損害は年間130億ドル──深刻化する海洋プラごみ、再利用に乗り出した人たち
海に流れ出るプラスチックごみが世界的な問題になっている。漁業や生態系に悪影響を与え、観光客が減少し、年間130億ドル(約1兆4000億円)以上の損害が発生しているという経済協力開発機構(OECD)の調査結果もある。そんなプラごみを回収し、おしゃれな雑貨に再利用する団体が現れている。他方、被害の実態を把握するため、深海に潜る研究者もいる。各取り組みを取材した。(文・写真:科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
海のプラごみがアクセサリーに
赤や青、黄色などのトレイ、アクセサリー、サングラスといった製品が100点ほどテーブルに陳列されている。通常の雑貨販売と異なるのは、商品のそばに海で拾ったごみも置いてあることだ。
今年5月、東京のJR新橋駅の一角でプラスチック製品の展示販売が行われた。スタッフの女性が言う。
「これらの商品はすべて海岸で拾われた海洋プラスチックごみからつくられたものです。たくさんの人たちが問題を考えるきっかけになればと思い、このポップアップショップ(一時的な店舗)を開きました」
展示は約1カ月限定で、タイトルは「Upcycle Collection 海から未来へ」。石川県の企業カエルデザインの発案で実現した。
参加したのは、横浜市でbuoy(ブイ)というブランドでトレイなどを販売するテクノラボ、福井県で海ゴミ問題の新しい解決方法に取り組み、海ごみを使用したサングラスづくりなどもしている団体アノミアーナだ。テクノラボの代表、林光邦さん(52)は言う。
「buoyの原料となる海洋プラごみは、自分たちで海岸に行って拾ったり、新潟、広島、鹿児島などから送ってもらったりしています。ポリタンク、洗剤の容器、かご、漁具などごみはさまざま。これらを細かく砕き、成形しています」
プラスチック製品の製作会社であるテクノラボがbuoyに取り組むようになったきっかけは、2019年、林さんが長崎県対馬市を訪れたことだった。「日本で海洋ごみが一番流れ着く場所」として知られ、海岸に足を運んでみると、大量のプラごみに埋めつくされていた。あまりの量に言葉を失ったと林さんは振り返る。
「プラスチックは軽いので、波、風、海流で簡単に移動します。しかも、誰かが拾わないと半永久的に残り続ける。夢のある素材だと思っていたプラスチックがごみとなって大量に漂着することで、たくさんの人たちに迷惑をかけていると痛感しました」
同時に、この問題を解決しなければいけないと思ったという。
「プラスチックの存在が問題なのであれば、プラスチック製品をつくってきた私たちが解決を目指し、取り組むべきではないか。そこで、海洋プラスチックごみを少しでも減らすための製品をつくろうと考えるようになりました」
製品ができるまでストーリーを伝える
林さんたちは、プラごみを再利用した製品の開発に取り組んだ。プラスチックは海中を漂う間にDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)、ポリ塩化ビフェニルなど、残留性の有害物質も吸着する。再利用に際しては、そうした成分が手に触れないようコーティングして安全性を確保しながら、製品開発をしていった。
最初はクラウドファンディングで開発費を集め、神奈川県内の海岸で拾ったプラごみからコースターや小さな円形トレイをつくった。さらに力を入れたのが、"人が捨てない製品"とはどういうものかという点だった。
「技術的にいいものやきれいなものをつくって買ってもらっても、その後に捨てられてしまえば終わりだからです」
会社のウェブページで「海洋プラごみから製品をつくることで、海岸のごみは減る」という発信をし、ターミナル駅やデパートの催事で出展販売する際にも、そのストーリーを伝えることにした。
「最初は苦戦しましたが、製品が他ではあまり見られない色になることもあり、最近は特に若い女性が手に取ってくれるようになりました。製品ができるまでのストーリーを聞いて買ってくれる人も増えています」
製品は、大きな円形トレイ、葉っぱの形をしたトレイ、植木鉢と種類を増やした。最近は月に100点以上売れているという。
海洋プラごみは東日本の太平洋側よりも、日本海側や西日本の地域に多く漂着する。buoyが活動を続けるためには、日本海側などの地域でごみを集める団体との連携が必要だが、幸いbuoyの活動を知った新潟県や鹿児島県などの8団体が協力を申し出てくれた。
各団体は海岸でプラごみを集めると、その都度テクノラボに送る。量は1回あたり10~60キログラムほど。その団体の一つが、福井で活動するアノミアーナだ。
コンテナバッグ5つ分の海洋ごみ
「今までは、海に落ちているごみは、単にごみ袋に入れるだけでした。それが、(再利用できるとわかってからは)原料にできるかどうかを考えるようになりました」
そう語るのは、福井県小浜市在住の社団法人役員、西野ひかるさん(59)だ。2019年にアノミアーナという任意団体を設立した。
若狭湾は多くの海ごみが漂着する有数の地域で、周辺自治体は処理に頭を悩ませている。小浜市では海ごみの処分費用に年間1000万円をあて、住民も協力して処分を進めているが、解決にはほど遠い。人口減少や高齢化などで人手が減る一方、海ごみは増加傾向にあり、処分費用の単価も上がっている。
この現状を変えるために、テクノラボのような企業と提携したり、鯖江市の企業と共同でサングラスをつくったりするなど、アノミアーナは海ごみの新しい処理方法を模索している。
福井県内の海沿いの地域では年に数回、住民が総出で海ごみを回収しているが、最近はマリンスポーツの愛好団体もビーチクリーン(海岸の清掃)活動をしている。今年6月、この団体とアノミアーナが小浜市で共催した活動では、約20人が集まり、1時間でコンテナバッグ5つ分のごみを無人浜から回収した。
ただ、集めたプラごみのすべてが再利用の原料になるわけではないと西野さんは言う。
「比較的汚れの少ないプラスチックやペットボトルを分けて回収し、再利用の原料にしています。汚れのひどいものや発泡スチロール、漁具や漁網などは自治体と連携して処分しています」
集めたものの、実際に再利用されるプラスチックの量は多くない。サングラスを1つつくるのに必要なペットボトルは1本。アクセサリーの場合は手のひらいっぱいで十分だ。テクノラボには原料を年に4~5回送っているが、1回に送る量は段ボールで4~5箱分くらいだという。
西野さんはこの15年間、小浜市を中心に海の環境保全活動に取り組んでいる。アノミアーナを設立したのは、2016年の出来事がきっかけだった。この年の冬、夏に集めた海洋ごみが漁港に置きっ放しになっていることに気がついた。地元の人に事情を聴いてみると、海洋ごみは福井県外の山の産業廃棄物処分場に運ばれ、埋め立てられることになっていたが、輸送が滞っていたという。西野さんが振り返る。
「私たちは海ごみを拾って、いいことをした気になっていました。でも、集めたごみは、山の処分場で埋め立てられているだけでした。海をきれいにしようとすると、山がごみで埋まってしまうと思うと、どうしたらいいかわからなくなりました」
その後、「アップサイクル」という活動がヨーロッパを中心にあることを知った。アップサイクルとは単なる素材の再利用ではなく、もとの製品よりも価値の高いものを生み出していく方法論。西野さんは、新しい海洋ごみ処理のしくみをつくるために、仲間10人とアノミアーナを立ち上げた。
西野さんたちは、分別せずに埋め立てに使われている海洋ごみを、分別するように福井県や海沿いの市町に提言をしている。
「提言を受けて、小浜市は海ごみの一部を分別処分するようになりました。今後、分別処分を増やすことで処理費用が減ります。さらにリサイクルやアップサイクルを組み合わせることで、再利用するプラごみを増やすことも期待できます」
年間130億ドル以上の損害
プラごみはこの10年で「世界の課題」になってきた。2018年、経済協力開発機構(OECD)は、プラごみにより観光客の減少や漁業への悪影響が起こり、年間130億ドル以上の損害が発生しているという報告書を発表。その中では、間違ってプラスチックをのみこんだ魚などを通して人間の健康にも影響を及ぼすリスクがあるとも指摘している。
2017年、国連環境計画(UNEP)には、海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに関する専門家会合(AHEG)も設置され、G20ハンブルク・サミットでは「G20海洋ごみに対する行動計画」が合意された。日本政府も、2019年に「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」を策定している。
実際、海に流れ出ているプラごみの量は莫大だ。米ジョージア大学のジェナ・ジャンベック博士らの研究によると、世界では年間4億トン以上(2017年)のプラスチック製品が生産され、海には年間800万トン(2010年)ものプラごみが流入していると試算している。
では、そうして海に流れ出たプラごみはどこに行き着くのか。
水深6000メートルの実態
「昭和の製造年月日が表示されたチキンハンバーグの容器の隣に歯磨き粉のチューブがある。陸から500キロも離れた海底にこんなにもたくさんのごみがあるのかと驚きました」
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋プラスチック動態研究グループの中嶋亮太さん(40)は深海の様子をこう語る。房総半島から500キロほど沖合にある水深6000メートルの海底平原。プラごみがまばらに点在していた。プラスチックは長い期間漂っていると、表面に生物などが付着して重くなり、海底に沈んでいくからだ。
2019年9月、中嶋さんたちは房総半島沖合に有人潜水調査船「しんかい6500」を潜航させ、プラごみがどのくらいあるのかを調査した。1平方キロメートルあたり、約4600個のプラごみが見つかった。過去にさまざまな調査で記録された海底平原でのプラごみの密度より2桁も高かった。
「今回調査した海域は、海流の影響で表層部分に特にプラごみが集まりやすい場所でした。表層部分に集まったごみがそのまま深海底まで沈むので、他の部分よりもごみの密度が高かったのだと思います」
問題は、たとえ発見できたとしても、深海底のプラごみは回収できないことだ。深海底は水温が低く、太陽光が到達しない。そのため、プラスチックはほとんど劣化せずに長期間、その形が保たれる。
海洋プラごみは、ウミガメや魚がエサと間違えてのみこんでしまったり、南太平洋の真ん中に位置する無人島に大量に流れ着いたりと、そのときどきで話題になる。しかし、最終的に行き着く実態はまだ把握されていないと中嶋さんは言う。
「深海底に大量のプラごみが沈んでいるのは、私たちが大量のプラスチックを使い続けてきた結果として起きたことです。まずは、その事実を知ることが大切です」
アップサイクル製品でごみ削減の意識を
これまでの環境調査から、北極海の氷や南極域の堆積物の中にも小さなマイクロプラスチックが存在することが報告されている。最近では、大気の中からも発見の報告がある。自然環境の中からプラごみを減らすには、既に出てしまったごみを回収するだけでなく、これからプラごみを出さないように一人ひとりの生活を変えていく必要がある。
その意味で、プラごみのアップサイクル製品は、多くの人たちの意識を変える効果もあるのではないかと、アノミアーナの西野さんは語る。
「アップサイクル製品は、きれいでかわいいため、多くの人を惹きつけます。そして、自分が使ったり、身につけたりすることで、周りの人たちに語りたくなると思うのです。私自身、アップサイクル製品をつくってみて、海ごみからつくったものが、海ごみをなくしていくのにすごく役に立つと感じています」
2021年1月から「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」がスタートした。これは2017年の国連総会で採択、宣言されたもので、2030年までの間、海の環境を守るための国際的な取り組みが世界中で行われる。海洋プラごみからのアップサイクル製品は、プラスチック製品と向き合うためのきっかけとなるだろうか。
荒舩良孝(あらふね・よしたか)
1973年、埼玉県生まれ。科学ライター/ジャーナリスト。科学の研究現場から科学と社会の関わりまで幅広く取材し、現代生活になくてはならない存在となった科学について、深く掘り下げて伝えている。おもな著書に『生き物がいるかもしれない星の図鑑』『重力波発見の物語』『宇宙と生命 最前線の「すごい!」話』など。
元記事は こちら
撮影荒舩良孝
写真林光邦氏
写真アノミアーナ
写真アフロ
写真海洋研究開発機構