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障害児の親を悩ませる、もう一つの「小1の壁」――突きつけられる「就学活動」の現状 #こどもをまもる

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龍円愛梨さんと長男(本人提供)

今年の春の入学式。真新しいランドセルをうれしそうに背負うわが子の姿を見て、万感の思いが込み上げた人も多いだろう。しかし、そんな晴れやかな「6歳の春」を迎えるまでに大変な苦労を強いられる人々がいる。障害のある子どもを持つ親たちだ。健常者の親には自動的に送られてくる地域の小学校への就学通知書をすんなりとはもらえず、地域の小学校の「通常学級」か「特別支援学級」か、それとも「特別支援学校」にスクールバスで通うのか「選択」を迫られる。希望が通るとも限らず、教育委員会や学校との交渉を要する場合もある。「まるで就職活動ならぬ『就学活動』だ」と話す親もいる。障害のある子どもの親が突き付けられる、もう一つの「小1の壁」――、「就学活動」を取材した。(文・写真:ジャーナリスト・飯田和樹/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

専門家の言葉に悩まされた

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自身の経験を語る辻早保子さん

「お母さんは翔ちゃんのことを考えてあげてない。もっと考えてあげてよ。支援学校に行って伸びた子を私は何人も見てきた。お母さんは翔ちゃんの可能性を奪うの?」

今から9年前の2014年。高速道路を運転していた和歌山市の辻早保子さん(56)の頭に、保健所の女性カウンセラーから投げつけられた言葉がよみがえってきた。過度な精神的ストレスから過呼吸を発症してしまい、危うく自損事故を起こしそうになった。

ダウン症がある辻さんの長男、翔真さんは当時6歳。翌年に小学校入学を控えていた。就学相談の結果、和歌山市教育委員会からは「特別支援学校への就学が適当」と判断されていたが、辻さんは自宅から1キロも離れていない和歌山市立直川小学校に通わせたいと考えていた。最大の理由は、東日本大震災発生後の避難所生活を取り上げた報道番組の光景が目に焼きついていたためだ。

「障害のある子どもに浴びせられる視線を気にして、車中での避難生活を選んだ家族の様子を取材した映像でした。もしかしたら翔真も避難所で迷惑がられてしまうかもしれない。そう思うと、恐ろしくなりました」

実際、災害時に障害者が避難所から排除されるケースは後を絶たない。辻さんの自宅の近くには南海トラフ巨大地震による津波が遡上するとされる紀の川があるうえ、国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走っていて、震度7の揺れに見舞われる可能性も高い。もし、自宅に戻れない状態になれば、自分たちも避難所生活を送らなければいけないだろう。その時、避難所になるのは直川小学校の体育館。「普段から通い慣れた場所であれば、翔真も取り乱さず落ち着いて過ごせるはず。何より近くに翔真のことを知っている人がたくさんいれば、大災害のときに助けてもらえるかもしれない」と考えた。

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翔真さんが6年間通った直川小学校

辻さんにとって幸いだったのは、翔真さんの姉が通学していたことで当時の直川小学校の校長と顔見知りだったことだ。校長は「判定が支援(特別支援学校)でも、地域(の学校)に来てもええんやで」と優しく声をかけてくれた。しかし、この決断を保健所で伝えたときに返ってきたのが冒頭の言葉だった。

専門家の言葉に悩まされたが、最終的には当初の意思を貫いた。同世代の子どもたちはもちろん、通学路に面した家に住む地元の人々にも翔真さんの障害のことを知ってもらえた。バスで特別支援学校に通っていたら、知り合えなかった人々だ。14歳になった翔真さんは現在、特別支援学校中学部に通うが、今でも小学校の同級生たちは翔真さんに会うと声をかけてくれる。しかし、就学活動のときのつらさは、今も忘れることはない。

愛する子どもを社会から否定される経験

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都議として教育政策に力を入れる龍円さん

元テレビ朝日のアナウンサー・記者で、現在は東京都議会議員の龍円愛梨さん(46)も就学活動に頭を悩ませた一人だ。シングルマザーとしてダウン症のある小学4年生の長男を育てる龍円さんは、「愛する子どもを社会から全力で否定されたと感じる経験でした」と当時を振り返る。

「通常の学級は知的障害児にふさわしい学びの場ではない」「子どもがかわいそうだ」「親のエゴが子どもをダメにする」――。通常学級への入学を希望する龍円さんに対し、いろいろな人から投げかけられる言葉は容赦なかった。一時は立ち直る気力が湧かないぐらいに打ちのめされ、「もう生きていたくない」とまで思ったという。

現在は都議として教育政策に力を入れる龍円さんは、障害のある子どもの就学に関して区市町村の教育委員会の姿勢が頑なになる理由の一つに「予算の構造」を指摘する。

「東京都の場合、特別支援学校では児童生徒一人当たり約750万円かかり、これは都の全額負担です。これに対し、地域の学校でかかるのは、児童一人当たり約108万円、中学校で生徒一人当たり約141万円。この差額約600万円は区市町村の負担となります。この負担ができないことが、障害のある子どもを特別支援学校へ押し出すことにつながっている。就学先を最終的に決定するのは区市町村ですから」

教員の多忙さも障害のある子どもの親が就学活動を強いられる一因としてよく挙げられる。4月28日に文部科学省が公表した教員勤務実態調査(2022年度)によると、小学校教諭の64.5%が教員給与特別措置法(給特法)に基づく指針が定める残業時間の上限「月45時間」以上の長時間労働をしており、「月80時間」以上の過労死ラインに達する教諭も14.2%に達した。インクルーシブ教育に詳しい関西学院大学の濱元伸彦准教授(教育社会学)は「単に労働時間が長いというだけでなく、現行の教員評価システムや新しい学習指導要領への対応などに伴い業務が複雑化し、教員の多忙感はより強まっている。こうしたことも、地域の学校が障害のある子どもに門戸を開かない原因の一つとなっているのではないか」と指摘する。

起こり続けている判断のすれ違い

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障害のある子どもの就学や進学の相談に応じている団体が、参議院議員会館の会議室で文科省の担当者と交渉の場を持ったが、話し合いは平行線に

2013年の学校教育法施行令改正で、就学先の決定の仕方は大きく変更された。就学の決定にあたっては「市町村教育委員会が、本人・保護者に対し十分情報提供をしつつ、本人・保護者の意見を最大限尊重し、本人・保護者と市町村教育委員会、学校等が教育的ニーズと必要な支援について合意形成を行うことを原則」とすることになったのだ。

しかし、地域の小学校を希望しながらも「特別支援学校への就学が適当」と判断された辻さんや龍円さんの例からも分かるように、本人・保護者の意見と教育委員会の判断のすれ違いは今なお起こり続けている。それは、原則は「本人・保護者の意見を最大限尊重」としながら、「最終的には市町村教育委員会が決定することが適当」とされている影響が小さくない。

この点は、過去にも問題視されてきた。「障がい者制度改革推進会議(推進会議、2009年12月に内閣府に設置)」は2010年6月に出した「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」の中で、障害のある子どもの就学制度について「障害の有無にかかわらず、すべての子どもは地域の小・中学校に就学し、かつ通常の学級に在籍すること」を原則とするよう求めた。推進会議の意見を受けて就学制度などについて議論を行った文部科学省の「特別支援教育の在り方に関する特別委員会(特特委)」でも、「就学先の決定権は保護者にあるべき」といった意見が委員から出た。

さらに2010年11月開催の推進会議でも、この問題について多くの批判の声が出た。議事録によると、このとき、メンバーの一人だった立命館大学教授の長瀬修さんは「現在の就学先決定の仕組みに非常に問題がある。本人・保護者の意見を尊重することでは足りなくて、本人・保護者の同意を確保するといった点を反映するべき」と要望している。しかし、文科省は、就学先の決定の主体は、法制度上あくまで市町村教育委員会にあり、保護者の同意は必ずしも必要ないとの姿勢を崩さなかった。

その姿勢は現在も変わっていない。今年3月17日、障害のある子どもの就学や進学の相談に応じている団体が、参議院議員会館の会議室で文科省の担当者と交渉の場を持った。団体側は、通常学級への就学拒否に遭った複数の事例を挙げ、「本人・保護者の意向が最大限尊重されていない」と訴えた。しかし、出席した同省の山田泰造特別支援教育課長は「文科省としては、教育委員会に『保護者の意向を最大限尊重して』と言っているが、最終的には設置者である教育委員会が決めること」といった返答を繰り返した。

突然突きつけられた「承諾書」

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「承諾書」について話す水谷久子さん

今年2月8日。東京23区東部に住む水谷久子さん(仮名、44)は、自宅から700~800メートルのところにある小学校の校長室で、突然突きつけられた「承諾書」に当惑していた。

6歳の長女にはダウン症があり、区教育委員会からの判定は「特別支援学校への就学が適当」だったが、担当者からは「判定は出るけれども、希望通りに行けますから」と伝えられていた。そして、2月に入り、地域の学校への就学通知が送られてきた。だから、小学校から「一度お話を」と電話がかかってきたときも、特に深く考えなかった。

そして約束の時間に校長室を訪ねると、いきなり、学校側のできないことを羅列した「承諾書」を渡され、署名するように促されたのだった。「みんなこれに署名をしているのだろうか」と疑問に思いながらも、受け入れないと入学させてもらえないと思い、署名した。

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知人女性とともに学校を訪ねる水谷さん(右)

しかし、周囲に話を聞いても、承諾書を提示された保護者は一人もいなかった。「障害のある子どもの親にだけ事前に承諾書への了承を求めるのは差別ではないのか」。そう思った水谷さんは、学校側に承諾書への署名撤回を告げる手紙を送る。学校側から連絡があり、3月27日、知人女性とともに学校を訪ねた。校長から形ばかりの謝罪があった後、「承諾書はなしにしますが、こちらの気持ちは変わっていない」と告げられた。

すでに地域の学校に障害のある子どもを入学させている先輩保護者から「毎年のように、特別支援学校に移ったらどうですかという『肩たたき』におびえている」という話も聞いている。実際、水谷さんも2月に校長から「お兄さんが卒業してもこの学校にいるのか」と問われ、嫌な気持ちになった。4月6日、長女は無事入学式を迎えたが、不安な気持ちはまだ消えていない。

「最初の分離は一生の分離の始まり」

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障害のある子を持つ親の相談に乗る川本道代さん

愛知県で障害のある子どもを持つ親の相談に乗っている「名古屋『障害児・者』生活と教育を考える会」の代表、川本道代さん(63)は「本人・保護者に対し十分情報提供をしつつ」という点も不足していると指摘する。

「就学活動中の保護者に対して、教育委員会や学校から投げかけられる『定番の言葉』がある。『将来の自立のためには特別支援学校のほうがいい』とか『通常学級に行くといじめられて子どもがつらい思いをする』とか。通常学級に行くメリットについては何の説明も行われず、デメリットばかりが伝えられます。その上で『どこを希望しますか?』と問われたら、保護者はどう判断するでしょうか。最終的に、保護者が希望し、選択したような形へと誘導がなされているんです」

川本さんによると、通常学級から特別支援学級や特別支援学校に移ることはたやすいが、その逆は相当困難だという。「就学活動の段階で相談に来てくれる場合、経験に基づいていろいろなアドバイスをすることもできるのですが、後から別の選択も可能だったことを知る保護者も少なくない」と説明する。

障害のある子どもと障害のない子どもが、ともに学びともに育つ社会を目指して活動する兵庫県西宮市の団体「インクルネット西宮」は2022年1月、「障害のある子どもの小学校入学ガイド」という冊子を作成した。就学活動を経験した保護者らが、就学前に知っておきたいことなどをQ&A形式でわかりやすくまとめたものだ。保護者や教師、障害当事者の体験談も豊富で、用語の説明などもふんだんに盛り込まれている。

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インクルネット西宮が作成した「障害のある子どもの小学校入学ガイド」

団体の代表で、重度脳性麻痺がある鍛治克哉さん(39)は「2016年からインクルネット西宮の活動が始まったのですが、たくさんの保護者から、『障害があったら特別支援学校に行くものだと思っていた』『もっと早くこのような選択肢があることを知りたかった』といった声を聞いたことが冊子作成のきっかけになった」と語る。

鍛治さんによると、障害のある未就学児を持つ保護者が多く訪れる西宮市内の「こども未来センター」や療育園などに置かせてもらったところ、すぐになくなってしまった。もともとは西宮市に住む人々のために作ったにもかかわらず、存在を知った他県に住む保護者から「冊子が欲しい」という声も届いているという。それだけ、就学活動に悩む親が多いと言えるだろう。

2022年9月、障害者権利条約に基づいて日本政府の取り組みを審査した国連の障害者権利委員会は「障害のある子どもの通常学校での受け入れを拒否していること」に懸念を示し、「すべての障害児の通常の学校への通学を保障し、通常の学校が障害のあるすべての子どもの就学拒否を許容しないために『拒否禁止』条項を導入すること」を勧告した。

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鍛治克哉さん

鍛治さんは、「日本の社会は障害者権利条約の目指すインクルーシブな社会から遠ざかるばかり」と感じている。そして、その理由を「障害者が、良かれと思って分離され続けているせいで、お互いを知らないまま育っているためだと思っています。最初の分離は一生の分離の始まりです」と断じる。

もちろん、教員の多忙さなどを背景に、適切な合理的配慮を受ける体制を整えられていない通常学級ではなく、特別支援学級や特別支援学校を選択できる余地があることは保護者にとってとても重要なことだ。しかし、「選択できる」ということと「選択しなければならない」ということの意味合いは大きく異なる。障害のある子を持つ親だけが、まだ幼い我が子の将来を左右するかもしれないというプレッシャーにさらされる就学活動の存在は、今の日本社会に数多く存在する障害者差別の一つにほかならないだろう。

元記事は こちら

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