枕元に靴は置いていません──キャンプの達人ヒロシが考える真に役立つ防災とは #災害に備える
「キャンプ用品は災害時に役立つ」と言われる。キャンプができれば、電気やガス、水道が止まってもサバイバルできそうだ。というわけで、ソロキャンパーとしても人気の芸人・ヒロシに会いにいくと、話は思わぬ展開に。真に役立つキャンプグッズ、そしてヒロシが考える防災の極意とは。(取材・文:長瀬千雅/撮影:栗原洋平/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
サバイバルとキャンプは違う
── 災害時に使えるキャンプのスキルを教えていただきたくて、お話を聞きにきました。
"キャンプの人"みたいになってからそういうお仕事を時々いただくんですけど、実はぼく、キャンプをやっていると防災に役立つみたいなのはこじつけだと思っているんですよ。
── そうなんですか?!
キャンプを始めたばかりの頃は、一個ザックをつくって、濡れても大丈夫な火おこしの道具とかを入れたりしたんですよ。何かあったらこれで、って。でも、災害の時に焚き火しないですよね? まちなかで焚き火やれないですよ。
── 確かに。
釣り針とかもザックに入れてましたよ。でも、都会のどこで釣りするんだ? 池の鯉を釣ったとして食うのかい?という。
── カップラーメンなども配られるでしょうしね。
そうそう。サバイバルとキャンプをごっちゃにしてたんですね。もちろん、キャンプ道具が使える場面はいろいろあるとは思います。例えば体育館へ避難したとして、寝袋があれば暖かいとか、マットを敷けば硬い床でも多少マシだとか。だけど、ぼくは見知らぬ人が大勢いる環境がものすごく苦手だから、自宅が倒壊したりしない限り、家にいるのがベストだと思っていて。
── 在宅避難ですね。
そう。だったら布団でいいじゃないですか。
── そうなりますね。
でしょう。だから災害の内容によるんです。
最終的には水。水がないと死ぬ
── 都市部の場合、自宅の建物は無事だけど、電気・水道・ガスが止まってしまい、復旧するまで1週間くらい自力でしのがなければならない、みたいなシチュエーションが考えられると思います。
キャンプをしない人にもおすすめしたい道具が二つあって、一つは「携帯浄水器」ですね。いろんなメーカーのものがあります。川の水はきれいに見えても、大腸菌がいたりするんです。だから川の水を使う必要がある時は、これに汲んで、ここにフィルターがついているから、ふたを閉めて、チューッと絞り出すんです。
......なんか通販みたいになってますね。
── この浄水器は初めて知りました。
結構な回数使えるんですよ。予備のフィルターも入れて1万円くらい。これをおすすめするのは、ぼくは、災害時に一番大事なのは水だと思っているからです。多少腹が減っても死なないけど、水がないと死ぬんで。よく地震が来たら風呂に水をためろと言われるけど、そのまま飲むことはできなくても、これを使えば飲めるじゃないですか。あと、真夏にクーラーなしで何日も過ごすと思ったら、水なしでは相当つらいですよ。都会のとてもきれいとはいえない川の水でも、これで濾過して煮沸すれば、からだを拭くとかには使えるし。
── 都会に住んでいると、ペットボトルの水を買えばいいとか、給水車がすぐに来るだろうと思いがちですが、そういう時は赤ちゃんやお年寄りが優先で、一人で生きられる大人は、我先にとは行けないですしね。
これはちょっと言いづらいんですけど、ぼく、絶対に争いが起こると思うんですよね。メディアが言うほど日本人は行儀よくないと思っていて。なんでそう思うかというと、新幹線の自由席に乗る時があるんですが、見るとみんな、両脇に荷物置いてるんですよ。隣に座らせたくないから。で、人が来ても頑なにどかさないんです。
平常時でそうなんだから、非常時に助け合いの精神なんか発揮されないとぼくは思うんですよ。絶対に争いが起きます。例えば、地震で水道が止まっている、飲める水がない、という時にぼくがこれ(携帯浄水器)を持って飲んでたら、誰かが盗みにきますよ。という時にぼくは......(カバンに手を入れる)。
── 何が出てくるんでしょう!?
災害時の"争い"に備える
クマ撃退スプレーです。昨日まで北海道にいたので、ヒグマ対策として買いました。いろいろ考えてて、意外にこれなんじゃないかと思ったんですよ。噴射はしませんよ? でも威嚇はできるので。災害時には、絶対に防犯が必要です。
人間ってやっぱりまずは自分のことが優先で、余裕がなかったら人にあげられないんです。例えば、女の人は生理用品が必要になるじゃないですか。仮に3日分、持っているとします。それ、他の人に見られてごらんなさいよ。(声色を変えて)「1個くれませんか〜。お願いします〜」。
── 自分の分が足りなくなるかもしれないし、渡すのはつらいですね......。
嫌でしょ。でも断ると、悪い人みたいに言われるんですよ。想像してください? その人はまわりに言いまくりますよ。「あの人持ってるよ、でもくれなかったよ」って。
── 「私は自分で考えて備えておいたのに、なんであげなきゃいけないの」と思ってしまうかもしれません。
そう思うじゃないですか。でもそんなのはまかり通らないです。それで、もし生理用品を奪われそうになったら、はい、これ(クマ撃退スプレー)。そっと手元で構えてみせれば、怖くて誰も寄ってきませんよ。
── 冗談なのか本気なのかわからなくなってきました......。そんなに殺伐とするものでしょうか。ヒロシさんも仲間とキャンプする時は、食材を融通しあったりしますよね?
結局、レジャーだからです。それぞれ、自分のことは自分でするというマインドを持っている人たちと集まっている。余裕がある分を分け合っているだけ。モノが少なかったら奪い合いになるか、価格が高騰しますよ。
── 災害時はもっとシビアなシミュレーションが必要ということですね。
ぼくの場合、家さえ崩れなければ1週間は大丈夫なように、万全の態勢をとっています。
── 何をどれくらい備蓄しているか、教えてください。
バーナーは持っておくと便利
まず水については、20リットル以上入るウォータータンクがいくつかあります。キャンプで使う折りたたみ式のタンクもあるので、なにかあったらパッと広げて、そこにも水をためます。10年保存水も備蓄しています。本当に10年後も飲めるかどうかはわかりませんが。
── 食料はどうですか。
登山の人が持っていく、水を入れるだけで食べられる米、あるじゃないですか。あれを入れてます。五目ごはんのやつ。あれうまいんで。うちは米軍放出品のミリタリーボックスを備蓄品入れにしているんですけど、大きめのボックスにいっぱい入れてます。あとはパスタですね。
── 茹でれば食べられるから。
そう。それでもう一つ、これは使えるんじゃないかと思うキャンプ道具が「バーナー」です。ガス缶を装着して、栓を開けて点火スイッチを押せば、火がつきます。これがあれば火をおこさなくても調理ができるので。もっと小さいタイプもあるんですけど、ちょっと特殊なガス缶が必要になるので、キャンプをしない人が家に置いておくなら、一般的なガス缶が使えるやつが便利だと思うんですよね。
── カセットコンロに使うのと同じものですね。
3本で数百円くらいで安いし、手に入りやすいのがいいんですよね。ガス缶も何本かストックしてます。
── 備蓄品入れにはほかに何が入っていますか。
いろいろ入れてますけど、長くもつもので言うと乾パンと羊羹、それに塩と氷砂糖ですね。
── 氷砂糖はよさそうですね。
腐らないですからね。あとやっぱり、きつい時にちょっとホッとしたいじゃないですか。そういう時のために甘みが必要。
── そこまで想定しているんですね。
ほしいと思った時には手に入らないわけだから。甘いものを求めてさまよっている時に、羊羹持ってる人に「羊羹ください」と言っても、くれないですよ。ぼくだってあげないですもん。自分で準備しておくべきだと、ぼくは思うんです。
猫と一緒に逃げられるか
── 自宅が倒壊して住めなくなったら、その時は避難所へ行きますか?
ぼくの場合、ちょっと特殊ですけど、四駆が2台あるんですよ。ジムニーと軽トラが。なのでジムニーに荷物を積んで、とりあえず脱出します。どんなに大きい災害でも、今いる場所から少し離れれば、インフラが生きてるところがあると思うので。
── そのジムニーには何を積みます?
水。飯。猫。
── 猫。
これが頭を抱えていて。餌や水は買い置きがあるから大丈夫なんですけど、地震などの緊急事態を想像すると、猫はたぶん、ぼくがわからないところに隠れるんですよね。ケージに入れられるのも嫌がるから、いざという時にパッと入れて、パッと逃げられるかなって。
── それは重大ですね、一刻を争う時に。
避難所に行かないのは、猫のこともあるからです。どうやったら猫を一緒に連れて逃げられるか......。ずっと車の中だったら猫にもストレスになるだろうし。ぼくの場合は猫ですけど、家族がいる人も大変ですよね。小さいお子さんがいたりしたら、水や食料もたくさん備えておかなきゃいけない。オムツが足りなくなっても、誰も分けてくれないですよ。
── そういったものは自治体が備蓄するべきだと言われ、自助を厚くするべきだとはあまり言われていないかもしれません。
自分でも、一般的な考え方とは全然違うと思います。例えば、いつでも逃げられるようにベッド脇に靴を置いておきましょうってよく言われるじゃないですか。でも、そんなことしないですよね? いつ来るかわからない地震のために寝室に靴、置いときます?
── 置いていないです......。
でしょう。仮に枕元に靴置いてたら、彼氏が遊びにきた時に気持ち悪がられるでしょ。嫌じゃないですか。そういうふうに、防災について言われていることって、強引なことも多いと思うんですよね。現実は違うよって思うことがけっこうあるんです。
何が正しいかなんてわからないけど、ぼくは、人間は基本的に自分のことしか考えてない生き物だと思っている。で、それの何が悪いとも思うんです。だって、自分の家族だったら命を張って守りたいと思うでしょ。ぼくだって自分にとって大事な人や自分によくしてくれた人には、羊羹を分け与えますから。だから、自分で考えて、自分で備えておくことが大切なんですよ。
ヒロシ
芸人、ソロキャンプYouTuber。1972年、熊本県出身。「ヒロシです。」のフレーズではじまる自虐ネタでブレーク。YouTube「ヒロシちゃんねる」のチャンネル登録者数は100万人超。ソロキャンプ動画が人気を集める。レギュラー番組に『ヒロシのぼっちキャンプ』や『ヒロシのひとりキャンプのすすめ』などがある。9月16日に『ヒロシのネガティブ大全』が発売予定。
元記事は こちら
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