生労働省「介護のしごと魅力発信等事業:事業間連携等事業」企画委員就任。
https://news.yahoo.co.jp/profile/commentator/akimotokaai
親の介護をしないことは、親不孝ではない
40〜50代ともなれば、親の介護への漠然とした不安を抱く人は少なくない。不安を軽くするために、介護に対してどんな心構えをしておけばいいのだろうか。
秋本可愛さんは、「介護は家族だけが担うものではない」とキッパリと言う。
「今もなお、親の面倒は家族が見るのが当たり前といった価値観が根強くありますが、介護は家族だけががんばらないといけないものではありません。なぜなら、介護には時間がかかりますし、その道のりは思っている以上に長い。ずっと家族だけが担っていくのには限界があります。
だからこそ大切なのは、介護サービスを積極的に利用すること。親の介護で自分の生活を犠牲にし、精神的にも肉体的にも疲弊してしまう人をたくさん見てきましたが、それでは誰も幸せになれません。自分が親の介護をしないことは、決して親不孝ではないんです」
親の介護によって自分の生活やキャリア、夢を諦めた瞬間に、家族関係が崩壊していくと秋本さんは続ける。
「介護のために離職する人が増えていますが、介護離職をすると精神的・経済的な負担が増えて苦しい状況に陥るというデータも出ています。家族は大切にしなきゃいけないという思いは、もちろん抱いていいと思いますが、強すぎるとも感じていて。
親も自分も別の人格を持ったひとりの人間。自分だけでなく、親にも生活があるし、コミュニティが存在することを忘れてはいけません。だから介護が必要になったときに重要にすべきは、それぞれの生活をベースにやっていくこと。家族関係を保つためにも、『親の介護は家族が担うべき』という呪縛を取り払わなければなりません」
親の介護を第三者に頼ることで、家族の関係性がより深まったケースも少なくないという。
「先日お会いした30代の女性が、『お父さんが要介護者になったことで関わる時間が増えてうれしい』とおっしゃったんです。そう感じられたのは、その女性のお母さんが介護をしつつも、しっかりと介護サービスを受け、家族以外の頼り先をつくることでお父さんと一定の距離感を保てているからだと思います。いい家族関係を続けていくために大切なのは、自分だけが背負いすぎないこと。そうすることで、介護の時間を豊かなものにも変えられると、改めて思いました」
親との対話が難しくても、金銭状況は把握しておく
親の介護は、自分ができる範囲で携わったほうがいい──。
そう話す秋本さん自身もまた、親の介護にフルコミットするつもりはないと言う。
「まったく関与しないというわけではありません。親に介護が必要になったら、受けられるサポートを積極的に利用していくつもりです。『子どもに迷惑をかけたくない』という親世代の方は多いですし、これまで自分の親を介護する当事者を目の当たりにしてきたからこそ、メインの介護者になろうとは思わないんです」
実際、秋本さんは母親との会話から、介護サービスを活用することを考えているそう。
「介護が始まる前に重要視すべきなのは、親との対話です。実は私も、『あなたに介護してほしくない。施設に入れてほしい』と母から言われました。しかし、こうは言われたものの、住みなれた家で最後を迎えたいという気持ちもきっとあるはず。矛盾が生まれはしますが、本心はわかりませんし、介護について一度気持ちを聞けばOKかというと、そんなことはないと思います。人の気持ちは環境や状況で日々変わるものなので、日常的に親と対話を重ねることが大事です」
そうはいっても、「老い」や「死」などの重いテーマかつ、お金が絡むことを親子で膝を突き合わせて話し合うのはハードルが高い。それでも、「お金」の問題は事前にクリアにしておくほうが安心だ。
「タブー視されがちですが、せめてお金の備えがあるかどうかは確認しておいたほうがいいと思います。介護にかかるお金は、親の預金や年金で賄うのが基本的な考え。自分に潤沢なお金がある場合は別ですが、基本的に金銭的な負担はしないと思っておいていいくらいです」
頼りになるのが介護保険制度だ。2024年度に改定され、介護保険料とサービス利用料が上がることが発表されたが、制度についての知識があるだけでも不安が緩和される。
「介護保険制度を使えば、介護サービスは原則1割負担で利用できます。ただ、この介護サービスは、要介護認定を受けない限り、利用できません。認定を受けてサービスを開始できるまでにも、だいたい1カ月半はかかります。基本的なことかもしれませんが、事前にそういうことを知っておくと、少しは不安が軽減されるのではないでしょうか」
要介護者は誰かのお世話になりたいわけじゃない
超高齢化社会が加速する今、家族以外の力を借りて介護ができる場所は増え始めている。
たとえば、特別養護老人ホームやデイサービスを行う「杜の風・上原」。ここでは、介護の基本理念に改めて立ち返ることができるそう。
「特別養護老人ホームは原則として要介護3以上の介護度が高い人が入所できる施設なのですが、入所時は3割の人しか歩けない状態から85%以上が歩けるようになったり、おむつではなくトイレでの排泄がもう一度できるようになるなど、介護の力で要介護者の方々の状態がよくなっていっているんです。そういう施設があることを知るだけでも、希望になりますよね。
そもそも介護の基本理念は自立支援。一方的にお世話をすることではないんです。要介護者の方たちもまた、誰かにお世話になりたいとは思っていません。介護が必要になると、できないことを前提にコミュニケーションを取りがちですが、そうなると要介護者は生きていること自体に申し訳なさを感じてしまうことも多い。要介護者はできないこともあるけれど、やりたいことも、できることもたくさんあります。だからこそ周囲は、本人が挑戦できる環境を整えることが大切なんです」
自立を支援するために、要介護者からやりたいこと・できることまで奪ってはいけない。そして家族が要介護者になっても、「甘えていい」と秋本さんは語る。
「昨年、私の祖母は転倒による骨折で一時期入院したこともあり、できることが少なくなっていく中で、私は『おばあちゃんの卵焼きを食べたい』とワガママを言っていました。介護される側になると、甘えられたり、頼られたりすることがどんどん減っていくんですよね。おばあちゃんにとって私は"孫"であり続けたいと思っています。自尊心を傷つけないためにも、世話する・されるという関係性を築くのではなく、これまでの家族関係を保つことが大切だと感じています」
家族の関係性を紡ぎ直し、お互いを知るきっかけに
2025年には、介護の担い手が約32万人も不足すると言われている。人材不足により家族へのさらなる負担も懸念される中、介護の未来を切り開くためには、支える側と支えられる側の役割をいかに解放するかだと、秋本さんは話す。
「たとえば、KAIGO LEADERSのイベントに登壇してくださったデイサービス『DAYS BLG!』では、介護職のフォローのもと、認知症のおじいちゃんたちが有償ボランティアとして洗車や清掃を行っています。だから、おじいちゃんたちはお世話されている感覚がなく、いきいきと楽しそうに働いているんです。これは介護職にとってもいいこと。本来の自立支援を叶える術になっていますから」
「それから、石川県野田町の『西圓寺』もKAIGO LEADERSからのつながりです。こちらには障害者や要介護者、地域の大人、子どもたち、スタッフなどがごちゃ混ぜになって交流しています。もう誰がサービスを受ける側かわからないくらい、地域に開けた空間となっているんです。このように支える側と支えられる側の役割を固定化せずに、みんなで支え合えるコミュニティをつくっていくことが、介護職不足問題を乗り越える1つの鍵になると思います」
一見、困難さや大変さばかりが際立つ介護だが、秋本さんは祖父母の死の経験からいい側面についても言及する。
「私は2人の最後に立ち会うことができませんでした。また会えると思っていたし、また楽しい時間を過ごせるとも思っていました。だけど、時間には限りがあるんですよね。わかっていながらも、後悔してしまうものなんです。
そんな経験から今私は、自分の親がどんなことをやりたいのか、どんな最後を迎えたいのかに耳を傾けて、きちんと介護に対して向き合っていきたいと考えていて。親と介護の話をするのは面倒だし照れ臭いことことですが、家族の関係性を紡ぎ直したり、お互いのことを改めて知り合えたりするいい機会になると信じています」
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取材・文 船橋麻貴
Instagram:funabashimaki
取材・編集 小山内彩希
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取材・編集 大川卓也
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撮影 安永明日香
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