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40歳超えても返済続く? 跳ね上がる学費にかさむ奨学金「子ども産む発想なくなった」

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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「奨学金帳消しプロジェクト」のメンバーによる奨学金貸与金額の提示

岸田政権は「異次元の少子化対策」を掲げ、4月1日にはこども家庭庁も発足した。現在、いくつかの支援策が検討されているが、結婚や出産を前にした若者に重くのしかかるのが奨学金の返済だ。いまや2人に1人の大学生が奨学金を借りており、その返済に苦しんでいる。奨学金の存在が少子化問題にどんな影響を与えているのか。当事者たちを取材した。(文・写真:ジャーナリスト・小川匡則/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

奨学金が1000万円目前に...研究者の夢諦める

「子どもを産む時間的なリミットが近づいていると感じています。ただ、そこにたどり着くまでには大きなハードルが複数立っていて、なかなか到達できる気がしません」

京都市に住むあゆみさんはそう語る。あゆみさんは38歳。まだ独身だが結婚願望があり、機会があれば子どもを産み育てることも希望している。一方で、それが困難であるという現実に直面している。

あゆみさんの人生で大きな負荷となっているのが、学生時代に借りた多額の奨学金だ。京都市内の大学に入学して文学を専攻していたが、学費は利子付きの奨学金を原資としていた。月8万円を借り、そこから学費を支払った。

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あゆみさんにとって奨学金の存在が結婚の大きなハードルになっている(提供写真)

出身は長崎県。京都での学生生活はアパート代など生活費もかさんだが、アルバイトと実家からの仕送りで賄った。ただし、仕送りは親が学資ローンで工面したものだった。「もっと研究したい」と大学院に進学すると、そこからは生活費も全て自分で捻出すべく月12万円の奨学金を借りた。

「研究はとても楽しく、毎日図書館にこもっていました。奨学金のことは十分な知識がなかったこともありますが、みんな当たり前に借りていたし、普通にやっていけば問題なく返せるものだと思っていました」

学問に没頭するうちに研究者の道を志し、そのまま博士課程に進んだ。ところが、博士課程で2年が経過したある時、親から「奨学金は大丈夫なのか」と連絡をもらい、総額を調べた。

学部で384万円、修士課程で312万円、博士課程で292万円。総額は988万円に及んでいた。

「1000万円が目前になって、ハッと目が覚めました。大変なことになっていると感じ、研究者になる道は諦め、大学院を退学して働くことにしました」

その後、高校の教員を経て、いまは出版社で働いている。返済額は毎月3万2千円だが、ボーナス払いも併用しており、年間では60万円近くになる。それで生活が困窮するということはないが、将来的にも負担は決して軽くないという。

「コロナ禍で会社の業務が減ったことから、残業がなくなり、ボーナスもゼロになり、事実上、収入が減りました。こうした不測の事態もあるので不安は尽きません」

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奨学金の問題は政府の少子化対策の試案でも言及された(アフロ)

そんなあゆみさんは今、特に奨学金の重荷を実感している。交際中の男性との結婚を考えているが、踏み切るうえでいまだ残る奨学金が心理的に大きな障害となっているのだ。

「約10年返済してきて半分以下になりましたが、それでも400万円近い借金があります。そのことを相手に伝えるのはとても気が重いです。また、相手の両親がどう思うかを考えると、とても言い出せません」

そのため結婚を意識しながらも、踏み出せないまま時が過ぎている。さらに、もし結婚できたとしても、子どもを産むとしたらまた大きなハードルが待っている。奨学金を返済しながら子育てをしていくことができるのか。休職することになってもまた職場に復帰できるのか。たまに、ふとした瞬間に頭をよぎることがある。

「もし、奨学金がなければ今ごろは普通に結婚して、子どもも産んでいたんだろうな」

いまや半数の学生が奨学金を借りる背景

政府は少子化問題を「静かな有事」と位置づけ、最重要課題として取り組む方針を示している。岸田首相は「2030年代に入るまでのこれから6年から7年が、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」と述べる。そのためには、特に出生数をどれだけ増やせるかがカギになるが、20~30代の世代にとって奨学金は少なからず結婚や出産の障害となっている。

奨学金には大別すると、給付型と貸与型がある。それぞれ成績も加味されるが、給付型は親の年収などの資格条件が厳しく、受給するのは容易ではない。貸与型には利子のない1種と利子がつく2種があるが、こちらも家庭の収入などの条件によって1種で受給できる人は限られる。

昨年9月、労働者福祉中央協議会が奨学金を受けた2200人を対象に行った調査で、給付型はわずかに2%、有利子貸与が60%強で、無利子貸与は約50%だった(有利子と無利子の両方を借りている人もいる)。返済に関して「かなり苦しい」と答えた人は20.8%で、2015年調査のときの12.0%から大幅に上昇している。「少し苦しい」と答えた人も合わせると44.5%と半数に近い。

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(図版:ラチカ)

日本学生支援機構が2020年度に行った調査によると、親の年間収入が300万円未満の学生では83.9%が奨学金を受けていたが、900万円以上であっても23.8%の人が受給していた。ここまで多くの人が借りざるを得ないのは、現在は学生生活を送るために相当なお金が必要になるからだ。

同調査によると、学費が比較的安い国立大学で自宅通いの学生の場合、平均で学費は約63万円、生活費は約35万円で年間100万円程度必要となる。私立大学の場合、授業料が130万円程度かかるため自宅通いでも170万円程度、アパートを借りると計240万円程度が必要となる。

私立文系で年間240万円を全て工面するためにはアルバイトで月に10万円の収入を得たとしても、月に10万円足りない。すると、毎月10万円、年間120万円の奨学金を借りる必要が出る。貸与の場合、学部4年間だけで480万円の借金となる。これが東京で私立理系となると、授業料はもっと高額になる。都心に住む場合にはアパート代ももっとかかる場合も多い。約半数の学生が奨学金なしでは学生生活を送ることができないのも無理のない状況だといえる。

4月に発足したこども家庭庁が示した少子化対策の試案には「高等教育の負担軽減」の必要性が記され、その中では、奨学金をめぐる対策も言及されている。しかし、貸与型については「(毎月の返済を減らせる)減額返還制度を利用可能な年収上限を325万円から400万円に引き上げる」ことと「出産や多子世帯への配慮など、子育て時期の経済的負担に配慮した対応を行う」という程度しか書かれていない。

これで奨学金の負担軽減策として十分なのだろうか。

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「奨学金帳消しプロジェクト」で活動する岩本菜々さん=中央=ら(提供写真)

一橋大学大学院で学ぶ岩本菜々さん(24)は、2022年から「奨学金帳消しプロジェクト」という活動を他の学生や社会人らとともに始めている。奨学金返済に苦しむ若い世代の相談に耳を傾け、奨学金の見直しを訴える取り組みだ。自身も学生で、数千人の同世代の声を聞いてきた岩本さんには、政府の認識は現実の深刻さとあまりに乖離していると映る。

「子どもを持つかどうかという問題以前に、奨学金問題のほうがまず深刻です。ブラック企業に勤めてしまっても奨学金の返済があるために辞めることができず、無理をして体調を崩してしまう人もいます。相談に来る人の中でも生活自体が困窮している人も少なくありません」

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(図版:ラチカ)

岩本さんたちが独自に約3千人を対象に行ったアンケートでは、返済の延滞をしたことがあると答えた人は28%にも及んだ。理由の7割は低収入によるものだった。

「これだけ多くの人が奨学金を借りなくてはならない状況になっているのは、学費があまりにも高すぎるからです」

大学の授業料は1975年には国立で3万6千円、私立で約18万円だったが、2021年には国立でほぼ15倍の約54万円、私立でほぼ5倍の平均約93万円に上昇した。一方で、この30年間、実質賃金はほぼ横ばいで上がっていない。大学進学に際して、奨学金を借りざるを得ない学生が増えたのは収入と学費の支出があまりに釣り合わないためだ。

奨学金返済続くのに「子どもの学費は難しい」

「普通に大学で勉強したいだけなのに、なぜ多額の借金を背負わなくてはならないのか。学ぶことすらぜいたくなことなのでしょうか」

都内に住む美咲さん(仮名、25歳)は北陸地方の出身。高校卒業後は教員免許を取るために都内の大学に進学した。毎月8万円程度の奨学金を借りていたため、4年間で約400万円になった。

新卒で都内の私立高校の教員として就職したが体調を崩して退職を余儀なくされた。次に働いた会社では派遣社員だったが、コロナ禍で解雇の憂き目に遭った。仕事が見つかるまでの数カ月は貯金を切り崩した。今は別の会社で契約社員として仕事をしている。

奨学金の返済は毎月1万7千円で、完済予定は2040年を越える見込みだ。毎月の支払いが滞ることもなく、生活苦を感じるほどの状況ではない。しかし、40歳を過ぎても支払いが続くという心理的な負担は小さくない。派遣社員の仕事も今後が分からず、将来への不安は尽きない。

美咲さんは現時点で「子どもを産むことはない」と決めている。

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美咲さんは奨学金の減免や学費の低減など抜本的な対策が必要だと考えている

「子どもを産むという発想がなくなりました。あまりにも現実味がないというか。いまの自分の生活だけでも精いっぱいで、老後をどうやって生きていくのか。不安もすごく大きい。そんななか、子どもを産み育てるなんてとても考えられません。だいたい、学費の借金を返済していないのに、子どもの学費も用意するのは難しいです」

結婚願望はあるが、相手は同じように子どもを欲しいと思っていない人に限ると考えている。

彼女のように、「そもそも子どもを欲しいと思わない」という女性も珍しくなくなっている。2020年度に内閣府が行った調査では、「子どもは欲しくない」と答えた人の割合が8.7%。2015年度の2.9%から3倍も上昇している。

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岸田政権は異次元の少子化対策を掲げるが......(アフロ)

3月、自民党内の会議では「地方に帰って結婚したら奨学金の返済を減免、子どもを産んだらさらに減免する」という意見が出されたことが話題となった。しかし、このニュースを目にしたとき、美咲さんはむしろ「絶対に産みたくないという思いがさらに強くなった」と語る。

「もし『出産したら奨学金を減免する』となれば、社会からの『子どもを産め』という圧力が強まります。さらに『地元に帰って出産すれば』となれば『地元に帰ってこい』という圧力も強くなる。より息苦しくなることは間違いありません。該当する人にとっては助かる制度かもしれませんが、そうでない人にとっては差別的で不公平に感じます」

今の日本の実状に合わなくなった奨学金制度

もちろん、奨学金の返済を抱えていても結婚し、出産に至った夫婦もいる。都内で金融系の仕事を営む伊藤綾汰さん(32歳)は山形県から上京し、慶應義塾大学で学んだ。

「学費とアパート代は実家に出してもらっていました。生活費として月5万円を有利子で借りていました」

月5万円でも、4年間借りて利子も含めると約300万円の借金となった。卒業後は毎月1万7千円の支払いを15年間行う計画だが、残りはあと5年で終わりが見えてきた。

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夫婦ともに奨学金の返済を続けながら、子どもを育てる伊藤さん夫妻

一方、同い年の妻も奨学金を借りていた。無利子で月8万円を借り、総額は400万円程度だ。

結婚後もそれぞれが仕事をしてそれぞれで返済をする生活を続けており、お互いの奨学金の存在を気にすることはなかった。子どもは4歳になり、充実した生活を送る伊藤さんだが、奨学金の額がもっと大きかったら、今のような生活ができていたかは分からないと首をひねる。

「新卒では大手金融機関に就職しましたが、最初は手取りも20万円程度しかなかった。途中で転職し、今は個人で仕事をしています。その過程では、経済的に不安な時期もありました。このくらいの支払額だからよかったですが、もし借りた額が2倍だったら金額か返す期間が倍になり、結構きつかったでしょうし、仕事や結婚にも影響が出たかもしれません」

かつての日本社会は、大学を出た人の多くが正社員として勤務し、会社に入れば年功序列で賃金も上がる仕組みだった。しかし、時代が変わってもなお、奨学金の制度は変わらないままでいる。奨学金の問題に詳しい弁護士の岩重佳治さんは、制度を見直すべき時期にきたと言う。

「奨学金が他の借金と決定的に違うのは、将来の返済能力がわからず、借りていることです。しかも学費の高額化で借りる金額が増える一方、生活が苦しい人は増えている。それなのに十分な救済制度が整えられていない。そのため、多くの若者が追い込まれているのです」

そこで、岩重さんは「返済が困難な人への救済」が適切に行われるような制度に変更することが重要だと語る。

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大学の学費は上がる一方で就職後の賃金は上がらない(つのだよしお/アフロ)

「昔の借入額が少ない時代と同じように100%近い回収を目指して運用していることが問題で、2~3割は貸し倒れすることを想定した制度に変えるべきです。一番問題が大きいのは保証人制度で、自己破産しても保証人である親族に負債が渡ってしまうため、自己破産すらできない人がたくさんいる。保証人ではなく、機関保証に一本化することが最優先です。そのうえで、やむを得ない事情で返済が困難になった人に対しては免責するようにすべきです」

以前より格段に跳ね上がった高額な学費に、以前と違って一向に上がらない賃金。そうした状況の中で、奨学金の問題は卒業後から早々に背負わされる借金として若者世代にのしかかる。結婚、出産、育児といった少子化問題にも影を落としている。政府は「異次元の少子化対策」と銘打つのであれば、奨学金のあり方を時代に沿ったものに見直すことが求められているのではないだろうか。

小川匡則(おがわ・まさのり)

ジャーナリスト。1984年、東京都生まれ。講談社「週刊現代」記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。政治、経済、社会問題などを中心に取材している

「子どもの問題(#こどもをまもる)」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。 子どもの安全や、子どもを育てる環境をめぐる諸問題のために、私たちができることは何か。対策や解説などの情報を発信しています。

元記事は こちら

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