「海がないと、人は生きられない。だから僕らは海のイマを伝える」Gyoppy! スタート対談
"母なる海"という言葉。
それは、すべての人間が、美しくて広大な海から誕生したという事実を示している。しかし、そのことを果たして、どれだけの人が覚えているだろうか──。
「人は、海がないと生きていけないってこと、忘れている気がしません?」
軽快な口調にたしかな熱量を込めながら、男はそう問いかける。
ヤフー社員にして、「フィッシャーマン・ジャパン」事務局長、「Gyoppy!(ギョッピー)」プロデューサーの長谷川琢也。東日本大震災直後から宮城県石巻市を中心に復興支援事業を展開してきた。
長谷川は地域の課題を探るうち、消費者と漁業の心的な距離が遠くなってしまったことに気づいて以来、全国の消費者に向けて、漁業を広めるプロジェクトを進めている。

そして今回、ウェブメディア「ジモコロ」「BAMP」などを通してローカルの魅力を発信し続けてきた徳谷柿次郎を相棒に迎え、海の課題を伝えるべく、Gyoppy! の立ち上げに至る。
2018年、移転という節目を迎えようとしている魚市場の雄、築地で、ふたりが語り合う。


漁師という"生き方"が教えてくれる、日本人の原点
── なぜ今、Gyoppy! をやるのでしょうか。
- 長谷川
- このままだと海も魚もやばいことって、あまりに知られていない。それは、魚をとる漁業と消費者の心的な距離が遠くなってしまったことが問題だと考えています。その上で......僕は、漁師という生き方にほれたんです。漁師に、日本人の本質や原点を見たというか。一番おもしろいと思いません? 狩猟をなりわいにしてる人って、なかなかいないじゃないですか。
- 柿次郎
- たしかにそうですね。雨風をしのげないし、事故で死ぬ可能性もある職業。
- 長谷川
- だから、職業柄どうしても原始的で直感的なんですよ。そういう人たちが今の時代にあった漁師の生き方を創ろうと、アイデアを練ってがんばっている。僕はその姿を見て、やるしかないと思いました。
- 柿次郎
- 死との距離が近い人って、思考が深いですよね。自然というヤバいリソースに向き合ってる人たち。ジモコロで林業の方に話を聞いたとき、すごく引き込まれました。これは僕らが特別なのではなくて、タイミングさえ合えば、誰にでも興味深く感じられる世界というか。

- 長谷川
- やっぱり、日本人の文化の起点は、海なんです。
- 柿次郎
- 海! 日本は島国だから、海や魚の話を聞いて、まったくピンと来ない人のほうが珍しいですよね。
- 長谷川
- そうそう! たとえば、活け造りには日本人の細やかさが表れているし。これは漁師の方に聞いたんですが、昔は「地魚」がいろんな地域にあって。
- 柿次郎
- 今よりももっと明確だったんですかね。
- 長谷川
- そう、アジだったら「◯◯(地名)アジ」みたいな。地域ごとに色とか形とか、味が違うらしいんですよ。今ではスーパーも料理人も面倒だから区別しないけど。
- 柿次郎
- 昔はしてたんですね。
- 長谷川
- スーパーで「これは色が悪いからダメ」みたいに言われてしまう魚の中にも本当はレア物が入ってたりする。日本人は本来、そういう細やかさを大切にしながら魚を食べていた。
- 柿次郎
- まさに多様性ですね。今っぽい。
- 長谷川
- それくらい海や魚って、地域や文化の多様性と密接に関わっているんですよ。北陸では魚の発酵食品や保存食の文化が脈々と続いて来た。これは「鮮度が命の魚をどれだけ長持ちさせるか」っていう工夫なんです。

- 柿次郎
- そういう本来の「生きる術」を知らないことに、危機感を持ったほうがいいですよね。東京では当たり前のようにモノが流れてくるけど、元の資源がなくなったら死んじゃいますから。身体的に情報を受け取りに行く機会をつくったほうがいい。
- 長谷川
- みんなもっと漁民になろうよ! っていう。家が臭くなるのがいやだったら魚を食べなくてもいい。でも、漁師とは仲良くなってほしいです。そうすることでもらえる知識とか、海に連れて行ってもらう経験って絶対に価値のあるものだから。海から仕事が生まれる、生活が生まれる、文化が生まれる。そういう状態をもっと増やしたい。
ふたりの出会い、立ち上げの経緯
── Gyoppy! 立ち上げの経緯について、おふたりの出会いから教えてください。
- 長谷川
- 柿次郎さんには、2014年のフィッシャーマン・ジャパンのバーベキューイベントで初めてお会いしました。最初は「オモコロの変わった人」っていうイメージだったんですけど、一方で地域に特化したジモコロもやられているというお話を聞いて、おもしろいなと。
その流れで「今度、メディアやりたいんですよね」って話したら「いいっすね! やるとき声かけてください!」って言ってもらえたんです。

── お誘いが来て、柿次郎さんはどうでしたか。
- 柿次郎
- 「うわ~、ホントにやるんや~」って思いました(笑)。僕はジモコロとBAMPの編集長をやっていて、すでに手一杯だったというのが正直なところです。
- 長谷川
- ほんと、よく受けてくれたと思う(笑)。
- 柿次郎
- それでもGyoppy! をやろうと思ったのは、「はせたくさんがやるなら」という気持ちが大きくて。フィッシャーマン・ジャパンを中心にこれまで漁業のことをやってきた、はせたくさんとやれるなら、やってみたいと。
もうひとつは、自分の知見が深まると思ったから。やっぱり、利己的なモチベーションで利他的に振る舞えるのが一番幸せですから。あとは、ヤフーさんのような大企業の中でメディアをやるおもしろさを体感したかったというのもありますね。
── ヤフーとして、今、Gyoppy! を始めるというのは、どういった流れがあったんでしょう。
- 長谷川
- もともと東北での取り組みが水産庁や復興庁に評価していただいていたのがまずあって、その上で「メディアで社会課題を解決しよう」というヤフーの取り組みが生まれてきました。それで今回「長谷川やってみろ」という話になったんです。
- 柿次郎
- タイミングよかったんですね。
- 長谷川
- 本当にそうなんです。2018年は築地も豊洲に移転するし、年頭のあいさつで安倍総理が漁業に言及した「一大漁業イヤー」なんです。めちゃめちゃ気運高まってますよ!

子どもは、漁業の絵を描けない?
── Gyoppy! をやっていくと、その先、何が起きますか。
- 柿次郎
- 一年前BAMPではせたくさんに取材させてもらったんですけど、そのときに「フィッシャーマン・ライター」というフレーズを考えたんです。「漁業のことを書けるライターがいたらおもしろいよね」と、飲みながら話していました。
- 長谷川
- そうそう。漁業に興味のある人はみんな「フィッシャーマン」って呼ぶことにしているんですけど。その中で"伝える役割"をつくるべきなんじゃないかと。
漁業と直接関わっていなくても、どこかで自分ゴトにできるような人を増やしたい。実際、いるんですよ。趣味で釣りしてますとか、実家が海の目の前とか、漁師の子孫ですみたいな人とか。やっぱり島国なので、海に関わっている人ってたくさんいて当たり前。

── 柿次郎さん自身は、漁業関連の取材はしていなかったんでしょうか。
- 柿次郎
- 林業は多かったけど、漁業は水産加工屋さんくらいで。漁師に取材したことはなかったです。
- 長谷川
- 最初に言った通り、漁師ってどうしても遠い存在なんです。たとえば子どもに農業の絵を描けって言ったらなんとなく描けるけど、漁業は、釣りしてるところくらいしか浮かばないじゃないですか。
- 柿次郎
- あっ、たしかに!
- 長谷川
- でしょ? 本当はいろいろやっているのに、目に入らない。要は、漁業の仕組みがよくも悪くもきっちり出来上がっている。ガラパゴス化しちゃってるせいで、課題が置き去りになってるんですよ。
- 柿次郎
- 海や漁業のこと知りたい! っていう人、多いですよね。でも、情報がどこにあるのかわからない。アポの取り方もわからないもんなぁ...。
- 長谷川
- そもそもテーマとしておもしろいんですよ。魚って身近な上に、本当に今はピンチな状況で。身近なことがヤバい、魚が食べられなくなるかも、ってみんなが知ってくれたら、なんとかしようとするはずなんです。だけど、みんな知らない。だからこそ、情報を発信していく必要があるんです。


海がなければ、人は生きられない
── 最後に、Gyoppy! として解決したい課題を教えて欲しいです。
- 長谷川
- とにかく海のことも、漁業のことも「みんな知らない」ということがまず課題なんです。ウナギが獲れなくなるのは外国のせいじゃないとか、先進国の中で日本だけ海の管理ができていないってディスられてるとか。
ネットで定価より高いオモチャとか平気で買うのに、サンマが10円高くなっただけで文句を言われることって、おかしいと思うんですよ。 - 柿次郎
- サンマだって、無限にいるわけじゃない。台風で野菜が採れないっていうのは納得するのに。
- 長谷川
- 魚だって雨が降れば獲れなくなるのに、それを受け入れる土壌がないんですよ。日本の漁業って、農業に比べて遅れているんです。農業には、いい大学でマーケティングを学んで、実家を継いでちゃんともうけてる例も、けっこうある。
一方、ノルウェーの漁業は、エリート漁師みたいな人たちがたくさんいて。大学で資源管理とマーケティングを学んで、ジム付きの豪華な漁船に乗っているんですよ。高級なスーツを着て、パソコン持って。 - 柿次郎
- そんな漁師がいるんだ!(笑)。

── 日本の漁師さんはどうなんでしょう?
- 長谷川
- 日本は、もうかっている漁師の子どもは高校に行かない人が多いんですね。船を出せば、魚が獲れるから。あるいは逆に、そもそも親が子に継がせる気がない。このご時世、わざわざ危険で不安定な職に就かせたくないっていう親心なんでしょうけど。
- 柿次郎
- そういう、価値に対する世代間のギャップってありますよね。観光でも「こんな何もないところに......」って言う人が多いんですけど。たしかに何もないんだけど、「それがいいんじゃないか」って思う。古くから守ってきたものが、今の時代にどういう価値を持っているのか。それがわかっていないせいで逆に文化をつぶしているケースもよくある。
- 長谷川
- それって、チャンスなんですよね。それこそフィッシャーマン・ジャパンの本部のある石巻の駅前ってシャッター商店街なんですけど、そこにいる60~70代くらいの人たちは、店舗も家も全然貸してくれない。「親からここの家賃は下げるなって言われてるから」って言うんですけど、考えればもっと使い道はあるはずで。
- 柿次郎
- 今、地方では、ランニングコストの低さで若い人に来てもらうってことに力を入れている地域も多いです。たとえば、海沿いの家賃一万円の家に、漁業に興味のある若者を呼んで、手伝ってもらうとか。「おもしろ! 魚うまっ!」って感じてもらえたら、少しずつ状況は変わっていくはず。
- 長谷川
- 海がないと生きられないってこと、みんな、忘れている気がしません? 魚だけじゃない。生活も、文化も、社会も、全部が海につながっているんだっていうことを、思い出してもらいたいんです。
命だって、急に空から降ってきたわけじゃない。何億年もかかって、海から生まれてきてる。Gyoppy! を通じて、できるだけ多くの人にそのことを思い出してもらえたらうれしいです。
さいごに
Gyoppy! では本文中にもあったように、
・イベントやワークショップを通じて、身体的に情報を受け取る機会をつくる
・海に関わっている人と人をつなげる
・海から生活、文化、仕事が生まれる状態をもっと増やす
・全部が海につながっているんだっていうことを、思い出してもらう
といったことを、やっていこうと考えています。
そして、何より、海の豊かさを守るべく、情報を発信していく。
近い将来、食卓から魚が消えるかもしれない。
海や魚が好きだから、文化を消滅させたくない。
そのために僕らは、海と魚、そして人の、ハッピーを追い求めていきたいと思います。

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文・取材くいしん
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写真八木 咲