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誰もが、「親になる」というテーマに悩みを抱えている――「母にはならない」社会学者と考える、選択の自由と少子化問題 #性のギモン

    

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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写真はイメージです(モデル:小林亜里紗/撮影:殿村誠士)

「子どものことは愛しているが、母親になったことを後悔している」。こんな考え方に触れたとき、何を感じるだろう? イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトの研究報告書『母親になって後悔してる(Regretting Motherhood:A Study)』は、世界中で激しい議論を巻き起こした。昨年日本でも翻訳出版され、波紋は静かに広がり続けている。なぜこのテーマは多くの人々の感情を揺さぶるのか。"異次元の"少子化対策に迷走する日本において、この研究は何をもたらすのか。3月8日の国際女性デーに合わせ、テルアビブ在住のドーナトにオンラインで話を聞いた。(取材・文:山野井春絵/通訳:鹿田昌美/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル特集編集部)

誰でも、「親になる」というテーマにまつわる悩みを持っている

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テルアビブ在住のドーナトにオンラインで話を聞いた

ドーナトの研究対象になった女性たちの後悔は、「子ども」そのものに向けられるのではなく、「母親になったこと」にある。独立した人間として子どもたちを認め、愛情を注ぐ。しかし、母親でなかったならば......という別の人生を夢想し、現在進行形で生きづらさを抱えている女性たちの心情にフォーカスしたものだ。

── 各国での議論は大きく広がり、「炎上」もしたとか。過激な意見も寄せられたそうですが、どんなものでしたか?

「アメリカのネットで、この本を書いた私は殺されるべきだという書き込みもありましたが、ほかに暴力的な書き込みはそれほど多くありませんでした。それよりも、まずは"否定"です。『後悔する母親なんて存在しない』というものです。『そんな母親からは子どもを取り上げるべきだ』『自己中心的』『頭がおかしい』というような言葉です。アンチコメントを投稿する人はみんな匿名で、年齢も性別もよくわかりません。多くの国で、反応の範囲は似ていると感じました。そんな母親は存在してはいけないという"否定"と、その話をしてもいいのだという"安堵"の両極です。安堵する女性たちは、①後悔している母親、②後悔していないが苦しんでいる女性、③母親になりたくない女性の3種類に分類できると思いました」

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ドーナトには、「後悔する母親なんて存在しない」という意見が殺到したという(モデル:小林亜里紗/撮影:殿村誠士)

── なぜこの研究が世界中の人々の感情を揺さぶったのだと思いますか?

「私たちは誰でも、『親になる』というテーマにまつわる悩みを持っている。それは誰もが、誰かの子どもだからです。親になることは、いまだに神聖視され、重要で、人生において欠かせないステージだと考えられています。そこに『違う、これは間違いだ、私には合わない』という女性たちが現れたら、その価値観は地震のように揺さぶられますよ。子どもができたら、ハッピーエンド......そんな一本道が妨げられてしまうのですから。私の研究に参加した女性には、孫のいる女性もいました。50年近く母親をやっているのに、いまだに母であることに『ノー』と言うのです。そんな言葉を、社会は女性から聞きたくないのです。さらに、『自分の両親はどうだったか?』という問題も生じます。私の母も、後悔していたとしたら? 子どもの視点からも、疑問が出てくる。誰にとっても、他人事ではないテーマだから、大きな議論になったのだと思います」

働く意欲はありながらキャリアを求めない女性もいます

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母親の存在すべてが子どもに捧げられているように社会の目に映るべきだと考えられていると、ドーナトは言う(モデル:小林亜里紗/撮影:殿村誠士)

── 日本では、出産・子育て関連の話に噛みつくネットユーザーがいます。

「イスラエルでもまったく同じです。公共の場での授乳が公開討論になりましたし、著名人の子育ては、よく炎上します。先日も、ある有名な歌手が水着姿で赤ちゃんと写っている写真を公開して、大炎上しました。母親が、子どもに従属する客体ではなく、主体的に見えるときに、ネット上や公の場で誹謗中傷されます。したいように自分の体を使うと、問題視されるのです。母親の存在すべてが子どもに捧げられているように社会の目に映るべきだと考えられているからです」

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2003年から「親になりたくない男女に関する研究」を開始したドーナト

── <産後1年の所得が出産の1年前に比べて7割近くマイナスに。産後7年までの推移も回復はゆるやかで、所得はマイナス6割程度だった>という日本のデータ(財務省財務総合政策研究所「仕事・働き方・賃金に関する研究会」報告書による)があります。日本ではこうした「チャイルド・ペナルティー」の傾向が顕著です。

「こちらでは『マザーフッド・ペナルティー』と呼びます。非常に不公平な状態です。母親になるように仕向けておいて、大切にはしてくれないのですから。押し付けておきながら、社会や国は顧みようとしない。私は政治家ではないので、効果の高い改善策は思いつきませんが、これだけは言いたい。出生率を上げたいのであれば、出産後の女性をこのように軽んじてはいけません。母親になるか、キャリアを持つか、すべての女性がこの2択にあてはまるわけではありません。一部のフェミニストはキャリアを持つことが成功だと言いますが、それぞれの事情で、働く意欲はありながらキャリアを求めない女性もいます。子どもを持てば『本物の女性』であり、母親になりたくないなら、『男性のようだ』となりがちです。女性のアイデンティティーの多様性がないからです」

「イスラエルでも、主に子育てを行うのは母親です。母親は昼間、短時間だけ働き、そのあと子どもを幼稚園や学校に迎えに行く。変化は起きていますが、とてもゆっくりです。簡単には改善できない、根深い問題です。世界で起きていることを政治的、批判的な視点で見つめること、それがすべての変化の第一歩です。浮かんでいる小さな問題をつぶしていくだけで解決できることではありません。女性や子どもとの関わりについての深層心理の変化、意識の変革が必要です。それは、資本主義、家父長制、異性愛規範社会に挑み、疑問を呈することです。数年では変わらないでしょうね」

政府は望まない人にまで出産を強いることなく、少子化に対処する努力をすべき

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写真はイメージです(モデル:小林亜里紗/撮影:殿村誠士)

── イスラエルの合計特殊出生率はOECDの中で最も高く、3.01(2019年)です。対して日本の少子化は進むばかりで、経済的な理由から母親になることをためらう女性もいます。岸田首相は「異次元の少子化対策」をアピールしていますが、この日本の状況をどう思いますか?

「イスラエルでは、経済的理由で子どもを持たないという考えは良く思われません。なんとかなる、子どもがお金の恵みを連れてくると考えられています。子どもが1人や2人という家庭は少なくて、非宗教の家庭の多くは3~4人、信仰心の厚い集団は6人以上、12人という家庭もあります。産みたい人が産めないという社会は、政府や国家が、親と家庭をもっとケアする必要がありますね。しかし一方で、『親になることが義務だ』という考えを変える必要があります。親にならなくてもいい。両方の道があるのです」

── 女性の多様な生き方の選択は、社会的にも広がりつつあります。同時に、少子化の問題も浮上しています。女性の選択の自由は、少子化問題の改善と両立できるのでしょうか?

「少子化は、私たちの体を通して解決できるとは限りません。出生率の減少を受け入れながら、政府は、望まない人にまで出産を強いることなく、この状況に対処する努力をすべきです。強制されて母親になれば、苦しみが生まれます。それは女性も男性も、子どもにとってもつらいことです。いつか、時間・お金・支援など、すべてがバランスよく、親になるための条件が整ったとき、もしかしたらもっと多くの人が、自分の意思で子どもを持つかもしれません。それでも、母親になりたくない女性はいます。望まないのなら、ノンマザーのままでいることを許されるべきです。子どもを持つも持たないも、個人の選択です。とてもシンプルなことなのに、複雑に見えるのですね」

「母親になりたくない」という女性なんて、私一人しかいないと思っていた

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16歳のときから自分は母親にならないと決めていた、と話す

── 2003年から「親になりたくない男女に関する研究」をはじめたそうですが、なぜこのような研究テーマを持ったのですか?

「私は16歳のときから、自分は母親にならないと決めていました。学校で友達が、いつか母親になるとか、子どもは何人などと話しているのを聞いて、それは私のかなえたい夢でも、未来でもないと感じていました。でも、それは孤独なことでした。イスラエルで『母親になりたくない』という女性なんて、私一人しかいないと思っていたのです。当時はまだ今ほどインターネットも発達していなかったので、同じような考え方や気持ちに触れることはほとんどありませんでした。もちろんこの研究は、決して私の復讐でも言い訳でもありません。世間で言われていることに関連して、自分自身の周囲で起きていることに興味をそそられたのです。修士課程からこの問題を研究テーマにしたのは、そんな自分の体験があったからです」

── この研究を通じて、あなた自身の人生観、結婚観に変化はありましたか?

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写真はイメージです(モデル:小林亜里紗/撮影:殿村誠士)

「今も結婚願望はありませんし、母親になりたいとも思いません。私は今46歳ですが、35歳をすぎてからは、年をとるのが本当に楽しいと感じています。自分の生き方、人生に心から満足しているのです。現在は、また別の調査を行っています。イスラエルの、母親にならなかった60歳から86歳までの高齢女性たちにインタビューをしています。イスラエルで母親にならない決断をした女性の歴史がある。偏見は多かったはずで、きっと孤独で悲しい思いをしたことでしょう。周囲の人の意見ではなく、直接会って、本人の言い分を聞きたいのです」

── 3月8日は、女性の生き方を考える「国際女性デー」です。世界中の読者に、メッセージをお願いします。

「『母親の後悔』を話題にすべき大切なテーマだと感じてくれたすべての方、一人ひとりに感謝します。たとえ否定であっても、激しい怒りを感じたとしても、それでいいのです。そして、さまざまな社会集団に属する女性たちの多くが、もっと自由に生きられることを願っています。男性も同様です。すべての人が解放されるべきです。そうでなければ自由な社会は実現しません。『女性らしさ』『男性らしさ』の議論も、社会の問題ですよね。視点を変えてみればどうでしょう。私たちの誰もが、まだ本当の意味でジェンダーの問題から解放されていないのです」

元記事は こちら

オルナ・ドーナト

イスラエルの社会学者・社会活動家。テルアビブ大学で人類学と社会学の修士号、社会学の博士号を取得。2011年、親になる願望を持たないユダヤ系イスラエル人の男女を研究した『選択する:イスラエルで子どもがいないこと(Making a Choice : Being Childfree in Israel)』を発表。2016年に刊行の『母親になって後悔してる(Regretting Motherhood: A Study)』(新潮社、邦訳は2021年)は、世界15か国で翻訳された。

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