ジューシーで柔らかい「国産霜降り豚肉の開発支援」も。食卓を競馬のチカラで豊かにしていくJRAの畜産振興
牛肉や豚肉、鶏肉、卵、牛乳、チーズ。
私たちの日々の食事に、畜産物は欠かせないものです。
実はその畜産物をつくる人、届ける人、食べる人たちを支えているのが、日本中央競馬会(JRA)。
競馬事業による利益の一部を、畜産に関わる研究開発や技術普及に助成する「畜産振興事業」を通じて、畜産分野の抱える課題解決に貢献しています。
なぜ、競馬を開催する組織が、牛や豚や鶏などといった馬以外の畜産物を守り、発展させていく取り組みを続けるのでしょう?
JRAの畜産振興事業の担当者や、その事業の中で「国産霜降り豚肉の開発」を進める研究者、JRAの社会貢献活動全体を担う担当者らに、話を聞きました。
物価高による飼料の高騰や農家の人手不足など、実社会の抱える課題に即しながら、私たちの食卓をより豊かなものに変えようと邁進するJRA。
その根幹には、「競馬ファンはもちろん、競馬というものを支えてくれるこの社会とともに発展していく組織でありたい」という想いがありました。
JRAの畜産振興が目指す、「安心・安全、海外にも求められる日本の食の未来」
── 畜産物は私たちの食事に欠かせないものですが、「畜産振興という言葉は、はじめて聞く」という方も多いと思います。そこでまず、JRAで畜産振興を担当される古角さんに、畜産振興とはどんなことを指すのかをお聞きしたいです。
古角博
簡潔に言えば、「お肉や牛乳、卵などを、みんなが安心して食べ続けられる未来を守っていくために、日本の畜産業に携わる方々を支える取り組み」です。
畜産業界の抱える課題は、時代の中で絶えず変化しています。現代においては、動物の食べるえさ代(飼料価格)の高騰や、少子化や高齢化による人手不足、環境問題への対応など、多くの課題に直面しています。
ですが、これらの問題を農家さんの努力だけで解決するのは非常に困難です。国や関連団体のバックアップが不可欠で、JRAとしても、競馬が生み出すチカラを使いながら、日本の畜産業界、ひいてはみなさんの食卓を守る取り組みを続けています。
── 競馬のチカラを使った、JRAの畜産振興事業について教えてください。
古角
私たちは競馬事業で得た収益の一部を、畜産の研究開発や技術普及をする団体に、助成しています。助成する対象となる研究や活動は、家畜の感染症対策や、品種改良によるおいしさ向上の研究開発など、さまざまです。
方法としては、まず支援先を公募し、第三者機関の審査を経て、交付金を交付するという形を取っています。
日本の畜産物はやはり、安心・安全なことが最大の魅力です。生卵をご飯にかけてそのまま食べる文化がいい例です。そういった安心・安全な食を守りながら、海外の需要にも応えていくことが、日本全体が元気になっていくことにまでつながる。そのように思いながら、目的と手段が明確で、しっかりと将来性の見込める取り組みに支援することを心がけています。
── JRAが畜産振興に力を入れるようになったのには、何かきっかけがあるのでしょうか?
古角
JRAは1954年の設立以来、国庫納付を通じて、"間接的"に畜産業界を支援してきました。その国庫納付を通じた支援は今も継続していますが、現在のようにJRAが直接的な支援もするようになったのは、日本中央競馬会法が改正された1991年からです。
背景には、社会情勢の変化があります。日本はもともと、国内農家を保護するために、牛肉やオレンジなどの輸入数量を制限していました。ですが1980年代後半になると、日米貿易摩擦の激化を背景に市場開放が求められるようになり、同時期には、農産物を含む貿易自由化を進めるウルグアイ・ラウンド交渉も活発化していきました。こういったことから安価な輸入品の増加が見込まれ、国内農家が生き残っていくための「競争力の強化」が急務となったのです。
そんな背景から畜産振興がより必要とされ、1991年の法改正を通じて、JRA独自の畜産振興事業が始まっていきました。以来35年にわたり、その時代ごとの課題に合わせた支援を続けています。
近畿大学生物理工学部・白木先生たちのグループによる「国産霜降り豚肉の研究開発・技術普及」も、そういった取り組みのひとつです。
「国産霜降り豚肉の研究」から見る、環境に配慮しながら食卓がよりおいしく変わっていく可能性
── 2020〜22年度のJRA畜産振興事業として採択され、2023〜25年度も継続した一連の「国産霜降り豚肉を効率的に生産・技術普及するための研究」について、近畿大学の白木准教授にお聞きしたいです。どういった経緯で始まった研究なのでしょうか?
白木琢磨
以前から、人間の食べ残しなどを豚の飼料に活用することによって、海外依存度の高い飼料を国産化し、フードロスにも貢献できるのではないかという研究がされており、その中で「豚の飼料をパンにすると、サシが入る」ということもわかっていました。
ただし、パンを飼料にすると豚の成長が遅れる、という課題もあったんです。そういった課題が残っていた中で研究を引き継いだのですが、その頃はちょうど、関税を原則ゼロとするTPP(環太平洋パートナーシップ)の議論が活発化しており、国産豚肉の競争力を強化しないと養豚農家が大変なことになってしまうと危惧されていました。
僕としては、国産豚肉の生き残る道は高品質・高付加価値化しかないと考えていたので、「豚の成長が遅れることなく順調に育ち、かつサシも入っている状態にするための飼料を開発しよう」と、JRAの畜産振興事業に応募したのです。
── 研究開発によって、どんな成果を得られましたか?
白木
サシが入るのと入らない飼料の違いは、小麦にあるとわかりました。パンやパスタではサシが入るけど、餅では入らなかったからです。さらに、廃棄される餃子の皮の切れ端を飼料にしてもサシが入るという発見がありました。餃子の皮を丸くくり抜いたときに余ってしまう角(かど)の部分は、もともと廃棄されるものなので、飼料として利用することでフードロス対策につながり、その分の飼料代もかからない。こういった製造工程で生まれる廃棄物もしっかり試験研究を通じて確認した上で再利用していくことで、おいしい豚肉がつくれるということです。
そういった発見を踏まえ、従来のえさの配合技術を改良し、より汎用性の高い配合飼料を開発しました。それが、2020〜22年度にJRAの事業として取り組んだことです。
ただ、この事業で私たちが研究対象とした豚は去勢されたオスを単独飼育した場合だったので、「一般の農家さんと同じように、オスとメスを混ぜながら飼育しても、サシが入るのか?」という疑問は残っていました。そこで、2023年度からの事業では、より農家さんに近い環境で豚を育ててもサシが入るのかを研究し始めました。
結果的には、一般の農家さんと似た環境でもちゃんとサシが入ることを裏付けられました。ただ、オスに比べるとメスにはサシが入りにくいという課題もあることがわかった。このばらつきをどう無くしていくかは、ブランド化していく上で今後、取り組んでいきたい課題です。
── 白木さんたちの飼料技術によって生産された霜降り豚肉を食べた方からは、どんな反応がありましたか?
白木
商品の情報を隠して一般の方々に試食していただくブラインド調査では、「ジューシー」「パサつきがなく舌触りがしっとり」「柔らかい」などの反応をいただきました。また、僕たちの開発した配合飼料で飼育しているのは、現在は和歌山県の一部の養豚農家さんのみですが、小売業の方々からは「見た目からサシが入っていることがわかるので、売りやすい」というお声もいただいています。
白木
今後は全国展開を見据えていますが、普及のためにやるべきことはまだまだたくさんあります。そういった理由から、引き続き日々の研究を続けていくつもりです。
僕としては、日本中のみなさんにおいしい豚肉を各家庭で食べてもらいたいという目標があります。その想いを強くしたのは、コロナ禍の時です。コロナによって外食産業が縮小したけど、豚肉の売り上げはほとんど落ちなかった。やっぱり日本人は豚肉に依存しているんだという確信を持ったことが、安定的においしい豚肉を食べられるようにしたいという想いにつながっています。
また、アメリカでは豚肉の最大手企業が外国資本に買われたケースもあり、日本でも国内の畜産業を守っていく重要性が高まっているという話も聞いています。国内で回る体制をつくっていくことも含め、JRAの畜産振興事業は非常に重要な取り組みだと思います。
「競馬ファン、地域社会とともに、発展していきたい」
── JRAは畜産振興事業の他にも、競馬のチカラを活用したさまざまな社会貢献活動をされています。なぜ、馬以外のことにも広く取り組まれるのかを、JRAの社会貢献活動全体を担う田渕さん、野田さんにうかがいたいです。
田渕寛
JRAは日本中央競馬会法によって、馬券の売上の10%と利益の2分の1を国庫へ納付することと定められており、その納付金は畜産振興や社会福祉のために使われていますが、2025年度では約3,800億円程となっています。
こうした国庫納付以外において、畜産振興事業も含め、なぜJRAが社会貢献活動をするのかと言えば、競馬というのはお客様の存在はもちろんのこと、地域社会との信頼関係や協力なくしては成り立たないからです。私たちは社会の中で競馬という興行をさせていただいているので、地域社会に還元できることをやっていかないといけないという思いが強くあります。
ですので、JRA畜産振興事業においても、「社会実装できるか」という視点を大切に、支援してきました。
── 地域社会への還元という意味では、トレーニング・センターの馬の寝床で使用される敷料を燃料として活かす「バイオマス発電」もそのひとつですね。
野田紋子
それぞれ約2,000頭の競走馬が生活する栗東トレーニング・センター、美浦トレーニング・センターでは、毎日大量の敷料(馬の寝床となる、わらなど)が使用されます。糞尿のついた敷料は、これまでは堆肥として再利用していましたが、堆肥を必要とする農家が減少したこともあり、別の処理方法が求められていました。
そこで、使用済み敷料を燃料として活かす「バイオマス発電プラント」を、栗東トレーニング・センターでは2019年、美浦トレーニング・センターでは2024年にそれぞれ導入し、栗東トレーニング・センターではバイオマスプラント全体で使用する電力の余剰分を電力会社に販売しています。
田渕
地域社会への活動としては、競馬場周辺の道路工事への助成、周辺の学校や自治体への物品の寄贈、競馬場という広い敷地を公園として開放、幼稚園の遠足の場所として提供といったことも行っています。JRAの中でサステナビリティ推進部が誕生したのは2022年ですが、こういった取り組みは以前からずっと続けています。
かたや、競馬がギャンブルであるという側面や、時代の中で、迷惑施設のように思われてきた側面があるのも事実です。また、私たちの取り組みは日頃JRAの発信を追ってくださっている競馬ファンの方々には知っていただけても、一般の方々には届きづらいという課題感もありました。
こうした課題を乗り越え、「実は、競馬と社会とのつながりを感じてもらえるような取り組みをずっと続けてきた」という事実を広く知ってもらうため、2024年に『Be With.』というページを公式サイト内に立ち上げました。キャッチコピーは、「競馬のチカラを、社会に。」で、さまざまな取り組みについて発信をしています。
野田
競馬が単なるギャンブルではなく、それ以上の魅力があって、持続可能な未来にも貢献できるものなんだと伝わっていけばいいなという想いです。
── 畜産振興事業も含め、JRAは今後、どのような姿勢で社会貢献活動に取り組んでいきたいと考えていますか?
田渕
JRAの経営の基本方針には5つの項目があるのですが、4つ目の「社会とともに」には、「皆様に親しまれる競馬の開催を通じて社会への責任を果たし、持続可能でよりよい社会への実現に貢献していきます」と記されています。
お客様とともに、社会とともに、JRAも発展していく。競馬が今後とも愛され続けていくためにも、「お客様とともに」そして「社会とともに」という思いで邁進していきたいと考えています。
JRAホームページでは、畜産振興事業をはじめとした様々な社会貢献活動をご紹介しています。
詳しくは、JRA Be With.サイトをご覧ください。
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取材・文
小山内彩希
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写真
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編集
大川卓也
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