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「残念なハーフ」の呪縛から卒業。お笑いの新潮流・スタンダップコメディで切り拓いた、嘘のない表現と生き方

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マイク1本で、観客を笑わせる話芸、スタンダップコメディ(以下、スタンダップ)が盛り上がりを見せています。19世紀の欧米ではじまったとされ、個人の経験に根付いたトピックや、ときには鋭い社会風刺も盛り込むところが特徴。2022年には、東京・渋谷にスタンダップに特化した「TOKYO COMEDY BAR」ができ、翌2023年にはスタンダップに関する書籍『スタンダップコメディ入門 「笑い」で読み解くアメリカ文化史』(フィルムアート社)が出版。現在は各地でライブイベントが花盛りです。

そんな中、日米にルーツを持つがゆえの体験や違和感を笑いに変え、SNSで大きな注目を集めるコメディアンがいます(TikTokフォロワー54.6万人)。名前はユリエ・コリンズさん(以下、ユリエさん)。2021年頃から活動をはじめ、この春には人気お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんらと全米16都市を巡る「Monsters of Tokyo US TOUR」を敢行するなど意欲的に活動しています。

高校まで和歌山県で育ち、アメリカの大学で演劇を学んだユリエさん。卒業後はニューヨークを拠点に、由緒ある「映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟 (SAG-AFTRA )」に所属し、人気シリーズ 『バットマン』のスピンオフドラマ『GOTHAM/ゴッサム』 に出演するなどキャリアを重ねてきました。

そんなユリエさんが、なぜスタンダップの文化が浸透していない日本でコメディアンの道を志したのか。そんな問いをぶつけてみたくて取材をはじめると、テンポよく軽妙に語り周りを巻き込みながらみるみる笑いを生み出していき......。その様は、あたかも即興のスタンダップを見ているかのようでした。

日米での生活を通じて芽生えた「残念なハーフ」という自認

──ユリエさんはもともとアメリカで俳優として活動していたそうですね。子どものころから、何らかの表現者になりたいと思っていたのですか?

高校卒業まで過ごした和歌山では、どこに行っても「この子、ハーフなんです」と紹介され、何もしなくても目立っていたんです。けど、それがすごく嫌で、せっかくなら自力で目立ちたいと思っていました。実際、高校時代は、地元では希有なハーフの男の子とバンドも組んでいました。「戦争反対」と叫んだり、体制に反抗したりするクラッシュやセックス・ピストルズといったパンクバンドに憧れていたんです。

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ボーカリストを夢見たものの親の希望もあって、大学に進むことにしたんですが、日本の大学は考えられなくて。それで父の母国であるアメリカの大学に進もうと、相性診断チャートをやってみたら演劇専攻が向いていると出て。それまで、いろんな環境になじみたくてもなじめなかったけど、演劇ならいろんなキャラクターになれるし、自分に向いているのかなと直感で決めました。

和歌山の高校時代のユリエさん
和歌山の高校時代のユリエさん

──実際に学んだら、俳優が性に合っていたと。

acting (演技)は好きですね。ただ大学でも、「これは白人の役だからユリエには無理」とはねのけられました。卒業後は、ニューヨークを拠点に活動し、少しずつ認められるようになりましたが、その頃もしばしば「もっとアジア人っぽくして」と言われましたね。当時のハリウッドではまだ、アジア人への認識はあいまいで遅れていたんです。

そうそう。ニューヨークでは、社会・環境アクティビズム(社会運動)に参加していたんですが、アクションを起こすのは白人男性が多いんです。仲間から「ユリエがやると目立つから、ニューヨーク・タイムズの建物を登ってよ」と頼まれて。

──それはすごい!

現存のシステムに対する抗議が目的だから、経歴に残らない程度にわざと迷惑行為をして注目を集めるんです。組織の弁護士が手続きするまでの2日間、拘置所に居ましたが、固い床に薄い布団を敷いて寝るんです。周囲は「身体がいたい」「眠れない」とこぼしてたけど、私は床に布団を敷いて寝るのに慣れてる。ぐっすり眠れたし「布団、最高だな」って思いましたよ(笑)。

──(笑)。実話なのに、オチがちゃんとついています。

次第に、アメリカではダイバーシティ(多様性)を示したいという理由から、ミックス(異なる国、民族、人種的背景を両親または祖父母に持つ人々)系の役者に声がかかるようになりました。「ここからは、ユリエが成功する時間だ」と言われましたね。

実際、メジャーな映画の主要な役をつかむビッグチャンスもありました。けど、1か月も待たされた挙句、別の候補者が選ばれました。その子も日米のハーフでしたが、小柄でかわいらしく、アメリカ育ち。私が持っていないものを全部持っていると感じて、「彼女が正解で、私はこうなるべきだったんだな」と打ちのめされました。それがあったからスタンダップをはじめたころ、自分のことを「残念なハーフ」と言ったりしたのかもしれません。

2013年、ニューヨークでウェイトレスのバイトをしていた頃の写真。オーディションとバイトに明け暮れる毎日
2013年、ニューヨークでウェイトレスのバイトをしていた頃の写真。オーディションとバイトに明け暮れる毎日

──ご自分を「残念」と表現するのは、つらかったのでは?

高校時代にバンドを組んでいたときも、ハーフの男子から「ユリエはどうしてわざわざ悩むの」と言われました。彼みたいにポジティブに捉えられたら平和ですが、私にはできなかった。ネガティブに考えてしまう自分に腹が立ちましたね。

「自分は自分のままでいい」コメディを通じて取り戻した自信

──キャリアを築いていたニューヨークを離れ、日本でスタンダップをやるようになった経緯を教えて下さい。

正直、日本に帰るなんて思っていませんでしたが、コロナ禍で一変しました。6年間付き合った初恋の人と別れるという大失恋と、ニューヨークで定期的に出ていたテレビ番組の終了が重なったりして......。失業保険で暮らしていたんですが、孤独だったし未来が見えずに悩んでいたら、母が「一度、帰ってきたら」と。2020年12月でした。

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──帰国してみて、いかがでしたか?

大人になって、生まれ育った国を新鮮な目で見ることができました。小さいころからハーフであることで......、自分が勝手にそう見ていただけかもしれないけど、いろんな違和感を覚えましたが、その頃とは価値観がいろいろと違っていたんです。

逆にアメリカでは、日本のアニメなどが好きな人は多いけど日本への理解は表層的だと感じていたんです。さっきの拘置所の布団の話じゃないけど、「自分が当たり前だと思っていることも、海外の人にそれを面白おかしく伝えたら新鮮に感じてもらえるかも」とインスピレーションをもらって。それで、まずはTikTokで、英語で一人二役みたいにキャラクターを演じ分けるコントのような動画をアップしてみたんです。

ユリエさんがSNSでコメディを発信しはじめた頃
ユリエさんがSNSでコメディを発信しはじめた頃

──演技の経験が生きましたね。

そうしたら、フォロワーがめっちゃ増えたんです。その頃、ちょうど渋谷に「TOKYO COMEDY BAR」ができたりしていて、フォロワーさんから「スタンダップコメディ、向いてると思う」と勧められたりもしていました。

それで、どのコメディバーにもある、初心者からベテランまでが自由に立てるオープンマイクというプログラムに飛び込みで挑戦してハマった感じですね。インバウンドもあって毎週木曜の「爆笑(BAKU-SHOW)」というシリーズは満席になるくらい盛況になりましたが、それでオーナーのBJフォックスから「日本語でもやってよ」と言われたんです。ただ、最初はめちゃめちゃ抵抗感がありました。

スタンダップのライブで会場を沸かせる現在のユリエさん
スタンダップのライブで会場を沸かせる現在のユリエさん

──なぜ、母国語でやることに抵抗があったのですか?

子どもの頃からずっと「日本人に認められたい」と思って生きてきたから、日本人をネタにして笑いを取ることが想像できなかったんです。

はじめは自分が面白いと思うことじゃなく、ハーフキャラを演じて笑いを取ろうとしたんですが、めちゃめちゃすべって。心にもないことをやるから気分が悪いし、ウケないから落ち込む......の負の循環で、日本語のステージの後はいつも号泣してましたね。「どうして私はこんなに日本語で詰まってしまうんだろう」と悩み、カウンセリングに通いはじめたんです。アメリカでは、ヨガとかピラティスに行くみたいに、気軽に通う人も少なくないので......。

──何か変化はありましたか?

先生から「ユリエさんはいつも、『正しいハーフ』と『間違ったハーフ』を分けてるよね」と言われて、ハッとしました。そんなふうに、知らぬ間に口に出していたんですよね。

ユリエさん

単純だけど、「正しいとかじゃなく、自分のままでいいんだ」と気づかせてもらいました。それからは、みんなが求めてるものを無理に見せるより、自分の真実を面白くエンターテインメントにしようという発想の切り替えができ、日本語のステージも楽しめるようになりましたね。

人間は口を開けて笑ってる時、真実が入り込む

──スタンダップを介して、ご自分のなかの苦い記憶と"和解"できたのですね。ネタ作りでは、どんなことを重視していますか?

自分に嘘がないこと、です。「このキーワードがバズりやすいからネタを書こう」というのは、アルゴリズムに支配されるみたいで本当のアートじゃない気がするんですね。自分に起こった嫌なこと、悔しいこと、悲しいことも少し離れた視点からだと「おもしろい」と感じられたりするんですよ。

自分がいま何を話したいのかを大事にしたいし......。それに嘘ってお客さんにバレるんです。だから、ステージ前は必ず自分のチェックリスト、「素直に話す」「堂々と話す」「自分らしく話す」「感謝を忘れない」を確認します。アスリートのイメージトレーニングみたいな感じですね。

──スタンダップでは社会風刺もひとつの特徴だと思いますし、ユリエさんもうまくネタに取り入れていますね。

スタンダップをやる以前、YouTubeやTikTokをはじめたときから社会問題は意識していました。アートを通して、社会課題を取り上げられたらいいなと思っているんです。パンクロックが好きだったのは、彼らは弱い者いじめをしないからなんですよ。だから私のスタンダップも、下の立場の者から上に向かってこぶしを振り上げる"パンチアップ"スタイルです。

──社会風刺は反発も起きやすそうな話題ですが、表現として怖さはないですか?

ニューヨークにいた頃、演技の先生から教えてもらった「人間は口を開けて笑ってる時、真実が入り込みやすいんだよ」という言葉が印象的で。笑わせると、相手は気分良くなるし、その分、心理的な抵抗が少なくなって大事なメッセージも伝わる。説教されるのは嫌だけど、笑いながらなら染み込むんですよ。そこが、コメディの良さでもあるかなと思います。

──今後は、どんな活動をしていきたいですか?

Netflixなどにも「コメディスペシャル」というスタンダップの長尺番組があるんですが、YouTubeでそうした作品を配信する予定です(取材時)。

あと、自分が脚本、演出、主演を務める、英語と日本語を使った30分程度のコメディドラマのスクリプトを書いているところですし、シェイクスピアの舞台も決まりました。actingは、ほかの俳優と一緒に作り上げるのは難しいからこそやりがいがあるし、コメディにもいい影響があると感じます。

ユリエさん

取材後記

世界的には歴史がある一方で、私たちには新鮮に映るエンタメ、スタンダップ。息苦しかったり、生きづらさを抱えていたりする人が少なくない中で、自分の痛い過去を笑い飛ばしたり、本音を吐き出したりする姿に痛快さや共感を覚える人が増えているのかも......。

アートは社会課題に対して無力か否か。しばしば議題にされることですが、私は、広義の意味でのアートには、社会課題を解決する力があると信じているひとり。だから、その実践者であるユリエさんの口からそうした言葉が出てきたとき、とてもうれしく、そして心強くも感じました。それは、私ひとりではないと思わせてくれたからなのでしょう。

ユリエさんはきっと、私のなかの、そして、あなたのなかのモヤモヤや苦しさを見つけ出し、笑いへと昇華(消化)してくれるアーティスト。

人一倍つらさを抱えてきたからこそ、彼女はいま、共感する力を身につけ、その輪を広げるため、さらに高いところから飛ぼうとしているようです。その勇気をたたえるとともに、その勇気を決して無駄にしないようにしたい......そう強く思ったのでした。

  • 写真

    広川智基

  • 執筆

    キツカワユウコ

  • 編集

    都恋堂(小野和哉)

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