「やってもらって当たり前」が生む負のスパイラル カスハラをなくすには? #令和に働く
客などからの著しい迷惑行為であるカスタマーハラスメント(カスハラ)を防止するため、厚生労働省は企業にカスハラ対策を義務づける法改正を検討している。
厚労省の資料によると、昨年10月までの過去3年間にカスハラの相談があった企業のうち、92.7%にカスハラに該当する事案があったとされている。Yahoo!ニュースでカスハラの体験談を募集したところ、理不尽な暴力や強要に遭った体験や、加害者を職場外で見かけ、激しい動悸(どうき)に襲われたといった声が寄せられた。このようなカスハラはなぜ起こるのか、またサービス提供者側にはどのような対策が求められるのか専門家に聞いた。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/監修:池内裕美)
目次
1. カスハラ被害、みんなの体験や意見
カスハラの実態はどのようなものか。Yahoo!ニュースのコメント欄(2024年6月7~9日、計612件)
には、商品で暴力を受けた体験や、医療、介護の現場でカスハラが常態化しているといったコメントが寄せられた。
上司ではなく部下の女性による応対を要求するなど、ただの嫌がらせとしか思えないエピソードもあり、現場の苦悩がうかがえる。また、カスハラ被害が原因で退職を余儀なくされたと明かす人がいるなど、深刻な事態を引き起こしている。
2. 自治体や企業の対策も加速
近年、企業や自治体で不当な迷惑行為や要求には応じない方針を打ち出したり、名札のフルネームや顔写真掲示を見直したりする動きが広がっている。自治体や行政でも法整備を進めるなど、社会全体としてカスハラに対する問題意識が高まっている。
3. どこからがカスハラ?
ではどこからがカスハラに該当するのか。一般的には正当なクレームから逸脱した、不当な言いがかりや過剰な要求がカスハラに該当するとされている。また、厚労省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラに類する行為を11種に分類している。
厚労省が行った実態調査では「長時間の拘束やリピート型のクレーム」を52%の従業員が受けている。次いで多いのは「暴言や侮辱」(46.9%)だった。犯罪行為との線引きが難しい事案の対応に苦慮している様子がみてとれる。
カスハラを受けた従業員は「眠れなくなった(13.8%)」「通院したり服薬をした(4.3%)」と心身に支障をきたしている。その結果、退職を余儀なくされたケースもあり、人材確保が困難な昨今において雇用側にも深刻な影響を及ぼしている。
4. カスハラはなぜ起こる?
カスハラはなぜ起こってしまうのか。加害者側の心理はどのようなものなのだろうか。関西大学社会学部の池内裕美教授に聞いた。
Q. カスハラの起こる背景やメカニズムは?
池内教授
そもそも日本には古くから「お客様第一主義」の理念を掲げた企業が多いのですが、度を越えたサービスは消費者に満足を与えると同時に「やってもらって当たり前」という過度な期待を高めます。
世の中が便利になり、サービスが手厚くなるほど消費者の期待水準も高まり、不満やカスタマーハラスメントが生じやすい環境が作り上げられてしまったといえます。
Q. カスハラをしてしまう人とそうでない人の違いは?
池内教授
個人のもともとの特性に加え、その人がいま置かれている状況的要因が多分に関係しているといえます。例えば、たまたま仕事や家事などで疲れていたり、世の中に対する不満がたまっていたりすると感情の抑制が利かなくなり、カスハラに至りやすいと考えられます。
怒りを抑えるには、相当な心的エネルギーが必要なのですが、強いストレス下では集中力や判断力が低下するため、怒りのコントロールが難しくなるのです。
Q. カスハラを起こしやすい人の傾向は?
池内教授
カナダ・ゲルフ大学の調査結果(*1)では高学歴で高所得、比較的社会階層の高い中年世代が苦情を訴えやすいことが認められています。
私が2020年に日本で行った調査でも40~50代の男性がカスハラを起こしやすいという結果が得られました。この年齢層は社会的地位(組織内での職位)の高い人が他の年齢層に比べて多く、社内での地位を社外に持ち出してしまい、権威主義的に振る舞いやすいのではと考えられます。
他にも個人特性としては、「自尊感情が高く、完全主義的傾向が強い人」(*2)なども認められています。こうしたプライドの高い人は、接客場面で不遇に扱われるなどして自我が傷つくとそれを取り戻そうと攻撃性が高まり、専門的知識や経験を基に理詰めで責めてくるケースがあります。
Q. 加害者はカスハラに対する罪悪感を持っていない?
池内教授
全ての人ではありませんが、カスハラ加害者の中には、無自覚にカスハラに至る場合もあります。権威主義的な人ほど自分の価値観、労働観を絶対的に思っているので、自分が正しいという「認知のゆがみ」があります。
また、未発表資料ではありますが、私が2020年に苦情を訴えたことのある人約400人に調査をしたところ、85%の人が「苦情を訴えたことに後悔していない」と回答しています。
Q. 海外との違いは?
池内教授
私が最近実施した海外比較調査では「カスハラ被害を受けた」と答えた割合は日本46%、アメリカ75.5%、ニュージーランド65.5%という結果でした。日本は一番低かったですが「忍耐・がまん」をしがちな日本人の特性から、実際に被害を受けていても「あの経験はカスハラではなかった」と認めていない人も、一定数いたのではと考えます。
一方で、同調査内で「カスハラ対応に関するマニュアルの有無」について尋ねたところ「マニュアルがあり、従業員に浸透している」と回答した割合は日本19.0%、アメリカ49.0%と大きな差がありました。この結果を見ると、アメリカは企業のカスハラ対策が整備されており、従業員が「カスハラを受けた」と認識したり、主張しやすくなっているといえます。
Q. サービス提供者側はどうすればよい?
池内教授
マニュアルだけでなく、企業が絶対に従業員を守るんだという組織風土もつくることです。何があっても最終的には上司や会社が助けに入ってくれるという安心感が必要です。
また、査定や評価と切り離すこと。マイナス評価を恐れてカスハラを我慢するようなことがあってはなりません。国家レベルでの法制化が遅れている日本において、こうした企業ごとの「従業員保護」の対策や姿勢の表明は極めて重要です。
Q. 消費者側にできることは?
池内教授
まず「これくらいやってもらって当たり前」という特権意識を捨てること、そして苦情を受ける側の気持ちも考え、相手に接することです。
アメリカでは周囲の客がカスハラ加害者を非難したりします。たとえば飲食店だったら、カスハラによって自分が楽しく食事する機会を奪われるという考えなんです。こうした風潮が後押しとなり、企業側もカスハラへの対処がしやすくなっています。
5. カスハラをなくすには
池内教授
行政と企業、それぞれに課題はありますが、カスタマーファーストを見直す時期に来たのではないかと考えます。
業界によっては、カスハラ対策のマニュアルが存在すること自体が顧客へのマイナスイメージにつながると考える企業も依然としてあります。欧米やアジアの観光客は、日本のサービスの手厚さに驚くことがありますが、それは裏を返せば世界標準から逸脱した過剰さともいえるのではないでしょうか。
これからの時代、消費者はサービス提供者の立場を理解し、過剰なサービスを期待しないことが求められます。消費者自身も従業員の労働環境を形成する重要な一部です。従業員が働きやすい環境をつくることは、従業員のモチベーションの維持・向上につながり、結果的に社会全体の利益をもたらすといえます。
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