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「学校でも社会でも、親からも褒められてこなかった子が多いです」――日本初の少年院「国際科」で学ぶ、外国ルーツの子どもたち

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撮影:殿村誠士

日本語がわからないことで、社会から落後していく子どもたちがいる。中には犯罪に手を染め、少年院に収容されてしまう者もいる。神奈川県横須賀市にある久里浜少年院では、彼らに日本語と日本の社会規範とを教える「国際科」が1993年に日本で初めて設置され、外国ルーツの子供たちが学んでいる。そこではどんな教育が行われているのだろうか。創設から30年を経た「国際科」に密着し、少年たちの一日を追った。(取材・文:室橋裕和/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

通称「国際科」を訪ねた

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「国際科」では多国籍の在院者たちが日本語で学び、暮らしながら、日本語や日本の社会常識を身につける

フェニックスの葉が、潮風に揺れる。

東京湾を見渡す中庭に、大きな声を上げて行進してきたのは5人の少年たち。丸刈り頭に体育着だ。
「よし、まず準備体操!」
鋭い声を上げて少年たちを指導しているのは、法務教官の屋代俊さん(39)。少年院や少年鑑別所に勤め、在院者を指導する専門の職員だ。「風が強いな、大丈夫か」などと彼らを気遣いながらも、口調は厳しい。
「それじゃあひとり前に出て、鏡になってみろ。わかるか、鏡って」

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法務教官の屋代さん。自ら希望して「国際科」に勤め、もう5年になる

誰かが手本を見せて、それを鏡のように真似をして体操をする......その指示にうなずく者もいれば、戸惑う者もいる。日本語の能力はまちまちだ。流暢に話せるけれど読み書きができない者、たどたどしく話すのが精いっぱいの者。その誰もが外国にルーツを持つ。

ここは久里浜少年院の中に設置された、通称「国際科」。

「外国人等で日本人と異なる処遇上の配慮を要する者」を対象としている。16歳以上23歳未満の犯罪傾向が進んだ少年が収容される「第2種少年院」とともに、「国際科」が設置されている男子少年院はここ久里浜ただひとつだ。在院する少年たちは寮で共同生活を送りながら日本語を学び、そして悔悟の日々を過ごしている。

「どちらかといえばみんな、いじめられっ子」

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法務教官のひとり、小柴さん。季節の言葉を通じて、日本語やその背景にある日本文化を教える

「国際科」には現在、ラテン系、アジア系の6人が在籍する。

朝7時の起床に始まり、すべての在院者が義務づけられている生活指導や職業指導などを受けるが、加えて「国際科」には日本の文化や生活習慣の理解に特化したカリキュラムもある。余暇や自主学習に充てられる土日以外の週5日、なかなかに忙しいスケジュールだ。

木工、体育のあとは書道の授業になった。硯で墨をすり、季節の言葉を半紙に書いていく。例えば「花見」。
「日本では花っていう言葉が桜を表すことがあるんだ」

屋代さんたち教官はそんなことを交えながら書き順や力の加減を指導していく。
「春雨って、なんて読むかわかるか」

ひとつひとつの単語はなんとか理解できても、熟語になると読み方や意味が変わる漢字に戸惑う少年たち。教官の説明を神妙に聞きながら筆を進めているが、その横顔は思いのほかおとなしい。

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まずは新聞で練習。漢字や文法などのテストが月に3回実施される

彼らはコンビニ強盗や薬物、性犯罪といった罪を犯し、少年院にまで来てしまった者たちだ。険しい、荒々しい不良少年にちがいないとイメージしていたが、実際は逆だった。取材者が来ているという緊張はあろうが、それを差し引いても気弱でおどおどした印象を受ける。

「どちらかといえば、社会ではみんないじめられっ子だったんです」

屋代さんが言う。親に連れられて日本に来たものの自然に言葉を覚えられる年齢ではなく、学校についていけず落ちこぼれ、友達もできなかった者。いじめから助けてくれた同郷の外国人に勧められて薬物に手を出した者。実の親や、あるいは義理の親に虐待を受け続けていた者。

この国に居場所を見つけられず、日本語も、物事の善悪も、誰からも教えられないまま育ち、そして罪に手を染めた。

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「まずは関心を持たせること、言葉を覚えたいという気持ちに導くことが大切」と屋代さんは言う

だからといって彼らの犯罪が許されるわけではない。

しかし、日本人ならごく自然に養われるはずだった言語と、規範が欠如していたことが、犯行の背景にある。そしてここは、在院者がみな社会へと帰る少年院なのだ。母国にも受け入れてくれる場所がなく、出院しても日本で生きていかなくてはならない少年も多い。であるなら、二度と同じ過ちを繰り返さないように、社会生活に必要な言葉とルールを教える......それが「国際科」だ。

外国人少年の犯罪は減少傾向にあるが

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少年院入り口から

久里浜少年院に「国際科」が設置されたのは1993年のことだ。外国にルーツを持つ少年たちの中でも、日本語力が著しく欠如しているなど、日本人と同じように扱うのは難しい者を対象に特別な教育課程を施すことになった。原則として2年以内の在院期間で、日本語力と、日本の生活習慣を養う。

こうした対応が求められるほど、90年代には来日した外国人の子が社会になじめず、荒れた時期があった。

しかし現在、外国人の少年院入院者は減ってきている。2002年の153人をピークに右肩下がりで、ここ数年は50~60人ほどで横ばい、2021年は47人だった。この間(2002~2021年)、日本に暮らす外国人が185万人から276万人に急増していることを考えれば、外国ルーツの少年の犯罪行為は減少傾向にあるといえるだろう(いずれも法務省による)。

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木工の教室で。指示を伝える貼り紙にも振り仮名が

とはいえ、この社会で言語がわからず、寄る辺のない少年たちはまだまだ残されている。

古くは中国残留孤児の子どもたちの一部がマフィア化し、90年代はおもに工場労働者としてやってきた日系ブラジル人の子どもたちにも非行に走るケースが見られた。どちらも不十分な教育が一因とされる。同じようなことが、次の世代の「移民」たちの間でも表面化してこないとは限らない。そのとき、「国際科」の役割はさらに大きなものになるだろう。

漢字がびっしり書き込まれた自習ノート

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人気という木工の授業は、日本語のテストに合格しないと受けられない

「日本語そのものを教える授業はないんですよ」

屋代さんは言う。文法や単語といった、いわゆる語学に特化した時間は、現場の教官たちの試行錯誤の結果、とりやめたそうだ。それよりもふだんの生活指導や基礎学力を養う教科指導の中で在院者たちと接し、会話を重ねながら、言葉の間違いを指摘していく。

そのほうが効率的に言葉が身につくのだというが、単語や言い回しを覚えてどんどん引き出しを大きくしていく授業も必要なのではないだろうか。
「そこは、自分たちで自習しているんです」

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在院者の細かな変化にも気づき、指導する屋代さん。実の親のように慕われている

これも意外なことだったが、余暇の時間も彼らはひたすらに日本語の勉強に取り組んでいるのだという。今後の人生で日本語がどれだけ大切か、身に染みてわかっているのだろう。だがそれ以上に、必死になる理由がある。

「褒められたいんですよ」
屋代さんはつぶやく。
「彼らはこれまで、学校でも社会でも、親からも褒められてこなかった子ばかりです。少なくとも、日本人には褒められたことがないんです。だから評価がほしい」
教官たちに褒められ、認められることがモチベーションになっているのだ。

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言葉だけでなく、上座下座といった日本社会のしきたりや電話の応答なども教える

そんな「自習ノート」を、在院者のひとりが見せてくれた。漢字や熟語、それを使った例文などがびっしりと書き込まれている。日課なのだという。彼は入院時、日本語での会話は可能だったが漢字の読み書きがまったくできなかったそうだ。それが1年ほどたったいま、かなりしっかりした文章を書けるようになっている。

「はじめはサボっていたんです」

彼は言う。
「でも、先生が本当にいろんなことを教えてくれます。ときどき厳しいけれど」
自分に熱心になってくれる日本人がいる。その気持ちに動かされるように自習を始めて、半年足らずでノートは3冊目だ。
教官に認めてもらいたいと、ノートに漢字を書き込んでいる姿を見ていると「育て直し」という言葉が思い浮かぶ。

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木工の教室に出入りするときの身体検査

「小学生の頃に帰してやりたい。そう意識して指導しています」
それが屋代さんたち教官の思いだ。彼らが子どもの頃に、親や学校や社会から与えられなかった日本語力や社会常識、そして自己肯定感を、ここにいるうちに身につけてほしい。そう考えている。

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少年たちに親として接したいと話す阿部さん

しかし、だ。

ここは矯正施設。在院者ひとりひとりが起こした事件には、被害者がいる。日本語を学ぶよりもまず、罪と向き合うことが必要なのではないだろうか。そんな疑問も感じるが、反省や謝罪する心もまた、日本語力が上達してくるうちに芽生えてくるのだと、久里浜少年院統括専門官の阿部容司さん(51)は言う。

「毎日、日本語で日記を書くことを義務づけているのですが、はじめはたどたどしかったり、わずかな文章だけだったり。でも、書く力がついてくると内容が変わってくるんです。事件のことや被害者についても書き、内省の気持ちが表れるようになってきます」
また被害者の立場で考えたり、犯罪行動を抑制したりするためのプログラムもある。これらは少年院に共通して導入されている「特定生活指導」というが、「国際科」では日本語や社会規範に加えて、こちらの教育にも力を入れている。

加害者に日本語教育という「サービス」が必要なのか

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「刑務所や少年院は日本社会の縮図」と宮崎教授は語る(撮影:室橋裕和)

久里浜少年院や法務省と連携して、外国にルーツを持つ少年院在院者の教育について調査を進めているのが、早稲田大学大学院日本語教育研究科の宮崎里司教授だ。

宮崎さんは2020年から2024年まで研究と現場へのフィードバックを重ね、その後は外国ルーツの少年院入院者への教育プログラムや、少年院勤務の法務教官に対する研修プログラムを策定予定という。研究の源になっているのは、10年ほど住んだオーストラリアでの経験だ。

「メルボルンで暮らしていましたが、移民が非常に多く、お互い文化が違うことが当たり前という土地柄です」
移民の英語教育には、オーストラリア政府が予算を充てるほど熱心なのだという。
「言葉と社会のルールをしっかり覚えてもらえば、健全な市民になり、納税者になります。国にリターンがあるんです。だから語学教育に力を入れるんです」

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国際科の少年たちが暮らす寮

そう語る宮崎教授のプロジェクトだが、法務省の中でも見解が分かれる。
「言語学習より反省が先だろう、日本語教育という〝サービス〟を加害者に対して行うことは、被害者にとって耐えられないだろうという意見が寄せられることもあります」

もちろん、犯した罪を償うことは必要だ。しかし少年たちは、いずれ社会復帰する。その彼らに日本語と、生きていくための常識を教えることは、将来的な社会のリスクを減らすことにつながる......宮崎教授はそう考えている。

親代わりの教官に習った言葉で

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日本語の読解力や表現力を鍛えるスピーチの授業。会話のマナーや呼吸も学んでいく

「国際科」はこの日最後の授業、スピーチの時間を迎えていた。小学生向けの新聞の記事を各自が読み上げ、それについて感想を言い合う。

例えば「鳥インフルエンザによる卵不足でマクドナルドの〝てりたま〟が販売中止に」という記事を読んだ者は、ひと言ひと言、拙いながらもこう話した。

「ウクライナもコロナもですが、世界では大変なことが起きているのに、ここではなかなか感じられません。少年院でもときどき食事に卵が出ます。でもそれは当たり前じゃないのです。ひとつひとつを大事に、社会に出たら感謝して生きたいです」

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黒板に新聞記事の見出しを書く様子

ある死刑確定事件の再審が決まったという記事も題材になった。少年たちにとってはセンシティブな話題かもしれないが、死刑制度について意見を出し合う。

「悪い人が増えないために必要だと思います」
「被害者のことを考えるべきです」

子ども向けとはいえ新聞を読みこなし、考えたことを話す。ほんの1年前後で、彼らの日本語力は飛躍的にアップする。「日本語教師ではないから、スマートにはいかないけれど」と話す教官たちの工夫と熱意が、少年たちを成長させている。

教官として最も大事にしていることはなんだろう。屋代さんに尋ねた。

「親代わりになりたいな、と思っています」

彼らの犯罪は許されないけれど、と前置きをして、続ける。

「もし親だったら、彼らがもう二度と失敗しないように、どう接して、どう声をかけるのか。それはいつも考えています」

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もう二度と、ここに戻ってこないように。それが教官たちの願いだ

授業の最後に、少年たちにアドリブで質問をさせてもらった。
「久里浜にやってきて、自分の中で変わったところ、成長したところはなんですか?」

少年のひとりは考えながら、こう話してくれた。いきなりの問いかけだったから、答えはきっと、用意されたものではないだろう。
「この少年院に来て、はじめて日本語を勉強しました。めっちゃ難しいけど、とてもいいと思いました。少年院で自分の弱いところをたくさん見つけて、時間をむだにせずに、がんばりたいです」

発音はまだまだぎこちない。ゆっくりと、一語一語を探しながら、懸命に言葉を紡いでいく。その真剣な表情を信じたいと思った。

室橋裕和(むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。帰国後はアジア専門の記者・編集者として活動。取材テーマは「アジアに生きる日本人、日本に生きるアジア人」。現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に暮らす。おもな著書は『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(辰巳出版)、「北関東の異界 エスニック国道354号線―絶品メシとリアル日本―」(新潮社)など。

本記事は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」、「子どもをめぐる課題(#こどもをまもる)」の一つです。 子どもの安全や、子どもを育てる環境の諸問題のために、私たちができることは何か。対策や解説などの情報を発信しています。

元記事は こちら

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