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「搾れば搾るほど赤字」円安で牛乳ピンチ 酪農家たちが探る飼料国産化への道 #生活危機

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2022年に急激に進んだ円安は、輸入飼料に頼ってきた日本の酪農家を直撃した。1.5倍以上という飼料価格の急騰は「乳を搾れば搾るほど赤字」という状況にまで農家を追い込んでいる。そんななか、輸入飼料から国産飼料への転換を模索する酪農家がいる。持続可能な農業へ向けて、国産飼料への転換期と捉えるべきと提言する専門家もいる。危機に直面する酪農家や専門家を取材した。
(文・写真:科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

急激な円安進行、輸入頼みの飼料代が高騰

房総半島のほぼ中央に位置する千葉県長南町(ちょうなんまち)。低い山々や田畑が多く、のどかな風景が広がる。千葉県は乳用牛の飼育頭数が全国6位(2万7700頭、2021年2月時点)を誇る畜産県でもある。南北をつなぐ県道の脇に、増築を重ねた大きな建物が見える。田中隆和さん(63)が営む牧場の牛舎だ。

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千葉県長南町の酪農家、田中隆和さん

現在はメスの成牛80頭、出産を経験していない育成牛50頭の計130頭の牛を飼育する。田中さんは毎朝6時頃、数百メートル離れた自宅から牛舎にやって来て、3人の従業員とともに仕事に取りかかる。

「朝は10時くらいまで仕事をしますが、その半分が搾乳です。作業の最初と最後に牛に餌をあげ、その間に糞の片付け、牛舎内の掃き掃除。そして、夕方5時から夜9時にも同様の作業をします」

牛は子牛を産むことで乳を出す。出産から10~11カ月ほどは毎日乳を搾る「搾乳期」となり、その期間が過ぎると次の出産に備えて2~3カ月ほど体を休める「乾乳期」に入る。田中さんの牧場では、常に70頭ほどが搾乳できるように調整しながら飼育し、毎日2トン前後の生乳を搾る。生乳の売り上げが主な収入源だ。

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田中さんの牧場ではミネラル補給のために岩塩も牛に与えている

そんな酪農家たちを、急激な円安が直撃した。

生乳の価格(乳価)は、地域の生産農家らが指定団体に委託し、乳業メーカーと交渉することで決められる。例えば、関東生乳販売農業協同組合連合会(関東生乳販連)と乳業メーカーが決めた今年度の飲用生乳の販売価格は1キロあたり約120円。この3年、価格は据え置かれたままだった。据え置きに納得しているわけではないが、乳価制度そのものは「酪農家にもメリットがある」と田中さんは言う。

「乳価は需要と供給のバランスを見て決められるので、大きな下落がなく、農家も安心して生乳を搾っていけました」

だが円安によって状況は一変した。飼料の多くを輸入に頼ってきた田中さんの牧場では、飼料代の負担が大きくのしかかるようになった。

「数年前は牛1頭に対して1日の飼料代は1000円程度。それが今は2000円くらいになりました。うちはホルスタインの搾乳牛が70頭いるので、飼料代だけでも1日あたり7万円も余計にかかる。飼料代は年間で4000万円でしたが、今年は6000万円ほどに増えてしまいました」

窮地に立たされた酪農家たちの声を受け、この秋、各地の生産者団体は年度途中で異例の乳価交渉に踏み切った。関東生乳販連は11月1日からの飲料用乳の乳価を10円上げることで決着し、乳価は2000年以降で最高値を更新。他の地域でも同様に引き上げられた。これによりスーパーなどで売られる牛乳の価格は1パック20円程度高くなり、11月の消費者物価指数(12月23日発表)は牛乳価格が9.5%の上げ幅となった。円安は酪農家だけでなく、一般家庭をも直撃している。

飼料代に加え、電気代や燃料代など経費も上昇

牛を育てる飼料は、トウモロコシなどの穀物を中心とした栄養豊富な「濃厚飼料」と牧草などの「粗飼料」の2種類に分けられる。乾乳期の牛は粗飼料が与えられ、搾乳期の牛には濃厚飼料が多めに与えられる。栄養豊富な餌を混ぜることで良質の生乳を搾るためだ。

だが、現在は濃厚飼料と粗飼料のどちらも価格が高騰している。

農林水産省の飼料月報によると、配合飼料の平均価格は2020年4月に1キロ67円だったが、今年7月には1キロ100円以上に上がった。さらに、粗飼料である乾牧草の輸入価格は2020年まで1キロ約40円だったが、今年9月には1キロ65円に(財務省貿易統計)。どちらも約1.5倍の上昇だ。

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(図版:ラチカ)

こうした飼料代の高騰は、コロナ禍による海上輸送の混乱や、ロシアによるウクライナ侵攻で穀物輸送が遮断され、輸入飼料が品薄になったことなどが要因だが、そこにさらに急激な円安が追い打ちをかけた。

田中さんは、円安は飼料代だけでなく、電気代や燃料代など経費の上昇にも影響していると嘆く。長く黒字経営を続けてきたが、今年はさまざまな努力にもかかわらず、1000万円ほどの赤字が見込まれるという。こうした採算の悪化は数字だけではない影響も与えている。

「2021年末に娘が結婚して、婿が牧場に入ってくれたんです。ゆくゆくは牛舎を建て直し、ロボット搾乳を導入しようと彼と話していました。ですが、今は先が見えなくなり、計画はストップ。一気に計画がしぼんでしまいました」

だが、このような苦境に陥っているのは田中さんだけではない。

「だましだまし」餌減らすも...牛への影響懸念

神奈川県平塚市で酪農を営む片倉幸一さん(44)は、現状にいら立ちつつ、声に力はない。

「うちは乾牧草と配合飼料を混ぜた餌を1頭あたり1日32キロ与えるのが基本でした。でも、今はその基準通りに与えるとコスト的に到底合わない。少しずつ量を減らしながら、だましだましやっている。牛も身を削って乳を出すので、餌を抑えると牛の体に影響する」

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神奈川県平塚市の畜産団地にある片倉幸一さんの牧場

祖父の代から平塚で酪農を営む片倉さんは、酪農系の短大を卒業した2000年に就農。収入の柱は80頭ほどのホルスタイン種から搾る生乳だ。就農当時は自給用に畑で飼料用のトウモロコシもつくっていたが、2000年代半ばから全面的に輸入飼料を使うようになった。

「当時の輸入飼料価格は今の半分以下。購入すればやっていけるイメージがありました。安い飼料を使えば、日中も休めますからね」

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平塚市の酪農家、片倉幸一さん

しかし、この数年で局面が変わった。飼料代が上がり、経費が生乳の売り上げを上回るようになってしまったという。1頭あたりの飼料代が1日2500円。対して売り上げは3000円余り。電気代や子牛の餌などの経費も入れると明らかに赤字だ。

「今はいい餌を与えれば与える分だけ、搾れば搾る分だけ赤字になってしまう。考え方を変えないといけないと思っています」

60年弱で戸数が97%減少...危機的な酪農

もとより、日本の酪農家の戸数はこの半世紀余り一貫して減り続けている。

ピークは1963(昭和38)年の41万8000戸だったが、2021(令和3)年には1万3800戸と実に97%も減少した。当時は田畑の耕作用に2、3頭の乳牛を飼育する農家が多かったためだが、戸数が減少するとともに1戸あたりの頭数は増加。現在は1戸あたり平均103.1頭にまで増えた。

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(図版:ラチカ)

酪農は合理的で効率的になり、生乳生産量は増加した。だが、1996(平成8)年の年間866万トンをピークに減少し、現在は年間730万トン前後で推移している。

生乳生産量減少の要因としては牛乳の消費量減少が大きいが、酪農家の減少、乳牛飼養頭数の減少も危機的だ。日本の乳牛の飼養頭数は2019(平成31)年2月時点で約133万頭と、ピークだった1985(昭和60)年の約211万頭の6割ほどだ。このまま乳牛が減ると、生乳生産量は確実に下がる。農水省は、1戸あたりの規模を拡大し、酪農の高収益体制の確立を目指す支援事業を実施してきた。

だがコロナ禍、ウクライナ侵攻、円安が立て続けに起こったことで、酪農家の経営環境が大きく変わってしまった。酪農経営に詳しい北海道大学大学院の小林国之准教授(47)はこう指摘する。

「今回の円安はタイミングが悪かったとも言えますが、(1戸あたりの)規模拡大路線が正しかったのかどうかも問われます」

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飼料米は毎年秋の収穫時期に購入、牛舎内で保管する。主食用米と混ざらないように専用の袋に入れられている

日本の多くの酪農家は、購入した飼料を牛舎の中で与えて育てる。日本で使用されている飼料のうち、濃厚飼料は87%、粗飼料は24%が輸入だ。円安になれば生産コストはおのずと高くなる。

では輸入飼料に頼らず、国産で飼料を安定的に供給することは可能なのか。

実は、国産飼料への切り替えにいち早く着手していたのが、前出の千葉の田中さんだ。使っているのはお米だ。

「お米」で輸入から国産飼料への転換探る

「お米といっても、飼料用です。ただ、飼料米を与えすぎると生乳中の無脂乳固形分の割合が減り、乳質が落ちてしまう。なので、適量を見極めるのに2年ほどかかりました」

田中さんはこう振り返る。飼料米とは家畜用に栽培された収穫量の多い品種の米のこと。通常の食用米より味は落ちるものの、栄養価はトウモロコシとほぼ同等だ。2018年の春、田中さんは地元の長南西部営農組合が飼料米を栽培していることを聞き、使用を決めた。

「営農組合は飼料米を農協に卸していたのですが、買い取り価格が安いと聞きました。だったら、うちも使わせてもらおうと」

地元農協での飼料米買い取り価格は1キロあたり5~10円ほど。田中さんは飼料米を1キロ20円で営農組合から直接買い、濃厚飼料の一部を置き換えた。

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細かく粉砕された飼料米。この状態で牛に与える

「現在は複数の営農組合から年間80トンの飼料米を買い付けていて、年間で383万円ほどの飼料代節減になりました」

飼料米は、農水省も生産拡大を期待する「戦略作物」の一つで、助成金を交付し、作付け転換を後押ししている。その成果もあり、作付面積は2022年に14万2000ヘクタールと2020年から倍増。2021年の生産量は近年で最高の66万トンになった。円安が加速し、輸入飼料が高騰してからは、代替となる国産飼料としての期待も高まっている。

ただ飼料米は、玄米の状態で与えても牛は消化できない。粉砕機で米を細かく砕く必要がある。また、飼料の種類を増やした分だけ、餌やりの回数が増えるので労力が増す。こうした手間もあるからか、本格的な広がりまでには至っていない。

粗飼料にも国産化の動きがある。稲の穂と茎をロールにして発酵させた粗飼料「稲ホールクロップサイレージ」(稲WCS)だ。田中さんは、輸入乾牧草の一部を稲WCSに置き換えることで1頭あたりの粗飼料の価格を下げられたという。70頭の搾乳牛で1日8400円、1年では300万円近くの経費削減になる計算だ。飼料米と合わせると年間で600万円以上の経費を削減したことになる。

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白いフィルムでラッピングされた稲WCS。田中さんの牧場の前にたくさん積まれていた

問題は、そうした飼料米や稲WCS使用などの努力を積み重ねても、今年は1000万円の赤字が見込まれることだ。

「飼料用米や稲WCSを使っている分、多少赤字が抑えられていますが、限界があります。それだけ円安の影響が大きい」

同じように、平塚の片倉さんも国産飼料の導入に取り組んでいる。片倉さんの場合は、自分の農地で飼料を育てる自給型だ。

牛乳値上げでも円安上昇分は吸収し切れず

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補助金なども活用し、自給飼料生産のために共同購入した農業機械

「自給飼料の栽培は、近隣の酪農家と共同で行っています。そこで、愚痴を言い合ったりしながら何とかモチベーションを保っています」

片倉さんは仲間の酪農家と共同でハーベスターなどの農業機械を導入し、飼料用トウモロコシや牧草を育てている。また、米をつくったときに出る稲わらも飼料として活用する。ただし、所有する7ヘクタールの農地では、80頭のホルスタインを賄うほどの量は収穫できない。

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ジャージー牛。ホルスタインよりも小柄だが、風味のいい乳を出す

そこで、自給飼料は全て20頭のジャージー牛に与えている。ジャージー牛は生乳の生産量は多くないが、味が濃くて風味もあり、生クリームなどの加工に向いている。自給飼料を使うことで飼育コストを下げ、地元の農産物直売所などに販売している。

「利益はまだ微々たるものですが、自給飼料で育てたジャージー種の乳は、地元の人たちに使ってもらい、共に発展していきたいです」

こうした試行錯誤に加え、前述のように11月には牛乳の価格が引き上げられた。だが、それでも経営は楽になっていないと片倉さんは明かす。

「経費などを引くと乳価の上昇分で、自分たちのところに来るのは生乳1キロあたり7円くらい。7円上がったところで、私らは円安の状況下で輸入の餌も買い続けなければいけない」

円安を持続可能な酪農への転換への好機に

円安で輸入飼料の高値が続けば、経営努力を続けてきた酪農家も廃業を選択せざるを得なくなる。田中さんも片倉さんも、この数カ月で知り合いの酪農家から廃業の知らせを聞いた。田中さんは「うちもこのままでは、この先2年、耐えられるかどうか」と不安を漏らす。

いわば酪農の危機ともいえる状態だ。今の状況で酪農家の経営を安定させるには、乳価の更なる引き上げが必要だ。しかし、それは牛乳や乳製品の再値上げという形で国民の生活に大きな影響を与える。酪農家の廃業が多くなれば、生乳の生産そのものが危うくなってしまう。前出の小林准教授は、日本の酪農を安定させるには輸入飼料から国産飼料への転換が鍵になると訴える。

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酪農経営に詳しい小林国之・北海道大学大学院准教授

「本州の温暖な地域では、自給飼料の生産量を増やし、輸入飼料の依存度を減らす取り組みもされています。『輸入穀物=濃厚飼料』が手に入らなくなれば、1頭あたりの乳量は減りますが、国産の粗飼料が増えることで経費が減り、結果的に酪農家の収入は増え、経営は安定するはずです。今回の危機を契機に、持続的な酪農に転換していくことが必要ですし、そのような方向に導くために国の支援も必要です」

2022年10月10日には、岸田文雄首相も鹿児島県を訪問した際、国産飼料の供給拡大を後押しする支援制度の創設を明らかにした。飼料米だけでなく、飼料用トウモロコシの生産も伸びつつあるなか、国は2030年度に粗飼料の100%国産化を目指す。この危機を転機にして日本の酪農は持続可能なものに変わっていけるだろうか。

荒舩良孝(あらふね・よしたか)

1973年、埼玉県生まれ。科学ライター/ジャーナリスト。科学の研究現場から科学と社会の関わりまで幅広く取材し、現代生活になくてはならない存在となった科学について、深く掘り下げて伝えている。おもな著書に『生き物がいるかもしれない星の図鑑』『重力波発見の物語』『宇宙と生命 最前線の「すごい!」話』など

元記事は こちら

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