食べることで次世代に繋ぐ。「さかなの日」がはじめる、持続可能な未来へのアクション
四方を海に囲まれ、複数の海流に恵まれた日本。縄文時代中期から魚食をしていた記録が残っているほど、魚食文化が根付いた国です。しかし、年々その摂取量は減り、2011年度に初めて肉類を下回りました。そして今も、その差は開く一方となっています。
そんな近年著しく減少している国内の水産物消費を拡大しようと、水産庁が毎月3〜7日を「さかなの日」に制定。2022年11月3日から、取り組みがスタートすることになりました。「さかなの日」のプロジェクトを企画し、運営を担う加工流通課長の五十嵐麻衣子さんにお話を伺いました。
五十嵐麻衣子(いがらし・まいこ)
1997年、早稲田大学法学部卒業後、農林水産省入省。畜産局、食品流通局、国連環境計画(UNEP)バーゼル条約事務局への出向、大臣官房政策課、国際部、林野庁、食料産業局食文化・市場開拓課和食室長等を経て、2021年7月より現職。食品流通局時代には、日本で初めての有機食品の認証制度や遺伝子組み換え食品表示制度の導入に携わったほか、食文化・市場開拓課和食室では、次世代に残すべき郷土料理と和食文化継承リーダーを全国各地で選定する仕組みを企画。和食文化の保護・継承につなげていくための、Let's 和ごはんプロジェクトの創設も行なった。
世界で消費が進む水産物。対して魚を食べなくなった魚食大国の今
── そもそも、なぜ日本人は魚をよく食べていたのでしょうか。
日本の排他的経済水域は国土の約12倍、世界でも6番目の広さを持っています。その海は、寒流と暖流がぶつかりあう恵まれた海洋環境で、約3700もの海水魚が生息しているほか、河川等の内水面においても多様な魚が生息しています。そのため、地域では特色ある漁法により漁業が営まれ、さまざまな種類の水産物が漁獲され、地域ごとの気候や風土に合わせた加工品や郷土料理が作られてきました。その伝統は、現在でも各地で引き継がれていて、日本の食文化を形作る重要な要素のひとつになっています。
また、日本人にとって水産物は、たんぱく質の重要な摂取源でもあります。たんぱく質は生命の維持に欠くことができない栄養素として、1日当たり成人男性は65g、成人女性は50gの摂取が推奨されていますが、日本人が摂取するたんぱく質のうち約17%が魚介類に由来し、動物性たんぱく質の摂取量に占める魚介類の割合は、約30%に上っています。
── しかし、今は食べる人が減っているそうですね。消費の現状を教えてください。
世界では1人当たりの魚介類の消費量が年々増加しており、過去半世紀で約2倍にもなっています。そんな中、日本では大幅に消費量が減少していて、日本人が1年に1人当たり食べる魚介類の量は、2001年度の40.2kgをピークに、2020年度には23.4kgまで減少しました。
とはいえ、日本人は魚が好きなんです。魚料理の好感度を調べた調査によると「好き」という人は全体の54.4%、「やや好き」が38.7%と、全体の90.0%以上は「魚料理が好き」であり、、魚料理への好感度は高いことが分かりました。
── 魚食が根付き、好んでいる人が多いにも関わらず、なぜ摂取量が減っているのでしょうか?
消費者の食に対する意識は、年々"簡便化志向"が高まっているのが現状であり、魚は調理に手間がかかり、また骨や皮などのゴミの始末なども面倒と多くの方が感じています。反面、水産物等が健康に良いことへの認知も進んでいる状況ですが、家庭での魚の消費を拡大するまでには至っていません。
魚を食べることは、持続可能な社会を実現させるアクションに
── 魚食が現代人の生活にマッチしなくなってきたのですね。それでも魚を食べてほしいのはなぜでしょうか?
まず、皆さんもご存知の通り、魚はとても健康に良い食べ物なんです。魚油に含まれるEPAやDHAが脳卒中や心臓病の予防に効果があると言われていることはよく知られていますが、近年の研究で魚肉にもすぐれた栄養特性と機能性があることが明らかになっています。また魚食は、昨今世界中で対応が求められているSDGsにも関係が深いんです。
── 魚を食べることが、SDGs達成に向けた消費行動にどうつながるのでしょうか?
魚などの水産物は元来、食物連鎖によって人の手が加わらなくても再生産される持続可能な資源です。これに加えて、我が国では国による漁獲可能量(TAC)の設定や漁業者等による操業日数の自主的規制等により適切な水産資源管理の推進や、また、養殖業においても持続可能な手法による生産を推進しています。これらはSDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」として世界共通の目標にもなっており、そのような背景の元で獲られた(つくられた)魚を選択して食べることは、SDGsの「持続可能な生産消費形態を確保する」(目標12)ことにも繋がり、SDGs達成に向けた消費行動と言えるものと考えています。
── 魚食は、持続可能な社会を実現する有効な行動になるんですね。
そうなんです。魚が元来サステナブルな資源であることや、持続可能な魚を選択し食べることがSDGs達成に繋がることなどは、まだまだ知られていません。まずは、サステナブルな資源としての魚について理解を深めてもらい、日々の生活の中でより積極的に魚を手に取るきっかけとしていただくなど、日々の消費行動に繋げてもらえたらと考えています。その第一歩として、「さかなの日」を制定しました。
2022年11月から始まる「さかなの日」。コンセプトは「さかな×サステナ」
── コンセプトを「さかな×サステナ」にした理由を教えてください
お話しした通り、魚をはじめとする水産物はサステナブルな資源ですし、我が国では適切な水産資源管理を推進しています。昨今、消費者、企業ともにSDGsの認知度は高まっており、またエシカル消費についての関心もあります。しかし、魚食とサステナブルが繋がっていると思っている人は少ないでしょう。そのため、「さかな×サステナ」をコンセプトに掲げることで、魚を選択して食べることがサステナブルだということを訴求していきたいと考えました。
── 11月から「さかなの日」が始まりますが、どのような思いがありますか。
「さかなの日」は毎月3日〜7日です。水産庁では皆さんに「もっと魚を食べてほしい」と思いこの日を制定したので、まずは、"魚を食べること"について、改めて考えてほしいですね。サステナブルな食であることも含めて、魚を食べる魅力を再認識してもらえたら嬉しいです。そして、ぜひおいしい魚をたくさん食べてほしいですね。
「さかなの日」に賛同する事業者には、消費者により持続可能な魚を食べてもらうために、消費者ニーズに合わせた商品やサービスの開発、食育などの活動を積極的に行ってもらえたらと思っています。
なお今年の11月27日には、日比谷公園で開催される「Fish-1グランプリ」において、さかなクンと一緒に「さかなの日」のキックオフイベントを行うことも予定しています。
── 具体的には、賛同事業者によるどのような活動が予定されていますか?
未来の食文化を担う子どもたちへは、キッチンスタジオでの魚の捌き方教室や、サイズが規格外・調理が面倒などの理由で市場に出回ることが少ない未利用魚に関する食育教室を開催します。スーパーマーケットやオンラインショップでは「さかなの日」に特設コーナーを設けて、「旬の魚フェア」等を開催します。この他、簡単に美味しく魚が調理できる調味料の開発をはじめ、魚介類に特化したキッチンカーの運営、規格外の魚を使用したミールキットの開発といった取組も行われています。他にも飲食店などで趣向を凝らした企画を実施する予定です。特に11月3~7日を「いいさかなの日」としており、こうした賛同事業者による活動の強化月間としています。
公式ホームページでは、旬の魚、魚の目利きや捌き方、レシピ、新商品、イベントなどの情報も紹介しています。「さかなを食べよう」と思った時に役立つので、ぜひチェックしてみてください
サステナな水産物を知り、食べることで未来へ繋ぐ
── 「さかなの日」が目指す未来、について教えてください
水産物は元来、持続可能な資源です。消費者の皆様には、サステナブルな資源としての魚について理解を深めていただくとともに、より積極的に魚を選択していただき、おいしい魚を次の世代へ繋いでいければと思っています。
── 五十嵐さんは「さかなの日」にどのように参加しますか?
次の世代に豊かな水産資源をつなげるため、自分でも魚を食べようと思っています。特に、子どもが2人いるので、味覚形成がされる子どものうちにたくさん魚を食べさせて、おいしい魚の味を覚えてもらいたいと思います。それと併せて、SDGsと水産資源の話を伝えたいと考えています。食卓で魚を食べながら楽しく、わかりやすく。普段あまり魚を食べない方も「さかなの日」には、魚を食べてほしいですね。