ストレス解消の鍵は森にあった? 森林セラピーをしに、森へ入ってみよう
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普段何気なく生活しているのに森に入ると、草木の緑や匂い、鳥の声やせせらぎの音などを聞き、心も体もリラックスできたと感じる人は多いと思います。でも正直、都会で暮らしていると自然が遠く感じてしまうことも。
そこで注目されているのが「森林セラピー®」です。森林セラピーとは医学的に裏付けられた森林浴の効果を利用して、心と体の健康を維持することを目的としたもの。実はその森林セラピーは日本で生まれたものだって知っていましたか?
そもそもどうして私たちは森に行くと、癒されるのでしょうか。森が発する癒しの効果や人と森の関係性などを知るために、実際に筆者が真っ白で静かな冬の森で森林セラピーを体験してみました。
動物と植物が冬眠状態の森を歩いてみよう

今回森林セラピーを体験する場所は、長野県と新潟県の県境に位置する長野県信濃町。信濃町は「北信五岳(ほくしんごがく)」と呼ばれる5つの山に囲まれており、夏は避暑地、冬はウインタースポーツの地として知られています。
ちなみに、信濃町は日本で初めて森林セラピーの医学的な調査研究が行われた場所でもあります。

筆者が信濃町を訪れたのは1月上旬で、この日の最高気温は2℃、最低気温は−5℃と肌をつくような厳しい寒さでした。
今回は信濃町で「癒しの森®」事業を運営する「しなの町Woods-Life Community」の森林メディカルトレーナーである河西さんに同行してもらいながら黒姫高原の森に入ります。癒しの森®が行う森林セラピーは半日と一日コースから選べ、今回は私が森林セラピー初心者だったこともあり、約2.5kmの半日(3時間)を選択しました。

森に入っていく前に、踏み固まっていない雪道を歩いていくためスノーシューとポールを装着します。
スノーシューは特別な技術がなくても気軽に雪道を歩ける道具。年齢関係なく楽しめるスノーアクティビティで、靴では埋まってしまうふかふかの雪の上だってどんどん歩いていけます。
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身支度を終えると、いよいよ森の中。まずは15分程度歩いて森の入口付近に向かうと、河西さんから「まずは最初に、ストレッチして体をほぐしていきましょう」と一言。普段からデスクワークで同じ姿勢で過ごす時間が多いため、新鮮な空気を吸いながらのストレッチはなんとも気持ちがいいものです。
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ストレッチを終えると、河西さんから森についての説明が。
信濃町の森は広葉樹とスギやカラマツなどの針葉樹の割合が半分ずつのため、その比率と地形が相まって全国の森の中でも特に景色が美しいそう。また、モミ属の木も多く生息しており、試しに近くにあった日本の固有種「シラビソ」を手にこすりつけるように触ってみると、手から甘い香りが溢れ出て幸せな気分に!

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植物の香りには植物が放出する「フィトンチッド」が関係しており、フィトンチッドとはロシア語で「フィトン(植物)」と「チッド(殺す)」と言う意味です。最近の研究ではこの香りが人間のストレスを軽減し、免疫細胞の働きを向上させるという報告が。人が森に入るとリラックスできるのは、フィトンチッドが大きく影響しているからなんですよね。
また、植物は香りだけではなく、見たり触ったりするだけでもリラックス効果は大きいそう。例えば冬の森では植物はほとんどの落葉樹は葉を落とし、芽の中には葉やつぼみが丁寧に折りたたまれている状態。これは冬芽を観察する絶好のチャンスです。
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近くにあったトチノキの冬芽は芽鱗に覆われ、さらにその外側には水飴のようなもので覆われているので、触ると指先にペタッとくっつき、面白くて何度も触ってみたくなりました。足を止めて小さな冬芽を見たり触ったりできるのも冬の森ならではの楽しみですね。
さらに森の奥へ進んでいくと、ウサギの足跡を発見。ウサギはクマなどの他の動物と違い、体温が38.5°C〜40℃と高く寒さに強いため冬眠をしません。そのため冬の森では野生のウサギが活発に活動しており、運がいいと遭遇することもあるんだとか。もし野生動物と出会っても慌てず、トレーナーさんの指示に従いながら行動しましょうね。
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森で体と心をカウンセリング
森林セラピーの後半はゆっくりと自分の内側に意識を向ける時間。ウォーキングの途中にあった滝の前で立ち止まり、人が睡眠時などに行っている腹式呼吸を行います。お腹に手を当て、息をはく時にはおなかをへこませ、息を吸う時にはお腹を膨らませていきます。
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現代人は運動不足やストレスなどで呼吸が浅くなりがち。呼吸が浅くなると代謝が落ちて疲れやすくなったり、 脳で酸欠が起きて集中力が低下したりと体に悪影響なんだそう。私も普段から知らず知らずのうちに浅い呼吸をしていたせいか、腹式呼吸を行うと体の緊張が緩み、急に眠気が襲ってきました。そして、森だと新鮮な空気のせいかいつもより呼吸がしやすい。
滝を見ながらぼーっとしていると、河西さんがどこかから拾ってきたクロモジの枝を使って、「爪もみ療法」を行ってくれることに。爪もみ療法とは爪の根本にある自律神経を調節するツボを押すことで、体を休める副交感神経を優位にする方法です。
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私は呼吸機能が低下しているからか、親指に痛みが。その場にいたメンバーにも同じ強さで押してもらったところ、痛む場所はそれぞれ違っていたので面白かったです。ちなみに、この爪もみ療法は食事後行うと胃腸に負担がかかってしまうため、食事前などに取り入れると効果的だそう。
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その後、みんなで雪でそり滑りをしたり、自然観察したりと思う存分体を動かした後、ひとりで過ごす時間をつくることに。「目の見える範囲であれば、好きに動いていいですよ〜」の河西さんの一言を機に、それぞれが思い思いの場所に散って行きます。
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私は黒姫山が見える場所を選び、横になって一休みすることに。こうやって静まり返った冬の森で目を閉じていると、風や木の揺れる音がハッキリ聞こえてきました。今まで「冬の森」と聞くと、どこか暗くて怖いイメージがあったのですが、実際に森に体を預けてみるととても穏やかな雰囲気で恐怖心はなくなっていました。
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不思議と小さい頃に自然の中で遊んだ記憶を思い出し、心が安らいでいると河西さんが「お茶の時間にしましょう」と呼びに来てくれました。なんと知らないうちに河西さんがお茶と甘いデザートを準備してくれていました。また、りんごをその森にあるクロモジの枝で食べるなんて粋な計らい!
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そうこうしているうちに、3時間にわたる森林セラピーが終了。個人的に体験後は体と心がスッキリしただけでなく、以前よりも自分の呼吸に意識を向けるようになっており、仕事中や寝る前などは意識的に深呼吸をし、小まめに休憩をとるようにしています。
また、今回は冬に森林セラピーを行いましたが、信州・信濃町 癒しの森®で出かけているコースは冬以外にも魅力がたくさん。花が咲き始める春、水遊びや昆虫の音色を楽しめる夏、紅葉が見ごろを迎える秋など、季節ごとに森に入ると、より自然から季節を感じることができるはずです。

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森林浴はどうして人を快適にさせるの?
森林セラピー体験後、「森に入ると人の体はどう変わるのか?」についてトレーナーの河西さんに詳しく話を聞いてみることにしました。
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── 先ほどはありがとうございました。体験の途中で河西さんが「森林浴は日本発祥のもの」とお話されていましたが、森林浴はいつどうやって日本で生まれたのでしょうか?
河西
昔からヨーロッパでは森の散策などが親しまれてきましたが、実は「森林浴」の医学効果を実証したのは日本が最初なんです。日本は国土面積の約7割を森林が占める世界有数の森林大国ということもあり、1982年に林野庁が「自然美を見直し、森を造る意欲を高めよう」との狙いから海水浴、日光浴になぞらえて提唱しました。
そうして同年に、長野県上松町にある「赤沢自然休養林」で全国初めてとなる森林浴イベントが開催されたんです。
── 森林浴は長野から世界に広まっていったんですね!
河西
そうなんです。だけど、森林浴が提唱される前から日本では古来より神道や仏教の思想を通して、自然や森が神聖な存在として敬われ、自然との共生が重要視されてきました。地域によっては山や森に対する崇敬の念が強い所もあったため、日本で森林浴が馴染むのは不思議ではなかったんですよね。

── そうすると、昔から人は森に行くと体がリラックスするということが分かっていたということでしょうか。
河西
はい。なぜなら人が都市生活をするようになったのはここ200〜300年の話で、遺伝子は数百年という短い期間ではほとんど変化できないこともあり、我々現代人は自然環境に対応した体を持ちながら都市で生活しているからです。そんなこともあり、人は心理的ストレスや病気などにかかりやすくなっていて。
また、海外では自然との関わりが減少していることが原因で、慢性疲労や不眠などの発症率が高まる「自然欠乏症候群」という病名も少しずつ浸透しており、特に自然とあまり接触がなく育った子どもは身体的もしくは精神的な問題を抱えやすいと言われています。もちろん、森林浴ではがんなどの病気を治療することはできませんが、病気になりにくい体にする「予防医学的効果」が期待されています。
── 予防医学的効果ですか?
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河西
森林浴にはストレスホルモンを低下させ、交感神経の活動を下げて副交感神経を優位にさせる効果があると分かっています。副交感神経が優位になると身体のリラックス状態を促進し、免疫機能を正常に戻してくれるんですね。実際に、私も森に入るようになってから、風邪を引かなくなったり、調子の悪い時に森に入ると少しずつ元気な体に戻っていったりする感覚はありますね。
過去に「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスが「人間は自然から離れるほど病気に近づく」という言葉を残しているように、本来人は自然と共生してきました。現在、病気の治療と聞くと、病院などをイメージする人も多いと思いますが、これからは体調を崩す前に「自然に触れる時間を持つ」という選択肢もぜひ取り入れてほしいと思います。
森に行けなくても大丈夫。「近隣浴」のススメ
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── 自然が体にいいと分かっていても、森から離れた都市部では自然に触れる機会がなかなかありません。そんな場合、どのようにして自然からパワーをもらえばいいのでしょうか?
河西
都市部では意識して街路樹や公園樹の側を歩く「近隣浴」がオススメです。時々、樹木を観察したり、触れたりするだけでも自律神経活動がリラックスモードに切り替わることが分かってるんですよ。他にも、空いた時間に公園や神社などの静かな場所で目をつぶって、森の風景を思い出すだけでもいいと思いますよ。
── 木々の近くを歩くだけでもいいんですね! 最後に、これから「森林セラピーをやりたい!」となると、どんな風に森を選べばいいと思いますか?
河西
全国には森林セラピーを行える「森林セラピー基地」が63ヶ所あり、その中から行きたい地域の森を選ぶのがいいと思います。ちなみに、森林セラピー基地の中でも長野県信濃町と島根県の飯南町の施設は「森林セラピー基地2つ星」として認定を受けているので、初心者の方はそこから始めてみてもいいですね。
河西
他にも、東京都の最西端にある奥多摩町は「日本一巨樹の多い町」として有名で、都内から電車で行けます。日本初の森林セラピー専用ロードがあるため、森林セラピーに絶好の場所だと思います。
もし体力に関して不安があるという方は、ただ森の緑を眺めるだけでも森林浴の効果を得られるので、四季折々に変化する季節の中、五感を開きながらゆっくりと森を散策してくださいね。
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【しなの町Woods-Life Community】
HP:https://iyashinomori.main.jp/
電話番号:026-255-5925
メールアドレス:shinanomachi.wlc@gmail.com
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取材・執筆 吉野舞(Huuuu)
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撮影 小林直博
編集 友光だんご(Huuuu)
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