白菜はコンクリートの4倍強い? 食品ゴミからものをつくる『fabula』の挑戦
食べきれなかったごはんやコーヒーを抽出した後のかす、あるいはお茶を淹れた後の茶葉や果物の皮など。こうした生ゴミをそのまま処分しようとすると、なんとなく抵抗を感じることがあります。食品由来の廃棄物をどう扱うかは、農家さんや食品加工業者さん、カフェやレストランを経営する人たちにとっても頭を悩ませる問題です。
2021年に創業した『fabula(ファーブラ)』は、これまで捨てるしかなかった食品廃棄物という「ゴミ」を道具や建物の素材に変え、新たな活用法を作り出そうとする会社です。規格に合わない農産物や、食品加工の過程で生じる端材などから作られた新素材は、食材の質感や香りを感じられる、独特な魅力のあるものばかり。さらに、種類によってはとても丈夫な性能を誇り、環境負荷の高いコンクリートに代わる新たな建材としての活用も期待されています。
「ゴミから感動をつくる」をビジョンに掲げ、食材がいたずらに廃棄されることのない社会を目指す『fabula』の取り組みを取材しました。
今回ご紹介する現場
fabula株式会社
小学校からの幼馴染3人で2021年10月にスタートした東京大学発ベンチャー。規格外の野菜や加⼯時に出る端材など、様々な⾷品廃棄物から新素材を作る技術を用いて、100%食品からできた新素材の開発・活用をしている。
fabula
パスタが食べたくなる? 個性あふれるfabulaの器たち
100%自然由来の「食べられる家」を作ろうとしている会社がある。そんな噂を聞いてやってきたのは、東京大学の生産技術研究所。fabulaが新素材が開発されたこの場所で、まずは食品廃棄物から作られたものを見せてもらいました。
形も質感もさまざまで、マーブル状に混ざり合ったような色が特徴的です。なかでもひときわ大きな、茶色く分厚いパネルを手に取り、顔を近づけてみると......
「あっ、コーヒーの匂いだ!」
「そうなんです。これはコーヒーの抽出かすを集めてつくったパネルなんですよ」
こんなにしっかり匂いがするなんて! そう興奮する私たちにお話を聞かせてくれたのは、fabula CCO(Chief Communication Officer)の⼤⽯琢⾺さん。視覚や嗅覚など、人間の五感を生かしたものづくりに興味を持ち、感性工学を学んだ経験を活かしてfabulaの事業に取り組んでいます。
机に並んでいるのは、白菜とパンから作られたコースターや、パスタとお茶から作られたボウルなど、個性豊かなものばかり。それぞれ元になった食材の香りや質感が感じられ、何度も匂いを嗅ぎたくなるような魅力がありました。大石さんによれば、貝殻や骨なども含め、ほとんどの食品廃棄物がこのように加工でき、原料によっては香りも一年以上しっかり続くのだとか。
「この前むしょうにジェノベーゼのパスタが食べたくなったんです。なんでだろう?と思っていたら、バジルから作ったコースターが部屋の隅にあって。無意識のうちに、匂いにそそられていたんでしょうね」と、意外な効果を笑いながら教えてくれました。
「たこせんべい」方式で食品廃棄物を新たな形に
さまざまな原材料が使われているfabulaの器やパネルは、いったいどのような方法で作られているのでしょうか。
「素材を粉砕して、しっかり乾燥させてから、高温で圧縮して押し固めています。熱した鉄板で挟んで作るワッフルや、江ノ島名物の『たこせんべい』のようなイメージですね。
逆に、完成したものが水を含むと弱くなってしまうので、素材の風合いや匂いという魅力を残しつつ、長く使えるようなコーティングの方法を検討しています。創業後すぐに実施したクラウドファンディングでは、鯖江の漆器メーカーさんの技術を用いたものを支援者の方にお届けしました。」
粉砕した素材から作るという特性上、どうしても均一な見た目にはなりませんが、これを個性と捉えれば、使ううちに愛着も湧いてきそう。虫食いを防止するために、虫が嫌がる柑橘類やハーブを混ぜるような実験も進めているとのことで、見た目や機能のバリエーションにも想像が膨らみます。
「粉砕、乾燥、熱圧縮というそれぞれの工程自体に、なにか特別な技術があるわけではないんです」と語る大石さん。逆に言えば、原材料となる食品廃棄物を集めて加工し、使う人の手に届けるまでの「仕組み」を構築しようとすることにこそ、fabulaの新しさがあると言えそうです。
現在はfabulaとして譲り受けた素材を大石さんたち自身で加工していますが、将来的には、各地にリサイクルステーションのような場所を設け、回収からものづくりまでを地域の中で完結させることを構想しています。作ったものが壊れてしまったら、リサイクルステーションで素材に戻し、また別の姿に変わっていく。そんな循環が当たり前になる日も、そう遠くはないのかもしれません。
コンクリートを白菜が代替する未来
fabulaが白菜から作った素材の曲げ強度(※)は、なんとコンクリートのおよそ4倍。ただ見た目や匂いが魅力的なだけではなく、建材としての実用性も兼ね備えている素材ということに、とても驚かされます。実は、最初に触ったコーヒーかす製のパネルも、建材としての活用を想定して作られたものでした。fabulaが創業した理由には、建築やコンクリートが深く紐づいています。
「コンクリートは私たちの生活に欠かせない素材ですが、いくつか大きな問題を抱えています。一つは環境負荷が大きいこと。原料であるセメントを作るために発生するCO2の年間排出量は、世界全体の8%を占めると言われています。また、セメントに必要な砂も貴重になっており、それを奪い合う争いさえ起こっています。さらに、コンクリート自体の有効なリサイクル先が確立されていないこともあって、それに代わるサステイナブルな素材が必要とされているんです。
fabula代表の町田は、東京大学でそうしたコンクリートの現状を学びました。幼少期をオランダで過ごし、環境問題への関心が高かったこともあり、その解決策を考えるようになるのは自然なことでした。木くずとコンクリートの破片を混ぜて作る『ボタニカルコンクリート』にヒントを得て、100%天然由来で作る素材として、食品廃棄物を使った建材作りの研究を始め、それがそのままfabulaの事業になりました」
環境負荷の高いコンクリートに代わる、新たな選択肢としての食品廃棄物。現在は器やパネルほどのサイズに収まっていますが、家具スケールのものや、柱や梁といった構造材としての利用も目指し、日々実験を繰り返しています。
「とはいえ、全ての建材をfabulaのものにする必要はないと考えています。コンクリートやプラスチックにしかない利点もありますし、特に見た目の均質さを求める人にとって僕達の素材は不向きです。食品廃棄物から作られたというストーリーや、その質感や匂いの面白さを魅力に思ってくれる人たちが、一つの選択肢として選べるような状況を作りたいんです。」
静脈産業から始める、サステイナブルなものづくり
食品廃棄物からものをつくることにはさまざまな魅力や可能性、そして大きな意義もあることがわかりました。しかし、それをビジネスにしていくことは難しくないのでしょうか?と、率直な質問を大石さんにぶつけてみました。
「もちろん大変なことだと思います。ですが、この一連の工程から新しい価値を生み出さなければ大きな変化は起きません。今は廃棄物を低価格で譲っていただいたり、実験用では無償でご提供いただいているのですが、将来的にはfabulaがお金を出して買い取って、廃棄物の処理・再資源化を担う静脈産業の中で、しっかり付加価値のあるものづくりを行うことで、お金が回っていくようにしたいんです。」
新しい素材の実験を終え、ちょうど部屋に着いたばかりの町田さんにも、fabulaが描く未来について聞いてみました。
「何らかの理由で野菜が食品として売れなくなったとしても、建材として買い取れる道があるならば、生産者さんたちの抱えるリスクは減りますよね。販路が増えることによって、安心して品種改良にチャレンジできるかもしれないし、もしかしたら、最初から建材として野菜を作り始めることだってありえます。木材は成長に10年単位の年月がかかりますが、多くの野菜は数ヶ月から一年で育つので、これまでにない強みになるかもしれません。
そうやって静脈産業の中からいい実践が生まれれば、僕らにとってもいい原料が手に入るようになり、新たな循環が生まれるはずです。また、fabulaだけで頑張っても大きな市場はできませんから、一緒に廃棄物を使って新しいものを作る仲間や、企業や生産者といった垣根を超えた、大きな文化自体を作っていくことが大事だと思っています。」
私たちの目に見えないところでも、想像以上に多くの食品廃棄物が発生しており、fabulaには素材の行き先に困った人たちからの連絡が絶えないそうです。生活に欠かせない食べ物だからこそ、最後まで無駄なく使いたい。そんな切実な思いに、fabulaのメンバーは答えようとしています。
食品廃棄物のあり方や、生産者さんの働き方さえ変えうる、大きな可能性を秘めたfabulaの挑戦。生活の中で出てくる生ゴミの、一つの新たな行き先として、器や家があるかもしれない。そんなことを思うと、何気なく捨てていたものの見方も変わっていくように感じました。
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取材・文淺野義弘
Twitter: @asanoQm
撮影村上大輔
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