波力発電で、漁船を電動化して、海面上昇も防げ。平塚で進む地域ぐるみのチャレンジ

地球温暖化と限りある化石燃料への依存から脱却するため、世界中で脱炭素化を目指した再生可能エネルギーの研究と実用化が進められています。
日本国内でも2020年、菅義偉首相(当時)が、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。進む温暖化と高騰を続ける化石燃料価格に左右されるのは、漁業も例外ではありません。日本の漁業もいよいよ脱炭素化を考えていかなければいけない転換期にあります。
その中で神奈川県平塚市が取り組むのが、国内ではまだ実験も少なくマイナーな再生可能エネルギー「波力発電」。

この波力発電による漁業のカーボンニュートラル化(脱炭素化)を目指し、平塚市では電池推進船の実用化、海岸侵食の防止(海岸保全に対する社会意識の醸成)、ブルーカーボン生成の3軸を波力発電関連事業として進めているところです。
海の力を使った再生可能エネルギー。実現していくためには、特に漁業に従事する人々から理解を得ることは避けて通ることができません。そのうえで現在、平塚市の波力発電関連事業は、漁業協同組合をはじめ、大学や企業など各分野の協力のもとで進んでいます。
地域で再生可能エネルギー事業を実現していく際、どのような形で地域に貢献できるのでしょうか。平塚市産業振興課の堂谷拓さんにお話を伺いました。
漁業を取り巻く今と、脱炭素化の必要性

産業革命以降、人類はエネルギー資源と共に発展してきました。しかし化石燃料を使い続けた代償として、温室効果ガスによる温暖化が進み、異常気象が経済活動から私生活までを脅かす恐れがあることから、世界中で脱炭素化への動きが進んでいます。
温暖化や脱炭素化への動きは、漁業にどのような影響があるのでしょうか。
大前提として、世界では脱炭素化に向けた自動車のEV化(電気自動車化)が進んでいます。そういった影響やウクライナ情勢もあり、化石燃料である原油価格は今後も高騰していくことが予想され、2030年以降は漁船燃料の価格高騰も懸念されている状況です。また、気候変動による海面上昇がもたらす海岸浸食も、深刻な問題とされています。地形が変わることによって魚の生態に影響を及ぼすリスクがあるだけではありません。堂谷さんは、「港自体が使えなくなってしまうことにつながりかねない」と危機感を口にします。
燃油高騰と海岸浸食は、平塚市の漁師さんたちも直面する問題。
平塚市の漁の歴史について、堂谷さんは江戸時代までさかのぼり、「(歌川広重作の浮世絵である)『東海道五十三次』で描かれている平塚宿では、ある程度、身分の高い人に魚を献上していたような話が残っています」と数百年前から漁が行われていていた地域であることを語ります。
だからこそ平塚市としては、地域の漁業においても脱炭素化から目を背けることはできませんでした。
しかしなぜ、脱炭素化への道として平塚市が選んだのが「波力発電」だったのでしょうか。
「波力発電」に踏み切った肝は、漁師の理解

──そもそも波力発電がどんなものかについて、教えてください。
原理としては何十年も前からあるもので、よくあるケースは沖合のブイに発電装置をつけ、標識灯として使われています。とはいえ世界的に見ても、波力発電はまだ商用化に成功したところがありません。イギリスでは発電実験が盛んに行われていますが、まだ商用化はされていない段階です。
平塚波力発電所(環境省事業として東京大学生産技術研究所が2022年1月末まで実施)は東京電力の電線につないでの実証事業を行っていますが、東京電力のような系統に接続でき、かつ実際に発電できているのは世界的にもかなりレアなケースなんです。
──社会実装していくには、まだまだ前人未踏の再生可能エネルギーなんですね。その中で波力発電に踏み切ったのはどういう理由からでしょうか。
きっかけのひとつになったのは、東京大学とのつながりです。平塚の沖には東大の「平塚沖総合実験タワー」があり、もともと波のデータをたくさん持っていました。他の地域と比較したうえで平塚の波の特性がよく分析されていたんです。

そこでわかったのは、平塚は波が強すぎず設置工事が安く済むことに加えて、年間を通して気候によって変化する波の状態がいろいろと見られるということ。そこで市としては、東大と市内外の企業に参画してもらい、今後の再生可能エネルギー産業をつくっていこうと平塚海洋エネルギー研究会をスタートしました。実証実験の場として最適だったんです。
──東大だけでなく市内企業からも協力を得られた背景は?
平塚市には企業が集積しており、発電所の技術開発に貢献できる企業が複数あります。たとえば平塚市の産業は、もともと日産車体という日産の商用車を作る会社があり、自動車産業を中心に発展してきました。これらに関係する横浜ゴムや山川機械製作所などの技術力の高い製造業、海のプロフェッショナルである渋谷潜水工業などの地元企業が、波力発電に参画しています。
──一番気になるのは、海を活用した再生可能エネルギー事業への、漁業に従事する人たちの反応です。
こういったことを海でやろうとすると、漁業者ともめてしまうケースがけっこうあるんです。ですが平塚市に関しては漁業者の理解がすごくありました。

──なぜ理解を得られたのでしょうか。
一つは東大と漁師の方々が、昔からの顔なじみだったことが理由としてあります。タワーで波の研究をする方々に漁師が船を出してくれており、かれこれ10年ほどの付き合いがありました。もう一つは波力発電の特徴でもありますが、漁場と被らない場所に設置するものだったから。平塚に置いたものも防波堤の沖ですが、波が激しく立ち、危険なので漁をしていない場所なんです。漁の邪魔にはならないという理解を得られて、問題にはされませんでした。
あとは、この地域の漁師の方々の気質もあったのではないかと思っています。遊漁船で有名な平塚ですが、遊漁の前に行っていたカツオの一本釣りでは、地元以外の乗組員も船に乗せて漁へ行く、なんてことがあったらしいです。そういった意味で、漁師の方々は外から来た人たちに昔から寛容だったと、漁業組合の方から聞きました。
──つまり、太陽光や風力など他の再生可能エネルギーの選択肢もある中で平塚市が波力発電を選んだのは、地域の特性を存分に生かした選択だったということでしょうか。
そうですね。地域特性がそのまま出ています。
漁業の味方となる、平塚市の波力発電関連事業

──漁師の方々に漁業のカーボンニュートラル化について自分ごと化してもらうために、市として努力したことがあれば教えてください。
今でもすごく印象的なのは、プロジェクトの中で、漁師さんに「そもそも漁業をやっている中でカーボンニュートラルを意識しますか?」と質問したら、「全然意識していない」と言われたんです。シラスを獲っている方は最初、「獲ってきたシラスを茹でるために火を使うしなあ」と。でもその後に「波力発電があれば、漁船の電化とか、できることからやっていくしかない」と言葉が続きました。
その背景には、6年前の構想段階から関わっていただいた波力発電を間近に見たり、実際に電動船に乗ってみたという実体験があったと思います。
そういった意味では、何か具体的な体験をしないと人の意識は変わらないし、逆にやったことの成果がこんなにダイレクトに出るものかと、私としては感動しました。
そもそも漁師さんたちは海の様子を長年見ているから、海の変化をよく知っていますよね。気候変動への具体的な取り組みを体験したことで、カーボンニュートラルを前向きに捉えていただけるようになったのだと思います。
──密なコミュニケーションを重ねながら始動した波力発電関連事業ですが、現在進めている電池推進船の実用化、海岸浸食の食い止め、ブルーカーボンの生成は、どんな内容なんでしょう。
電池推進船は名前の通り、電力で動く船になります。EV化の加速によって石油燃料の需要が下がり燃料の価格高騰が懸念される中で、漁船の電化が経済的にも脱炭素にも効果的であると考え実用化に向けて動いています。
漁師の方々からいろいろな意見をいただき、まずは伝馬船(てんません・荷物や人を運ぶための小型船)から電動化して使ってみる方向になりました。もう一つは、波力発電や風力発電に伴う設備工事や保守をする企業の作業船。どちらも小型船を想定しており、漁業と今後の海洋エネルギー開発の2つの分野で市場を開けていければいいと考えています。

海岸浸食は海面上昇によって地形が変わってしまうと一般的には言われていますが、漁港にとっても護岸も浸食されて港自体が使えなくなるリスクがあります。平塚市も台風の影響もあって砂浜が侵食され、なだらかな砂浜に崖ができてしまう浜崖ができてしまっている状況なので、波力発電所が離岸堤の代わりとなって、海岸侵食防止効果がないかというのをシミュレーションしました。
ブルーカーボンの生成実験は波力発電所の周辺で行っています。ブルーカーボン生成のために人工的につくられる藻場は、魚の産卵場所になったり、エビやプランクトンがくっついて海藻ごと魚のえさになったりするので、漁師にとっては魚が集まりやすくなるメリットがあります。
※ブルーカーボンに関する参考記事:
https://sdgs.yahoo.co.jp/originals/57.html
──どれも漁業にとってもプラスになる内容なんですね。
波力発電所は決して漁業に悪さをするものではなく味方の施設なんだということは、いろいろな調査を通じて証明しようとやってきたことです。
再エネはやがりいのあるテーマとして、みんなが協力できる

──平塚市では、漁業組合、東大、地元企業など、他分野の人々が手を取り合って新エネルギーの実験が進んでいることがわかりました。
平塚市の目指す姿として「知的対流を起こしていこう」というのがあるんです。
イメージとしては何か課題に対して、企業や大学、NPOなどいろんな分野の人たちが入り込んで議論を重ねることによって、その熱量が周りに波及したり、そこで生まれた解決策がまた別の課題解決にも使えたりなど、知識や熱量が対流していく事象を生み出していきたい。実際、波力発電と電池推進船の開発におけるシナジー効果が見えてきています。
──波力発電事業の旗振り役を担う、堂谷さん自身の思いはどうですか?
大きな問題にチャレンジする仲間を増やしたいという思いはあります。高校を卒業後、国境なき医師団の医者になることを目指してニューヨークにいたのですが、そのとき911が起きました。歴史的なテロを目の当たりにして、「テロを起こさない社会になることを考えることが大事なんじゃないか。そのために青少年が社会に問題意識を持って学んでいってくれる仕組みをつくれたらいいんじゃないか」という思いが芽生えました。
一方で海外にいて感じたことが、日本人はあまり外国で起こっていることを気にしていないということでした。気候変動についても、欧米に比べてあまり熱を入れていない印象が強くありました。
──しかし今回、波力発電事業によってたくさんの方々と問題意識を共有することができました。
うまく言葉にできないですけど、今回の平塚市の取り組みを通して、社会問題に対してみんなでトライ・アンド・エラーをしていくことの重要性みたいなことは、伝えられたらいいなと思っています。
実際形になったときの、なんていうんでしょうね。得られる知識以上に感動するものがあるので。波力発電や電池推進船の実験にしても、やっとできたね!みたいな、みんなですごく喜んだんですけど。
気候変動というテーマはけっこう暗い話になりがちなんですけど、試行錯誤してやっていくと、やりがいのあるものとしてみんなが協力できるということは伝えていけたらいいですね。
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この記事は、企業版ふるさと納税の仕組みを活用した「Yahoo! JAPAN 地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」でヤフー株式会社から寄付をしたプロジェクトについて取材したものです。
地方公共団体への支援を通じて、国内の脱炭素化などを促進していく目的で行っています。
https://about.yahoo.co.jp/csr/donationforcarbonneutral/
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文小山内彩希
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