イチローも愛したアオダモのバットがなくなる? 復活まで60年、森を育てる難しさ
野球の木製バットの素材として、イチローや松井秀喜、落合博満など名だたる名選手が愛用したことで知られる「アオダモ」という木があります。国内の山地に広く自生するこの樹種でつくられたバットは、アマチュアからプロまで広く親しまれてきました。
ところが今、バットに使えるほどの太さのアオダモを、山で見かけることは少なくなっています。
資源量が限られるなかで長年利用されてきたことなどから、本数は減少。資源の枯渇への危機意識から、野球界では2002年にNPO法人「アオダモ資源育成の会」を発足し、関係機関と協力しながら資源の復活へ向けた活動が行われてきました。
そうした動きの一つとして、国立研究開発法人「森林研究・整備機構森林総合研究所林木育種センター北海道育種場」では、2000年代からアオダモの優良個体を保存し、将来に向けて育てる取り組みを続けています。
一本の木が育つ速さと、人間の消費の速さ。その大きな差の中で、私たちは森とどう付き合っていけば良いのでしょうか。アオダモを入り口に、林木育種の取り組みと森の未来について話を聞きました。
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 林木育種センター北海道育種場
林木育種センターは、林業向け樹木の品種改良を行う独立行政法人。スギ・ヒノキなどの針葉樹を中心に、成長が早く、さらに通直(※木材において木目がまっすぐ軸方向に並行に通っているさま)で強度が高いなど形質や材質の優れた品種、花粉症対策の品種、病虫害に強い品種などの開発・普及に取り組む。また、国内唯一の林木遺伝資源のジーンバンクとして、絶滅危惧種も含めた林木遺伝資源の収集・保存も行っている。本部は茨城県日立市。北海道育種場は、本部のほか全国4か所に設置されている育種場の一つで、トドマツやカラマツといった北海道の林業樹種の品種開発・普及や北海道の多様な樹種の林木遺伝資源の収集・保存などを行っている。
バットからスキー板まで。幅広く使われてきたアオダモ
──そもそも、バットに使われるアオダモはどのような木なのでしょうか?
アオダモはモクセイ科の落葉広葉樹です。粘りがあって割れにくい特性から、バットだけでなく、スキー板やテニスラケット、各種の家具や木工品など、生活資材としても広く使われてきました。
──バット以外にも使い道の多い素材なんですね。ここまで減ってしまった理由は何なのでしょうか?
ブナやナラのように山一面に群生する木ではなく、他の樹種にポツポツと混じって生えるため、群生する樹種に比べると、もともとの資源量は多くありません。一方で用途は幅広く、一般論ではありますが、資源の利用に対してその再生が追いつかなくなったことが、減少の一因ではないでしょうか。
また、成長が遅く、バットとして使える太さになるまで約60年、良質なバット材になるには約80年を要すると言われています。
──80年! 日本でプロ野球が始まったのが1936年なので、その頃に芽生えた木が、今ようやく良い素材になるくらいの時間がかかるんですね。
また、アオダモの再生(更新)に関しては、種子から稚樹が育つ「実生(みしょう)更新」や伐採した切り株から芽が出てくる「萌芽(ほうが/ぼうが)更新」があります。実生による更新は、伐採後に光環境がよくなり、林床にササが繁茂すると、稚樹が育ちにくくなります。
せっかく稚樹が育っても、近年は増加したシカによって、アオダモの稚樹が食べられることもあります。こうした理由でアオダモの更新が阻害されて、特に、若い木の資源量に影響している可能性も考えられます。
アオダモの保存と育成の難しさ
──アオダモを増やすための取り組みは行われているのでしょうか?
2002年に「NPO法人アオダモ資源育成の会」が発足しました。北海道育種場も協力機関として関わり、毎年の植樹活動にも参加しています。
北海道育種場が具体的に取り組んできたのは、優良な個体を収集し、保存することです。まず、2001〜2003年にかけてバット素材の伐採現場に同行し、形質の良い木を採取しました。これを「さし木」という手法で増やし、育種場内に保存しました。枝を切り取って土に挿し、元の木と同じ性質を受け継ぐ個体、いわゆるクローンを育てる方法です。
そうして増やした優良個体を集めた「モデル交配園」を造成し、将来的に優良個体の苗木を山へ戻すことを目標として、優良個体の特性調査や、種子の生産方法などの研究を進めています。
──今、そのモデル交配園はどんな状態ですか?
さし木から25年ほど経ちますが、樹高は3〜6メートルほどで、太いものでも直径6センチ程度です。さし木は種から育てた苗木より成長が遅い特性がありますが、それを差し引いても、アオダモは時間をかけてゆっくりと成長する木であることを実感させる数字だと思います。
──やはり時間がかかるのですね。アオダモを育てるうえで難しい点はありますか?
アオダモには、おしべだけを持つ雄株と、おしべ・めしべの両方を持つ両性株があります。自分の花粉だけでは種ができにくいため、周囲の木が同じ時期に花を咲かせなければ交配が進みません。さらに花をたくさんつける豊作年と、ほとんど花がつかない凶作年を約5年周期で繰り返します。そのため、成熟した木が同時に花をつける環境が整わなければ、継続的に種を確保することが難しいのです。
ただ、技術的な基盤は少しずつ整ってきています。豊作年に採れた種は冷蔵保存できることが分かり、良い苗木を育てる方法も見えてきました。今は、モデル交配園のアオダモが花をつけるのを待っている段階です。
北海道大学の研究では、防風林として植えられていたアオダモが、山中に自生するものより成長が速く、通常80年かかるところを約40年で同等の材質に育ったという報告がありました。日当たりが良い開けた場所では、成長量が2倍程度になる可能性もあり、材質も遜色ないとされています。今は人里にもシカが出るので、その影響も考慮する必要がありますが、一つの可能性にはなるでしょう。
時間はかかりますが、人の歴史や文化と結びついたアオダモを未来へつなぐため、当場では、モデル交配園の取り組みを続けていきたいと思っています。
森林をめぐる環境の変化
──スギやヒノキでは「利用期を迎えた木が増えているので、積極的に使って森を更新していくべき」という話も伺います。アオダモとはずいぶん事情が違うのですね。
利用期を迎えているのは、スギやヒノキの人工林ですよね。これらの人工林は、人が植えて育て、数十年後に収穫し、再び植えるという林業のサイクルが確立されています。
一方、アオダモは、天然木を主に利用しており、植栽は行っていますが、スギやヒノキのような育成と利用のサイクルは、まだ確立されていません。
──スギやヒノキのように「植えて育てて収穫する」というサイクルを、アオダモでは簡単には回せないのですね。
アオダモは、近代以前から造林が行われてきたスギやヒノキとは異なりますし、成長に長い年月を要することなどから、バット材として利用するまでの施業技術やサイクルが、現段階では確立されていないということでしょう。
さらに近年は、シカによる食害等の課題もあります。アオダモはシカが好む樹種なので、生息密度が高い地域では植栽しても食べられてしまいます。そのため、シカが好む樹種を植栽する場合には、植栽箇所をネットで囲むなどの対策が必要になり、コストもかかります。植栽地をネットで囲んで保護すると、ネットの内側には様々な植物が生えてきますが、その外側は、シカが好まない植物だけが目立つようになります。
シカが好む樹木や草本類は、アオダモだけでなく数多くありますので、増え過ぎたシカによる食害は、森林全体の健全性や再生に関わる問題だと思います。当育種場も育成している苗を守るため、苗畑をネットで囲って対策しています。
──環境の変化も難しさに拍車をかけている。数少ないアオダモ資源の使い方を、しっかりと考えていかなければいけませんね。
持続的に利用できる資源量をしっかりと意識していくことは大切だと思います。当育種場でもアオダモを育てて資源量を増やせるよう、取り組みを進めていきたいと思います。
──資源を守りながら使っていくために、木製バットでは代替となる樹種の活用も進んでいるのでしょうか?
プロ用の木製バットの材料として、かつては、アオダモのほか、国産のヤチダモなども多く使われていたようですが、現在は、北米産のメープル(カエデ)、イエローバーチ(カバノキ)、ホワイト・アッシュ(トネリコ/タモ)などが使われているそうです。また、北海道にも多く自生するダケカンバは、これまではパルプなどへの利用が中心でしたが、バットの素材として活用する検証も行われていると承知しています。
木々の変化は暮らしを映す鏡
──林木の育種にも気候変動の影響はあるのでしょうか?
林木の品種改良の現場では、乾燥や高温に強い品種の開発が重要な課題になっています。同じ樹種でも地域ごとに異なる遺伝的な特徴があり、気候変動がそれらにどのような影響を与えるのかも研究が続けられています。
──環境の変化に合わせて、木の特性や育て方も研究する必要があるのですね。生態系や暮らしとの関わりについてはいかがでしょうか。
一般論として、それぞれの樹種は森林生態系の一部を担っていますから、特定の樹種が失われれば、それに依存する生き物にも影響があるでしょう。
暮らしとの関係では、アイヌの人たちにとっても、アオダモは、伝統的家屋チセの壁の材料となるヨシを押さえる横木や様々な器具の柄に利用するなど、古くから暮らしを支える大切な材料でした。北海道・平取町では、地域の人々がアオダモやオヒョウ(樹皮が伝統衣装「アットゥシ」の材料となる)といったアイヌ文化の継承に欠かせない樹木の試験植栽を、シカ対策を行いながら進めています。
──私たち人間も、自然の外側にいるのではなく、木々との関係の中で暮らしていることを感じさせるお話ですね。
私たちの仕事は、未来の山をつくる仕事だと思っています。開発した品種や保存してきた遺伝資源が、これからの森を形づくるかもしれません。世の中の変化のスピードが速くなる一方で、何十年、何百年という時間を見据えて仕事ができることには、大きなやりがいを感じています。
「資源量を意識して大切に使う」という発想は、これからはさらに重要になるでしょう。また、これまではチップにしか用いられてこなかった樹種が、需要開発により、新たな素材として有効活用されている事例もあります。山から得た資源を無駄なく生かすとともに、再生していく。そうした持続可能な形で資源を利用するという社会が、少しずつ広がっていってほしいと思います。
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取材・執筆淺野義弘
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編集友光だんご
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