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子どもはできたのに離婚も......不妊治療をめぐるズレ、当事者の声から

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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診察の様子(銀座リプロ外科提供)

この4月から保険医療の診療報酬が改定され、不妊治療の公的保険の対象が拡大した。高額な自己負担を求められていた体外受精や顕微授精も保険適用となる。費用面から不妊治療をためらっていたカップルも、進んで治療を行うことが期待されている。だが、問題はお金だけではない。「不妊治療の不満は夫にもある」という声も少なくないのだ。何が背景にあるのか。都内で不妊治療に取り組む、または過去に取り組んだ複数の当事者に話を聞いた。(取材・文:栗田シメイ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

禁酒・禁煙すらしない夫

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高橋さん(本人提供)

「男性には最低限、本一冊分くらいの知識は持ってほしい」

そう憤慨するのが、7度の人工授精、3度の体外受精を経て2児を出産した山岡佳子さん(仮名・40代)だ。不妊治療に成功したが、いまでも夫に不満が残る。

「『なぜ禁煙が必要か』『精液採取のためになぜ健康管理が必要か』ということを何度説明しても理解してもらえなかったんです」

不妊治療中は禁煙・禁酒が原則だ。山岡さん自身も、不妊治療を始めてから必死の思いで禁酒・禁煙してきた。

「それでも夫はタバコが減らず、外で飲み歩く頻度も変わりませんでした。数カ月に一度、そんな夫に怒りを爆発させていたんですが、何を言っても変わらない。途中でもう諦めてしまいました」

不妊治療で「夫の生活態度が改まらない」ことに不満を持つ妻は少なくないようだ。
現在不妊治療中の高村香さん(仮名・30代)も、「夫は私の苦労を一切分かってない。特別なことを求めているわけではないですが、せめて一番身近にいる夫くらいは寄り添ってほしい」と訴える。

高村さんは芸能事務所の広報として働き、仕事、家庭、不妊治療の三つをぎりぎりこなす日々を送る。

「フルタイムで働きながらの治療はすごく負担が大きいんです。決まった時間に薬を飲み、ホルモン注射も打たなければいけません。不規則な勤務のため、会社のトイレでこっそりと注射を打ったこともありますよ。育休・産休の社内規定にないという理由で、上司は半休すら認めてくれませんでした。会社から不妊治療についての理解が得られないことでストレスが溜まり、家に帰っても続きます」

高村さんの夫はテレビ局の報道記者だ。不妊治療を始めて1年だが、夫は精液検査も含めて一度も病院に付き添ったことはない。治療費以外の具体的な問いかけもほとんどない。多忙な夫の重荷になることを嫌い、「もっと協力してほしい」とはどうしても言いだせない高村さん。だがパートナーなのだから、察してもいいのではないか、と思っている。

「夫は本当に何もしません。2人のための子作りなのに、私との温度差がありすぎる。でも、たまに掃除や洗濯物、ゴミ出しなどをすると自分はやった、という顔をしているから余計に腹が立つんです。受精卵のエコーを見せて『グロいね』と言われたときは、さすがに我慢できなくて怒りましたよ。男性不妊とは、男性側に妊娠できない原因があること全般を指す言葉だと思いますが、協力的ではない時点で男性不妊といえるのではないでしょうか」

「不妊治療で夫に何ができるのかわかりません」

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安田さん(本人提供)

「あんたはただ精子を出すだけ。私は不妊治療で仕事もプライベートな時間も制限される。これだけ苦しい思いをしているのに、なんで協力してくれないの......」

安田大貴さん(仮名・40代)は妻から投げつけられたこの激しい言葉を今も覚えている。結婚して6年、不妊治療を開始して2年が経つ。これまで3度顕微授精を試み、費やした金額も既に200万円を超える。

しかし安田さんは、どこか他人事のように感じていた。

「妻には申し訳ないけど、不妊治療で夫側に何ができるかというと、今でもわかりません」

不妊治療の初診の精液検査で、医師から「旦那さんの精子では自然妊娠できる可能性が極めて低い」と告げられた。精子の活動量、濃度ともに基準の数値をはるかに下回っていたのだ。医師からはタバコや酒を極力控えるように求められ、妻からも「不妊治療中だけでも我慢してほしい」と懇願された。

しかし、安田さんは変わらなかった。酒の席が好きで、重度のヘビースモーカー。長年染みついた不摂生な生活の癖は抜けなかった。精液採取の日に仕事の付き合いで朝帰りしたとき、妻は溜め込んだ怒りを爆発させた。

「あまりに不公平だ。私は通院に合わせて半休を取り、付き合いも我慢している。多くを犠牲にして治療に臨んでいるのに、あなたはタバコや酒すらやめられないの」

妻からは「本当に子どもが欲しいのか」と何度も問いただされた。安田さんは、頭では理解していたが、なかなか行動に移せなかった、と悔やむ。

「妻の主張のほうが100%正しいのは理解しています。ただ、意志が弱く『我慢したところでそんなに変わらないだろう』という考えが根底にあり、酒やタバコを含むこれまでの生活リズムを変えられなかった」

3度目の顕微授精を最後に、不妊治療はストップ。妻がホルモン注射の痛み、通院のストレスに耐えられず、「もう治療をやめたい」と告げたからだ。現在は月に1度タイミング法(妊娠しやすい最適な日時に性交渉を持つタイミングを、医師が指導するもの)を試みているが、結果は出ていない。それでも、やはり子どもは欲しいという。

「ウチの場合は不妊の原因が自分にあるので、治療を続けてほしいというのを妻に言いにくかった。4月からの保険適用はきっかけになると思います。今度こそ自分の生活を改善して、『もう一度頑張ってほしい』と妻に話すつもりです」

保険適用で不妊治療の件数は増えそうだが......

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永尾光一氏(本人提供)

不妊治療の公的保険適用範囲拡大の影響を、「NPO法人男性不妊ドクターズ」理事長で東邦大学医学部教授の永尾光一氏(62)はこう話す。

「従来の助成金制度は自由診療のため、患者が治療費をいったん払わなければいけなかった。保険適用により大きな金額を自分たちで用意する必要がなくなり、これまでより受診しやすくなると予測されます。結果的に間口が広がり、不妊治療を受ける方は増えるとみています」

厚生労働省のホームページ内にある野村総合研究所が2021年にまとめた「不妊治療の実態に関する調査研究」によれば、1997年時点で体外受精や顕微授精による出生児は1万人にも満たなかった。だが、年々右肩上がりに上昇し、2019年には6万598人に達している。これは総出生数86万5239人に対して、14.3人に1人が体外受精などで生まれた計算だ。この数字がさらに4月から伸びるとなれば、夫への不満を抱える妻が増えていくことにもなるだろう。

子どもができたのに離婚協議

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栗林さん(撮影:栗田シメイ)

不妊治療を発端に、離婚へ動き出すケースもある。

40歳という高齢で男児を出産した栗林恵子さん(仮名・40代)は、不妊治療後に夫から言われた一言が原因で、離婚協議を重ねている。

「お前は結局、子どもを産むために俺を利用したんじゃないのか」

不妊治療を始める際、夫の精液に問題が見つかった。

「精液検査で絶望的に数字が悪かったんです。本人は至って健康体だと思い込んでいたので、その事実を知ったときは涙ぐんでいた。一番つらかったのは、夫が病院に来なかったので、私の口からそれを伝えないといけないことでした。そういった小さな積み重ねが、埋めがたい不信感につながっていったんです」

栗林さんは治療中に夫から受けた心ない言動を細かく記憶している。

「子どもを産むために俺のことを利用したのか」

「お前はいちいち細かいことを気にしすぎだ」

不妊治療に前のめりになった栗林さんが、夫に生活習慣を改めるよう何度もお願いしたときに投げつけられた言葉だ。

1度目の顕微授精で妊娠をした。だがほどなくして流産。栗林さんは精神的に底なし沼にハマったような状態だったという。SNS上で不妊治療中の夫の悪口を綴ったつぶやきを探しては、深く共感した。SNSに浸ることが、ストレス解消にもなった。一方で自分の意地汚い部分を自覚することにもなり、落胆もした。そんな栗林さんの葛藤とは裏腹に、夫の意識は一向に改善される気配がなかった。

「不妊治療に対して学ぶ姿勢が全く見られなかったんです。女性側は細かく調べて、病院にも行くからどんどん知識の差が広がっていく。当初は子どもという共通の目標に向かって話し合いを重ねていましたが、最初の採卵のとき、いきなり飲んで酔っ払って帰ってきた時は『この人は本当に何も考えてないんだ』と呆れてしまって......」

結婚当初は見えなかった夫の本質が、不妊治療を通して明らかになっていく。治療開始後、夫はまるで別人のようになったと、栗林さんは感じたという。幸い3年前に出産には至ったが、育児でも夫は無関心だった。離婚後も自分は子どもとは会わなくていい、と既に夫から言い渡されている。

「殴る蹴るはないですが、それ以上に言葉の暴力が精神的にこたえてしまった。ただもし、不妊に向き合う上で最低限の気遣いがあったなら、よりどころにはなったはずです。離婚という決断には至らず、私も最後のところで踏みとどまれたんじゃないかな」

前出の永尾氏はこう断言する。

「不妊の原因の約半数は男性側にあります。でも高額な医療費を夫に出してもらっているゆえに、協力を求めにくい女性も少なくありません」

不妊治療を始めるにあたって、まず夫は「泌尿器科を受診すること」を永尾氏は推奨する。

「泌尿器科での精巣の状態、生殖機能等のスクリーニングは15分もあれば完了しますし、仮にそこで問題があっても、一日で治療できるものが大半です。男性不妊症患者の4割を占める『精索静脈瘤』も手術ですぐに治る病気です。女性への負担が大きい体外受精や顕微授精を試みる前に、男性も最低限の検査を受けることがフェアといえるでしょう。実は泌尿器科で治療することで、タイミング法で自然妊娠した、という事例はかなり多いんです」

夫婦間の意識差についても、永尾氏はこう指摘する。

「受け身で何もしない夫は多いが、これはよくありません。女性は怒ったりSOSを出したりしているのに、男性側に気づきがないというケースも目立ちます。診察の際にお互いの認識に齟齬があり、病院で喧嘩になっているカップルも見ました。『妊活は夫婦でするもの』という当たり前の意識を持ち、男性から自主的に費用や時期、家事や仕事とのバランスを事前に話し合うだけで、多くの問題は回避できるはずです」

夫の協力があったことで、前向きに治療に取り組めた

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山中さん(本人提供)

実際に話し合いを重ねたことで、良好な夫婦関係を保てたケースもある。

国家公務員の山中登さん(仮名・30代)夫妻は顕微授精で2人の子どもを授かった。

「妻に不妊の原因があると決めつけず、自分が原因の可能性もあるという前提で話し合いをしていたんです。スケジュールや治療法など、妻がやりたいようにできるように努めました。『お金は一切心配しなくていい』とも伝えていました」

1年半のタイミング法の末、体外受精へと進む際には意図的に会話を増やした。特に金銭面や治療期間は念入りにすり合わせたという。できるだけ妻の負担を減らすことを意識した、と山中さんは回顧する。

山中さんの妻は、そんな夫の振る舞いをこう評価する。

「興味がなかっただけかもしれませんが、どのように、どのタイミングでステップアップするかの判断は私に任せてくれた。人工授精を早々に諦め、体外受精にすぐ進めたことも含めて、スケジュール調整に協力的なことが一番助かりました。2人目のときも、来院日、採卵日など直前にしかわからない予定に合わせて長男の面倒を見たり、気分転換も兼ねて、2人で行きたかったシンガポール旅行にも連れていってくれたりした。全く不満がないといえば嘘になりますが、夫の協力があったことで、前向きに治療に取り組めたことには感謝しています」

妊娠はひとりではできない。そんな当たり前のことを改めて考える必要があるのではないだろうか。

元記事は こちら

栗田シメイ(くりた・しめい)

1987年、兵庫県生まれ。広告代理店勤務、ノンフィクション作家への師事、週刊誌記者などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、政治、海外情勢などを幅広く取材し、主に雑誌やwebを中心に寄稿する。著書に『コロナ禍の生き抜く タクシー業界サバイバル』(扶桑社新書)。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。

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