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元女性の夫と元男性の妻 本来の「性」取り戻した性別逆転夫婦 最高裁「違憲」判断への思い #性のギモン

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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LGBTQ講師として活動する中川未悠さん(左)と東根歩夢さん

「LGBTQ講師」として関西の学校を中心に講演活動を行っている東根歩夢(あゆむ)さん(31)と中川未悠(みゆ)さん(28)。二人はどちらも性別適合手術を受けた、トランスジェンダーの夫婦だ。昨年10月、戸籍上の性別を変えるのに生殖能力をなくす手術が必要と定めた「性同一性障害特例法」の要件が、最高裁大法廷により「違憲」とされた。二人の住む大阪を訪ね、本来の性別を取り戻し、互いに出会うことのできた半生と、今回の司法判断についての率直な思いを聞いた。(取材・文:堀 香織/撮影:松村シナ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

「お綺麗ですね」「髭に見惚れ」から始まった出会い

リビング中央にあるキャットタワーから、黒猫がこちらの様子をうかがっていた。「エンちゃん、映えショット、撮ってもらい~」。見上げる東根歩夢さんの目尻が下がる。コーヒーを入れ終え、別の猫を探しにリビングを出た中川未悠さんが「わあ、パパ。ちょっと見て~!」と声を上げる。「コウちゃん、私のブーツの間に隠れてるわ」

2020年4月の結婚直後に1匹目を迎え、現在は3匹の猫と暮らす二人。ただ、少し他の夫婦と異なる点がある。夫の歩夢さんが元女性、妻の未悠さんが元男性であることだ。

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3匹の猫の前では「パパ」「ママ」と役割で呼び合う

歩夢さんと未悠さんは2017年1月、大阪で行われた「LGBTQ関係者のパートナーズ婚についてのヒアリング」で出会った。出生時の体の性が女性で、性自認が男性だった歩夢さんは性別適合手術を終えて戸籍上も男性となり、運送会社の正社員として働いていた。一方、未悠さんは大学3年生で、翌月に性別適合手術を控えていた。

FtM(Female to Male=女性の体で生まれたが男性として生きることを望む人)である歩夢さんにとって、未悠さんは初めて出会うMtF(Male to Female=男性の体で生まれたが女性として生きることを望む人)の当事者。「お綺麗ですね」と本心が口をついて出た。未悠さんは「初めましてで綺麗って言うなんてちょっとチャラい」と内心思いながらも、歩夢さんの髭に見惚れ、「それ、本物ですか?」と尋ねた。ともに神戸出身。親近感が湧いて連絡先を交換したという。

交際が始まったのは同年4月で、3年後の2020年4月に結婚。「それまでもストレート(生まれたときの性と性自認が一致する異性愛者)の女性とお付き合いしたことはあったんですが、ここまで目配り、気配り、心配りができる人はおらんなと思って」と歩夢さんが振り返ると、未悠さんも「こんなに何に対しても真っすぐで誠実な人は初めてでした」と笑顔を見せる。

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2021年2月14日、大阪での結婚披露宴にて(提供写真)

2022年5月からはYouTubeで「みゆ&あゆむ 性別逆転夫婦の日常」の配信を始めた。生い立ちや性別適合手術の具体的な内容から、夜の営みや整形手術のような赤裸々な話題まで103本の動画が並び、登録者数は3万人を超える(2024年1月現在)。

性別を「変える」のではなく「戻した」二人

1992年生まれの歩夢さんは、保育園児の頃から自分を男だと思っていた。遊び相手もみな男子。無意識に股間を触り、母親に「大きくなるのかなあ?」と話した記憶がある。だが、小学5年生で月経が始まり、自分の体が否応なしに女になっていくことが受け入れられず、卒業式の前日に激しい胃痛を起こす。診断結果は自律神経失調症。精神安定剤が欠かせなくなった。

「中学は女子の制服だったから本当にしんどくて、よく保健室に逃げ込んでいました。でも、特に問い詰められることもなく、安定剤を忘れたときも『これ飲んどき』って、たぶんラムネやと思うんですけど、飲ませてくれて。それでなんとかぎりぎり頑張れたと思います」

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歩夢さんは20歳の誕生日当日に戸籍の名前を変更。もとの名は「あゆみ」で「夢に向かって歩む」という意味を託した

転機は高校3年生。性別に対する違和感を打ち明けたクラスメイトからバイセクシュアルの友人を紹介され、「LGBTQ」「性同一性障害(GID)」という言葉を知った。

さらに、自分と同じ専門学校に進学予定のトランスジェンダーとも出会った。「GIDを自認しているその友人に投薬や手術で男性に『戻れる』選択肢があることを教わったことで、安定剤が要らなくなったんです」。

19歳になる年の正月、実家に戻った際に両親にカミングアウト。2カ月経ってようやく母親がカウンセリングの同意書にサインし、3月にカウンセリング、ホルモン注射での治療がスタートした。

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高校時代の歩夢さん(左)と未悠さん(提供写真)

一方の未悠さんは1995年生まれ。幼稚園の頃から男女ともに仲良く遊ぶ子どもだったが、小学生のランドセルが赤ではなく黒一択なことにガッカリした。中学生のときにテレビで見たはるな愛や佐藤かよの話から、自分もGIDであることを自認。外出の際はこっそりメイクもするようになった。

中2のときに両親が離婚し、親権をもつ父と祖母との3人暮らしが始まった。カミングアウトしたのは高2の夏休みで、相手は母。なかなか打ち明けられずに2時間泣きっぱなしだった未悠さんを、母親は「誰か殺してしまったのだろうか」といぶかったそうだ。告白後、母は「薄々気づいていたよ」「治療の副作用だけが心配だね」と受け入れてくれたかに見えた。

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未悠さんは2015年、19歳で名前を変更。もとの「悠哉」から一文字とり、「未来を悠々と生きていく」と改名

だがその翌日、母は衝動的に自傷行為をする。幸い、一命は取りとめたが、自分のせいだと未悠さんは自責の念に駆られたという。その後、平静を取り戻した母はLGBTQやGIDについて学び、理解を深め、最後には精神科のカウンセリングへと同行してくれた。

父にカミングアウトした際は「俺にはわからへん」と突っぱねられたが、最終的にはホルモン治療の同意書にサインをしてくれたそうだ。

こうして幼少期から抱えていた「性別不和」について両親の理解を得た二人が次に目指したのは、性別の変更だった。

2004年に施行された「性同一性障害特例法」の性別変更5要件は、(1)20歳以上(当時の成人年齢で、現在は18歳以上) (2)現在結婚していない (3)未成年の子がいない (4)生殖不能要件(生殖腺《卵巣や精巣》がないか、その機能を永続的に欠く) (5)外観要件(変更後の性別の性器に似た外観を備えている)と定めている。

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(図版:ラチカ)

歩夢さんは2013年2月、20歳で(4)と(5)にあたる性別適合手術を受けている。費用は胸オペ、子宮・卵巣摘出で約150万円かかった。未悠さんは2017年、大学3年生で手術。通院費、ホルモン治療、精巣摘出・陰茎切除の合計額は250万円以上だ。それぞれ、費用はアルバイトを掛け持ちして自力でためた。

その手術に対して二人が共通して使った言葉は、性別を「変える」ではなく、「戻す」だった。

「僕にとって特例法の5要件というのは、覚悟を決める大切なステップでした。これがあるから、男性に戻れる。だから手術に対する覚悟もできたんです」(歩夢さん)

「手術を受け、戸籍を変更するという、その二つを通してやっと自分の本来の姿に戻れたんです。結局、私たちは誰かのために手術したわけではない。ただ自分らしく生きるため、自分が楽しく過ごせる日々を送るために、手術をしたんです」(未悠さん)

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光のあふれるリビングでお茶を入れる二人

手術後の最大の喜びは、「保険証の性別が男に変わったとき」と歩夢さん。「自己紹介で見せたかったぐらい」と笑い、未悠さんも「うんうん、見せびらかしたかったよね」とうなずく。公的な身分証明書で「本人ですか?」と毎回問われるのは、ひどいストレスだったからだ。

ともに10代の頃の一人称は、「僕」「私」ではなく、「自分」だった二人は、念願の「本来の性」を獲得した。

手術は「私が死なずに生きられる唯一の方法だった」

2023年10月25日、最高裁大法廷は性同一性障害特例法の規定について「憲法違反」という判断を示した。同法が定める性別変更5要件のうち、(4)の生殖不能要件を「憲法が保障する意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」とし、「違憲・無効である」と判断した。

(5)の外観要件については、高等裁判所での審理のやり直しが命じられた。いわゆる差し戻しだ。

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(図版:ラチカ)

すでに(4)と(5)に該当する性別適合手術を終えている歩夢さんと未悠さんは、最高裁大法廷による判断をどう思ったのか。

「法律以前に、僕は胸がついていることが本当に嫌だったんです。体を元に戻すためには性別適合手術しか選択肢がなかった。当時の法律が手術なしで性別の変更が可能だったとしても、僕は絶対に手術していますね」(歩夢さん)

「私も、法律に準じたというよりは、どうやったら命を落とさずに生きられるかをずっと考えていた。性別適合手術は、私が死なずに生きられる唯一の方法だったんです」(未悠さん)

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「法的に必須でなかったとしても手術はした」と語る歩夢さんと未悠さん

ただし、「病気やその他の理由で、望んでいない人にまで手術を強いてきたことが人権侵害だと認めた」点については、二人とも評価している。

「トランスジェンダーの中には、胸さえなくなればよくて生理は問題ないという人や、心は男だけど女装が趣味で胸や美貌をキープしたい人もいる。僕らみたいに全面的に手術したい人間ばかりじゃない。本当に多種多様なんです」(歩夢さん)

とはいえ、(4)の生殖不能要件は、端的に言えば「子どもをつくれない体になる」ということだ。実際、未悠さんは手術後に付き合った男性に、自分が元男性だったと伝えたところ、「子どもがつくれない人とは将来を考えられない」と言われた。

「確かに傷ついたんですけど、もともと子どもが欲しいという願望がなかったというか、そもそも自分が射精して子をつくるという行為自体が気持ち悪くて......。だったら女として子どもを産みたかったくらいで」

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言葉を一つひとつ選んで話す歩夢さん

歩夢さんも同様だ。「例えば未悠とお互いに手術前に出会い、女である僕と男である未悠で血のつながった子ができる可能性があったとしても、僕がそれこそ妊娠・出産すること自体が無理。卵巣があること自体、気持ち悪かったから、それを切除することに躊躇はなかったです」

だから、今回の司法判断を受けて今後法律が改正され、法的な性別変更に手術の必要がなくなったとしても「国を訴えるようなことは考えていない」と二人は口をそろえる。

一方で、差し戻しになった(5)の外観要件について、歩夢さんは「(4)も(5)も両方なくなったほうが悩む人は減ると思う」と言い、未悠さんは、例えばペニスを切って精巣は残す場合、「男性ホルモンと女性ホルモンの両方が増え続け、身体的につらいのではないか」と健康面を危惧する。

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「互いの配慮があってこそ、社会はうまくいく」と未悠さん

「むしろ国や社会には、法改正以上に配慮してほしいことがある」と未悠さんは言う。性別適合手術におけるリスク、費用、時間の問題だ。

「一刻も早く手術して性別を変えたいのに、手術可能な病院が現状は少ない。もし居住地の近くにそうした病院が増えれば費用や時間が抑えられます。手術に保険が適用できたら、学生でもアルバイト代だけで費用が賄えるかもしれない。また、手術後は1カ月以上の安静が必要なのに、会社に休暇取得を言い出せないでいるトランスジェンダーが多いんです。妊娠して産休・育休を取られる方と同じように、『性別適合手術を受けたいからお休みをいただけないですか』と普通に言える世の中になったらいいなと思います」

歩夢さんも、就職した運送会社をいったん辞めて手術をし、再就職した。また、当事者の間での話では、FtMの就職先は運送業や介護職が、MtFは朝から夕方までの"昼職"を断念してニューハーフパブなど"夜の世界"に進む人が圧倒的に多いという。就ける仕事の多様性のなさについても課題が残る。

体と違う性別を抱えているだけ。それ以外は「変らない」

以前はそれぞれ運送会社とアパレルで働いていた二人だが、結婚後は夫婦での講演活動も増え、現在は「LGBTQ講師・活動家」に専念中だ。講演依頼は小学校から大学までの児童・学生向け、保育園などの保護者向け、自治体や寺社が開催する人権セミナーなど、月に数本ペース。仕事を変えた根っこには、トランスジェンダーへのさまざまな誤解や不安を払拭したいという強い思いがある。

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2023年12月9日、大阪府柏原市で開催された「令和5年度 人権を考える市民の集い」にて(提供写真)

「講演後に『あなたたちの活動を知って生きる目的ができた』という長文メッセージをもらうこともあれば、YouTubeのコメント欄に『産んでくれた親に謝れ』というコメントを書かれることもある。ただ、アンチという存在も、僕らを通じてトランスジェンダーを知ってくれたわけだから、ウェルカムなんです。そこに活動の意味がある」(歩夢さん)

未悠さんはSNSでは「できるだけ日常をテーマに伝えること」を意識している。

「トランスの人たちは心の中に体とは違う性別を抱えているだけで、それ以外は変わりません。それが伝われば、無理解の壁が取っ払われていくのではないかなと。それと、私たちは互いの人格に惹かれて結婚をしたのであって、FtMとMtFという当事者同士だったから互いへの理解が早かったということは後付けの話で。『誰が誰を好きになってもいい』という言葉どおり、人として付き合うことに意味があるということを伝えていきたいです」

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近所のベーカリーでパンを買う歩夢さんと未悠さん

独身時代に「ストレートの男性よりも男らしく」「ストレートの女性よりも女らしく」という呪縛にとらわれていた二人は、互いの存在を通して「男らしさ」「女らしさ」からも脱却できた。先ごろは未悠さんの母親から「あんたたちは性別を超えた二人や。男女とかそういう概念を覆されたわ」と感心されたという。

いまはいかに自分らしく生きるか、個性をどのように表現するかが、人生のテーマ。そんな彼らの活動は、トランスジェンダーだけではなく、生きづらさを抱えるさまざまなマイノリティーの人たちへの指針と励ましになるだろう。

元記事は こちら

堀 香織(ほり・かおる)

フリーライター。大卒後、『SWITCH』編集部を経てフリー。『Forbes JAPAN』ほか、各媒体でインタビューを中心に執筆中。単行本のブックライティングとして、是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』、小山薫堂『妄想浪費』など。京都市在住。

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