屋根も、売電収入もみんなでシェア。個人でも取り組める気候変動のための仕組み
ニュースでは気候変動にまつわる話題が増え、さまざまな取り組みを見かけるようになりました。実際、「地球温暖化を1.5°Cに抑えたいのであれば、今が最後のチャンス」と国連が発表するほど状況はひっ迫しています。
ただ、問題の規模が大きすぎて「個人の力って小さすぎる」という思いも同時に抱いてしまいます。
「それでも、何かできることを探したい」。そんな思いを持つ人に明るく寄り添い、一緒にできることをしていこうよ、と呼びかけてくれる人がいます。NPO法人上田市民エネルギー代表の藤川まゆみさんです。
NPO法人上田市民エネルギーは、太陽光発電に出資したい人と屋根を持っている人をつないで、太陽光パネルを増やす活動「相乗りくん」を運営しています。
藤川さんは「国や企業にまかせっきりではもう間に合わない」「個人でもできることはあります。点が線になり、面になればもっと変わります」と言います。
そんな藤川さんを中心とする相乗りくんは小さな活動からはじまり、11年で60か所以上の太陽光パネルを設置してきました。その結果、相乗りくん発電所全体の2021年度発電量は100万kWhを超え、成長した杉の木47,000本のCO2吸収量と同量を削減しています。
さらには地域を大きく巻き込み、長野県のCO2削減目標数値を引きあげるきっかけづくりにも一役買うほどに。
相乗りくんを中心とした藤川さんの活動を通して、私たちが今ほんとうにできることを探ってゆきます。
太陽光パネルをシェアする「相乗りくん」
── 相乗りくんとはどういうものなのでしょうか?
藤川
相乗りくんは、日当たりのいい屋根をもつ「屋根オーナー」と、太陽光発電に出資したい「パネルオーナー」をつないで太陽光パネルを設置し、売電収入をシェアする仕組みです。
── 屋根オーナーとパネルオーナー、それぞれどのように参加するのですか?
藤川
屋根オーナーは、規定の条件に合えばご自宅の屋根などに設置費用なしで太陽光パネルを設置できます。現在は長野県上田市と、市内から車で約1時間半の範囲をカバーしています。
パネルオーナーは、まず契約をしてウェイティングリストに入っていただきます。屋根が決まるたびにリストの早い順に「あなたのお金が活用される屋根が決まりました」と、屋根オーナーの方と屋根の紹介を添えて連絡します。こちらは全国どこからでも、10万円から希望の金額で誰でも参加可能です。
── オーナー同士、ひとつの屋根を一緒に応援するみたいな感覚でいいですね。屋根オーナーの方は無料で設置できますが、パネルオーナーの方が出資したお金は、どのように戻ってくるのでしょうか?
藤川
パネルで発電した電気は、その建物で屋根オーナーが使い、残ったら中部電力に売電します。そして、屋根オーナーのパネル容量に合わせた毎月の支払いが、パネルオーナーの売電収入になります。パネルオーナーは10〜13年の契約期間に出資頂いた金額プラスアルファのお金をお支払いできるよう見込んでいます。
藤川
相乗りくんの発電所は現在63か所あるのですが、最近はウクライナ情勢の影響で電力がひっ迫している事情もあり、以前より問い合わせが増えました。
個人が再エネに取り組むべき時代になっている
── そもそも、太陽光発電のような再エネをちゃんとやらなきゃいけない理由って何なんでしょうか?
藤川
やっぱり、地球温暖化がそれほど深刻になってきているのが理由です。私たちだと、体温が1〜2度あがるだけでも大変なのに、地球はこのままでは産業革命前より4〜5度もあがってしまうと予測され、人間の生存が危ぶまれています。
気温上昇がしきい値を超えてしまうと、山火事が起きて木が燃えて、さらにCO2が増えて......と暴走してしまい、もう人間には止められなくなってしまう。そんな気温上昇を止めるために、省エネルギーとともに重要なのが、再生可能エネルギーの推進です。
── どうして再エネをがんばることが、気温上昇を止めるのに一番効果的なのですか?
藤川
地球はちょうどよい気温に保たれていた時代が長かったのですが、産業革命以降、私たち人間は温室効果ガス、特にCO2を排出しすぎてこのバランスを崩し、温暖化が進んでいます。そしてCO2排出量の中で圧倒的に多いのが化石燃料による発電です。
エネルギーを、CO2を排出しない再エネに変えていかないと、私たちはずっと温室効果ガスを増やし続けることになり、さらに地球の気温が上昇してしまうのです。
── エネルギー問題って国や企業がすでに取り組んでいると思うのですが、それでも私たち個人も取り組むべきなのでしょうか?
藤川
すでに、国や企業に任せているだけだと地球を守れないところまできているのです。国は1997年の京都議定書のときから目標を立てて動いていますが十分ではなく、現在の世界各国のCO2削減目標を足しても産業革命前より4度近く温度上昇してしまうと発表されています。
また企業も、今の資本主義社会の中で利益をあげない選択肢は持ちにくいです。私たちが「こういうものが欲しいです」「これは私たちは買いません」と求めていかないと企業も変われないのです。気候変動を止める鍵は、私たち市民が持っていると思います。
エネルギーって戦争の原因になったり、世界を大きく変えたりするくらい力があるものです。化石燃料を扱う一部の国や企業から購入するのか、それとも自分たちの地域でつくった再エネを選ぶのか。社会のありようとして、どちらを選びたいのかを個々人が考えて動くことが大切です。
── 地球温暖化は、そこまで深刻な状況なのですね......。個人の力は小さい中で、どのようにこの問題に対してアクションを起こしていくべきなのでしょうか。
藤川
ひとりずつの声は小さくても、点が線になり、面になったら大きな影響力を持つことができます。そうやってちゃんと国や企業から面で見えるようにする工夫が必要だと思います。
相乗りくんの活動は11年目になるのですが、長く続けると国や自治体や行政とお話をすることも増えて、存在感が出てきました。そうやって対話ができる関係になれたのは、みんなで集まって活動して、面として見える実績をつくってきたからこそだと思います。
── 相乗りくんは、一人ひとりの思いや行動の受け皿にもなっているのですね。
藤川
「自分にできることを探していた」と言ってくださる方も多いです。なので、屋根オーナーもパネルオーナーも、参加しやすい仕組みを用意し、太陽光発電への参加のハードルを下げる工夫をしようと心がけています。
── 敷居が高すぎないちょうどよさが、行動するための最後の一押しになっているのですね。
藤川
相乗りくんは、安心して一歩を踏み出せる存在でありたいです。そして一歩踏み出した方は、二歩目、三歩目を踏み出していかれます。
信頼で成り立つ新しい出資のかたち
── 再エネといってもいろいろな選択肢がありますが、なぜ藤川さんたちは太陽光発電を選んだのでしょうか?
藤川
大きなきっかけは、東日本大震災でした。もともとエネルギーをテーマとした市民活動はしていたのですが「このままじゃいけない、実際に自分たちでエネルギーを増やさなければ」と思ったのです。できることを模索していくうちに、上田市の強みを活かすなら太陽光発電なんじゃないかという話になりました。
── 上田市の強みを活かそうと思ったら、太陽光発電にたどり着いた......?
藤川
上田は、日照時間が長いのが特徴です。また昔は蚕産業が盛んな町で、蚕の家は屋根がきれいに南に向いていました。「南向きであんなにいい屋根なんだから、ここに相乗りさせてもらえばいいんじゃない?」というアイデアが出てきたのがきっかけです。
── 相乗りくんの屋根オーナー第一号はどんな方だったのでしょうか?
藤川
武田さんという、当時70代の方でした。新聞に「相乗りくんに屋根を貸していただけませんか?」という記事が出たのですが、それを見て応募してくださったんです。
── どうして応募してくださったんですか?
藤川
武田さんも震災を受けて「自分も何かしないと!」という気持ちがあったようで、面識もない中で連絡をしてくれました。ご自分で屋根いっぱいにパネルを設置することもできるけれど、「自分だけじゃなくて、いろいろな人とも一緒にできる方がいい」と思ってくださったんです。
でも、娘さんは「相乗り?」とちょっと心配したそうです。何度も武田さんとお会いしていく中で信頼をしてくださって、パネルを取り付けることができました。
── パネル設置をするまでに、しっかりと対話して信頼関係を築いていったのですね。
藤川
相乗りくんは発電開始後もずっとお付き合いをしていくので、信頼関係が大切です。屋根オーナーのみなさんとのやり取りはもちろん、パネルオーナーのみなさんにも毎月、売電金額だけでなくその方のパネルの発電量もお伝えするなど手ごたえを感じていただけるようにしています。
未来の後継者のために土地を守りたい
地域や人のつながりで成り立っている相乗りくん。参加している方はどのような思いで参加し、どのような景色が見えているのでしょうか。
ここからは、実際に屋根オーナーとして屋根を貸してくださってる岡崎酒造の代表取締役 岡崎謙一さんに話を聞いていきます。
── 岡崎酒造では、どこに太陽光パネルを設置しているのですか?
岡崎
2020年の7月から、酒造の倉庫の屋根にパネルを置いています。パネルの設置費用を出していただいて、本当に何の負担もなく電気を発電できています。
── 相乗りくんに参加されたきっかけは何だったのでしょうか?
岡崎
酒造りは、つくる過程やできあがったお酒の冷蔵保存で電気を結構使うんです。自分たちがやってることは世の中にとっていいことなのか、葛藤がずっとありました。そんな中で相乗りくんの存在を知り、参加することに決めました。
あとは、350年続いてる歴史をもう少し続けたいという思いもありました。 じつは岡崎酒造は先代で潰れかけて、僕は引き継いだときに「何やってたんだよ」っていう不満が少しあって。だからこそ、未来の後継者から「先代は何やってたんだ」って言われないように何か動きたかったんです。
── ご自身が実感を持ってやってるのは、すごく強いですね。
岡崎
酒蔵はその土地の水や米がないと生きていけない事業です。だからこそ自分たちが生きている地域の自然やコミュニティをちゃんと守り、次の代に渡さないといけないなと思います。
そういう意味では、いろんなものを地域で循環させていくことも大切だと感じます。どこかの土地でCO2を出しながらつくった電力を買うと、地域からお金が出ていってしまう。今ある屋根にパネルを乗せるだけでエネルギーもお金もこの土地で循環するなら、それはいいことなんじゃないかなと思いました。
意思表示をすることで社会は変わる
── 相乗りくんは、私たちが個人でできる意思表示のひとつなんだなと感じました。ほかにも個人で取り組んでいけることってあるのでしょうか?
藤川
いろいろなかたちで、社会に意思表示ができると思います。日本は今でも、化石燃料エネルギーを増やす計画を続けているし、そういった企業に融資をする銀行も多いです。
でも、化石燃料関連事業に融資を続ける金融機関からお金を引き揚げることで意思表明をすることができると思います。これはダイベストメントと言って、海外ではよくあるアクションです。
── 引き揚げたお金を、相乗りくんのようなところに預ければさらによい循環が生まれますね。
藤川
実際、相乗りくんは銀行の定期預金や保険が満額になった方が、いいタイミングだからと預け先を考え直した結果、相乗りくんを選んでくださる場合も多いです。「自分の預けているお金に責任を持ちたい」というようなことをおっしゃる出資者の方もいます。
── ほかにはどのようなことができるのでしょうか。
藤川
政治にも市民の意思表示が大切です。たとえば選挙で街頭演説して候補者の方に「気候変動の政策はどういうことを考えていますか?」と聞いてみてください。お金がかからないアクションです。
結構、答えてくれますし、候補者の方は次の場所ではその話題をしてくださることが多いそうです。やっぱり政治家は有権者が関心があることに力を入れていくし、有権者が何に関心があるかは言わないと伝わらないと思うんですよね。
── ちゃんと伝えないと政治家の方もわからないし、伝えたら応えてくれるんですね。
藤川
こういった動きの中で最近感動したのが、長野県のCO2削減目標の変更です。長野県はずっとCO2削減に対して積極的に動いてきた先進県だったのに、2030年までのCO2削減目標は、国より2%だけ多い48%に設定していました。行政が慎重に、目標をかたく読みすぎてしまったのではないかと思います。
そこで私たちは周囲に呼びかけるなど、いろんな方向から県にアプローチをしました。その結果180件のパブリックコメントが行政に届き、長野県は目標を48%から60%に引き上げてくれたんです。
── 目標が12%もあがったんですね!
藤川
ふつう、パブコメで数字がそんなに変わることはないと言われています。でも、じつは背中を押してほしかったのではないかと思いました。「私たちは賛同しますからやってください」と市民が声をあげれば動くことがあるという体験をしました。
── 地域の人が、自分たちの未来をちゃんと考えて行政を応援した結果ですね。
藤川
国も企業も動きにくいなら、市民の力も発揮すればいい。それをやる人が地域にひとりでもいれば、「私も参加する!」っていろんな人が動きはじめるし、社会が変わる兆しが出てくる。私たちは相乗りくんを通して、そういう体験を繰り返してきましたし、市民にはそういう力があると感じています。
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取材・文吉田恵理
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