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「自分が幸せかどうかを見つめて」──トランス女性として活躍するプロデューサーから、次世代へのメッセージ #性のギモン

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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(撮影:鈴木愛子)

5月17日は、LGBT嫌悪に反対する国際デー(「多様な性にYESの日」)だ。トランスジェンダー女性を公表している日本テレビの谷生俊美さんは、会社に勤めながら性別移行を進める「在職トランス」を経験した。「人は分からないものを差別してしまうことがある」と話す谷生さんは、いかにして人生を切り開いてきたのか。本人と、会社の先輩と同僚に話を聞いた。(取材・文:長瀬千雅/撮影:鈴木愛子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

いろんなことを言われるけど関係ない 「私と家族が幸せかどうかが大事」

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谷生俊美さん

谷生さんはもうすぐ5歳になる女の子の「ママ」だ。2014年に結婚したパートナーの女性は「かーちゃん」である。2人は女の子を「もも」と呼んで慈しむ。「ママ」と「かーちゃん」による子育ては、ほかの共働き家庭と変わらない。保育所の送り迎えも交代でする。

「ももが大人になっていくこの社会は、どんな人も差別されることなく、のびのびと生きられる社会であってほしいと思っています。LGBTQでも障がい者でも外国人でも、人は自分とは違うもの、分からないものを差別してしまうことがあります。なぜなら怖いから。でも知ればなんてことはなくなる。だから可視化していくことが大事なんです」

結婚して2年が経つころ、「子どもを持つことにチャレンジしたい」と2人で話し合い、「妊活」を開始した。検査をすると、谷生さんは生殖能力のある精子の数が極端に少なかった。それでも顕微授精なら可能性があるという医師の助言で治療を進めた。また、進めていくうちにパートナーにも課題があることも判明し、苦労を重ねて2年半ほどかかって妊娠に成功、ももちゃんが生まれた。

谷生さんは「かーちゃん」と交際を始める前におよそ1年間、女性ホルモンを投与していた。性別適合手術を検討したこともあるが、そのときどきに考えて選択した結果として、手術はしていなかった。

「どんな選択をするかは、環境とタイミングもあります。私の場合、今の家族の形を守るには、手術や戸籍の性別変更は得策ではないかもしれない。そう言うと『損得でやってるのか』とか『結局男なんでしょ』とネットに書かれることも分かっていますが、そうした心ない誹謗中傷や批判は気にしないようにしています。大事なのは、自分たち家族が幸せになるように生きていくことなんです」

テロの現場で見たむき出しの生と死 「後悔しないように生きる」

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谷生俊美さん

トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別とは異なる性別にアイデンティティーを持つ人のことをいう。どのようなプロセスをたどって性別移行するかは人それぞれで、身体的、社会的、法的にどのようなゴールに落ち着くか、当事者自身も探りながら生きているケースは多い。

谷生さんの場合、子どものころから「女の子になりたい」という願望を抱いていた。谷生さんの著書によれば、寝る前に毎晩、女の子になった自分を夢想していたという。高校時代はテレビで「ミスターレディ」が脚光を浴びていた。「自由になりたい」という気持ちが、実家のある神戸を離れて東京の大学に進学する動機の一つになった。

大学院を出たあと、2000年に日本テレビに入社。報道局に配属、社会部を経て外報部で中東特派員となり、31歳から5年間カイロ支局長を務めた。各地で起こる爆弾テロや反体制派のデモ、さらには2度の戦争など、最前線からリポートした。

「(テロで)殺された人たちの靴や服の残骸、肉片のようなものも目にしました。そこから中継してくれと言われるんです。むき出しの生と、むき出しの死があった。そうすると、嫌でも自分の人生について考えるんです。支局といっても日本人は私一人ですから、自分と向き合う時間はたっぷりとある。これからの人生を考えたときに、『おっさんには死んでもなりたくない』と思ったんですね。心の奥底にずっと積み重なっていた『女の子になりたい』という思いが、わーっと出てきたんです」

「後悔のないように生きる」と心に決めて帰国。平日は男性の装いを大きく逸脱せず、週末に女性スタイルを楽しむようになる。38歳の夏、編成局へ異動。テレビで顔出しする必要がなくなった。

「報道局を出たことによって"たががはずれた"のは事実です。ネイルをもっと派手にするとか、薄めのアイシャドーで止めていたのをもうちょっと濃くするとか。ただ、じゃあどういうふうになっていきたいかというと、はっきりと分かっているわけではないんですよ。どこにたどりつくかなんて分からなかったんです」

「会社をクビになってはいけない」 在職トランスする当事者が抱える不安

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谷生俊美さん

会社勤めを続けながら性別移行することを、当事者は「在職トランス」と呼ぶ。現在の日本テレビは、同性パートナー制度を導入したり、多様性をテーマにした番組やイベントを独自に企画したりするなど、LGBTQに関する取り組みが進んでいる。しかし当時は前例がなく、「女性として生きたい」と口に出せる雰囲気ではなかった。

「まず思ったのは、クビになってはいけないということですね。あなたを女性として雇ったんじゃないとか、偉い人の鶴の一声でクビにされるとか、全然ありえると思いました」

そのころ、クリニックを受診して、性同一性障害の診断を受けた。自分が性別不合であることを疑ってはいなかったが、社内で問題になったときに「きちんとガイドラインに沿って行動している」と説明できるようにするために、診断が必要だった。

谷生さんは、編成局の先輩の鈴木啓子(ひろこ)さんに、自分の気持ちを聞いてもらうことにした。鈴木さんは現在、動画配信サービスHuluを運営するHJホールディングスで取締役を務める。鈴木さんには、当時の谷生さんがどう見えていたのか。

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鈴木啓子さん

「前提として、ターニャ(谷生さんの愛称)のことは新入社員のころから知っていて、大好きな後輩の一人なんです。いつも目がきらきらと輝いていて、前向きで。ただ、そういう思いを抱えているとは、まったく気づいていませんでした」

谷生さんに「話したいことがある」と声をかけられ、いつものように食事に出かけたある日、「女性」として生きていきたい気持ちがある、と告白される。意外だったが、うろたえはしなかった。

「そんなに大事なことを話してくれてありがとう、と思い、そう伝えました。大切にしている後輩にとって、自分がそういう存在であるということが、まずうれしかった。当時のターニャに対する私の理解は、ヨーロッパナイズされたおしゃれな男性というもの。フェミニンさはありましたけど、パンツスタイルで髪も短髪でしたし、本人に女性の自覚があるとは思っていなかったんです。ところが、話を聞いてみたらそうじゃなかった。なんだ、女の子なのね、と。だったら、ほんとになりたい自分に絶対なろうね、と思いました。会社に理解してもらうために、こことここに話を通そう、そのあと人事に相談だな、というようにクリアすべきロードマップとアクションを具体的に思い浮かべました」

「おしゃれな男性だと思っていた」 先輩の言葉で向き合った「絶望」と「希望」

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谷生さんが昨年刊行した著書『パパだけど、ママになりました』には、パートナーである「かーちゃん」との出会いや、ももちゃんが生まれたときの感動が率直に綴られている

谷生さんからすると、「おしゃれな男性だと思っていた」という鈴木さんの反応は、「なるほど」という腹落ち感があったという。

「トランスしたいという気持ちはあっても、どこかでブレーキをかけていたんですよね。そんなときに啓子さんが『加速したほうがいいわよ』と言ってくれて。そうか、と思って」

「私個人の考えだと思って聞いてくださいね」と念押しした上でこう続ける。

「トランスジェンダー女性として書いたりしゃべったりしながらこんなことを言うのは矛盾しているかもしれないのですが、個人的には、私みたいな存在は『絶望的』だな、と思っているんです。だって、どうやっても本物の女性にはなれないんです。DNAは変えられないから。たとえ女性にしか見えない外見になって外科的処置を施し、戸籍の性別まで変えたとしても、完全には変わらない。この意味において、われわれは絶対に実現しないことを努力し続けるんですよ。なぜメイクするかといえば、女性性という記号を身につけたいからです。女性として認識されたいからです。でも女性にはなれない。だから『絶望的』。だけど、自認する性を表現し、1ミリでも近づこうと、あらゆる努力をすることはできる。そこに希望は、あるんじゃないかな、とも思うのです」

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鈴木啓子さん

そんな思いを知った鈴木さんは、谷生さんが女性名で仕事ができるように人事に掛け合い、それが認められなかったときは自分のことのように憤った。スカートデビューのタイミングを考えたり、自然なメイクに見えるようにアドバイスしたりもした。「妹ができたようで楽しかった」と振り返る。

「ターニャの人生の役に立ちたいと思ったんですよね。私もいろんな面でターニャに助けられたから。仕事やプライベートで大変なことがあっても、ターニャと話して何度も背中を押してもらい、前に進めました。それに、ターニャの強さも賢さも知っていましたから。

今もLGBTQに限らずいろんな悩みを抱えている人が職場にはたくさんいると思いますが、私から言えることは、『敵もいるけど、味方もいっぱいいるよ』ということです。何があっても淡々と受け止めて、自分の行動や発言で変えていくしかない。自分らしくあることに恐れないでほしい」

「ターニャとか白川のことだよね」 LGBTQという記号ではなく、職場の仲間として

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谷生俊美さん

近年、ニュースでトランスジェンダーが取り上げられることが増えた。昨年6月に成立した「LGBT理解増進法」や、昨年10月に最高裁が「戸籍上の性別変更に生殖能力をなくす手術を必要とする法律の規定は違憲である」と判断したことなどによる。こうした動きは、性的マイノリティーであることによって受けてきた不利益や不平等を解消してほしいという声の表れだ。一方、そうした動きに対して、社会のさまざまな場面で軋轢(あつれき)が生じる恐れがあるとして、反対する声が上がる。

谷生さんも運動や理論が複雑化していることは知っているが、世の中に伝えたいメッセージは一貫して「誰かのために生きているわけじゃない。自分の幸せを考えればいいの」ということだ。

「よく、マツコ(・デラックス)さんやミッツ(・マングローブ)さんみたいな人がテレビであれだけ活躍しているんだから、日本はLGBTQに寛容な国なんだと言われるじゃないですか。ある面ではそうだと思います。ただ、マツコさん自身もおっしゃっていたことですが、テレビタレントは記号的な存在だから受け入れられるけど、実際には『身内に(トランスジェンダーやドラァグクイーンが)いたら困る』という感情を持つ人がたくさんいるわけです。

そのなかで、私が家族の話をするのは、私という存在が身内にいて、みんな幸せにやってますよということを伝えたいから。そりゃあ、思うところはあると思います。例えばうちの母が、私がこういう生き方を選んだことを両手をあげて歓迎しているかといえば、そうじゃないですよ。だけど受け入れてくれている。それで私はハッピーなんです」

谷生さんは2018年10月、報道番組「news zero」に、ニュースにコメントするパートナーとして出演した。報道記者として12年、編成で6年の経験と見識を買われての起用だった。ロングヘアにワンピース姿で、視聴者に「トランスジェンダー女性です」と自己紹介した。

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白川大介さん

番組プロデューサーの白川大介さんは、「谷生さんをパートナーに」とプッシュしたうちの一人だ。社内調整は大変だったかと聞くと、「実は、谷生さんが了承してくれてからは、とんとん拍子に進んだんですよ」と言う。

「その何年か前に、作り手をフィーチャーする深夜の5分番組で、谷生さんを見たんですよ。今と限りなく近い姿なのに、テロップが男性名だったので、『テロップが間違ってるんじゃないの?』とネットが盛り上がったんです。そのころは頻繁にお会いするような関係ではありませんでしたが、広い意味で同じ性的マイノリティー当事者として共感していたので、画面越しに『先輩、切り開いてるな、すごいな』と思ったのをよく覚えています。

そのあと、谷生さん自身が『映画天国』枠で『LGBT映画祭』を企画し、出演も果たしていたので、女性としてテレビに出るという実績はすでに積まれていたんです。だから『zero』に出演するときは、承認が必要な人から反対があって行き詰まるということはありませんでした」

白川さんはゲイであることをオープンにしている。2018年の春、社内でLGBT研修が開かれた際に進行役を務め、冒頭で「僕は当事者です」とカミングアウトした。

「谷生さんも見にきてくれて。心強かったですね。僕は彼女のことを、ダイバーシティにおける相棒だと思っているんです。よく話すんですが、谷生さんと僕という、トランスジェンダーとゲイが同じ会社にいて、2人ともわりとスピークアウト(公言)しているというのは、偶然だけど、超よかったよねって。彼女がいなくても何かしらの形で行動したと思うけど、5年、10年遅れたかもしれない。

会社の偉い人によく言われるんですが、性的マイノリティーの話になったときに、うちの会社の人たちは全員、『ターニャとか白川のことだよね』とイメージができるから、それはすごくいいことだって。『それはちゃんとしてあげなきゃいけない』と、身近なこととして捉えてもらえるのが、公表して一番よかったポイントです」

白川さんは、同じテレビ業界を見渡しても、オープンな当事者は依然として少ないと言う。厚労省の調査によれば、「職場で誰にもカミングアウトしていない」と答えたLGBTQ当事者は約8割(「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」2020年)。こういった状況について、谷生さんはこう話す。

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谷生俊美さん

「クローゼットに居続ける人が多い日本社会ってなんだろうと考えると、一つには、個人的なことをおおやけに言わない傾向があると思います。セクシュアルオリエンテーション(性的指向)はセンシティブなことだから、それを言いたくないという気持ちも分かる。もう一つは、カミングアウトしたときのメリットより、リスクのほうが大きい。今は、社会制度を利用するとか、法体系のなかで権利を享受するということ以外にメリットがないから、言わないんだと思います。

カミングアウトしてもまったくデメリットがないなと思えるようになったら、変わるんじゃないでしょうか。つい先日も、フランスで初めてゲイを公表している首相が誕生しましたけど、国のリーダーがそうなんだったら、公表してもまったくリスクないじゃん、ってなりますよね。でも残念ながら、日本では女性リーダーすら誕生していないわけで、それはこの社会の閉塞感そのものだと私は思います。時間が必要なのでしょう」

元記事は こちら

谷生俊美(たにお・としみ)

1973年生まれ。東京外国語大学大学院博士前期課程修了後、日本テレビに入社。カイロ支局長などを経て、2012年に編成局編成部へ異動し「金曜ロードショー」「映画天国」のプロデューサーに。現在は、映画プロデューサーとして『竜とそばかすの姫』(細田守監督)や『屋根裏のラジャー』(百瀬義行監督)などを手がける。昨年、自らの半生を綴った著書『パパだけど、ママになりました 女性として生きることを決めた「パパ」が、「ママ」として贈る最愛のわが子への手紙』を刊行した。

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