「妊娠の仕組みがわからない」――「不十分な性教育」に気づいた大学生たちの学び #性のギモン
大学生になれば、いままでとは違う新しい人間関係が始まる。恋人ができたりもするだろう。一人の大人として生活していくにあたって、性や多様性、人権に関する知識が必要とされる場面は格段に増える。しかし、こうした知識は十分に与えられてきただろうか。大学生たちは問題に直面して初めて無知に気づいているのが現状だ。性教育の環境が整わないなか、大学で性に関して学ぶゼミがある。東京大学では学生が自主ゼミを立ち上げた。(取材・文:岡本耀/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
大学時代に同級生と話した「妊娠の仕組みがわからない」
都内の私立小学校に教員として勤める新垣ユウさん(仮名、27歳)は、大学3年生のとき、同級生とこんな話をした。
「妊娠の仕組みがわからない」
「彼が避妊をしてくれないけれどそれでいいのか。よくないと思う自分が間違っているのかわからない」
新垣さんたちが通っていた高校では、性教育は行われていなかった。保健の教科書のそのページは、先生が「飛ばしましょう」と言っていたのを思い出した。妊娠して高校を中退になった後輩もいて、それは「性教育を受けていないからではないか」という話になった。これがきっかけで、新垣さんは性教育を扱うゼミに入ることを決めた。
大学生が書く「性教育の履歴書」
新垣さんは琉球大学教育学研究科で村末勇介さん(60)のゼミに入った。村末さんは、教職科目である「特別活動論」、そしてゼミで包括的セクシュアリティ教育(以下、セクシュアリティ教育)を行っている。ユネスコ編の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(以下、ガイダンス)」に基づき、科学的にからだのことを学ぶにとどまらず、人間関係や多様性、人権、ジェンダー(社会的・文化的につくられる性差)平等などについて考えていく。
村末さんはまず学生たちに、これまでどのような性教育を受けてきたか、「性教育の履歴書」を書いてもらう。そこに、ある男子学生はこう書いた。
「学校の保健体育のときに、ある程度の男子の性教育は学んできたが、女子の性教育の内容についてはほとんど学んでおらず(中略)学校の授業で学ぶことよりも、友だちとの会話で性について知ることの方が多かった。だから、ちょっとエッチな言葉を意味もわからないときは軽々しく使っていたりして、友だちに引かれたりしていて、意味を知ったあとに後悔したことは何度かある(めちゃ恥ずかしかった)」
この「履歴書」について、村末さんはこう言う。
「彼は恥ずかしいと思えただけいいと思います。開き直って女子の性について蔑視するというような流れに乗ることはなかった」
以下はある女子学生の「履歴書」だ。
「男女別での教育であったので、(中略)男子がどのような教育を受けているのかや、男子が『生理のしくみ』についてあまり理解できていないことと同じように、私(女子)も、男子の射精の仕組み等についてちゃんとは理解できていません。(中略)将来パートナーができたときに、お互い困ってしまうのはよくないと思うため、性教育について日本はもっと考えるべきではないかと思いました。(また、今までの薄い性教育のおかげで、大学生になった今でも性に対して不安でいっぱいで、多分知識も浅いと思います。) 」
この女子学生が抱えている「不安」は、冒頭の新垣さんたちの話にも表れている。妊娠や出産に至るまでの科学的な知識さえ、十分でないまま放置されているのが現状だ。では知識を与えられなければ、性行為は行われないのか。そうではないと村末さんは指摘する。
「最初の授業のときに、学生に『同級生でお父さん、お母さんになった人はいますか?』と聞くと20歳くらいの学生たちの4分の3くらいの手が挙がります。沖縄の若年出産の割合は全国平均の2倍です。それはただのデータではなく、現実の日常なんです」
では、もっと早くからセクシュアリティ教育を始めることはできないのか。
「はどめ規定に縛られた学校の管理職が、現状を置き去りにしている。これを乗り越える学びをどうつくり、教育学部の学生たちにどうセクシュアリティ教育の実践力を獲得してもらうかが僕の課題です」(村末さん)
学習指導要領に、小5理科で「受精に至る過程は取り扱わない」、また中1保健体育で「妊娠の経過は取り扱わない」と1998年に記載された。これが「はどめ規定」と呼ばれている。しかし実際は、これを超えた内容でも必要であれば教えられる。それでもできないのは、2000年代初めから長く続いた性教育バッシングによる萎縮もある。
「少しも恥ずかしいことではない」 考えが変わった、性との向き合い
知らないでいると、間違った情報を信じてしまうこともある。学生の書いた「履歴書」にはこういうものもあった。
「小学校の頃、妊娠はパンツを一緒に洗濯することで起こると習った。私は、それを中3まで信じており、性交の概念すらなかった」
新垣さんはゼミでセクシュアリティ教育に出合い、こう感じた。
「知らなかったではすまないな、と思いました。もっと早く知りたかった。それまでは親と性について話すのも気まずい感じがしていましたが、これは少しも恥ずかしいことではないと考えが変わりました。知らなくていいことはないと思いました」
新垣さんの周りで、若くして母となった女性は一人ではない。
「妊娠して高校をやめて結婚しても、数年で母子家庭になってしまう。そしてお金がないから夜働く。そういう負の連鎖が断ち切れないのが現状だと思います」
大学で思いがけず妊娠 教員から「こういう相談はよくある」
性の健康と権利を学ぶ場づくりや情報発信をしているNPO法人「ピルコン」。その代表である染矢明日香さん(37)は、20歳のときに思いがけない妊娠を経験した。
「当時、大学の教員に相談すると『こういう相談はよくある』とのことでした。悩んだ末に中絶の選択をしました。それはとてもつらい経験でした」
ピルコンにも思いがけない妊娠の相談はある。
「周りに言えない、親や先生に知られたくないという子が多い。そうした相談には、『産むか産まないかは自分で決める権利がある』と伝えて、年齢にもよりますがプライバシーに配慮しながらアドバイスをしています」
NHKが研究グループ「SRHR Japan」と共同で2022年8月にネット上で行った調査(18歳から74歳の男女2836人が回答)によると、自身やパートナーが「意図しない妊娠をしたかもしれない」と不安になったことがあると回答した割合は38%、うち20代以下の女性が56%と最も高かった。
ピルコンのサイトでは性の健康に関する情報も提供しているが、男性のからだについてのページへのアクセスが、全体の半分にものぼるという。
「間違った情報も多く流布していますし、男性は気軽に相談できるところがより少ないのかもしれません。マスターベーションをしすぎると死ぬ、ニキビが増える、体に悪い、ハゲるなどと信じている人もまだ多い。講演で話すと『聞けてよかったです』と言われます」
性別にかかわらず性の知識が足りない現状について、染矢さんはこう言う。
「知識がないのは本人の責任と切り捨てていいものではなく、それを伝えてこなかった社会の責任も大きいです。性について知っているか知らないかは、人生にすごく関わると思います」
「東大で性教育を学ぶゼミ」とは
性についての知識を与えられないまま放置されるなか、学生たちの間で自ら学ぼうという動きがある。その一つが、東京大学の「東大で性教育を学ぶゼミ」だ。2022年度の受講生は23人。
立ち上げメンバーの一人、修士1年(取材時、以下同)の野口さんはそのきっかけをこう語る。
「小説『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ著)のもとになった、東大生集団強制わいせつ事件が起きてしまったのは2016年でした。当時は、ジェンダーの話などができる場所があまりありませんでした。自分は大学のジェンダー論の授業で無知を知り、学術的にも興味をもちました。そこでちょうどその頃、さまざまな大学で講演をされていた福田和子さんに、自主ゼミを立ち上げて講師をしていただこうと考えました」
21年度に自主ゼミとして始まり、22年10月からは正規の単位が出る形のゼミになった。講師の福田和子さんは、性と生殖に関する健康と権利を守ることができる環境づくりのために活動している。「ガイダンス」の共同翻訳者の一人でもある。ゼミでは、「ガイダンス」に基づくセクシュアリティ教育を実践する。
ゼミ生は参加理由をこう語る。
「意図しない妊娠を防ぐ緊急避妊薬の薬局販売は日本ではまだ認められていません。私はこうした自分に直接関わってくる、認められるべきだけど認められない選択肢の問題に怒りを感じていました。どう対処したらいいかと考えたとき、セクシュアリティ教育を受ける人を周りに増やすことが解決策になるのかもしれないと思い、運営にも参加しています」(2年・佐竹さん)
「安心できるコミュニティー」をつくり議論
ゼミではさまざまなテーマについて議論する。「ガイダンス」に基づいた毎回の講義のあとに、例えば「パートナーを性病の検査に誘うためにどうするか」や、「性暴力に遭いかけている人を見たとき、第三者として何ができるか」などについて、4~5人の班で話し合う。そして全13回の最後の4回ではワークショップを行う。
このゼミでは、ルールが決められている。差別的・侮辱的・攻撃的な言動を認めない。また、個人の経験やプライバシーに関わる話をするよう強いない。そして、一人ひとりのアイデンティティや立場、意見、境界線を尊重することを求める。「性に関わることは、『恥ずかしい』『不快』と感じる境界線、『話しても大丈夫』と思える境界線が一人ひとり、時と場所によって異なる」からだ。
「ルールが設定してあることで、安心安全な環境で自分の思いを話せます。性の分野だけでなく、他の分野でもこういう安心できるコミュニティーは重要だと感じます」(2年・平田さん)
取材をした時期には、当時の首相秘書官による性的少数者や同性婚に対する差別的発言が問題となっていた。ゼミ生からはこんな意見が出た。
「そういう発言をすると『加害者』と見られますが、その人たちだけに非があるとは思いません。これまで築き上げられてきた価値観の中で生きてきたからだと思います。なぜそのような考え方になったのか、同性婚を忌避する考えをもつ人にどのようにアプローチするのか、ということに興味があります」(1年・里さん)
現実の問題にどうアプローチするかについても、ワークショップを通じて考えていく。講師や他のゼミ生を厚生労働大臣などに見立て、班に分かれて考え、「リモートワークを活用し、仕事をしながら男性も育休を取れる職場づくり」などといった社会を変えるための提言をするのだ。それに対し、現実のプロセスと同じように大臣役からは厳しい質問も飛ぶ。最後に大臣役らが提言を採用するかしないかジャッジし、採用人数が多ければ「成功」となる。
「このゼミがなくてもいいような社会に」
学んでみて、いまどんなことを感じているのか。
「社会に、『女性は従順なほうがいい』『男性は強くなければ』などという傾向があると思います。すると、例えば性交渉においても日常生活で相手に不満を持ったときにも、女性は偏見を気にして意見を言えなくなってしまう。一方で男性も、自分は男だから強引なくらいでないと、と考えてしまう。それは生活や人生に大きく影響します。そのことを知るためにもセクシュアリティ教育を学ぶのはとても重要です」(2年・田中さん)
「人権や個人の尊厳などから学ぶところに意義があると思います。私たちは『普通こうなんだからこうしなさい』と選択を強制されたり、例えば男性は稼がないといけないというプレッシャーに悩まされたりする。そういう『普通』という概念を疑うためにも重要だなと感じます」(2年・平田さん)
「人は多様で、全部『そういうこともあるよね』というものだと実感できたのがとてもうれしくて。その実感があれば、他人のことも自分のことも大事にできるので、学べば学ぶほど面白いし、温かい気持ちになります」(1年・正久さん)
このゼミは、野口さんの話にあったように「無知」を自覚したことから生まれている。
「私たちは、本当はこういうゼミがなくてもいいような社会になってほしい、とよく話しています。きちんと詳しいセクシュアリティ教育を義務教育でするような社会になったら、必要ないですから。そういう社会になるためにいま、このゼミが貢献できたらいいと思います」(2年・田中さん)
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