中小企業こそ楽しくSDGs経営!? 無理なくついでに社会問題に立ち向かう
SDGsという言葉がテレビやメディアで飛び交うようになり、大企業を中心に多くの企業がSDGsを経営に取り入れるようになってきました。
ですが、いざSDGsを紐解いてゆくと......ゴールが17個もあり、その内容は環境問題から、貧困、ジェンダー平等と多岐にわたり、日々の生活であまり実感のない課題もあります。もしあなたが中小企業を経営していたり、中小企業で働く人だったら「うちには関係ないんじゃない?」「余裕がある大企業しかできないことでは?」と思ってしまうのも、無理はないかもしれません。
そんな疑問に対して「中小企業こそ積極的に、楽しくSDGs経営をすべき」と言うのは、SDGs経営の入門書『やるべきことがすぐわかる!SDGs実践入門 〜中小企業経営者&担当者が知っておくべき85の原則』の著者である、小樽商科大学大学院准教授の泉貴嗣さん。
泉さんによると、中小企業がSDGsへの対応をしなくてはいけない日は、すでに来ています。社会問題や環境問題は、自社の持続可能性を左右する経営課題なのです。その上で、「人から言われて渋々やるSDGs経営は味気ない」「大事なのは、無理なくついでにできて、達成感のある活動をすることです」と語ります。
そのために必要なのは、地域社会と密接につながり、お客さんや地域と共生していくこと。なにか特別なことを新しくはじめるわけではなく、今やっていることのクオリティを上げるだけで、社会問題に立ち向かえることを知ることだと言います。
今回は、中小企業はどのようにSDGsを理解し取り組めばいいのか、具体的な事例も交えて泉さんに話を聞きました。
泉貴嗣(いずみ・よしつぐ)
北海道で唯一の通えるMBA授与大学院である小樽商科大学大学院 商学研究科アントレプレナーシップ専攻にて准教授を務める。中小企業のサステナビリティ経営、ソーシャルビジネス化の支援とこれに関連する自治体の経済政策の支援、上場企業の役員などを経て現職。著書に「やるべきことがすぐわかる!SDGs実践入門 〜中小企業経営者&担当者が知っておくべき85の原則」(技術評論社)など。
小樽商科大学大学院:https://obs.otaru-uc.ac.jp/
中小企業こそ積極的にSDGsに取り組むべき?
── 泉さんは中小企業向けにSDGsの実践書も書かれていますが、なぜ中小企業向けにSDGsを推進しているのでしょうか。
これまでのビジネスは、品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)のいわゆる「QCD」が優れていれば、顧客から選ばれビジネスを成長させることができました。
ですが今は「新たな時代の経営課題」として社会問題や環境問題への対応が必要になり、社会への影響力が大きい大企業やグローバル企業ではSDGsへの対応が当たり前になってきています。じゃあ、大企業だけがそれをやればいいかというと、そうではありません。サプライチェーンマネジメントの必要上、彼らは関わりのある企業にもSDGsやESG(*1)に関わる対応をお願いすることになります。
── 大企業だけでなく中小企業も遅かれ早かれSDGsやESGへの対応が必要になってくるのですね。
でも、上からやらされるSDGsやESGの対応って全然楽しくないと思うんです。お客さんに言われたことだけをやるビジネスって、とても味気ない。
だったら、サプライヤーである中小企業がもっと能動的に考えられるようになったらいいのではと思いました。自発的に動いた結果、たまたま大企業やグローバルサプライチェーンの要求に合致しているという流れがつくれたらいいですよね。
── お客さんに言われたから渋々やるSDGsへの対応は、それこそ負担に感じる企業も多そうです。
それに、中小企業は世の中の会社の99.7%を占めています。そんな中小企業がサスティナビリティの実現に向かって行動しないと、世の中は何も変わらないはず。能動的に、楽しく未来に向かって経営をしてほしいからこそ、私は中小企業のみなさんに対してSDGsやESGの考え方をお伝えしています。
── 実際の現場ではSDGsはどのように受け入れられているのが現状なのでしょうか?
私は元々、中小企業を中心としたCSR(*2)のコンサルや、行政の中小企業向けCSR政策のコンサルをしてきた流れで、SDGsやESGの提案もしてきました。多くの会社を見続けてきた中で、その本質をわかっている企業もありますが、表面的な理解・実践にとどまる企業が多いというのが現実です。
たとえば建設業だと、ゼネコンの先には数多くの下請企業(協力会社)が広がっています。ゼネコンのトップの人たちがCSRやSDGs、ESGへの意識を持っていても、現場も同じ意識とは限りません。とにかく下請となる中小企業に安く発注しよう、リベートをとろう、接待してもらおう、という考えもいまだにあります。そして、中小企業もついついこのような考えに迎合してしまいます。
でも、こういう方法はもう続きません。中小企業も倫理観を持って経営し、働き続けられるようにする必要があると思います。
中小企業に根付く「三方良し」こそESG問題解決の糸口
── 中小企業の方には、どのようなお話を普段されているんですか?
経営者のみなさんが現実に悩まされている問題の多くは、結局のところESG問題が多く含まれています。
たとえば、E(環境)の問題なら「脱炭素でお客さんから求められていることありますよね」とか。G(ガバナンス)であれば「お客さんに財務状況の報告はできるようになっていますか?」「コンプライアンス状況を報告できるような記録をつけていますか?」という話をしています。
そうすると「今まさに取引先から言われている」とか「たしかに課題だよね」という話が出てきます。それを解決する際、わかりやすく取り組みテーマを決めるためにSDGsを参照してくださいという話をしています。
── もともとCSRを推進されてきた泉さんですが、いつからSDGsやESGを提案されるようになったんでしょうか?
じつはCSRを推進していた10年前からずっと、CSRのためにはESGという考え方も理解することが大事だという話をしてきました。
CSRの考えが日本に広まり始めた当時、日本の中小企業の経営者の方たちはCSRを「三方よし」的な考えとして捉えていました。この、売り手よし・買い手よし・世間よしというのは、ESGへの配慮があってこその話です。
── たしかに、E(環境)やS(社会)は「世間よし」ですし、G(企業統治)は「売り手よし」に当てはめることができそうです。
ESGにまつわる問題に対応するためにCSRが必要、と考えるとわかりやすいと思います。
── では、SDGsとの違いは何なのでしょうか?
ESGとCSRはビジネスの視点から生まれた概念です。一方で、SDGsは国連がサステナブルな世界を実現するために定めた国際的な目標で、ビジネスだけにとどまらない、大きな視点で世界の問題を解決していくためのアプローチとして生まれたところに違いがあります。SDGsはゴール、CSRはそれを実現するための方法論。5W1Hでいえば、SDGsはWhat、CSRがHowの関係にあると言えます。
SDGsとESG、CSRは共通する部分も多々あります。ただし、ESGやCSRだけで捉えると暮らしの部分が反映されないので、SDGsの包括的な視点が重要だと感じています。誰もが暮らしとビジネスの両立は必要なので、まず最初にSDGsから知る・考えることをおすすめしています。
── CSRに取り組むことはESG問題の解決にも繋がっていて、それらを包括する考え方として、SDGsが便利だよ、という感じなんですね。
自分の実務の肌感覚からすると、私が当時CSRとして言っていたことと、今SDGsとして言われていることは、現実のビジネスでは大きな差異はないと思います。
かつてCSRって、社会貢献のような解釈をされたり、三方よしという認識をされたり、人によって認識のしかたがズレていました。ですが、SDGsが登場したことによって、そこに収れんしようとしているのかもしれません。出どころは違いますが、SDGsがすべてを包括しているという現状はあると思います。
お客さんだけでなく、地域社会にも目を向ける
── SDGsの考え方を経営に取り入れるべきなのは分かったのですが、中小企業は多くの時間やコストを割くのは難しいと思います。限られた資源のなかで取り組むコツはあるのでしょうか?
まずは優先順位をつけるということと、中長期で取り組むべき課題が多いので、決めた優先順位を中期経営計画などの資料に落とし込んで実行することを提案しています。
ちゃんと資料に落とし込むべき理由は、中小企業特有の「しゃべる文化」にあります。会話の中でいろんなことを決めても、意外と記録に残していない。その結果、忘れられ、実行されない事柄が出てきてしまいます。この、しゃべる文化を「書く文化」に移行して、きちんと取り組むことが大切です。
── 優先順位を高くするべき項目はどのように決めるのでしょうか。
まずは自社の本業にまつわる課題の優先順位を高くしていきます。
そのために、自社が関わっている人たちとの共通の課題を探します。課題を決めるとき、少なくともお客さん、社内(社員)、地域社会というの3つのステークホルダー(利害関係のある関係者)を用意して、優先順位づけをしていきます。
それぞれのステークホルダーと自社にとっての重要度を表にして、最も重要な交点を見つけていきます。
たとえば社員のみなさんをステークホルダーとして考えてみましょう。まずはみなさんが安心して働ける環境が必要ですよね。でも、就業規則が古いままだと育休などがとれず、安心して働けない状況になってしまいます。そうなると、最も重要視されるべきは就業規則の改定となり、マテリアリティ(重要度)のトップにくるわけです。
── ステークホルダーの「地域社会」というのはどういうことなんでしょうか?
これは、会社の拠点を置いている地域のことです。マーケティング戦略のフレームワークで「3C分析」というものがあります。自社(Company)・競合(Competitor)・顧客(Customer)の3つの頭文字をとったもので、これらを分析することで市場環境の把握ができるというものです。そこで私は4つ目のCとして、地域社会(Community)も考えましょうと言っています。
地域社会の一員として企業が受け入れられないと、ビジネスそのものがはじまらない、続けられないのでしっかり考慮する必要があるのです。
特にB2B企業だとその地域に拠点を置いているにも関わらず、地域住民からすれば何をしているのかわからない、ということが意外と多いです。それでもトラックが出入りしているので、排ガスは出るし、子どもが交通事故にあうリスクもあります。
── 地域の人からすると、あまり印象はよくないですね。
地域住民にとって正体不明な会社は、まず採用で困ります。遠方から人を採ると採用コストは上がるし、通勤災害などの労働安全衛生リスクも上がります。だから企業が地域社会との共生のためになにかをするということは、本来は自分たちのビジネス環境を保全するための戦略的な活動・投資なんです。
私が尊敬する中小企業経営者のみなさんは、このことをわかっているからこそ、地域社会とどう共生していくかを重要な経営課題に位置づけています。地域社会との共生はSDGsの多くのゴールと関わってきますが、優秀な経営者はSDGs経営という考え方が登場する前から自分たちの経営課題として取り組んでいます。
── 長期的な目線で考えたら、子育てがしやすい地域を作って、その子たちが大人になったときに地元にとどまり働いてくれるような街にしておかないと、企業は困ってしまいますね。
会社というものは、地域のみなさんから有形無形の経営資源をいただきながら運営しています。それを理解していない経営者は目先のお客さんのことしか見ておらず、地域からいただいている経営資源のありがたみを理解できてないことが多いです。
行政も補助金をはじめいろいろな支援をしてくれます。学校も、社員さんのお子さんが通っている場所であり、学校があるからこそ社員さんは日中働けるわけです。
── 自分たちの会社・ビジネスが成り立つ環境や支えてくれている人たちのことを考えて、一歩先をゆく想像力を持つことが大事なのだなと感じました。
地域社会との関係を取り結ぶことは、ビジネスにおける足腰の部分を固めることにつながります。ビジネスチャンスや成長可能性を追求する前に、基礎固めが大事なのです。
子ども食堂への寄付で、交通事故を減らした運送会社
── 泉さんがコンサルティングで関わった企業で、具体的に行動を変えた事例にはどんなものがあるのでしょうか?
ある運送会社さんでの取り組みを紹介させてください。この企業は、運送会社なのでたくさんの車両を使っていて、自動車保険に毎年多額のコストがかかっています。
その会社は、地域では誰もが知っているような会社で、だからこそ地域社会の一員としての誇りがありました。でも、地域を見回したときに社会がどんどん元気を失くしている、特に子どもが貧しくなっているということに気づいたのです。
そこで子ども食堂を運営しているNPOに、自社が1日無事故だったら寄付を1000円する取り組みをはじめました。1000円×最大365日だから、中小企業の寄付としてはがんばっている金額です。
この取り組みによって自社の労働安全衛生意識の向上につながり、交通事故の抑止も期待できます。さらに無事故で済めば自動車保険の割引率が大きくなり、地域社会の子どもたちに対する支援にもなります。
── 従業員にとっても、交通安全を意識することによって身近な誰かが少し助かることが目に見えるのもいいですね。
会社に「交通安全第一でお願いします」と言われたら、社員さんは「そんなの当たり前だよ」と思うかもしれません。でも「自分が事故を起こしたら子どもたちへの寄付金が減る」と思えば、また違った緊張感や使命感が出てくると思うんです。
ポイントは、その企業の本業が持つ社会との接点を考えるというところです。一般論としての善行の話だけをしていたら「収益の一部をどこかに寄付しましょう」で終わっていたと思います。
── 無理なく続けられそうなところもいいですね。
ビジネスの結果、つまり稼いだお金で社会問題・環境問題に対応するのではなく、本業の稼ぐプロセスに無理なく実装するからこそ、取り組みが持続可能になります。
私の尊敬する経営者の友人は「無理なく、ついでに、で達成感のある活動を」といつも言っています。なにか特別なことを新しくはじめるわけではなく、今やっていることのクオリティを上げるだけで、社会問題に立ち向かえるんです。
いま紹介したケースは、大企業から見たら小さな取り組みかもしれません。ですが、小さな成功体験を積み、自分たちが仕事を通してサステナビリティに寄与できるという実感を持つことこそが大事なのです。
── そうやって無理なく実装して、達成感や成功体験を積んだ企業は、その後どのように変わっていくのでしょうか?
地域社会におけるレピュテーションが向上し、採用にプラスの効果が期待できます。また、顧客ロイヤリティは確実に高まるので、受注の精度の向上も期待できます。実際にサステナブル調達(*3)の広がりもあり、大企業ほどそういったサプライヤーさんを求めるようになっています。
あとは社員教育という意味でも機能します。普通の社員のみなさんは、今まで業務の中で社会問題や環境問題を真剣に考えたことや、具体的に取り組んだことがない人がほとんどです。
そんな中、企業として、業務として取り組むことで、社員のみなさんのSDGsに関するリテラシーが身につき、組織と人の社会性の向上につながります。それは顧客からSDGsやESGへの対応が求められる時代において、新たな成長戦略の基礎を築くことになります。中小企業の教育は、当面の業務に役立つことは教えてもらえますが、社会をよりよくする視点で業務を考える機会は少ないものです。業務を通じた成功体験、SDGsのOJTは貴重な学習機会になります。
── 少しずつ興味関心がわいてくることで、新しい取り組みに対する社内理解を得やすくなり、より大きな変革を起こせるようにもなりそうですね。
SDGsやサステナビリティに関する社内でのリテラシーをあげるのは重要ですが、大変なことでもあります。自分たちの仕事や暮らしとつなげるとどうなるかを考える機会をつくることで興味や関心を高め、新たなチャレンジにつなげていくのがいいですね。
一回しかない人生だからこそ、よい働き方を
── お話をうかがって、中小企業のSDGs経営はポジティブに向き合っていけるものなんだなと感じました。
どうせ経営するなら、どうせ働くなら、世の中にいいことをした方がいいし、それでお金が儲かるなら万々歳だと思っています。
── そういう価値観を持つ人が多い企業は、働くのも楽しそうです。
SDGsもCSR、ESGもみんな外見の話にこだわります。ですが、これからの企業はいかに組織を構成する人間のガバナビリティ(*4)を高めるかが、本当の意味でのSDGs経営の成否を握ると思います。
せっかくルールを作っても、陰でないがしろにする人もいます。表面だけ取り繕い、SDGsウォッシュをする企業もあります。どんなに素晴らしいスキルや知識を持っていてもガバナビリティがなければ、そのスキルを悪用する人も残念ながら出てきてしまうものです。
いいことも悪いことも、結局やるのは人です。小手先の能力だけでなく、人間の倫理観を高めるための投資をしないと、SDGsは実現しません。
そういう意味では、経営者も働く人も死生観を持つべきなのだと思います。一回しかない人生だからこそ、よい経営、よい働き方をしてお金を稼ぐ、そんな価値観です。そういう人が、ひとりでも増えるといいなと思いながらSDGs経営の価値をいろんな方にお伝えしています。
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取材・執筆・撮影吉田恵理
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編集くいしん
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編集小山内彩希
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