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「我が子の生活に合わせられる」別の仕事も経て、復職した保育士が語る 保育現場の利点と課題 #こどもをまもる

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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写真:アフロ

こども家庭庁は、親の就労にかかわらず保育園などを利用できる「こども誰でも通園制度」(仮称)の創設に向けて、初の検討会を9月に開いた。ますます人手が必要になるのではという声も上がっている。保育士資格を保有していながら、働いていない「潜在保育士」はおよそ100万人いるという。保育士は女性が多く、結婚・出産などによるライフステージの変化がある。仕事がきつく責任が重い、賃金が低いとの指摘も。復職した保育士は、なぜ復職したのか。どうすれば、復職する保育士が増えるのか。(取材・文:なかのかおり/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

「我が子の生活に合わせられる」

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写真:アフロ

30代のAさんは、2児の母で保育士だ。夏休みは、小学生の子を夫の実家に預けて乗り切った。下の子は、保育園に預けている。

Aさんは、学校を出て資格を取り、20歳から保育士として働いている。数カ所の保育園で働き、結婚や出産を経て、いったん保育士をやめた。産後の1年ほどは、パン屋の仕事をしていた。

「初めは、子育てしながら保育士をするのは難しいと思いました。でも保育士は、お盆と年末年始に休めます。それが自分の子どものライフスタイルに合うため、保育の仕事に戻りたいと思うようになりました。

まず派遣の形で保育士として復職し、今いる保育園の人間関係が良かったため、直接雇用に変えて、パートで週4日働いています。子どもを8時半に保育園に送って、9時に出勤。午後4時半まで働き、5時に迎えに行く。リズムよく働けています」

パートだから、子育てと両立できると語るAさん。「担任を受け持っていた正職員のころと違い、書類を書かなくていい。付き合いの飲み会にも行かなくていい。担任だと、保育園行事の準備や、保護者の対応も大変でした。早番は朝の7時に出勤、遅番は夜8時ごろまで残ります。精神的にもきつくなるだろうし、今はパートのスタイルが合っています」

Aさんの賃金を尋ねると、時給は1000円に満たない。住む地域では、最低賃金をかろうじて超えているぐらいだ。

「給料が上がれば、復職する保育士も増えると思うんです。だって、チェーンの飲食店より時給が安いですから、悲しくなりますよ。私はやりがいがあるから、続けられるんですけど、葛藤しながら働いている感じです。今は人間関係がいいので、頑張れます。

あとは、人数を増やしてほしいですね。国が決めた基準で、1歳の18人を、3人の保育士で見ています。かみつくし、動き回るし、おむつも汚れるし、この人数で外遊びや水遊びをさせて......となるときついですよ。自分が40代、50代になってもできるかな?と思います」

今後、自分の子どもたちが成長して、勤務時間を増やしたいと思った時、保育士の待遇が変わらなければ、違う職種への転職も考えざるを得ないと語るAさん。「私は保育士を続けたいので、とにかく賃金が上がってほしいですね」

60代で復職「午前だけ働き、体調管理」

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写真:アフロ

70代のBさんは、60代のころに保育士に復職した。週5日、午前8時から12時まで保育園で働いている。3歳未満児を担当し、若い保育士のサポートをするよう心掛けている。

短大を卒業後、保育士として数年働いたが、結婚を機にやめ、専業主婦になった。子育てが落ち着いた40代からは、高齢者や障害者の施設で働いた。

「60代のころ、昔働いていた保育園の先生から、人手が足りないと誘われたんです。子育て中も、保育への思いはありました。高齢で大丈夫かと心配でしたが、子どもたちと接するのは喜びがある。若いころの勉強や経験が自分の中に残っているんだ、と楽しく働けてありがたい。生きがいになります」

それでも、賃金に対する仕事量と責任の重さに、思うところはあるという。

「メディアでも、保育園で事故があるとバッシングされる。潜在保育士は、情熱はあるのに、保育の現場に戻ろうと思えないですよね。

人生経験を積んでから復職すると、自分の子も孫も育てて、気持ちにゆとりがあり、保育園の子が泣いていてもかわいい。経験者、ゆとりのあるスタッフが現場に増えれば、正職員も楽になるし、働く人の間に笑顔が生まれます」

特にバイタリティーのあるBさんでも、働き方にメリハリをつけている。「午前中は、すごく元気。だから安全に気をつけて、楽しく働く。でも体力はもたないので、午後は休憩をとる。そうやって調整しながら、できるだけ働き続けたいです」

復職プログラムで学び直し、背中を押す

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鎌倉女子大学 小泉裕子教授

神奈川県の鎌倉女子大では、2016年度から、潜在保育者プログラムの講座を開いている。地域で保育士として働くために、コミュニティーとネットワークづくりを助け、再び働く人の背中を押す目的だ。「絵本と実践」「運動あそびと実践」「保護者とのかかわり」など、7回にわたって保育の基本マインドとスキルを学ぶ。さらに保育現場の動画を見たり、園長の話を聞いたりして現在の現場を知る(コロナ禍前は現地訪問)。最後は、地域の経験豊富な保育者とのグループトークで、仕上げていく。

取りまとめている短期大学部の小泉裕子教授によると、保育士は養成校を卒業、あるいは都道府県で実施する資格試験で保育士資格を取得した後、都道府県に登録申請し、保育士として働くことが可能となる。厚生労働省の資料では、2020年の登録者は約167万人で、働いている従事者約64万人を差し引くと、潜在保育士はおよそ100万人いる。

「専門学校や大学に入って保育士になろうという人は現在、減少傾向といわれますが、一方で試験を受けて保育士になろうとする中高年者が増えています。養成校保育士は毎年4~5万人、試験保育士は年間2万人を越える合格者が出ており、合わせて6万~7万人の新たな保育士が生まれています。その一方で1割近くが何らかの理由で離職します。資格を持っていながら働いていない保育士が100万人もいるのなら、何とか手を打ちたいと、潜在保育士という言葉を世に出して、様々な対策をしてきました」

このプログラムに参加した保育士の女性に、感想を聞いた。

「現場では、預かるだけから主体的な保育に変わり、変化のスピードが速い。この講座で、保護者への傾聴や信頼関係のつくり方、繊細な保護者への共感と提案、発達障害の対応、デジタル化などについて学びました。保育の実践を勉強し直し、今の現場を知る機会があると、ためらっている保育士も働く気持ちになりやすい。志のある仲間もできました」

小泉教授は、「復職の意思は強いけれど、パートタイムで、つまり生活基盤を損ねない範囲で、子育てや介護をしながら仕事との両立を図りたいという潜在保育士がかなりいる」と指摘する。

「バリバリ働きたい層がたくさんいるわけではないんです。だから、役割の幅を広げて柔軟に考える必要がある。専任の長時間労働で、担任を持って保護者支援から何でもやるスーパー保育士を目指すのではなく、働き方改革の提案です。フルタイムの保育士を100%期待していたら、取り込めない。国が決めた配置基準があるため、フルタイムの専任保育士は必須ですが、さらに保育補助やお手伝いの人をどうやって増やしていくか。各保育所も、そうした多様な働き手を求め、あらゆる手を尽くして公募しています」

賃金、処遇の問題が一番

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写真:アフロ

都道府県や市町村などが、それぞれに復職支援をするケースもある。保育士の住まいを用意したり、資金の貸し付けをしたり。復職した保育士のインタビューを、冊子や動画にして公開する団体もある。

改めて、保育士が復職をためらう理由はなんだろうか。令和4年版「厚生労働白書」を見ると、理由が浮かび上がってくる。

まず、退職理由としては、「人間関係」「給料が安い」「仕事量が多い」「労働時間が長い」が多い。また、保育士が再就業する場合の希望条件としては「通勤時間」「勤務日数」「勤務時間」が多く、柔軟な働き方を希望している。潜在保育士が就業を希望しない理由は、処遇や労働時間が希望と合わないという理由のほか、「責任の重さ・事故への不安」「ブランクがあることへの不安」が挙げられる。

こうしたデータをふまえ、公立保育園に40年以上勤めて退職したCさんに、現場で経験した課題を聞いた。Cさんは、「賃金、処遇の問題が一番だと思います」と言い切る。「昔は、東京都でいうと、民間と公立の保育士の格差是正のための補助がありましたが、なくなった。それで民間が苦しくなって。家賃補助などがあっても、よほど熱意がないときついですよね」

厚生労働白書によれば、全産業の2021年の月収平均は35.5万円、保育士は30.9万円と下回っている。

「処遇改善の賃金アップの取り組みもありましたが、微々たるもの。子どもを見る保育って、命を預かることです。朝7時からの早番で、カギをあけなきゃと思ったら、緊張で何度も夜中に目が覚める。遅番で遅く帰ったら、家族のいる人はそのケアをどうするか。担任になると、日誌を書いたり、行事の準備、保護者の対応など、とにかくやることが多い。持ち帰ってグッズを作ったりして、サービス残業や長時間労働になる。燃え尽きでやめたり、体を壊したりする保育士も少なくありません。コロナ禍は、声かけやスタッフ同士の交流ができなくて、心を病む保育士も多く、余計に人手が足りないと聞きます」

コロナ禍には、消毒や衛生、感染症が発生した際の対応に振り回されて、現場で働く人たちは疲弊した。また、近年の保護者はクレームが激しくなっており、ちょっとしたけがなども保育士が保護者本人に謝らないとトラブルになる。そうした中で、バスへの子どもの置き去りや、不適切な保育などマイナスの面が報道され、つらいイメージが先行してしまっている。

顔のわかるパート活用、配置基準の改善を

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写真:アフロ

では、賃金アップのほかに、どのような改善策があったら働きやすくなるのだろうか。ベテランのCさんも、冒頭のAさんと同じく、「保育士の配置基準の見直し」をあげる。

「戦後に作った基準が、75年も変わっていない。例えばゼロ歳は、3人を1人で見ます。私たちの手は2本しかないし、背中は一つ。ゼロ歳って、親の産休が明けた直後の赤ちゃん、6カ月、1歳と、同じ4月に入園しても、ねんねだったり歩いたり、状況がばらばらなんです。1対1で見たい年齢ですよ。1歳でも1対3かな。2歳になったら1人で4人とか。今、1~2歳で1対6から1対5にすると検討されていますが、本当は年齢や人数、状況に応じて、現場で決められる仕組みがいいと思います。今は、発達障害や配慮が必要な子も増えています」

最近ではマッチングアプリを利用して、資格さえあれば、飛び込みで保育園の仕事ができるアルバイトがある。だが、本来は、子どもの愛着形成にとっても、顔の見える人間関係、働く人が継続できる安定した環境が必要だ。

鎌倉女子大の小泉教授は、「そうしたアルバイトは、本当に人手がない緊急時の最終手段かと思う。資格がなくても、子どもたちの顔を知っている保護者、子育て経験のある人が、有償でサポートに入るやり方もある」と提案する。

元記事は こちら

なかのかおり

ジャーナリスト、早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員。新聞社に20年あまり勤め独立後、46歳で早大大学院社会科学研究科修了。著書に「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」障害と芸能界の交差を追ったノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡」。

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