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豊かな未来のきっかけを届ける

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''さくら博士'' 勝木俊雄さんに聞いた 桜の危機と、花見の未来

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日本の春の風物詩といえば、桜と花見。毎年春になると、街中は桜の名を冠した商品やイベントで賑わい、人々が家族や友人と一緒に公園や川沿いで花見を楽しむ姿が見られます。
このように日本人にとって親しみのある桜ですが、その起源や成り立ちについては意外と知られていません。そこで、今回は熊本県で'染井吉野'(ソメイヨシノ)※の研究を行う勝木俊雄先生にお話を伺いました。桜と花見文化がたどってきた歴史、そして知られざる「桜の危機」について学びながら、桜と花見の未来について考えます。

桜と花見文化の変遷をたどる

── 桜と花見は日本人にとって親しみ深い存在ですが、その背景や歴史についてはほとんど知られていません。桜と花見文化がいつ生まれ、どう変化していったのか教えてください。

花見で桜が愛でられるようになったのは、平安時代からと言われています。それ以前は花見といえば中国から伝わった梅や桃でしたが、日本独自の文化に眼を向ける「国風文化」が花開き、桜が花見の対象に加わったのです。

その後、大きな変化が訪れたのは江戸時代の中期。「国学」という日本古来のものを尊ぶ学問の流布によって、ヤマザクラという野生種を筆頭に、桜を讃美する風潮が強くなっていきました。また同時に、それまでは上流階級の人々の嗜みだった花見が、庶民にも開かれていきます。お弁当を持参して桜の木の下で賑やかに花見をする現代に近い宴会スタイルの花見は、江戸時代に定着したのです。

日本各地で見られる桜 なぜここまで広がったのか?

── 桜は日本各地で見ることができますが、これほどまでに広がった理由は何でしょうか。

日本人にとって最も身近な桜といえば、公園や遊歩道によく植えられる'染井吉野'でしょう。 桜が日本各地に広がった理由の説明には、'染井吉野'の存在が欠かせません。

'染井吉野'は江戸時代の末期に登場した種類で、明治時代から一気に日本各地に広がり、日本人にとって親しみ深い花となっていきました。
その理由としてまず挙げられるのは、見た目の華やかさと美しさです。花びらが大きく、咲き始めは淡いピンク色の花が映える姿は、花見の対象として理想的でした。

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'染井吉野'の花。大きな淡紅色の花弁がよく目立つことが特徴。
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ヤマザクラの花。開花時に赤褐色の若葉が伸びることが特徴。

もうひとつの理由は成長速度の早さです。例えばヤマザクラは植えてから花を楽しめるようになるまで20年以上かかるのに対し、'染井吉野'は10年もすれば立派に花見ができる大きさに成長します。短期間で成長する'染井吉野'は、花見の名所を作ろうとする者にとっては好都合な種類だったのです。

さらに '染井吉野'を増やすために用いられたのが接木(つぎき)という手法。接木とは、増殖したい親木から穂木(ほぎ)と呼ばれる枝を採り、土台となる木に繋ぎ合わせて成長させる方法です。つまり、親木と同じ大きさ、形、色の花を咲かせる桜の木を増やすことができるのです。このように、同一規格で同一品質の苗木を大量に作ることができることも、 '染井吉野'が爆発的に広がった理由のひとつです。
こうして '染井吉野'は日本各地で見られるようになり、春の風物詩としての桜の地位を別格のものとしました。

高齢化と衰弱化 日本の春を象徴する桜に、危機が迫る

── 現在、桜が危機的な状況にあると聞いたことがあります。どのような問題が起きているのでしょうか?

実は今、日本の桜の多くが高齢化や衰弱化の危機にさらされています。
例えば先ほどご説明した '染井吉野'は、植えられてから20年くらいはほぼ手入れをしなくても元気に育ちます。しかし、そこからさらに年月を重ね高齢になると、あちこち傷んだり、病気にかかりやすくなったりと問題が生じやすくなるのです。適切な管理を行えば桜は健全化すると分かっていますが、人手不足や管理の必要性が認知されていないことが理由で、手入れが行き届かずに衰弱する桜が増えています。

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'染井吉野'の高齢木。腐朽した幹が折れやすくなっていて危険な状態である。 画像提供:森林総合研究所

さらに、気温上昇による桜への悪影響も問題となっています。
桜は通常、夏ごろに花芽(かが)という翌春に咲く花のもととなる芽をつけ、秋になると一旦休眠します。そして冬の寒さにさらされることで花芽が目覚め、気温上昇とともに花を咲かせます。しかし冬があまりに暖かいと休眠解除システムが狂って、正常に桜が咲かない、花付きが悪くなるなどの問題が起きてしまうのです。実際に鹿児島県や熊本県の一部地域では花見の対象にならないほど花付きが悪い桜が出始めていて、その割合は年々少しずつ増えている。そして九州や四国のような日本の南側の地域だけではなく、都市部でも同じ現象が起きています。

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屋久島にある南限の'染井吉野'。暑さが原因で開花が5月と極端に遅れるとともに、枯れ枝が多く衰弱している。 画像提供:森林総合研究所

これらに加えて、都市部で野生の桜が姿を消しつつあるという問題もあります。日本各地には、ヤマザクラやエドヒガンといった個性的で美しい10種の野生種が見られますが、これらの桜は基本的に森林で育ちます。しかし都市部では野生植物が生育できる森林が減少しており、絶滅寸前の状況にあるのです。

桜を守るための管理 私たちにできることは?

── 桜を守るための管理にはどのようなものがあるのでしょうか?また、私たちがすぐに取り組めることがあれば、教えてください。

まず、適切な枝の剪定が重要です。「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」ということわざが誤解を生み、桜の枝を切るのはよくないと勘違いされていますが、これは大きな間違い。高齢になると枝先が枯れてしまうことがよくあるため、剪定して若い枝を伸ばしてあげることが大切です。'染井吉野'の場合はとくに「てんぐ巣病」というカビの一種が引き起こす病気にかかりやすく、病気になると花がつかなくなりやがては枝が枯れてしまいます。この病気は薬剤では発生を抑えられないため、病気が発生した枝を切除するという管理が必要となるのです。

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てんぐ巣病にかかった'染井吉野'。発病した枝にはほとんど花が咲かない。 画像提供:森林総合研究所

そして、通常目には見えない根っこの部分のケアも欠かせません。実は'染井吉野'のように都市部に植栽される桜が衰弱する一番の原因は、根を伸ばす土壌環境が悪いことだと考えられます。人が歩いて地面を圧縮して固めたり、元々土だったところがアスファルトで埋められてしまったり、基本的に根の周囲の環境は歳月とともに悪化してしまいます。こうなると根から水や養分が吸収できなくなり次第に弱ってしまうので、土壌改良を行わなければなりません。

このように管理者である自治体などが行うべき対策はたくさんありますが、みなさんにまず取り組んでほしいことは「桜に最期まで寄り添う気持ちを持つこと」です。特に '染井吉野'は人間が増やした樹木なので、人間がきちんと面倒を見る。そして、手の施しようがなくなってしまったら、最後は切ってあげる。そこまで見届けるやり方が必要です。単純なことに思えるかもしれませんが、この気持ちが桜を守る第一歩だと思います。

── 今回「晴れ風ACTION」は、撮るだけで桜の健康状態や樹齢の診断のお手伝いができる「桜AIカメラ」という取り組みをはじめます。集まった桜のデータは全国の自治体の桜を守るためのデータベースになるとのことですが、先生はこの取り組みについてどう思われますか?

綺麗な桜を守るためには管理が不可欠であることを繰り返しお伝えしてきましたが、当然、その管理には多くの手間や費用がかかりますし、適切な管理のための情報も不足しています。そこで、「桜AIカメラ」が桜の管理や保全のための情報を集めるデータベースを生み出す手助けとなる。これは非常に良い取り組みじゃないかと思います。
また、残念ながら桜の管理の重要性は、まだまだ世間に知られていません。この取り組みをきっかけに、みなさんが桜について考え、美しい桜を守るには管理が大切だと知るきっかけになれば嬉しいです。

── 最後に、桜と花見文化の未来について、勝木先生の思いを聞かせてください。

現代の宴会スタイルの花見は江戸時代に生まれました。
「ハレとケの文化」という言い方をしますが、当時の人は日常を慎ましく暮らし、特別な日には豪華な食事やお酒で派手にお祝いしたそうです。ハレの文化である花見。花見のように、公共の場所で美しい桜を眺めながらお酒を飲んで楽しむ行事は世界的に見ても非常に少ないです。節度は守りながら、昔から続いてきた日本独特の文化が、この先もずっと続いてほしいと思います。

勝木 俊雄さん

勝木 俊雄さん

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 九州支所 産学官民連携推進調整監。30年以上にわたりサクラを研究しており、2018年には新種の野生のサクラ「クマノザクラ」の発見を発表。著書に『サイエンス・アイ新書 桜の科学』(SBクリエイティブ)、『岩波新書 桜』(岩波書店)、『生きもの出会い図鑑 日本の桜』(学研プラス)などがある。

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