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ASD・ADHDの文学研究者、横道誠さんと考える共生社会。「みんなマジョリティでありマイノリティ、だからこそ」

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なぜマジョリティとマイノリティは分かり合えないのか。なぜ分断は深まってしまうのか。私たちが日々感じる、そんなモヤモヤに対して、「当事者」の立場から一石を投じた一冊があります。『みんな水の中』(2021年刊行)。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)といった発達障害がある著者が独特なワードセンスで自らを取り巻く精神世界を描き、注目を集めました。

「私もあなたも、脳の多様性を生きている」

『みんな水の中』は、こんな印象的な一文から始まります。「脳の多様性」とは何なのか。今回は著者であり、ドイツ文学者としても活躍する横道誠さんに、当事者から見た社会に対する疑問や、共生に向けたヒントについてお話を伺いました。

横道誠

横道誠さん

大阪市出身。京都府立大学文学部准教授。博士(文学)(京都大学)。専門は文学・当事者研究。 ドイツ文学者として活躍する傍ら、40歳でASD・ADHDと診断されて以来は発達障害の当事者仲間との交流や自助グループの運営にも力を入れ、その諸経験を当事者批評という新しい学術的・創作的ジャンルに活用しようと模索している。著書に『みんな水の中――「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』(松本俊彦と共著、太田出版)などがある。

横道さんにとって世界は、「まるで水の中にいるよう」

── 最初に、ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如多動症)の特性について、教えていただけますか。

ASDの特性として挙げられるのはまず、人との関係性を築くのが少し苦手ということです。会話のキャッチボールがうまくできなかったり、視線を合わせるのが苦手だったり。あと「こだわり」という言葉でしばしば表現されますが、反復的な行動を好む、興味関心が極端に偏っているとかも、よく見られる特性と言えます。そのほか、光や音など外部からの刺激に敏感だったりします。

── ADHDについてはいかがでしょうか。

ADHDは、不注意・多動性・衝動性の3つが主な特性です。集中力が続かなかったり、じっとしていられなかったり、思考のコントロールが難しかったりする人が多いですね。

幼少期の横道さん
幼少期の横道さん。「教室にじっとしていることが苦手でした。よく、学校を飛び出して街中を放浪していましたね」

── 著書『みんな水の中』では文字通り、そんなご自身の状況を「水の中にいるようだ」と表現されていましたね。

対人関係をうまく築けないと、陸上に生きていながら水中生物であるかのような感覚に包まれるというか、自分だけが別世界にいるように孤独を感じることがあるんです。あと頭の中が常にせわしないので、疲れてぼーっとした状態がずっと続いている。またASDの人は特定のものへ強い愛着を示す傾向にあります。僕は特に青い色が好きなので、青いグッズを集めてしまいがちです。こういった要素が組み合わさり、僕にとってはちょうど「水の中」にいるような感覚を生み出しているんだと思います。

── 横道さんがASD・ADHDであると診断されたのは、いつのことでしょうか。

大学院卒業後、常勤の大学教員として働きだして10年目くらいです。当時、休学や退学をする学生と面談をすることがあったのですが、学生がアスペルガー症候群(現在はASDと診断される)やADHDだといって訴える症状が、これまで自分が抱えてきた悩みと重なる気がしたんです。職場の人との衝突が絶えなくなり、ついに自分自身も休職を決めた時に、思い切って検査を受けました。それまで発達障害についての知識はほとんどなかったから基本的には治らないものであることも知らなかったですし、ASD・ADHDと診断が下った時はやはりショックが大きかったです。

当事者研究を通じて、誰かを助けることができると思った

── 横道さんは短期間のうちに30冊以上の本を矢継ぎ早に出されています。その最初の本が『みんな水の中』だそうですね。発達障害をテーマとしたこの本を発表された理由は何だったのでしょうか。

まだ世の中の大多数には知られていない「当事者研究」の成果をまとめたいという思いがあったからです。当事者研究とは、自分の悩みや体験について、背景にある事柄や経験、意味と紐付けながら、「自分がより良く生きてくための方法」を探る研究のこと。精神疾患、身体障害、難病などと診断された人を中心に実践されている手法です。僕が当事者研究を始めたのは、ASD・ADHD の診断を受けたことがきっかけでした。休職中にコロナ禍の時代が来て孤立化の不安があったので、自助グループに参加し、そこで自分で自分を研究する面白さに気づきました。

みんな水の中
詩・論文・小説・イラスト......書籍では、様々な表現方法を通して、横道さんが体験する世界が描かれている

── 「自助グループ」とは何でしょうか。

同じ悩みを抱える人たちが集まり、症状について理解を深めたり、お互いの課題や状況を共有しながら、改善策を探ったりしていくためのコミュニティです。最初はアルコール依存症のグループに参加をしていたのですが、当事者同士でつながれるのが嬉しくて、発達障害者の自助グループにも参加するようになりました。

── 自助グループのどのような部分に惹かれたのでしょう。

自分と似た境遇の人と、リアルな悩みを共有できることですね。同じ特性がある似た者同士で集まって、「その失敗の感じ、わかる!」とお互い共感しながら解決策を共に探っていく作業に、とても意味を感じたし救われました。その後、自分でも10個ほどの自助グループを立ち上げました。いわゆる"障害"があると、どうしても「助けてもらう立場」にしかなれないと思っていたんですけど、ここでは自分の実体験を分析し、共有することで同じ症状がある誰かの役に立つことができます。それがすごく嬉しかったんです。

── そういった実感が、自らを研究対象とする当事者研究にもつながっていったんですか。

そうですね。発達障害によって自分の人生がどう崩壊してきたかという、生々しくて恐ろしい体験を、当事者はそれぞれ違った形で抱えています。だからこそ、その体験には専門的知識に匹敵する価値があるのでは?と自助グループの仲間と話しました。また、自分を題材に研究すれば、その成果を日常に生かすことができ、自分の生き方も自然とアップデートされると考えました。

── 自分の体験を研究テーマにすることで、他者も自分も救うことができる、と。

まさに、そうです。研究成果を形にしたいという個人的な思いとともに、ASD・ADHDに悩まされる人たちの参考に少しでもなればという思いも同時にありました。私は主宰する自助グループのほとんどで当事者研究をやっています。

欠落などない――みんな「脳の多様性」を生きている

── 『みんな水の中』は「私もあなたも、脳の多様性を生きている」という書き出しが印象的ですが、本の中では一貫して、発達障害を「脳の多様性」と表現されていますね。

これまでの人生で、僕と同じか、それ以上に強いこだわりを持っていたり、落ち着きがなかったり――そんな一方で、素晴らしい才能を持つ人たちに、たくさん出会ってきました。だからこそ、僕は発達障害を「個性」として捉えています。実際、歴史上の偉人の中にも、「変わり者」と呼ばれながらも、大きな功績を残した人は少なくありません。

── たとえばどんな人でしょうか。

ずっと虫の研究ばかりしていたファーブルとか、ひまわりを何枚も描き続けたゴッホとか、小さい頃は周りから「うつけ者」と言われていた織田信長とか......。僕も小さい頃から学研の伝記マンガを読みながら、そんな偉人たちに親近感を覚えることもありました。

中には、脳になんらかの発達障害的な特性があったんじゃないかと言われている偉人もいます。ビル・ゲイツだって、もし今の時代に自分が子どもだったら、きっとASDと診断されていただろう、と自伝の中で語っています。要するに「個性」なのか「障害」なのかというのは、捉え方次第なところも大きい。発達障害の問題を短所と長所の両面から捉えていいんじゃないの?と僕は思うわけです。

── そう考えると障害なのか個性なのかって、世間の認識としてもかなり線引きが曖昧ですよね。

英語論文などでは、自閉スペクトラム症を、自閉スペクトラム「状態」という言い方に変えていこう、という動きもありますよ。一方で、僕の仲間には、病気と認定されなくなることで社会からの救済措置が弱まることを恐れている人もいます。「病気じゃないなら福祉が助けてくれなくて当たり前だ」と思うかもしれませんが、そもそも今の社会は何一つ障害がない人、つまりマジョリティを想定してつくられていますよね。だからマイノリティである発達障害の人たちが生きづらさを感じたり、実際にうまく生きられなかったりするのは当然のこと。発達障害が病気だろうと個性だろうと、マイノリティに対する社会的なサポートはやはり必要だと思います。

みんな水の中
「医療費が1割負担で済むなど、"病気"とされることでサポートを受けられる部分もあるのが複雑なところ」と横道さん

弱い立場の人に寄り添うことが、社会全体を良くすることにつながる

── そういったマイノリティの人に対する社会的なサポートに対して、マジョリティの側から批判の声も上がることがあります。たとえば「障害者割引など得をしている部分もあるのに、それ以上権利を主張してくるとは何事だ」という声など。こういった分断はなぜ起こってしまうのでしょうか。

マジョリティに属する人たちも苦しんでいるということですよね。バブルが崩壊してからの30年間、社会の中ではまだ強者の側ではあったけれども、時代の憂き目を見させられた部分も確かにある。だからこれ以上奪われたくない、という危機感がすごいわけです。そうやって蓄積された怒りや鬱憤が、障害者や外国人、女性など社会的マイノリティに対する支援に向いてしまうわけですね。「あの人たちばかりずるい」と。

── 私の知り合いにも、心的外傷後ストレス障害がある人がいます。彼女は閉鎖的な空間が苦手で、会社の面談などは上司に相談の上、食堂で行わせてもらっているみたいです。でも、「特別扱いはできない」の一点張りで融通を利かせてくれないパターンもありますよね。

そうですね。ただ、社会的に弱い立場の人に寄り添うことって、結局みんなにとって生きやすい社会をつくることにつながると思うんですよ。発達障害の場合は、たいていマルチタスク(複数のタスクを同時にこなすこと)が苦手なんですけど、疲れていたら定型発達者(発達障害ではない人たちのこと)だってマルチタスクでミスする場合もあります。そういう人たちでも仕事しやすいようなシステムを考えたり、体制を考えたりすれば、結果的に、社員それぞれの得意、不得意をうまく生かせる職場環境をつくることができます。

みんな水の中
2026年4月から導入される「子ども・子育て支援金制度」についても、「次世代が安心して育つことができる社会は結局、みんなが住みやすい社会につながると思うんです」と横道さん

── そう聞くと確かに、他者に寄り添うことは結局自分の生きづらさを解消することにもつながりますよね。

しかも結局、マジョリティ・マイノリティは綺麗に二分できるものではなくて、どちらの要素もみんなの中にまだらに存在するんですよ。地球上に男女はほぼ同数ですが、男性は中心的な勢力という意味でマジョリティ、女性は周縁的な勢力という意味でマイノリティと見なされることがあります。僕は発達障害者としてはマイノリティですけど、男性という側面ではマジョリティと見なされる。無意識に優位な立場に置かれている時も、きっとあります。だからこそ声が通りにくい立場に置かれている人たちに寄り添う方法を、一人ひとりがその場その場で柔軟に考えていくことが大事だし、そういう人が少しでも増えれば、社会はもっと生きやすい場所になっていく。そんなふうに、僕は思っています。

編集後記

マイノリティとしての立場、マジョリティとしての立場、社会においてご自身が持つ2つの面と真摯に向き合い、思考を深める横道さん。その姿勢を拝見し、自分自身が置かれている立場を改めて見つめ直したいと思いました。無意識に誰かに無理を強いていることはないか、逆に我慢させられていることはないか。まずは一人ひとりが「自分が立つ場所」を知ることが、目の前にいる他者の生きづらさに思いをはせ、寄り添うための第一歩となるのかもしれません。

  • 執筆都恋堂

    編集都恋堂

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