受刑者向け求人誌が問う「明日は我が身」の想像力。誰がために居場所はあるか
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「気づくとあなたは警察で取り調べを受けています。さて、自分は何をしたと思いますか?」
突然の質問に驚き、面食らう取材陣。言葉に詰まっていると、目の前の三宅晶子さんが続けた。
「これは私が講演会でよくやるワークなんです。例えばこの間は、中学校の校長先生に聞いてみました。今みたいに突然だったから、すごく困惑されていたけど、しばらく考えておっしゃったのは『僕は釣りが好きだから、禁止区域に入って、密漁をしちゃう可能性があるかなあ』って......」
想像することがこんなに難しいとは思わなかった。「自分は犯罪とは無縁」という無意識の考えが、そこにあることに気づく。しかし、本当にそうだろうか? 自転車や車の事故。病気や天災ですべてを失くしたとき。誰もが「絶対に」と言い切れるものなのだろうか。
三宅さんは、少年院・刑務所専用の求人誌『Chance!!(チャンス)』の編集長だ。この雑誌には現在34社が求人を掲載。出所後、およそ2人に1人が刑務所に戻ると言われる中、全国200か所以上の刑務所や少年院で配布され、"塀の中"の就職活動を支えている。
昨今、SNSで目にする人々の失敗や過ちへの批判。どこかで自分は無関係だと考えていないだろうか。「罪を犯したのだから自業自得」と考える人もいるだろう。しかし、その背景には複雑な家庭環境による虐待や貧困、社会からの孤立が絡み合っているケースが少なくない。
三宅さんは言う。
「今日はぜひ、『想像力』を働かせながら話を聞いてください」
刑務所ではネットも電話も使えない
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── 『Chance!!』を拝読しました。1ページ1ページに「応援」が詰まっていると感じました。この求人誌はどのような経緯で生まれたのでしょうか?
最初は非行歴や犯罪歴のある人向けの有料職業紹介事業から始めました。でも、いざふたを開けてみたら、無断欠勤するわ、いなくなるわ、トラブル起こすわ、再犯するわ......。もう全然うまくいかなくてクレームの連続。当然ですよね。応募者とたった1時間ほど面談しただけで、人となりを分かったような気になって、「この人は真面目に頑張りますよ!」なんてお墨付きを与えてしまって。
── 職業紹介となると、紹介する側にも責任が伴いますよね。
そうなんです。それでもう、謝り倒すのにもほとほと疲れていたとき、ある営業先で工業高校向けの求人誌が目に留まりました。中を見ると、当時営業していた建設系の会社が何社も載っていて、「これいんじゃね?」ってひらめいたんです。
刑務所の中ではネットも電話も使えません。会社のホームページはあっても、それを閲覧できるのは出所後のこと。でも紙媒体の求人誌なら、塀の中にいる人々にも情報を届けることができると思いました。それに、応募者と企業が直接連絡を取り合う形式であれば、仲介者として板挟みになってクレームを受けるリスクも避けられる。それで「受刑者向けの求人誌」の発行を決めたんです。
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── そもそも、受刑者の方たちの求人はどのように行われていたんですか?
基本的に刑務所内で「就労支援制度」を利用している方には、ハローワークを通じて受刑者専用の求人情報が提供されます。一般の求人と大きく異なるのは「面接に行ける施設」が書いてあること。求人側が刑務所に出向く必要がありますから。
ただ、出所者からは「施設内の求人票を見ても、会社の実態が分からず興味が湧かなかった」という声も聞きました。仕事内容やお給料は書いてあるけど、それって最低限の情報じゃないですか。でも、受刑者が塀の中で一番知りたいことって、そこに自分の居場所があるのかどうかだと思うんですよ。その場の雰囲気みたいなもの。それは文字だけでは分からないし、伝わらないんです。
── 出所してからの就職活動は難しいものなのでしょうか?
帰る場所がある方はそれができます。ただ、中には出所しても帰る場所がない方がいます。家も仕事もなく、当面の生活費もない。一般の求人では過去を明かした時点でまず不採用でしょう。
そうなると、3食寝床付きの刑務所に戻った方がマシだと考えて、再び罪を犯してしまう。だからこそ刑務所にいるうちに職を決める必要があります。寮のような住宅付きの仕事に内定し、そこから初めて自立への一歩を踏み出せると思うんです。
仕事や住む場所なく再犯に至るケースも。それを防ぐ保護司の人材不足と、無報酬の背景 #令和の人権
サストモ編集部
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どこでもいいから「居場所」を見つけてほしい
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── 『Chance!!』の中身に関する話も伺いたいのですが、まずは印象的な表紙について。毎号いいお顔が並んでいますね。
この表紙には創刊以来、非行歴や犯罪歴がありながら『Chance!!』を通じて就職し、現在も働き続けている先輩たちを起用しています。後輩たちが「いつか自分も表紙に」と目標を持てるように。そして、少年院の先生や刑務所の刑務官がこの表紙を見て、「あいつ頑張ってんじゃん!」って、喜んでくれるように。
── この表紙には再会の意味もあるんですね!
そうなんです。今でこそカメラマンに依頼していますが、最初は古いiPhoneで私が撮ってましたからね。デザイナーから「せめて機種変してください!」って言われたほどです(笑)
── あと気になったのが、誌面の全ページにふりがながふってあること。これは?
読者の中には、義務教育も満足に受けていない人や、外国出身の人もいます。文字が読めなければ、求人票も自分とは無縁な世界になってしまう。実際、当社への手紙や応募書類をすべて平仮名で書いてくる方もいらっしゃいます。
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── 掲載されている代表者メッセージからもその想いが伝わってきます。求人募集はどのように増やしてこられたんですか?
創刊号は必死で13社集めましたけど、それ以降営業活動はしていないんです。有料職業紹介での失敗の経験から、こちらからお願いしたり売り込んだりするのではなく、企業側から声をかけていただいて、私たちが選ばせていただく形にしようと決めたんですよね。
── では、掲載企業の増加にはどんな背景があったのでしょうか?
実績ができれば掲載企業は徐々に増えていくだろうとは考えていました。ただ、『Chance!!』における実績は単に「内定者」の数ではなく、「定着率」が重要なんです。だから、言われればどこでも掲載するわけではなく、私たちの要望をすべてクリアできる会社に絞っています。
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── 具体的な判断基準はあるんですか?
例えば、勤務時間が短くてまとまった額のお給料にならないとか、一般求人と受刑者専用求人で格差があるとか。あとは、私との電話のやり取りで、横柄な態度だと感じた場合なんかもお断りしています。私への対応=そこで働くことになる人への対応だと思うので。
それだけ掲載企業も覚悟を持って採用に臨んでくれていますし、当社も掲載には責任を持っています。だからこそ、応募者にも「絶対にやり直す」という覚悟を持ってもらいたい。応募者にChance!!専用履歴書を書いてもらっているのも、そういった理由からです。
── 通常の履歴書とどういった点で異なるのでしょうか?
「事件の内容、背景、きっかけ」や「再犯しないための決意」「夢・将来の目標」などをA4用紙4枚、ガッツリと書いてもらいます。罪を犯した過去と向き合う苦しい作業なので、提出までに1年かかったという人もいました。なかにはきれーいに嘘を書く人もいて、騙されることもあります(笑)。でも、わりと皆さん、本当のことを書くなあと感じていて、そこに魅力が出ると思っています。失敗をさらけ出すことで、誠実さや本気度が見えてくるんです。
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── 掲載が決まった企業に対して、特に伝えていることはありますか?
「慈善事業でもボランティアでもなく、本気の採用活動として選考してください」とは伝えていますね。当然のことですが、「雇ってやる」という上から目線ではうまくいきません。『Chance!!』の運営自体も、「本人の支援ではなく、企業の採用支援です」とお伝えしています。たまに「NPOや社団法人でやればいいのに」と言われますが、寄付金や補助金がなくとも自走できるようにしたいんです。
掲載企業の多くは、出所者雇用について「覚悟をもってよく働く人が多い」と評価しており、私もそこに価値があると感じてます。「いいことしてる」とか「支援者」って見られるのも好きではないし、継続するためにもビジネスとして成り立たせる必要がある。まあ、私は経営者としては0点なんですけどね(笑)。
── だから三宅さんの運営する「ヒューマン・コメディ」は、株式会社なんですね。
そうですね。あと、もう一つ大切な理由があって......。
9年前に少年院から身元引受をして、その後養子縁組した娘がいるんです。実親から「産まなければよかった」と言われて育った彼女は「誕生日が嫌い」と言っていた。その誕生日に会社を登記したのは、彼女の存在を祝福したかったから。そして、毎年の設立記念日を通じて同じ境遇の人たちに「生まれてきてくれてありがとう」という思いを伝え続けたいと考えたんです。それに、私が死んだ後もこの会社が残っていれば、応援してくれる存在がいると思えるかなと。
── 娘さんについて、もう少しだけお伺いしてもいいですか?
娘とは自立援助ホームのボランティアを通じて出会いました。当時17歳だった彼女は、生後間もなく母親から育児放棄されたり父親の再婚相手から虐待されたりして、人生の大半を児童養護施設や里親宅などで過ごしていた。身元引受人になった理由は一言で言えば縁です。出会って7ヶ月が経った頃、少年院から届いた手紙を読んで、彼女の人生の選択肢の一つになりたいと思いました。この出会いがなければ、今の会社はなかったでしょう。
罪を犯さずにいられるのは、誰のおかげか
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── 三宅さんのそういった行動力の源は、どこにあるんですか?
うーん、昔っから衝動的な性格でしたね。中学時代は先生から「規格外」とか「予測がつかない」って言われていて、学校でも会社でもずっと「普通でいないと」と思って生きていました。
きっとこの仕事は、どこにも馴染めなかった私が長年探し求めていた居場所なんですよね。自分が笑って死にたい。だから、誰かがそうできるよう手伝わせてほしい。それが自分の仕事であり、自分の居場所になったんだと思います。
── 更生には、失敗を受け入れる姿勢が必要なのは理解できます。一方で、加害者がいる以上、そこには被害者もいる。そのことについてはどうお考えでしょうか?
加害者が更生できないということは、再び被害者を生むということです。再犯が起きにくい環境を作ることは、被害者はもとより、社会全体の安心にもつながります。もちろん犯罪を肯定するつもりは毛頭ありません。私自身、今でも残虐な事件のニュースを見ると「許しがたい」「受け入れられない」と感じますし、言葉を選ばずに言えば「死ね」と思うときだってあります。
だけど、過去に娘の境遇を聞いたときに、もし私が同じ環境で生まれ育っていたらと考えたんです。それで、いま私が罪を犯すことなく生活できているのは、自分の努力じゃなくて、親や周囲の支えがあった恵まれた環境のおかげだと気付きました。だから「死ね」と思ってしまった後で、できる限り相手がその行動に至った理由や背景を知りたいと思いますね。
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── たしかに。その人が抱えている背景を知ったら、見方も少し変わるかもしれません。
たとえ世の中のほとんどが許せなくても、誰かは許してあげていいんじゃないかって思うんです。求人を出している経営者の中には服役経験がある方もいます。彼らも誰かに許され、支えられてきたからこそ、更生することができたと話しています。
一つ「許す」について、印象的なエピソードがあるので話してもいいですか?
── お願いします。
無期懲役囚のAさんという方の採用を決めた会社がありました。無期懲役は、いつ出所するかは分かりません。当時70歳だったAさんは、仮に出所できても車椅子に乗っているかもしれない。その会社が身元引受を表明した時、保護観察所から派遣された保護司が社長と面談し「正気ですか?」と確認したほどでした。
ある時その社長が、「そういえば彼は何をしたんでしたっけ?」と私に尋ねてきました。「強盗殺人だったと思います」と答えると、社長は言ったんです。「まぁ、そんなこともあるよね」って。
── なぜそこまでしてAさんを雇用しようとしたのでしょうか?
Aさんはものすごく魅力的な方で、当社でも採用したいと思うほどでした。手紙から刑務所での真面目な勤務ぶりが伝わってきましたし、思いやり深い温かな人柄を感じました。とはいえ、もう「採用活動」の域を超えてるんですよね。十数年先のことは誰にも分かりませんし、その頃には会社がなくなっちゃってるかもしれない。だけど「出てきたときにあなたの居場所がありますよ」って伝え続けてくれたんです。残念ながらAさんは病気になり、この会社で働くことなく亡くなりました。医療刑務所への移送後、余命が僅かと知った社長は急いで彼の名刺を作り、最期の面会で「待ってるよ」と伝えていました。
もちろん全員が真面目に更生するわけではありません。就職を決めて出所しても、働き始めたらいなくなる人や、再び罪を犯してしまう人はいなくならない。それでも、許して応援してくれる人がいるってことは、伝え続けたいですね。
犯罪や非行がなくならないのだとしたら
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── 今後、社会から非行や犯罪はなくなるのでしょうか?
完全になくすことは難しいと思います。ある少年院の元院長からこんな話を聞きました。その施設では、全体の2割ほどの少年が問題行動を起こしていたそうです。そこで彼らを別の施設へ移したところ、それまで大人しかった少年たちが次々と問題行動を起こすようになり、結局また全体の2割が同様の層として形成されたというのです。
「2・6・2の法則」とか「2・8の法則」って聞いたことありますか? 集団や社会を形成する生き物には、それを維持するためのバランスがあるという考え方です。仕事のパフォーマンスが高い層が2割、中くらいの層が6割、低い層が2割の割合で存在するとか。
── そういった法則は、人間社会においてなにを担保していると思いますか?
なんでしょうね。あくまで私見ですが、一つには人間が善悪を知るためかもしれません。闇がないと光は見えず、昼の花火では価値が分からないように、悪い行いを見ることで、してはいけないことを学ぶ。あるいは、なにか「役割」があるのかもしれません。
蜂の社会では、外敵の攻撃を受けた際、普段パフォーマンスの低い2割が迎え撃つように、「下位層」としての役割がある。自分の会社員時代を振り返っても、なんとなく「2・6・2」の割合だったように思います。普段目立たない人が、ある局面でものすごい才能や行動力を発揮することもある。「下位層」が非行歴・犯罪歴のある人というわけではないですが、一般社会から「出来が悪い」と見られる人にも、必ず何かしらの役割があると、私は思っています。
── 非行や犯罪がなくならないのだとしたら、私たちはどうすればいいのでしょう?
結局のところ、社会全体から底上げするしかないと思います。更生には、本人の意思と努力、そして社会の受け入れる姿勢が不可欠です。「犯罪は自業自得だ」と考える人には、ぜひ考えてもらいたいことがあります。今、あなたが犯罪と無縁の生活を送れているのは、本当に自分だけの力でしょうか。多くの犯罪の背景には貧困や虐待があります。人生は予測不能で、アクセルとブレーキを踏み間違える可能性がある。家族や友人が事件を起こしたとき、同じことが言えるだろうかと。私は常に「明日は我が身」と感じています。
そういった想像力を多くの人が持つことで、社会は変わっていくはず。それが今もっとも必要なことだと思います。当社としては『Chance!!』の掲載企業を全国に広げ、募集職種も増やすことで、受刑者の選択肢をもっともっと増やしたい。究極的には、この会社が必要とされない社会が理想です。非行や犯罪に限らず、障害や病気など、あらゆる生きづらさに対して、誰もが自分ごととして想像できる社会に、一歩ずつ近づいていけたらいいなと思ってます。
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三宅 晶子(みやけ・あきこ)
株式会社ヒューマン・コメディ代表取締役。1971年、新潟市生まれ。中学時代から非行をくり返し、高校を1年で退学となる。その後、父からもらった1冊の本をきっかけに大学進学を志す。早稲田大学第二文学部卒業。貿易事務、中国・カナダ留学を経て株式会社大塚商会入社。2014年同社退社後、受刑者支援団体等でボランティアをおこなう。その活動中に非行歴や犯罪歴のある人の社会復帰が困難な現状を知る。2015年株式会社ヒューマン・コメディ設立。受刑者等を雇用する企業の採用支援をおこなう。2018年、日本初の受刑者等専用求人誌『Chance!!(チャンス)』創刊。
『Chance!!』の最新号は、インターネットで無料閲覧が可能です。下記URLよりご参照ください。
https://www.human-comedy.com/%E3%80%8Echance%E3%80%8F%E6%9C%80%E6%96%B0%E5%8F%B7/
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写真 本永創太
Instagram: souta.motonaga
執筆 山本梓
Instagram: capisa03
編集 日向コイケ(Huuuu)
X(旧Twitter): @hygkik