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多様性を気にしている時点で多様性じゃない──「地球人」ウルフ・アロンという生き方

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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撮影:近藤俊哉

柔道男子100キロ級・東京オリンピック(五輪)金メダリストのウルフ・アロン(27)。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、出身は東京・葛飾区。身長181センチ、体重100キロと大柄ながらもしゃべりは冗舌で、意外な一面をテレビのバラエティー番組で見た人も多いだろう。彼は「柔道をする面白い人」なのだろうか──。パリ五輪まで残り1年。五輪連覇を目指すウルフ・アロンのアイデンティティーに迫った。(取材・文:金明昱/撮影:近藤俊哉/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

僕の名前だけを見ると外国人と思っちゃうんです

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撮影:近藤俊哉

「多様性を気にしてる時点で、多様性じゃない。そう思いません?」

ウルフ・アロンは"多様性"という言葉にピクリと反応しつつ、その場の空気感を歯牙にもかけない様子で自らの考えを語りはじめた。

「根底で"多様性"とかそういうところを気にしてるからこそ、そのような言葉が生まれたり、言わないと分からない人がいたりする。普段の生活から、気にせず生活していけば、差別とか区別とか多様性っていう言葉もなく、みんな平等にやっていけると思います」

東京五輪で金メダルを獲得後、テレビなどで見せる"おちゃらけた"姿からは、まったく想像していなかった言葉に強く惹きつけられた。

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写真:長田洋平/アフロスポーツ

1996年2月25日、アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた。東京・葛飾区新小岩と生粋の下町育ち。だが、名前は「ウルフ・アロン」で、英語で書くと「Aaron Phillip Wolf」となる。

「今となっては、なんで漢字にしなかったんだとは思います(笑)。当て字でもいいから、漢字入れといたほうがよかったんじゃないかなって。というのも、僕の名前だけ見ちゃうと、外国人と思っちゃうんです。例えば(柔道の)ベイカー茉秋さんのように「茉秋(ましゅう)」という漢字が入っていれば、『あ、この人、日本人なんだ』っていうふうに思ってもらえる。名前のことで、多少は苦労したっていうのはありましたね」

つまり「ウルフ・アロン」という名前では、海外から来た"外国人"という認識が常につきまとう。自分がどこ生まれで、国籍はどこでという説明を何度もしなければならない"わずらわしさ"が生じるのだ。

からかわれた幼少期、母の教えに込められた思い

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撮影:近藤俊哉

日本生まれなので、英語は話せない。

「『英語しゃべれるの』っていう質問は人生で何回されたか分からないですが、それを苦労って思うのかです。考え方によってはポジティブにも捉えることができる。僕はそこからコミュニケーションが生まれてるなって思ってました。でも最近は自己紹介で『英語はしゃべれません』って言うようにしてます(笑)」

小学生の頃は名前をからかわれたこともあったが、何事にも前向きな少年だった。

「『いじめられてる』と見られてたかもしれないですけど、僕はそれを『いじめ』とは解釈してなかった。常にポジティブでした。人よりも目立つし、一回で名前を覚えてもらえます。そういう意味では得だと思いながら生活してましたね」

この持ち前の明るさは自身の性格によるものだが、家庭環境も大きく影響している。

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撮影:近藤俊哉

6歳のときに柔道を始めた。母・美香子さんからは小学6年生まで続けなさいと言われ、中学進学後も柔道部へ。母の教育は一貫していた。

「『やると決めたことは最後までやり通す』という母でした。柔道も、僕が始めたいと言ったので、一度やると言ったなら、やりなさいと。もしそう言われてなかったら、柔道をやめてた可能性もありました」

じつは高校では柔道をやめて、アメリカンフットボールをやろうと思っていたほどで、中学時代に心が折れそうになったことは一度や二度ではなかったという。

「それでもずっと『やりなさい』と言われていたので、それがなぜなのかを最近、母と話したことがあったんです。一度やるって決めたことを道半ばで降りちゃうと、大人になったとき、なんでもかんでもすぐ諦める人になってしまうと考えてたそうです。それは感謝してますね。人間としての基本的な常識がない大人に育つのが怖かったんだと思います」

母の教えを守り通す忍耐力、負けず嫌いな性格が柔道を続ける原動力になった。

「僕はかなりプライドが高いところがあって、負けっぱなしじゃ終わりたくなかったんです。勝てるまで頑張ってみようとやって、気づいたら柔道が好きになっていました」

そうして続けてきた柔道で頂点を極めた。金メダリストという肩書によって、想像以上に名前や言動が注目されるようになった。

「多様性」と言わないと分からない人もいる

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写真:ロイター/アフロ

東京五輪で金メダルを獲得した直後の公式会見。彼は"オリンピックの多様性"について聞かれていた。多様な人種が競技に出場する現代の五輪において、ウルフ・アロンもまた、"ハーフ"という立場から、その答えを求められた。

当時、こう答えている。

「最近は"ハーフ"のアスリートが増えてきている。日本の多様性というのがもっと広まっていったらいいと思います」

彼が語った"日本の多様性"とは何なのか。その真意について改めて聞いた。

「今の世の中は、そういう生き方を大切にする流れになっているので、聞かれたんだと思います。そもそも僕のように多様性を具現化したような人間の口から多様性という言葉は出てこないですよ。世の中がそういう流れになり、多様性という言葉が強調されたりしているけれど、それを言わないと分からない人もいるはずです」

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撮影:近藤俊哉

彼の言葉はさらに熱を帯びる。

「僕はこの日本で生まれて育って、柔道を始めて、今も日本代表として試合をしてる。もしこれがアメリカ生まれで、柔道もアメリカで始めて、実力があればアメリカ代表としてやってるでしょう。だから俺は日本人だ、俺はアメリカ人だっていう、アイデンティティー的なものはないですね。もう本当に一人の地球人としてやってる感じです」

どこかで聞いたことがあるようなセリフに「(サッカー元日本代表の)本田圭佑さんが地球人と言っていた」と伝えると、周囲にいたスタッフが「完全に二番煎じ」とちゃかす。すかさずウルフ・アロンは「でも本田さん、オリンピックで優勝していないから(笑)」と笑い飛ばしていた。

誹謗中傷を受けても自分の信念を貫いた

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撮影:近藤俊哉

しゃべるのは好きだという彼のもとには、メディアからの出演依頼が殺到した。テレビだけでなく、一日署長やボクシング、プロレスのゲストに呼ばれ、ボートレースの中継からも声がかかる。あらゆる仕事が舞い込むのは、その明るいキャラクターが買われたからにほかならない。

「新聞や雑誌の取材、テレビ出演や講演なども合わせると100本は軽く超えてたんじゃないかなと思います。オリンピックで優勝した達成感がありすぎて、柔道の普及にモチベーションを移していった時期でした。柔道の試合はものの数分ですし、実際に見ないと誰なのかも知られないわけです。柔道のこと、自分のことを少しでも知ってもらうタイミングがあるんだったら、どのような入り口でもいいから知ってもらおうと思って活動していました」

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写真:西村尚己/アフロスポーツ

ウルフ・アロンの知名度は抜群に上がった。こうした活動に好意的な意見がある一方で、誹謗中傷も受けた。昨今、多くの著名人が悩まされる問題ではあるが、彼は信念を貫く。

「批判的な意見や誹謗中傷もありましたが、そうした意見を気にしてたら行動はできない。否定的な人は何かしら、あら探しをして突いてくる。だからこそ自分が正しいと思ったことに自信を持って行動することが、一人の柔道選手として大事だと思います。批判的な意見を気にするよりも、肯定的な意見の人たちを集めて、そこにありがたみを感じながら活動したいです」

これからも「ウルフ・アロン」として生きていくた

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撮影:近藤俊哉

パリ五輪まで1年を切った。4月からはバルセロナ五輪男子78キロ級金メダルの吉田秀彦氏が総監督を務める「パーク24」に移籍。メディア露出は控えて、五輪代表をつかみ取る思いでいる。

「現役の選手が、メディア出演の活動をしたことに意味があると思ってます。これからしっかりと結果を残していくことで、僕の活動自体に意味を見いだすことができる。まだ27歳ですし、もう一回戦いたい気持ちもありました。2位でも3位でもいいやって生活するのって、やっぱり違うと思う。やるなら1番を目指していくのが僕の生き方です。自分自身がやってきたことが正しいと思えるためにも、もう一回、五輪で優勝したいです」

一方で、現役を続けられるのはそう長くはないことも自覚しているが、仮に引退する日が来たとしても、その後の「ウルフ・アロン」という生き方は変わることはないだろう。

「どこにいても自分らしく生きていきたい。今は柔道をやっているけれど、引退してやりたいと思ったことがあったら、それをやるだけです。格闘家への転身ですか? 格闘技は無理です(笑)。オファーもありません。だって柔道選手が負けると、柔道は弱いってなっちゃうのは嫌です。絶対にやらないと思います」

それでもこの先の人生、何が起こるか、どう転ぶかはわからない。誰が何と言おうと「やりたいことをやるだけ」──。"地球人"ウルフ・アロンとはそういう男だ。

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撮影:近藤俊哉

ウルフ・アロン

1996年2月25日生まれ。東京都葛飾区出身。アメリカ人の父と、日本人の母の間に生まれた。6歳から柔道を始める。2017年の世界選手権で優勝。2019年には体重無差別で柔道日本一を決める全日本選手権で優勝。2021年の東京五輪では金メダルを獲得した。史上8人目の「柔道3冠」を達成。2023年4月、パーク24に移籍。パリ五輪での連覇を目指している。

元記事は こちら

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