海に浮かぶ風力発電所が「魚の住みか」に? 漁業にも雇用にも経済にもやさしい、五島列島の自然エネルギー施策
長崎県から約100km離れた場所にある、豊かな海に囲まれた五島列島。
18の有人島と111の無人島が約150kmにわたって連なるこの近辺には、海流の関係で多種多様な魚が生息し、「釣りの聖地」として日本全国の釣り客の憧れの的にもなってきました。
また、年間平均気温が約17度と過ごしやすく、離島でありながら大きな病院やスーパーもある五島は、多くの移住希望者たちから人気を集める土地でもあります。実際に移住した方々の「5年定着率」は、82%にのぼるほど。
そんな五島では、島を囲む豊かな自然を生かした、脱炭素化への取り組みがおこなわれているといいます。
風や海といった地域資源を活かした「洋上風力発電による脱炭素化」や、「CO2を吸収する藻場の造成」など、五島ならではの地形や気候を活かした取り組みの数々。そこには環境保全だけではなく、経済効果や新たな雇用の創出、漁業衰退の抑止など、人々の生活にもよい影響をもたらす可能性があるといいます。
どのようにして、地域に根ざした脱炭素化の取り組みを実現できているのか。プロジェクトに携わる五島市の方々に、お話をお聞きしました。
海に浮かぶ風力発電所のおかげで収穫量アップ
──五島ならではの取り組みとして、「浮体式洋上風力発電」が挙げられます。プロジェクトが立ち上がった経緯を教えていただけますか?
きっかけは、環境省による実証実験でした。海上に浮かべる「浮体式風力発電設備」の実証実験がスタートするにあたり、その誘致場所として五島市が手を挙げたのがそもそもの始まりです。
環境省としても、台風の通り道である五島ならば、風力発電の効果が得られそうだと期待して選んでくれたようです。
そもそも海に囲まれた五島において、海洋エネルギーを積極的に活用しようという考えは、この洋上風車の取り組みから生まれたものでした。現在はそこから派生するようにして、CO2の削減や商業化、人口減少対策など、プラスアルファの活動ができないかを模索しています。
──取り組みを始めてから現在までに、どのような成果がありましたか?
まずは2010年に、環境省による小規模試験機100KWの実証実験がスタートしました。ただ、そこからの道のりは長いものでした。
「風車の騒音や低周波音の影響で、魚がいなくなってしまうのでは」という漁業への影響など、さまざまな懸念点がありました。台風への耐久性を慎重に検討するなど懸念点を確かめながら、2000KWを発電できる風車を一基建設しました。
環境省の実証実験が2016年度に終了した後も、実証事業グループのメンバーだった戸田建設さんという事業者が中心となり、商業化に向けたウインドファーム建設へと動いています。
これから2024年までの間に2000KWの風車をあと8機追加し、計9機建設する予定です。全9機の年間発電量は、一般家庭16,200世帯分の電気を賄えるとも言われています。
──五島の洋上風車だけで、16,200世帯分も発電できるようになるんですね。これが実現すると、どんなメリットがあるのでしょうか?
風力発電は、火力発電のように発電時にCO2を排出しない発電方法なので、CO2削減につながります。
また、島内の電力自給率が56%から80%に上がります。
多くのライフラインを島外に頼る離島にとって、エネルギー自給は切実な課題です。台風などの自然災害が発生した場合の、停電のリスクを減らすことができますから。日本全体の電力自給率が10%弱であることを考えると、自給率の高さがおわかりいただけるかと思います。
さらに、風力発電は地域の雇用にもつながっているんです。
海洋エネルギーの研究・開発を進める中で、設備のメンテナンスをする際に94名の雇用が創出されています。
職不足が原因で島を離れる人の人口流出を防いだり、移住促進にもつながったりするのではないかと期待されていますね。環境だけでなく、人々の生活にも良い影響があるのが五島の自然エネルギー施策の強みです。
──このモデルが全国規模に広がっていけば、大きな脱炭素化につながりますね。ちなみに、地域住民の方々の反応はどうでしたか?
浮上式風車は海上に風車を浮かせるものなので、魚が獲りにくくなるのではないかなど、漁業への影響を懸念する漁業関係者の方が多くいらっしゃいました。
しかし、一人の漁業者の方が「ウインドファームは魚が集まる人工の漁礁になるのではないか」と考え、地域の漁業者の方々との話し合いにも積極的に参加してくださったおかげで風向きが少しずつ変わっていきました。
写真提供:(一社)海洋エネルギー漁業共生センター
実際に、ウインドファーム建設後は浮体の周辺に小魚が住みつき、小魚を捕食する魚やイセエビなどの甲殻類も集まるようになるなど、漁業にも良い影響が確認されているんです。
戸田建設(株)といったウインドファーム事業者の方々が地域のお祭りやイベントに積極的に参加してくれたことも、実現の大きな要因だったと思います。漁業者の方と行政の間に立って、理解を得られるよう尽力してくださいました。
──多くの人が、互いに歩み寄るなかで実現したプロジェクトなんですね。
そうですね。そして漁業関係者以外の市民の方にとっても、メリットはあります。2020年には、「五島市民電力(株)」という地域電力会社を立ち上げました。
五島市民電力と電気を買う電気事業者が「特定卸供給契約」を結んだことで、「地元で五島産の電気を使っています」と公言していいことになったんです。再生可能エネルギーの自給自足は地域の誇りですから、より多くの人に風力発電の意義を感じていただけるようになったきっかけの一つになったと思います。
――行政主導の取り組みを進める際には、市民の方々に実感やメリットを感じてもらうことが大切ですよね。また、民間企業を巻き込んだ取り組みもされていると聞きました。
島内の民間企業向けに「五島版RE100」という取り組みを始めました。
五島版RE100は、五島産の再生可能エネルギーとして生まれた、CO2実質ゼロの電気を使う企業を増やすことを目的とした制度です。
風力発電をはじめとするCO2実質ゼロの自然エネルギーを企業が使用した分だけ、温室効果ガス削減量の証明である「Jクレジット」を企業に付与することになっています。
Jクレジットは売却もできるため、認定企業はJクレジットを売って得た収益を、投資費用の回収に充てることもできます。
ほかにも、環境や社会への配慮を重んじる投資家からの評価アップや、化石燃料の値上がりによるダメージを受けにくいといったメリットがある。すでに16企業・団体が参加し、5年以内にCO2排出量をゼロにする宣言をしています。
――民間企業にとっても、再生可能エネルギーの活用にメリットがある状態をつくっているんですね。
磯焼け対策がCO2の削減と漁業への貢献に
――脱炭素化の取り組みの一環として、磯焼け対策も行われていますよね。改めて、磯焼けと脱炭素化はどのようにつながるのでしょうか?
そもそも磯焼けとは、海の中の海藻が何らかの原因で減ってしまうことを指します。
五島の場合は、地球温暖化によって海水温が上がって、海藻を食べる生物が活性化してしまったことが原因ではないかと言われていて。
写真提供:五島市
海藻が生えている藻場がなくなって困るのは、「食用の海藻が獲れなくなる」といったことだけではありません。
海藻には、海の魚を育てたり、沖からの波を弱めたり、海藻が光合成を行うことで二酸化炭素を吸収したりといった環境保全の役割もあります。そうした役割も失われてしまうのです。
――五島の磯焼けの対策はどういった経緯で始まったのでしょうか?
ウニやアワビ、イセエビ、ヒジキといった磯根資源の減少傾向が見られたことがきっかけで、平成17年頃から磯焼け対策がスタートしました。
ただ、危機感を持って取り組み始めたのは今から10年くらい前のことです。ヒジキの生産量がゼロになってしまったことや、イセエビの産卵場である藻場がなくなり、イセエビの収穫量が大きく落ちたことなどが直接のきっかけでした。
――収穫量が落ちたことが直接的なきっかけだったんですね。具体的にはどんな取り組みをされてきたのでしょうか。
まず必要だったのは、磯焼けの原因を突き止めることです。五島市では、海藻をエサにする植食性の魚が原因になっていると考え、ヒジキの生育実験を行いました。
原因がわかったあとに、磯焼け対策に必要となる取り組みは2つ。「藻場を保全し、再生すること」と、「磯焼け対策の情報を発信し、人材を育てること」です。
具体的な取り組みとして、魚の食害から海藻を守るために、海藻が育つ藻場の周りに仕切り網を設置しました。魚の侵入を防ぎ、藻場を数年間かけて1haずつ回復させていくという、地道な活動です。
また、こうした磯焼け対策を後進に伝え、方法を共有していくために「磯焼けバスターズ」というチームもつくりました。これまで各地域で主体的に磯焼け対策に取り組まれていた方々でチームを結成し、地域の枠を超えて各地を応援できる形にしたんです。
――浜や港ごとのコミュニティが強固な漁村においては、そうした「地域を超えたチームアップ」はとても珍しいことですよね。そうした先人たちの助言もあって、磯焼け対策の活動が続いてきたんですね。
※資料 『五島市による磯焼け対策』より抜粋
はい。そうして思考錯誤を続けること8年、平成22年にヒジキの収穫量がゼロだった崎山地区では、平成29年にヒジキ500kgが収穫できるまでに回復したんです。
実はこの仕切り網を立てて魚の食害を防ぐというのは、なかなか難しい技術でして。実施された地名にちなんだ「崎山モデル」として、多くの関係者から注目をいただいています。
――「崎山モデル」のおかげで、無事に収穫量が戻ったんですね。それでも、対策を続けられているのはどうしてでしょうか?
保全するべき藻場は、まだまだありますから。観光で来た方々は「五島の海って綺麗ですね」と言ってくださいます。ただ、それは自分達にとっては辛い言葉です。海が綺麗というのは、藻場がない故に「磯の地肌が見えている」ということ。陸で言えば砂漠のような状態なんです。
一年を通して海藻が生えているような藻場を、目指していければと思います。
――目指す先は長いと。
それに、担当者が変わったり、世代が移り変わってもこの取り組みを続けられるように「マニュアルづくり」と「人材育成」「種苗の供給体制」の3本柱を大事に考えています。
磯焼け対策を行っていくには、潜水の技術が必要になります。これは海の調査や、仕切り網の設置といった具体的な活動をするための技術ですが、一般的に漁師が持っている技術ではない。
そのために、潜水などの技術を共有し伝えるリーダーの育成を課題としてきました。
意識を高く持って取り組んでくれる方ほど、漁業コミュニティ内で孤立してしまうこともありますから、関わってくれる方が動きやすくなる環境づくりも意識しています。
さらに、海藻の養殖に必要な「種苗」の生産も自分達で行っています。
磯焼け対策をはじめた直後の五島の海は磯焼けがひどく、藻場の再生のためには島外から種苗を買ってくる必要がありました。しかし、市販されている種苗は品質がまちまちなので、地元の海と相性が良い場合も悪い場合もある。
そのため、陸上で生産した種苗を地元の海に移植し、地元の海藻を増やす取り組みを並行して進めてきました。
――磯焼け対策に必要な環境を、市内でつくり上げていますね。そんな中で、海藻にCO2を吸着させる「ブルーカーボン」の施策をさらに推し進めていこうとしているのはなぜですか?
磯焼け対策を進めるには、漁業者の協力が必要不可欠です。ただ、ヒジキやイセエビといった磯根資源で生活している漁業生活者は少ないので、「磯の資源を守りましょう」という言葉だけで動いてもらうには無理がある。
他の漁業関係者の方の興味関心を惹いて協力を得るためにも、ブルーカーボンという、もう一つの付加価値が欲しかったという事情があります。
ブルーカーボンが「Jクレジット」のようにクレジット化されて売却益を得られるようになれば、漁業者の方のメリットにもつながります。
そうすれば水産資源の保全活動への協力も得やすくなる。真の意味で持続可能な取り組みを行っていくために、やはり協力してくださる方のメリットも考えなければなりません。
――五島市の取り組みを伺っていると、取り組みを続けていくためにこそ、協力者にとっての「メリット」をしっかり作ろうという気概を感じます。常に三方良しを目指している。
漁業においても「とにかく獲れればいいんだ」という考えを持っていると、海の生物が減り、結果的に漁業全体が衰退してしまいます。自分たちの海を守りながら、魚や磯根資源を獲る共存の姿勢が、これからの漁業とエネルギー対策には必要だと思います。
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この記事は、企業版ふるさと納税の仕組みを活用した「Yahoo! JAPAN 地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」でヤフー株式会社から寄付をしたプロジェクトについて取材したものです。
地方公共団体への支援を通じて、国内の脱炭素化などを促進していく目的で行っています。
https://about.yahoo.co.jp/csr/donationforcarbonneutral/
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文佐々木ののか
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取材長谷川琢也
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編集乾隼人
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写真提供五島市