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未来の家は「ノアの方舟」!? 気候変動時代を快適に暮らすための海上建築

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

台風や大雨など、日本全国での水害被害は年々増えている。災害のニュースを見るたびに、気候変動が私たちの暮らしに及ぼす影響を実感せずにはいられない。

そして、気候変動による自然災害や海面上昇などの影響は今後ますます深刻なものになっていく。研究によれば、気候変動で行き場をなくす気候難民は、2050年までに2億人以上出ると言われているのだ。(*1)

(*1 世界銀行 気候変動により2050年までに2億1,600万人が国内移住を余儀なくされる恐れ

そんな迫りくる気候変動時代を生き抜くために、海上建築スタートアップN-ARK(ナーク)が誕生した。

気候変動の影響によって地上での生活が脅かされる未来に備えて、彼らは海から建築を再発明し、気候変動時代に適応していく住環境作りを目指す。現在はファーストステップとして、海上建築の中で野菜を育てられる海上ファーム『グリーンオーシャン』の実証実験に取り掛かろうとしている。

代表の田崎有城さんは「この建築は現代の"ノアの方舟"です。何かあったときにはこの建築の中だけで生きられる。そして家ごと自由に移動するようになり、その新しいライフスタイルが人の意識をより柔軟に変えていってくれるはず」と語る。

その口振りからは、深刻であるはずの気候変動への悲観的な雰囲気は不思議と感じられない。むしろ、この新しい建築が人の生活を変え、新しい文明文化をつくっていく基盤になることを想像させてくれる。

そんな田崎さんの考える未来の建築と人々の暮らしと、方舟のアイデアに至った背景について、話を聞いた。

気候難民を守る、移動する海上建築

気候変動に取り組むアーキテックスタートアップであるN-ARK。彼らは現在、新しい海上建築をつくることに取り組んでいる。

2021年の夏に誕生したばかりのこの会社が掲げる海上建築の計画は、まだ構想段階でありながら、その全貌を正しく理解するにはあまりにも壮大なものとなっている。まずは彼らの構想の全体像を説明していきたい。

N-ARKの掲げる海上建築を一言で表すなら、海の上に浮かび、そのまま移動もできる新しい建築だ。そして、このアイデアを実現する手段として海に適応する建築技術と、海上でも作物を確保できる農業技術の開発を進めているという。

これが実現すれば、気候変動による水害や海面上昇で行き場を失う人々が出てきた際に、N-ARKの海上建築に住みながら家ごと移動できれば、住む場所は守られる。

「だからこそ、僕たちはこれを"方舟"と呼んでいます。聖書の方舟は1隻でしたが、これから来る気候変動時代、それでは足りません。N-ARKという企業名は、ARK(方舟)をn倍するという考え方で名付けました」

海上建築と聞いて、陸にある建物をただ海に移設するといった話を想像するかもしれないが、ことはそう単純ではない。

なぜなら、近代建築は決定的に"海に弱い"

「文明というのは、メソポタミアやエジプトの頃から沿岸地域で栄えてきました。水はそれくらい、生きるために欠かせないものです。しかし人類が繁栄しやすい土地に対して、近代建築は弱いという大きな皮肉を抱えています」

昔の建築は、さまざまな手法で防水・防塩の工夫が施されてきた。木を使い、防水のために杉を焼いたり漆を塗ったりして建物を維持してきた歴史がある。しかし産業革命以降、人は無機物を量産できるようになった。それらは自然に対して弱い素材なのだ。

「近代建築の素材は、地球に還すことが難しく、環境負荷が高いという問題もあります。だからこそ、耐塩かつ環境負荷の低い新しい建築と素材に、昔の技術も採用しながらアップデートしなければ」

そのためN-ARKは『耐塩建築技術』を開発しようとしている。建材は建設地で採れる木材を使用し、ジョイントは耐塩性を考慮したカーボンジョイントを採用予定。浮体設備には、特殊塗膜を施し浮力を増加する。

ただ、それだけでは彼らの目指す海上建築は完成しない。目指すのは、何かあったときにも、海上にあるこの建物の中で生きられることだ。快適に暮らし続けられる空間をつくる必要があるし、何より食料の問題がある。

そんな課題を解決するヒントは、意外にも作物を育てる温室にあった。

「プロジェクトの検討段階で、パートナー企業であり三重県に農園を構えるPomona Farm(ポモナファーム)代表の豊永翔平君が『人にとって不快な湿度や温度は、植物にも不快な環境。最適な温度・湿度環境を身につけるために、農家さんはビニールハウスに泊まり込み、その肌感を身につけるトレーニングをする』と教えてくれました。

その話を聞いたとき、これだ!と思いました。植物にとっていい環境をつくってあげられれば同じ建物内にいる人も、心地よく住むことができるはずです。さらに家の中で海水を利用した作物を育てられるようになれば、本当にこの海上建築の中で生きることが可能になる」

現在、志摩で豊永氏が開発したモイスカルチャーという技術をもとに発展させた海水を栄養源として栽培する『海水農業技術』を実証実験している。

モイスカルチャーは、5mm程の特殊繊維で自然の土壌の表層約15cmを再現する技術だ。特殊繊維によって水を水分気化し、植物に水分枯渇ストレスをかけながら育てることで、糖度やビタミンが強化された野菜を栽培する事ができる。

「地球上で僕らが使える真水は全体の3%しかない中、そのうち70%は農業で使っています。だから海水を活用しながら、通常の農業に比べて1/10程の水量で作物を育てられれば、水が豊富でない土地でも農業がしやすくなるし、これからの食糧生産に大きな影響を与える可能性があります」

N-ARKは『耐塩建築技術』『海水農業技術』のふたつを実現し、方舟のアイデアを現実のものとしていくのだ。

そのためのファーストステップとして現在、海上ファーム『グリーンオーシャン』の実証実験に取り掛かろうとしている。最初に植物を育てることができる海上の建築を完成させることで、それを基盤に居住空間など様々な展開が可能になる想定だ。

このグリーンオーシャンでは、雨水を積極的に取り入れることができる屋根によって、雨水と海水と混ぜpH調整した水を海水農業に活用することや、年間を通して約15度前後を保つ海水を利用した空調設備、海面下での人工光合成による植物プランクトン増殖による海中環境改善など、海上のメリットを活かした仕組みをプランニングしている。

資本主義のビジネスと気候変動の関係

田崎さんは、一体どのような経緯でこの壮大な方舟のアイデアまで辿り着いたのだろうか?

クリエイティブディレクターとして働いてきた田崎さんは、クリエイティブの力が消費を推進するためのツールとしてのみ使われている現状に、もどかしさを感じていたという。

「そんな想いを抱えていたとき、縁あってリアルテックファンドというベンチャーキャピタルに参加することになりました。ここでは、特にディープテックと呼ばれる先端技術を使って世の中の課題を解決していくベンチャー企業に投資をしています。僕はそれまで培ってきた知見を活かしながら、将来有望なベンチャー企業をサポートする役割です」

そうした中で、支援する立場ではなく自分でもなにかやれないか考えはじめたという。

「自身のバックグラウンドが建築にあるので、もし自分でやるなら建築とディープテックを合体させるようなことをやりたいなと思いました」

そうしてリサーチを重ねていくうちに立ちはだかったのが、気候変動だった。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は2021年の最新の予測で気候変動は加速しており、2040年までに気温が1.5度上がると発表(*2)した。もはや待ったなしの状態なのだ

(*2 気候変動は拡大し、加速し、深刻化している (2021年8月9日付 IPCC プレスリリース・日本語訳)

しかしこの問題によって、資本主義自体が再構築される時代に突入したと言う。

「今までの資本主義は、ルール無用だったわけです。今まではどんな手を使ってもいいから売上をあげるためのゲームに、『環境』という世界共通のルールが導入され、ゼロエミッションをはじめとして環境改善をよしとするルールによって資本主義はルールメイクされていっています。

人間が好き勝手に何かをつくる時代は終わっていて、環境のことをきちんと捉えた上でクリエイティビティを発揮しながらビジネスをつくる企業が社会を変えていく。そして、ESGに代表されるムーブメントの様に世界中で大きな資金と技術が集まるようになっています」

田崎さんは、こんなに大きなイノベーションチャンスはないと語る。

一番の問題は、課題に対してリアリティーを持って方針を決められる人が少ないことです。日本の技術は方向性が決まれば力を発揮するので、もったいないと思います」

この大きなイノベーションの流れの中で、海と建築というテーマをもって気候変動と向き合うと決めた田崎さん。しかし、考古学を学んだ経験もある彼の視点では、海に土地をつくるというのはタブーでもあるという。

「人類は土地と技術と人を奪い合ってきた歴史を持っています。自由に海上に土地を広げられるようになると、土地の無益な拡大暴走する可能性も出てくる。その暴走を是正するアイデアはありますが、気候変動の悪化のスピードを考えると僕たちだけでなく、様々な企業や技術を巻き込んで加速しなくては、この待ったなしの状況には対応できないと考えています」

一方で田崎さんは、この方舟が人々の意識を変えるひとつのきっかけになるという期待も持っている。

「世界に革命が起きるには、テクノロジーと意識の両立が必要だと考えています。そして、その意識を変えるために一番簡単なのは旅なんです。将来的には、人が方舟ごと世界中を動くようになったらいいと考えています。世界を旅して、気に入ったところで降りたらいいし、戻りたくなったら戻ればいい。

そうすれば人類を総シャッフルできるじゃないですか。人間は本来移住し続けてきた生き物ですし、地球規模で人が動いて意識の差が埋まってくると、人間はもっと多様性を受け入れやすくなるのではという想いもあります」

気候変動を基軸にした「面」の課題解決で社会にインパクトを

N-ARKが考える海上建築は、気候変動から人を救うだけでなく、人の暮らしや意識が変わるきっかけとなりそうだ。これを実現していくためには、耐塩建築以外にも乗りこえるべきハードルがある。

「海上では波があるので、どう対応させていくか検証していく必要があります。基本的に初期段階では沖には出ずに、湾に隣接する想定です」

伝統的に海に対応した建築様式は存在する。アジアには海の民と言われる民族もいたり、日本では京都の伊根に海際に家を建てる土地があったりする。

京都府伊根町の風景。伊根湾の沿岸には1階部分に海から直接船を引き上げられるようなつくりになっている『舟屋』が軒を連ねる

田崎さんは、技術的なことよりもむしろ、人々のライフスタイルをどう移行させていくかが最も難しいと考えている。

「現在の都市はあまりに自然環境と分断するようにつくり過ぎたので、いきなり自然回帰するのは難しい。N-ARKはライフスタイルデザインを行うことも含めて考えているので、海という環境に人が慣れていくためのグラデーションをどのようにして設計できるかは、大きな挑戦だと思います」

現在、N-ARKは地方自治体や企業に提案をしている段階だ。一緒にプロジェクトを進める自治体や企業が決まり、製作と実証実験を繰り返す期間は2〜3年を想定している。

さらに次のステップでは「方舟をn倍していくために建物を増やし、レストランやオフィス、人が海と共に住めるような環境をつくっていきたい」と語る。

「グリーンオーシャンに居住空間ができたら、すぐそこに自然がある暮らしが実現できます。テーブルとキッチンがあって、そこで育てているものを調理する。キャンプみたいなイメージです。僕は海上建築は気候変動から逃れるためだけのものではなく、将来の家が本当にこうなると思ってやっているんです。土地があって、クーラーがなくても1年中いい感じの気温で、家の中に緑があって。いい暮らしじゃないですか?」

また、田崎さんはこのグリーンオーシャンをきっかけに、気候変動、海面上昇、水害、塩害問題を解決できる商品をメーカー企業と一緒に開発していくことにも意欲的だ。「気候変動を基軸にしたブランドプロデュースもやりながら点を線に、そして面へと広げ、社会を変えていく力になりたい」と語る。

CO2排出量を減らすことや、気候変動にストップをかけるための努力は間違いなく必要だ。その上で、起きてしまうことに対して、どのように対応しながらよりよく生きていくべきか。これからは、そんな考え方やクリエイティビティを持つことこそが、未来への希望につながるのかもしれない。

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