自分を大切にするための10秒を、 バスタイムに。柿の皮から生まれた フェミニンケアブランド
2020年1月に、ちょっと変わった響きのデリケートゾーンケアブランドが誕生しました。その名も『明日 わたしは 柿の木にのぼる』。
今まで廃棄されていた柿の皮に含まれる天然成分を抽出し、女性の身体と環境にやさしい、シンプルな処方にこだわった製品を販売しています。
このブランドに込められているのは、すべての女性たちの健康と、一人ひとりが自分らしく輝ける社会実現への願い。誰よりも身近な存在である自分の身体と、1日10秒でもいいから向き合える時間をつくってほしいという思いで、日々のバスタイムに使える製品を開発したのだそう。
製品の開発・販売を担っているのは、「陽と人(ひとびと)」という福島県の小さな町の地域商社。そこでなぜ、デリケートゾーンのケアに注力した製品づくりを始めるに至ったのでしょうか。
株式会社「陽と人」の代表取締役をつとめる小林味愛(こばやし・みあい)さんに、製品が生まれた経緯やブランド名の由来、そしてご自身の経験から芽生えた"女性の生き方"に対する思いについてお話を伺いました。
今回ご紹介する現場
株式会社 陽と人(ひとびと)
2017年8月、福島県国見町に設立。農産物の生産・流通・卸売から、デリケートゾーンケアブランド『明日 わたしは柿の木にのぼる』の立ち上げなど、福島の地域資源を活かし、地域と都市を繋ぐ様々な事業を展開している。また商品販売だけでなく、女性活躍のための研修などの活動も積極的に行っている。
陽と人のフェミニンウォッシュ
「あんぽ柿」の皮から生まれた、デリケートゾーンブランド
株式会社「陽と人(ひとびと)」は、2017年に福島県の人口約8000人の小さな町・国見町で創業した地域商社です。地元ではまだ芽吹いていない地域資源を育てて価値化し、農家の暮らしを持続可能なものにすることに取り組んでいます。
代表の小林さんは、これまでに規格外品として廃棄されていた桃を買い取り、東京への流通を整えることで農家の方の所得向上を目指してきました。その次に注目したのが、国⾒町の特産品である「あんぽ柿」でした。
「あんぽ柿は2個で1000円程度の値段がつくような高級品。いわゆる干し柿ですが、水分量が多いのが特徴で、中が天然のようかんみたいにトロッとしていてものすごくおいしいんです」
「干し柿なんて、庭になっている柿をとって、外に干しておけば勝手にできるんでしょ?」なんて思ったら大間違い。実を厳選しながら大きくなるまで育て、収穫したものを一つひとつ皮をむいてから、ロープに通して硫黄で燻蒸(くんじょう)するのが「あんぽ柿」の特徴です。
そこから1か月ほど干したら、自然乾燥中に柿についた汚れをまた一つひとつブラシで落とし、最後に機械に通してようやく完成。これらの作業は、今もすべて手作業で行われているといいます。
現在、国見町であんぽ柿をつくる農家の方たちの平均年齢は約69歳。多くの手間がかかる一方で利益率は低く、担い手は年々減少、高齢化が進む地域には民間の塾もつくられないなど、子どもたちの教育格差といった問題にも繋がりはじめています。
そこで、あんぽ柿の未利用資源をうまく活用できないかと考えた小林さんは、研究開発を開始。実験や調査を進める中で、今まではむいてそのまま廃棄していた柿の皮に、においのケアや肌の引き締め効果のある成分が含まれていることを発見しました。
「天然成分だけでこれらの効果を発揮できるところに着目し、柿の皮を農家さんから買い取って、女性向けのデリケートケア商品をつくろうと決めました。とはいえ、ものをつくって売るのは初めての試み。
そもそも柿の皮の成分を原料にできるかどうかの研究から始め、全体の設計や手法を考えたり、分析したりするのはかなり苦労しましたね。シンプルな原料にこだわるほど、理想を実現するのはすごく大変なんです」
もともとものづくりとは離れた業界にいた小林さんにとって、何もかもが初めてのこと。ひたすら試行錯誤を重ね、約3年の月日を経た2020年1月にフェミニンケアブランド『明日 わたしは 柿の木にのぼる』が誕生しました。「フェミニン ウォッシュ」をはじめ、オイルやミストなどデリケートゾーンをやさしくケアする商品が並びます。
開発の裏には、小林さんのどうしても譲れなかったこだわりがあったといいます。
「デリケートゾーンは名前の通り繊細なので、ゴシゴシ洗うのはもちろんNG。だからわたしは、『フェミニン ウォッシュ』の泡をふわふわにしたかったんです。本来、天然成分は泡立ちにくいのですが、空気で洗うようなふわふわな泡はどうしても譲れませんでした。
だから『フェミニン ウォッシュ』は手法を決めるまでに2年半ほどかかっているんじゃないかな。完成するまで本当に大変でしたね(笑)」
「今までデリケートゾーンのケアをしたことがない方こそ、まず洗うものを変えてみると違いを体感してもらえると思う」と小林さん。言ってしまえば、顔もデリケートゾーンも同じ人間の皮膚。洗顔して保湿するように、デリケートゾーンも適切に洗って保湿することで、乾燥によるかゆみや黒ずみを防げるのだそう。
感受性にフタをし、身体を酷使し続けた10年間
ではそもそもなぜ、デリケートゾーンケアに注力したブランドを立ち上げたのか。その理由は、小林さん自身の過去の経験にありました。
「わたしはもともと10年近くサラリーマンをやってきて、いわゆるかなりの男性社会で生きてきたんです」
大学卒業後に衆議院調査局に入局し、経済産業省へ出向。そののち民間のコンサル企業に勤めていた小林さん。学生時代は、男女平等を意識するきっかけすらないほど、格差を感じる機会がなかったものの、いざ社会に出てみると痛いほど感じたといいます。
「やはり管理職・マネジメント層は圧倒的に男性の方が多いことに気づきましたし、長時間労働や泊まり込みも当たり前。この労働環境も男性たちがつくってきたものなんだとよくよく理解しました。
同じ職場で働く女性が少なければ少ないほど、自分の働きやすい環境を得たり、社会にインパクトを与えたりするためには、20代のうちに男性よりも成果を出して勝たなきゃいけないという呪縛にとらわれるようになっていたんです」
「女性だから」となめられないために、とにかく自分を追い込んで働き、少しの休みも勉強に費やしていた小林さん。当時は、日常的に生理不順や婦人科系の病気の悩みを抱えていたといいます。
「毎週のように、お昼休みに隠れて病院に行って治療するみたいなことをやっていました。だけどふと考えたときに、『これって幸せなのかな』って。
男性の作った組織や働き方に合わせて、ここまで耐えて必死に働かなければ女性が活躍しているとは見なされないし、むしろ使えない者とされる。そんな社会の方が、いびつなんじゃないかと思うようになったんです」
子どもが欲しいなんて言える環境でもなければ、考えることすらできない。身体はもう限界ぎりぎり。社会人になって以来、さまざまな感受性にフタをし、自らの身体をおざなりにしながら生きてきてしまったことに気付いた小林さんの胸に、一つの思いが芽生えました。
「なかなか変わらない社会の中で、今女性たちがより自分らしく健康に生きていくためには、『自分を大切にする』という当たり前だけど当たり前ではない文化を、日常的なセルフケアとして根付かせていくことが必要なんじゃないかなって。それができれば、自分も含めて救われる人が出てくるかもしれないと思ったんです」
「今日じゃなくて、明日でも大丈夫だよ」と伝えたかった
その後、独立を決意して国見町で「陽と人」を立ち上げた小林さん。当時の経験や思いから着目したのが、女性のデリケートゾーンでした。デリケートゾーンには、数百種類の菌がバランスを保ちながら存在しています。
それらの菌は、睡眠不足や食事の偏り、過度なストレスなどにより疲労がたまるとバランスを保てなくなり、デリケートゾーンに不調が表れます。デリケートゾーンは「自分の心と身体を知るパロメーター」であり、"女性の特権"だと小林さんは語ります。
「1日たった10秒でもいいからケアを行うことで、自分の身体に起こる変化に気付く人が増えたらいいなと思って。そんな思いで立ち上げたのが、わたしたちのブランド『明日 わたしは 柿の木にのぼる』です」
一見、ちょっと変わったブランド名。そこにはどんな思いが込められているのか、お聞きしてみました。
「『わたしはのぼる』と言い切ることで、どんなときも自分で人生を選んでいくという女性たちの意志を表しています。あえて『明日』にしたのは、今すぐ全てを完璧にこなそうとすると追い込まれてしまうし、わたし自身も過去に辛い思いをしたから。『今日じゃなくて、明日でも大丈夫だよ』とお伝えしたかったんです。
『明日 わたしは 柿の木にのぼる』のそれぞれの言葉の間には半角の余白が入っていて、女性の心や時間のゆとり、ちょっと一呼吸するというライフスタイルを表現しています。もちろんいろんな考え方があるから、一人ひとりが自分の心の支えになるように、このブランド名を解釈してくれたら嬉しいですね」
販売開始後は、徐々にメディアに取り上げられる機会が増え、フェムテックやオーガニックといった文脈の製品を扱う店舗を中心に広がりを見せている『明日 わたしは 柿の木にのぼる』。催事やオンラインショップのコメント、お手紙などで購入者からうれしい言葉をもらうこともあるそう。中には、親子三世代で使っているという方もいたのだとか。
「かゆみや匂いなど、デリケートゾーンの不調が減ったという言葉や、ブランドのコンセプトや活動に心から賛同しますというお声もいただいていて、すごくありがたいですね。ちゃんと見てくれる人がいるんだなと思うと本当に嬉しいです。
意外だったのは、パートナーにプレゼントとして購入される男性の割合が想像以上に多かったこと。こうした商品に関心を持って、『自分を大切にしてほしい』とパートナーを労う男性が多いことに、すごく希望を感じました」
すべての女性の健康と、循環する社会の実現を目指して
「現時点で感じているのは、課題よりも可能性の方が大きいです」と語る小林さん。今後さらに多くの人にこのブランドを知ってもらえるように、努力していきたいとのこと。
そんな『明日 わたしは 柿の木にのぼる』には、大切にしているポリシーが3つあります。まず一つ目は「Healthy」。女性特有の悩みや健康課題に寄り添うために、商品の販売だけでなく、正しい情報の発信も行っています。
「商品は快適な生活を送ってもらうための一つのツールではあるけれど、それだけで全てが解決するわけではないですよね。
ストレスや生活習慣など、根本的な部分にもきちんと向き合って自分に合った情報を選んでもらいたい。そんな思いで、Webマガジンではさまざまな専門家の方と連携して情報発信をしています」
続いて「Sustainable」。女性の健康とその地域の活性化が両立できることを大切にしているという小林さん。
「わたしたちの製品が売れれば売れるほど、柿の皮を農家さんから買い取ることができるので、それによって農家の方たちの所得が上がっていく仕組みになっています。
結局は製品が良くないと売れないし、地域の農家さんたちの所得向上にも繋がらないので、お客様の声やニーズをきちんと聞くというのはすごく大事にしています。心あるブランドでいたいと思っていますね」
他にも、製造に際して再生可能エネルギーを利用した佐賀県の工場をつかう試みも。製品をつくることでその地域にも波及効果があるのか、誠実なものづくりをしているのかなどを調査したうえで決めたのだそう。
そして最後に「High quality」。小林さんが幼い頃からアトピーを持っていたこともあり、天然由来の成分に強くこだわっているこのブランド。石油系の界面活性剤や防腐剤は一切使用していないので、海に流れても害がありません。
「そのぶん、つくるのが難しくて開発に3年かかっちゃったんですけどね」と笑う小林さん。自分にとって必要で本当に良いと思えるものをつくってきたからこそ、たくさんの人に共感してもらえたり、必要としてもらえたりすることに驚きと嬉しさがあるといいます。
そんな『明日 わたしは 柿の木にのぼる』が最近新しく始めた取り組みが、
ファクトブックづくりです。デリケートゾーンのケアだけでなく、生物学的に見た20〜60代の働く女性たちの身体の仕組みや、それぞれの年代におけるさまざまな悩みについて言及。
リアルな声とそれにまつわるファクト、そして今後の選択肢を提示するような内容になっています。デリケートゾーンケア商品の購入者には、特典として無料で配布される予定だそう。
正しい知識の底上げとして、すでにWebマガジンでも情報発信をしてきたにも関わらず、なぜ改めて冊子をつくったのか。そこには、女性たちにとってより生きやすい社会を願う小林さんの強い思いがありました。
「働く女性だけでなく、その周りにいる職場の管理職やパートナーが最低限知っておくべきことだけをまとめて、渡せるものをつくりたかったんです。実際、女性ホルモンの乱れは生活環境要因が大きいということもわかってきていて、個人の問題だけではありません。
子宮頸がんや産後うつなど、女性の不調や病気には男性が関わることも多いですし、そういった男女ともに関係のあることもまとめているので、より多くの方に読んで知ってもらいたいなと思っています」
小林さんの語る言葉や、試みの一つ一つには、女性の健康への切実さと希望が込められていました。身体の変化と向き合い、苦しいときには周りの人を頼りながら生きていく。
「自分を大切にする」ことは簡単なことではないかもしれないけれど、一人ひとりのほんの少しの意識から、社会全体の仕組みも少しずつ動かしていけるはずです。なのでまず『明日 わたしは 柿の木にのぼる』を第一歩に、自分の身体に向ける眼差しを日々大切にしていきたいですね。
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画像提供株式会社陽と人