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「宇宙はゴミだらけ」――NASAもお手上げの「宇宙ゴミ」回収に挑む、日本人起業家の奮闘

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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提供:アストロスケール

2021年5月、中国のロケットの残骸が地上に落下する恐れがあるというニュースが流れ、騒然となったことは記憶に新しい。宇宙空間には過去の衛星やロケットの残骸(スペースデブリ)が無数に飛び回っており、今回の件は氷山の一角にすぎない。先月のG7サミット(先進7カ国首脳会議)でも持続可能な宇宙環境の構築が宣言に盛り込まれたように、宇宙ゴミは人類共通の課題だ。10年前まで誰も解決策を持たなかったスペースデブリ。この問題の解決に奮闘する日本人がいる。IT業界から宇宙産業に身を投じた男は、どうやって道を切り開いたのか。(取材・文:キンマサタカ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

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切り離したデブリ役の模擬衛星を捕獲衛星がキャッチする様子(提供:アストロスケール)

2021年3月22日。日本企業が開発した衛星を積んだロケットが宇宙空間へと飛び立った。積まれたのはアストロスケール社の「ELSA-d」。スペースデブリ除去の実証実験用衛星だ。

同社のCEOを務める岡田光信(48)は言う。

「打ち上げて軌道に乗った場所から、デブリに接近して真後ろにつきます。すごい速度で回転しているデブリの状態を見極め、背後からそっと捕まえます。これは私たちの会社の独自技術です」

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地球の周りを飛ぶ宇宙ゴミ。人類が宇宙に進出して以降、この70年で大幅に増えていることがわかる(提供:アストロスケール)

宇宙空間を飛び回る人工衛星などの破片、いわゆる宇宙ゴミ(スペースデブリ)は人類共通の課題だ。

2021年5月には、4月29日に中国の大型ロケット「長征5号B」の残骸が、大気圏へ再突入して地上に落下する恐れがあると報じられた。その後大部分は大気圏で燃え尽きたが、一部破片がインド洋上に落下したとも報じられ、空から人工物が降ってくるという映画のような事態に恐怖を覚えた人も多かった。

スペースデブリが生み出す損失は1日1000億円

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スペースデブリは互いにぶつかって増殖していく(提供:アストロスケール/九州大学・花田俊也教授)

JAXAによれば、宇宙空間に存在する大きさ10センチ以上のゴミはおよそ2万個。小さいものを合わせると1億個以上あるとされる。
それらのゴミが秒速7キロ以上の猛スピードで軌道上を飛び回っている。これはピストルの弾丸の10倍以上の速さだという。

問題に詳しい東京都立大学の小島広久教授はこう語る。

「使命を終えた人工衛星や、打ち上げに使用されたロケットの2段目は空気抵抗がない高度軌道を回る場合、落下せず地球を周回し続けてスペースデブリになります。また、故障やミサイルによる人工衛星破壊実験などにより、大小様々なデブリが発生して、気象衛星、通信衛星、GPSなどの測位衛星に衝突することが懸念されているんです」

人間が作り出し打ち上げた衛星が寿命や事故によって役割を終えると、それらはゴミとなって宇宙空間を漂い続ける。浮遊するゴミ同士がぶつかることで、ゴミはさらに増えていく。

── アストロスケール岡田氏:「現役で稼働中の人工衛星は約4300機、2030年までには約4万6000機が打ち上げられると言われています。デブリの増加や衛星コンステレーション(複数の人工衛星を協調動作させるシステム)の発展により、今後軌道がさらに混雑し、デブリと衝突するリスクが一段と高まることが予想されます」

映画『ゼロ・グラビティ』は、スペースシャトルにスペースデブリが当たり制御不能になったことが物語の始まりだった。2021年5月には実際に国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されたロボットアームにスペースデブリの衝突痕が発見されている。

大きいものから小さいものまで、無数のデブリがぐるぐると地球の周りを飛び回っている様子を想像してほしい。映画の世界は空想上の物語ではないのだ。

── 小島教授:「スペースデブリが衝突した衛星が故障し、気象観測、通信、測位ができなくなると、私たちの日々の生活にも大きな影響が出る恐れがあります」

天気予報やGPSはもちろん、災害監視、衛星放送、金融のほとんどが衛星に依拠しているといっても過言ではない。だが衛星には寿命がある。例えば衛星放送に使う衛星の寿命は15年程度とされ、新しい衛星を定期的に打ち上げる必要がある。

── 小島教授:「将来、デブリが増え続け、人工衛星との衝突頻度が格段に高まれば、衛星を宇宙に打ち上げ利用すること自体が不可能になってしまいます」

ある試算によればアメリカでGPSが使えなくなるだけで1000億円/日の損失が生まれるという。

世界中で誰も解決する技術を持っていなかった

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アストロスケールの岡田光信CEO(写真提供:アストロスケール)

NASAをはじめ、世界各国の宇宙機関はスペースデブリ対策に手をこまぬいてきた。抜本的な解決技術がなかったからだ。

世界初のスペースデブリ除去会社「アストロスケール」を岡田が立ち上げたのは2013年。

彼の運命を変えたのは同年のドイツでの一夜だった。当時、岡田はIT関連会社や介護事業を手がけていた。ドイツで宇宙会議が開催されると知った岡田は現地へ飛ぶ。

「高校1年の時にNASAのスペースキャンプに参加して、宇宙飛行士の毛利衛さんから『宇宙は君達の活躍するところ』という手書きのメッセージをもらったのが忘れられなかった」

いつの日か宇宙を舞台に活躍する自分の姿を思い描いていたという。

既に話題となっていたスペースデブリに関する議論ということで、期待に胸を膨らませていた。しかし、各国宇宙機関関係者と大手宇宙企業が参加したその会で愕然とする。

「世界中の名だたる専門家が集まっているわけだから、スペースデブリを解決する方法が語られるのだろうと思ったんです。しかし、コンセプトや分析ばかりで、具体的な解決策や、アクションへの提言が一つもありませんでした」

宇宙問題に取り組む専門家はもっと意欲的でかっこいいものだと思っていた。「2020年代半ばには問題は解決へと動き出す」という彼らの言葉も空虚なものに感じられた。

「世界中で誰も解決する技術を持っていないことが歯がゆかった。だったら自分がやるしかないと思ったんです」

すぐに会社名を考えた。「アストロスケール」。日本語に訳すと「宇宙」と「天秤」。宇宙開発と環境保全のバランスを取りたい。そんな思いを込めた。

市場がないなかで会社を立ち上げる

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シンガポールオフィスと社名を決めた際にドイツで購入したアルファベット(提供:アストロスケール)

起業に際し、周囲からは大きな反対にあった。「技術がない」、そして「市場がない」からだ。宇宙ゴミ問題に関して、世界各国が足並みをそろえるためのルール作りが難しいことも懸念された。だが、逆に岡田は奮い立った。ビジネスパーソンとしての本能も刺激された。

── 岡田:「『市場がないよ』と言われたときに、なんていいニュースだと思ったんです。競合のいない爽やかなブルーオーシャンなんて滅多に出会えない。スペースデブリの問題は課題が明確ですよね。だったらそれを解決するための市場を作ればいい。すごく単純明快だと思いましたね」。

道のりは果てしなく思えたが、前に進み続ければきっと解決できるとも思った。最初に取り組んだのは、どうやったらデブリ除去ができるのかという仮説を立てることだった。だが、宇宙に関しては素人で、技術的知見は全くない。もちろんロケットや衛星の作り方もわかるはずがない。

── 岡田:「インターネットで『衛星の作り方』を検索しても何も出てこない(笑)。さてどうしたものかと考えた結果、宇宙関連の学会に出たらもらえる、CD-ROMに入った論文集に目を通すことにしました。何百本と精読すると、ようやくエンジニアと最低限の会話ができるようになります」

岡田はスペースデブリ除去に関する自分なりの仮説を携え、研究者にコンタクトを取ることにした。論文に記載されていたメールアドレスからアタックを試みた。

「研究者を訪ねて世界中を回りました。彼らはアポイントの段階で怪訝な顔をしていましたね。素人の私が持参した仮説なんて一蹴されるわけで。それでも何度か繰り返すと、3周目あたりで『このサイズのゴミを除去するなら、これくらいの規模でやるべきだ』と教えてもらえる。サイズ感がわかってきたところで、資金を集めてチームを作ることにしました」

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会社の立ち上げ時、一番苦労したのが人材の確保だった(提供:アストロスケール)

岡田が立ち上げから8年で集めた金額は実に210億円。投資家たちは彼の描くビジネスモデルに大きなロマンと興味を抱いたことがわかる。資金調達は順調だったが、人材確保にはとても苦労した。

── 岡田:「当時、国内ではJAXA、あるいはIHI、三菱重工などの大手企業、大学や研究所くらいにしか宇宙関連の仕事がないわけで、起業したての小さな会社に興味を示す人は少なかったんです」

岡田は、大手宇宙関連企業を定年退職した研究者に目をつける。彼らが再雇用先を探すタイミングで声をかけた。

「経験豊富な研究者が来てくれるタイミングはここしかないと思いました。大学の研究室を出たばかりの若者も入ってきました。私たちの衛星ミッションに興味を持ってくれたのは、大企業に入ったとしても打ち上げを経験できるかわからないから。おかげで創業当時は20代と60代のエンジニアしかいなかったんです」

こうして岡田とアストロスケールは走り始めた。

北大西洋に落ちた最初のロケット

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最初の衛星を搭載したロケット打ち上げは失敗に終わった(提供:アストロスケール)

最初のロケット打ち上げは2017年11月のこと。岡田がドイツの地で決意してから4年の月日が流れていた。

「微小なスペースデブリを観測する衛星を打ち上げました。大きいのは除去するとしても、小さいものを全て除去することは現実的ではない。そうなると衛星をスペースデブリから守ることが大事で、デブリがどれくらいの密度で飛んでいるかデータを取得して、衛星の筐体開発に反映する必要があった。その観測データを宇宙機関や企業が欲しがっていました」

ロケット打ち上げの日、岡田はロシアのシベリアにいた。

── 岡田:「微小サイズデブリを観測する衛星『IDEA OSG 1(イデアオーエスジーワン)』の打ち上げは世界中から注目されていました。私は現地で固唾をのんで見守っていました」

ロケットが空の彼方に消えたのを見て岡田は胸を撫で下ろした。だが、直後に「衛星と通信が確立できない」という報告をスタッフから受ける。一気に体温が下がったのがわかった。

「嫌な予感がしました」

しばらくして、ロケットは軌道に乗ることなく北大西洋に落ちた。全ての情熱と時間を費やし、開発チームの希望をのせて送り出したロケットが失われた。大きなショックを受けつつ、少しだけホッとしたという。

── 岡田:「もし、軌道に乗って故障していたらと思ったらゾッとしますよね。デブリを除去する会社がデブリを作ったなんてシャレにならない。衛星がどうなったか判明するまでは本当に気が気ではなかった」

だが、失敗は失敗だ。投資家に対する説明が必要だと判断し、すぐに東京に戻ることにした。

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Forbes JAPANの日本の起業家ランキング2018でノミネートされ表彰される岡田CEO(提供:アストロスケール)

打ち上げ失敗で、チームの士気低下を心配した岡田。だが、東京に戻った時に、一番心配されていたのは自分のほうだったと気がついた。

「縁起でもない話ですが、どこかに消えてしまうんじゃないかと心配したメンバーもいたとか。私たちはチームなんだと再確認した瞬間でした」

新たな闘志に火がついた。図らずも計画失敗で、岡田の取り組みは世間の注目を集めることとなり、その直後には約50億円もの資金調達を達成した。さらに嬉しかったのは、優秀な人材が宇宙に人生を賭ける岡田の姿勢に共感して集まってきたことだった。

岡田は次の計画へと着々と準備を進め、2021年3月にはELSA-dの打ち上げに成功する。

宇宙環境を維持する「ロードサービス」を目指して

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打ち上げ失敗から4年、除去衛星を搭載したロケットは無事に発射された(提供:アストロスケール)

現在、世界で一斉にスペースデブリに関するルール作りが進む。アストロスケールも国際会議の場で積極的に発言を続けている。

「ルール作りは、技術と両輪だと思っています。かつてオゾン層が破壊されたとき、代替フロンという技術ができてフロンガスの撤廃が合意されました。今はまだスペースデブリを除去する技術がないため、曖昧なままですが、除去技術が確立されたら、すぐに合意ができるはずです」

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捕獲衛星が模擬デブリ衛星(右上)を宇宙空間で切り離し(写真・上)、再びキャッチ(同・下)。大気圏に落として燃え尽きさせる(提供:アストロスケール)

同時に衛星の保守点検・寿命延長の技術革新も進んでいる。わずか数年前までほとんど議論されなかった話題が、今では各国がリーダーシップをとりどんどん解決に向かおうとしている。その様子を岡田は心強く思っている。

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持続可能な宇宙開発のための環境維持こそが岡田の目指すものだ

「その昔、戦後に経済発展を遂げた時期に、モータリゼーションが日本全国に拡大しました。高速道路が全国に延伸すると、事故や故障などのトラブルも増えました。だからといって、もう運転をやめましょうとは誰も言いませんでしたよね。道路の整備をして、故障やレッカーなどのサービスを充実させました。私は宇宙も同じだと思うんです」

衛星の点検に、寿命延長、そしてデブリ除去。岡田が目指すのは宇宙環境を維持するロードサービスだ。宇宙を安全に利用するための環境を整えるには、各国が手を取り合う必要がある。

「私の設定したゴールは2030年。あと9年でデブリの除去、衛星の点検・寿命延長を当たり前にしたい。それらをルーティンにすることで、宇宙が初めて持続可能になるんです」

元記事は こちら

岡田光信

1973年、兵庫県神戸市生まれ。東京大学農学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融、IT業界などを経て、2013年に宇宙ゴミ(スペースデブリ)除去・軌道上のサービス提供を目的とした宇宙ベンチャー「アストロスケール(Astroscale)」を創業。Forbes JAPANが選ぶ「日本の起業家ランキング2019」第1位。アストロスケールのビジネスモデルは、ハーバード・ビジネス・スクールの教材に2回選出された。著書に『宇宙起業家』『愚直に、考え抜く。 世界一厄介な問題を解決する思考法』。

キンマサタカ

1977年生まれ。大学卒業後にサブカル系出版社に入社し、書籍編集から営業まで幅広く担当する。2015年に編集者として独立。株式会社パンダ舎を設立し、多くの書籍を手がける。ライター・写真家としても活躍し、岩井ジョニ男のインスタをプロデュースしたことで話題に。

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