なぜ今、木造高層ビルが建ち始めているのか――日本が抱える国家的な森林問題 #なぜ話題
ビルは鉄骨とコンクリートで建てられるものーー。そんな常識が大きく変わり始めている。ここ数年、都内を中心に、木造高層ビルが続々と建ち、その存在感を示しているのだ。なぜいま、にわかに木造高層ビルが建ち始めているのか。 (文:ノンフィクション作家・一志治夫/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
法整備により木造高層ビルが増加
木材を使った高層ビル、大規模建築が急速に増え始めたのは、2020年代になってからだ。純木造は少ないものの、柱や梁、内外装に木を多用し、鉄骨や鉄筋コンクリートと組み合わせて造る地上6階建て以上のビルは、都内だけでもすでに20棟をゆうに超えている。この1月4日には、東京・日本橋で地上18階建て、高さ84メートルの「日本一の高層木造賃貸オフィスビル」(建築主/三井不動産 設計・施工/竹中工務店)の建設工事も始まった(竣工予定は2026年)。
もちろん、木造高層ビルが増えだしたのには、理由がある。
まず、ひとつは、CLT(=クロス・ラミネーティッド・ティンバー=直交集成板=繊維の方向が直交するように積層接着した木質系材料)や耐火集成材と称される建物火災時の耐火性能を持つ木の柱・梁など新たな木質系材料が誕生し、鉄骨とのジョイントなどの技術開発をゼネコンやメーカー各社が進めてきた結果、燃える、腐る、折れるといったいわば木材の弱点、課題が克服され始めたこと。つまりは、高性能の木材が誕生したことで、木造高層という難題のハードルが下がってきたのだ。
こうした動きを後押ししたのが法整備だった。
2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行、2021年に改正され、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市<まち>の木造化推進法)となった。これをもとに、建築主が国や地方公共団体とともに木材利用に取り組む「建築物木材利用促進協定制度」が創設され、各行政による補助金制度も整い始めた。
日本の森林問題は国家的な課題
木造高層ビル建設が推進される背景には、日本が抱える切実な森林問題がある。
国土の3分の2を森林が占め、そのうちの4割は人工林という日本にとって、木材を利用し、森を循環させていくことは絶対的テーマであり、抱え持つ宿痾(しゅくあ)でもあった。1964年の木材輸入自由化を契機に安い外国産材の輸入が急増、「林業は儲からない」と言われ始め、「放置林」が増加。世界でも有数の森林資源は生かされず、林業もまたたく間に衰退していってしまう。しかし、2002年に国産材の供給量が底を打ってからは増加に転じ、2021年には木材自給率が41.1%まで回復。いまや森林のサイクルをいかに健全に育んでいくかが国家的な課題になりつつある。
他方、SDGsやESG投資と無縁ではいられないスーパーゼネコンや大手不動産会社にとって、「木造高層ビル」は、まさにうってつけのテーマであり、避けては通れない課題でもあった。2010年の「公共建築物等木材利用促進法」も後押しする形で、一気に建築業界の積極的な取り組みが始まる。
そして、その動きは、やがて不動産会社自らが森林を保有するというところにまでつながっていく。
たとえば、野村不動産ホールディングスでは、2022年10月から東京都・奥多摩町にて、同町が所有する「つなぐ森」の地上権を取得の上、循環する森づくりをスタートさせ、東京都と「建築物木材利用促進協定」を締結。今後30年、この130ヘクタールの森を保有し、「地産地消の循環する森づくり」を推進していくとしている。
この取り組みを企画し、何度となく奥多摩の森に通ったサステナビリティ推進部の刈内一博さんはこう説明する。
「野村不動産グループは、主要事業エリアが首都圏の上、2025年に本社移転する芝浦プロジェクトは東京湾の目の前にあることから、多摩川でつながる東京圏最寄りの森という点に意義を感じています。自然と都市とがお互いに抱えている課題は、それぞれ単独では解決できないことが多い。そのため、東京における自然環境と人間活動を総合的に扱い課題解決を図る『ランドスケープアプローチ』と呼ばれる手法を用いています」
もっとも、「つなぐ森」で生産される木材は、年間約500立方メートル。仮に丸太からの製材歩留まりを50%と見立てても、野村不動産グループが年間目標に掲げる木材使用量およそ1万6500立方メートルのわずか1.5パーセントにすぎない。
刈内さんが言う。
「この一年間、実際に取り組みを進めて感じたことは、建物に木を使うだけで解決できるような単純な社会課題ではないということでした。木を育てる人、加工する人、それを製品にする人、さらに利用する人と、サプライチェーン全体を通して、本質的に何をどのような順番で解決すべきかをしっかりと見極めながら、取り組みを進めていく必要があります。たしかに、『つなぐ森』の木材は、アイコニックな木材量ではあるけれども、脱炭素や生物多様性、人権などの国際動向を鑑み、民間企業が永く取り組める汎用的なモデルケースを目指しています」
それでも、切り出した丸太を加工所に出すことで、加工所の生産量はそれまでの3倍になる。地域には新たな雇用も生まれる。東京の不動産会社が地産地消を掲げて都内で森林を保有し始めたことの意義は深い。現在、日本の人工林の約半分が主伐期である50年生を超えている。CO₂吸収量が減少する高齢木を伐採し、新たに植えるという循環システムをつくることは急務なのだ。
CO₂削減にも効果が期待できる
ビルの木質化は、こうした林業振興のみならず、もちろん脱炭素社会という環境課題にも一石を投じることになる。
昨年10月に竣工した「野村不動産溜池山王ビル」は、地下1階、地上9階の賃貸オフィスビル。鉄骨造と木質構造のハイブリッドだ。野村不動産都市開発第一事業本部建築部長の齊藤康洋さんは、こう話す。
「溜池山王ビルは、すべて鉄骨化した場合と比較して、建設時のCO₂排出量は、約125トンの削減。さらに、木材が成長段階で吸収するCO₂約285トンの固定化と、あわせて約410トンのCO₂削減効果をもたらします。環境への配慮というメリットがある一方で、課題としては、工事費の増加、テナントビルとしてのプランニングの可変性の確保、テナント工事による原状回復といった問題があったのですが、いくつかの木質ハイブリッド技術で、今回はこれらも克服できて、これからの木造高層賃貸オフィスでも展開していけると思っています」
今回、「溜池山王ビル」の施工を請け負ったのは清水建設。清水建設は、「スリム耐火ウッド」というオリジナルの木質構造部材をはじめ、耐震性、耐火性、施工性を備えた木造ハイブリッド技術を駆使し、木造高層テナントビルの先進性を示した。
もちろん、建築資材として木材がますます重要性を帯びていくことは建設会社として十分に認識している。
清水建設設計本部プロジェクト設計部2部設計長の大栁聡さんが言う。
「木質の使用量を全国的に増やしていかないと、森がどんどん死んでしまうし、担い手もいなくなってしまうという切実な思いもありました。木を使うことで新しい雇用が生まれるという循環が望ましいけれど、特定の地域で一気に木質化をやると、ハレーションが起きてしまうという状況もまたあるわけです。加工できる人材も足りなかったり、新規雇用しても次が続かなかったり。安定供給というのもこれから木質化を進めていく上での大きな課題だと思っています。約3年前には、木質建築推進部という部署も社内に新設されました。鉄骨造や鉄筋コンクリート造をつくる要領で、合理的にいかに簡単に木質化、木造化していけるかというのがこれからのテーマと考えています」
木造高層建築に不可欠な森の循環
林業振興、環境貢献と、木造高層ビルの意義、必要性は、さまざまな面があるわけだが、木質が発する感覚的効果もまた小さくはない。木材特有の断熱性、調湿性、そして木の質感が持つぬくもりは、やはり、どこか人間に安心感を与えてくれる。もちろん、都市景観においても、木造高層建築は人々に視覚的なやすらぎを与えてくれて、その美的アドバンテージは計り知れない。
不動産会社「ヒューリック」は、2021年10月、銀座8丁目に「銀座の中心に森を作る」を開発コンセプトとし、日本初となる耐火木造12階建ての商業施設「HULIC &New GINZA 8」を竣工した(設計・施工/竹中工務店)。福島県産のスギを中心に使った木造+鉄骨造のハイブリッド建築だ。外装に木材を使用し、柱や梁では耐火集成材を用いて、構造材だけで288㎥の木材を使用した。
ヒューリック㈱バリューアッド事業部アーバン事業室部長代理の寺嶋峻正さんが言う。
「1階にはアップルさんにテナントとして入っていただいたのですが、開業して2年がたちますが、やっぱり木の感じがいいという評価をいただいています。アップルさんのスタッフさんが『ここは木造高層ビルで......』とお客さんに説明しているのを見て嬉しくなりました。不特定多数の方が来られる商業施設に木材を使った意味はあるなとそのとき少なからず感動したと同時に、木材が生み出す新たな景観がテナント誘致や集客につながっていくのでは、と感じました」
ヒューリックでは、「伐採した分の木は植える」を掲げ、福島県白河で植林活動も行っている。森の循環あっての木造建築というコンセプトがここでも貫かれている。
寺嶋さんは、木造高層建築の未来についてこう言う。「スーパーゼネコンが持つ現在の木造高層建築の技術、ノウハウが中堅どころのゼネコンにも広まっていけば、だいぶ需給も変わってくると思いますし、コスト面でもかなり下がっていくのではないかと思います。いま、木造高層建築をやろうというと、ちょっと気合がいるわけですが(笑)、現在の機運が一過性のものにならずに、日本に根付いていって、ひとつの構造種別として、鉄骨と鉄筋コンクリートと木造が比べられるようになればいいなと思います。一番恐れているのは、2030年の前後って、木造ビルがたくさんできてたよね、なんか流行っていたよね、みたいなことになっちゃうことですね」
大きく踏み出した木造高層建築がこれからいったいどう進化し、どんな展開を見せていくのか、興味は尽きない。そして、それによって日本の森が生き返り、循環し、豊かになっていくとするならば、これ以上の未来はない。
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