貧困はある日突然口を開く。宿泊支援団体に聞く「路上生活2022」
中野ブロードウェイのとある書店で本を物色中、気になる案内を見つけた。「せかいビバーク」。なんだろうか。ドイツ語の「ビバーク(Biwak)」は日本語に訳せば「野営」。登山などのシーンで耳にする言葉ではある。
調べてみると、住まいがない、食べるものがない、電話が止まって相談もできない、そんな"詰んだ"状態の人が「今夜を安心して眠るため」の支援スキームという。
都内を中心に、書店や飲食店などに置いてあるビバークセット。中には宿泊チケットや非常食など、一夜をサバイブするのに必要なものがパッケージされている。設定されたいくつかの条件を満たす人が、必要な手続きをすることで利用できるらしい。
運営元は、生活困窮者の支援団体「一般社団法人つくろい東京ファンド」。2021年10月にスタートした「せかいビバーク」は、この1年でのべ250件ほど利用されているという。
しかし、いまいちよくわからない。たったひと晩の寝床を提供することが誰の、どんな助けになるのだろうか。風雨を凌ぐ場所を確保するのはそんなに難しいことなのか。ひと晩くらいなら最悪、路上で寝るのでもいいんじゃないか。それがイヤなら、公的支援の門を叩けばいいはずで......。
次々と浮かぶ疑問の答えを聞くために、僕らは雨の10月初旬、東京・中野区のアパートを訪れた。すると、一足先に建物に駆け込む影が一つ。インタビューをお願いしていた「つくろい東京ファンド」の新規事業担当・佐々木大志郎さんだ。
「慌ただしくてすみません。ちょうど今、支援から帰ってきたばっかりで」__。人懐っこい笑顔を浮かべた佐々木さんは傘を閉じ、濡れた身体を拭きつつ足早に階段を駆け上がり、僕らを事務所へと案内してくれた。
今夜を過ごし、明日動き出すために
── 街でたまたま見かけた「せかいビバーク」が気になってお話を聞きに来ました。どんな仕組みなのか、まずは簡単にご説明いただけますか?
「せかいビバーク」は、①住まいを失い、今夜安心して泊まる場所がない、②翌日、公的な相談機関や民間の支援団体へつながることを約束できる、③まだ一度もせかいビバークを利用したことがない__この三つの条件すべてを満たす方が使える、今夜を過ごし、明日動き出すためのセーフティネットです。
利用したいと思ったら、まずは書店や飲食店など、現在都内に十数箇所ある提携受け取りスポットへ行き、受付手続きをする。次に、そこで受け取った緊急お助けパックを使って、安心して一夜を過ごせる場所で1泊する。そして翌日、パック内のガイドに従って、公的支援の窓口へ行ったり、支援団体に連絡したりする。これが一連の流れになります。
── パックの中にはどんなものが?
エリアによっても微妙に違うのですが、基本的には、提携先ホテルの1泊分の宿泊チケット、1食分の非常食、ご自身の携帯電話を使って相談機関に連絡するための充電器やガイドが入っています。
── 生活困窮者の支援にもいろいろなかたちがあると思いますが、なぜ宿泊支援だったのでしょうか?
そもそものきっかけは、2020年3月のコロナ禍になって最初の緊急事態宣言。都内のネットカフェに休業要請が出たことでした。
当時、ネットカフェで暮らしている人、いわゆる「ネットカフェ難民」と呼ばれる人たちは推計で4000人いると言われていました。そういう人の居場所が一気になくなってしまう、これはまずいぞと思ったんです。
そこで「つくろい東京ネット」の代表である稲葉とともに「緊急相談フォーム」を作ったのが始まりです。
当時はコロナの実態も見えなかったから、相談会を開いて一箇所に集まってもらうといった対応はできませんでした。寄せられたSOSにはスタッフがマンツーマンで駆けつけ、宿泊費を給付したり、翌朝生活保護に同行したりというかたちで支援を始めることにしました。
ところが、いざ蓋を開けてみたらとんでもない数のSOSが来て。「ネットカフェに泊まれなくなった」「所持金は1000円しかない」「日雇いの仕事もすべて中止になってしまった」などなど。あっという間に戦場状態に突入し、2人では対応できなくなりました。
手伝ってくれる人もいましたが、皆さん本業があるので、いつまでも甘えるわけにはいかない。このまま人力で対応するのはどう考えても非現実的。どうにかして持続可能な仕組みにする必要がありました。
困る・困らないは即日的に決まる
── 「仕事がない」「お金がない」という人に対しては公的な支援もあるのでは?
おっしゃる通りですが、さまざまな理由で、そうした公的福祉や支援団体のお世話になりづらい構造があります。
まず「自分は困っている」と認めるのは辛いことじゃないですか。誰だってできれば歯医者の世話にはなりたくない。それと同様の心理的なハードルがあります。
その上、最近は「困る・困らない」の境目が非常にあいまいになってきているんです。
── 「困る・困らない」の境目があいまい。どういうことでしょうか?
ネットカフェで暮らしている人は「即日可の短期・単発バイト」専門の仕事探しアプリで生計を立てている方が多いです。携帯電話でぽちぽちとやって仕事を探し、なるべくすぐに入れる案件を選んで仕事をし、数千円受け取って、その日の生活費に充てる。
だから、その日の「仕事がある・ない」「お金がある・ない」「泊まれる・泊まれない」といったことは、すべて即日的に決まるんです。
できることなら福祉や支援団体のお世話にはなりたくないと考えるから、なかなか仕事が見つからなくても、彼らは簡単には諦めない。毎日ギリギリまで粘って、ぽちぽちと仕事を探し続けます。
その結果、運よく仕事が見つかれば、その日は困っていないことになる。ですが、ギリギリまで探した末に、それでも見つからなかったら? 困ることが確定した夕方には、公的機関の相談窓口などはすべて閉まっている。すでに打つ手がないわけです。
── 一気に追い詰められてしまうんですね。
そうすると、困ったその時に即時的に助けられる仕組みがなければ、こういう人は救えないことになりますよね。
それを僕らは当初「この瞬間に会いに行く」というかたちで人力でやっていたわけですが、持続的に支援するには、システム化する必要があるだろうと。
── なるほど。それで作ったのが「せかいビバーク」という支援スキーム。
そうです。一方で、僕らがこうして活動していると、「報道を見て感動しました」「私にもなにか協力できませんか」という人が割と頻繁に現れます。
そういう申し出はもちろん大変ありがたいのですが、これまでは「寄付してください」「学んでください」と答える以外にありませんでした。生活困窮者の支援は、ある種プロフェッショナルの領域。路上で生活している方にもさまざまな人がいるから、一様に接するわけにはいきません。「これをこうしてください」と指示するのが非常に難しいんです。
でも、受付手続きをウェブアプリのかたちでシステム化し、必要最小限のものをパッケージにしてしまえば、そういう人にも手伝ってもらえるかもしれない。今までより参加できる人が増えるのではないかと考えて、いわば「支援の最小単位」として作ったのが「せかいビバーク」なんです。
「ひと晩だけの寝床」がなぜ助けになるのか
── 最近は「炊き出しの支援を受ける人が増えている」という報道も目にするので、てっきり生活困窮者の支援環境はよくなっているものと思っていました。
食べるものに困っている人に食べ物を提供するのが炊き出しだと思われている節があるんですが、そこには誤解があります。もちろんそういう側面もありますが、一食だけ提供されたところで、実質的な助けにはならないですよね?
大抵の炊き出しの場所には相談のブースが設けられています。そこで生活の相談、場合によっては医療や法律の相談をしてもらうのが本来の目的なんです。必要なら、そこから生活保護などの公的支援につなげることに狙いがあります。
しかし、いわゆるネットカフェ難民と呼ばれる人たちは炊き出しの場所には現れません。
── えっ? どうしてですか?
先ほど触れたように「困る・困らない」は即時的に決まるので。決まった時間に決まった場所を訪れるという計画的な行動は取りにくいんです。
また、いわゆる「炊き出しにいつも並んでいるベテラン」に混ざって炊き出しの列に並ぶことに、単純に心理的な抵抗を覚える人も多いです。
── そうか。困窮の原因が被災などならまだしも、「自分には稼ぐ能力がない」「ちゃんとした生活ができない」と認めたくない人は確かに多そうですね。
そういう意味では、「せかいビバーク」を始めてすぐにある女性が利用してくれたことにはすごく勇気づけられました。そこから支援団体による支援につながったのですが、聞くと「こうした支援を受けるのは初めてだ」というんです。
この方が利用したのは、普通の飲食店に置いてあるビバークでした。「飲食店や書店であれば、炊き出しの列に並ぶのと比べて入りやすいだろう」「これまでとは別の人にも届くはずだ」という仮説に一定の手応えを得ることができました。
── 最初に「せかいビバーク」について知った時、たった「ひと晩」の寝床がどうして助けになるのかがいまいちわからなかったんです。炊き出しにおける「一食」と同様、公的支援へのつなぎの役目を果たしていると理解していいのでしょうか?
うーん、そういうことだとも言えるし、そうではないとも言えますね。
接続の部分を担っているというご指摘はその通りです。ただ、接続した先にもいろいろと問題があって......。「つないでしまえばすべて解決」とはいかないのが現実です。
── つないだ先の問題とは?
住まいも仕事も失った人が再起するための制度は事実上、生活保護しかないんですよ。
「自立支援センター」といって、食費・宿泊費のかからない寮のようなところに住民票を置き、そこから仕事に行くという仕組みもあるにはあるのですが、二つの意味で環境が良くない。一つは単純に住環境として。もう一つは長期滞在しているベテラン勢がいて、新参者に対して当たりがきついという意味で。それが嫌で出ていった人をこれまでに何人も見てきました。自立支援センターでうまく自立できたという話は実はあまり聞きません。
こうした問題もあって東京都が取り組んでいたのが「TOKYOチャレンジネット」経由のビジネスホテルの借り上げです。これは非常に機能していたと思っていて。食費さえ稼げば、宿泊費なしでホテルに泊まれるので、ここから自立に成功し、アパートへと移っていった例が結構ありました。
でも、食費を自分で稼げることが条件なので、当然ですが、すべての人がうまくいくわけではない。無理な労働環境に飛び込んで長続きしなかったり、アパートが見つからずに路上生活に戻ってしまったりした人もいます。
となると、結局フルパッケージで支援してくれるのは現状、生活保護だけということになる。その生活保護にも三親等以内の扶養照会の必要があり、なかなかア・プリオリ(優先的)に生存を補助してくれる感じではないんですよね。
── 生活保護にお世話になるくらいなら、「せかいビバーク」でひと晩凌いだ後、単発・短期でもいいからバイト暮らしに戻るという人も?
そう、すごく多いですよ。僕らとしてはそういう人にも一応「また綱渡りの生活に戻るんですか?」という話はするのですが。とはいえ、強制的に生活保護に引っ張っていくわけにもいかないので......。「とりあえず一回でも危機を乗り越え、生存がつながるだけマシだろう」「その先の選択肢を広げることにはなっているはず」。正直なところ、そう自分たちに言い聞かせて支援を続けているところもあります。
貧困の口はある日突然開く
── 佐々木さんご自身もかつて路上生活の経験があると聞きました。
僕は札幌の出身で、作家になりたくて21歳の時に上京しました。最初は友人の家に居候して修行していたのですが芽が出ず、いつしかネットカフェに移り、そこを拠点に仕事をして暮らすようになりました。
しばらく偏った食生活を続けていたら体調を崩し、もうダメだと思って駆け込んだのが自立生活サポートセンター・もやいでした。生活保護に同行してもらい、アパートに移ったタイミングで「暇だったら手伝えよ」とボランティアに誘われたところから、この業界に足を踏み入れたんです。
── 路上生活と言ってもネットカフェ暮らしだったんですね。
そうです、そうです。実際「路上で寝る」って、言うほど簡単なことじゃないんですよ。文化的素養を必要とする行為というか。アウトドア的な素養がない人には無理だと思うんですよね。
世間でネットカフェ難民と言われ始めたのは2007年頃です。まさに僕がこの業界に入った2012年ごろは、困窮の現場でネットカフェ難民が目立つようになってきたタイミングだったと思いますが、東京の路上生活者の問題はそれ以前のバブル崩壊に端を発しています。建築などの仕事に従事していた方がバブル崩壊で仕事を失ったことで、路上生活を始めた。山手線を順々に移動していき、渋谷、新宿、池袋、上野などを中心に「路上生活者の方々のコミュニティ」ができました。
彼らのスタンスは「路上で皆で生き抜く」という性格で、特に昔はそれが強かったです。ある種、哲学的とでも言いますか。時には路上で火を炊き、路上を舞台とした芝居を皆で観劇し、路上に綺麗に布団を敷く、というように。僕としてはあれはあれで面白い在り方だといまなら思うんですが、それまでネットカフェに住みつつ、ホワイトカラー的な働き方をしていた人からすると、やはり面食らうわけです。
── 確かにだいぶ世界観が違いますよね。
福祉の支援にも、そういう「路上的世界観」がいまだに色濃く残っているんです。役所も変わってきてはいるものの、その変わり方は遅い。例えば施設利用の作法なども「路上的アプローチ」だったりするので、そこにホワイトカラー的な働き方をしてきた人が初めて泊まりに来ると、結構な確率でハレーションが起こる。
これは実際に当人から聞いた言葉ですが「ここまで落ちたのか」とショックを受ける人もいるようで。そういうことも、福祉のお世話になることを躊躇する一因になっているのだろうと思います。
── お話を伺っていて、いわゆる「ホームレスのおっちゃん」とは違う、この時代の路上生活支援の難しさを少し知れた気がします。そして他人事ではないとも思いました。身近にも、似た生活を送っている人は結構いると感じます。
そうかもしれませんね。改めてネットカフェで暮らしている人がどうやって困窮に陥るのかと言えば、最初は「今月はちょっとお金を使いすぎちゃったな」くらいの話だったりするんです。
いまは携帯電話にクレジット機能がついているので、割と気軽にお金を借りられてしまう。これが罠です。先々月、先月となんとか返せていた人も、常に綱渡りの状態だから、次の月は払えないということがいつでも起こり得る。
そうすると携帯電話が止まり、即日単発バイトにも入れなくなる。メールでもやり取りできないことはないですが、即時的には仕事をもらえないので。それまでギリギリで回っていたサイクルはそうやって崩壊します。ちょっとしたことがきっかけで、ある日突然パカッと口が開くという感じ。そこから一気に転落することになります。
── 若年層にもそういう予備軍が増えている?
増えているし、今後も増えていくと思います。
「せかいビバーク」が以前、アングラな金策ノウハウを紹介する有名ブログに取り上げられたことがあるんです。完全に誤解なのですが「無料で3000円もらえる神プロジェクト」みたいなタイトルで。そこでは「ローンサービスをブラックになっても再度使う方法」「ガチでお金配りしているTwitterアカウント紹介」といった完全にアウトな話と並んで"お得情報"として紹介されていました。
本来、お得情報と福祉制度は同じ括りでは語れないし、犯罪などもってのほか。ですが、いまはこれらがすべて「生きるための知恵」のようにして並列で語られているんですよ。
即日バイトで行き詰まったら生活保護を申請し、最初の金額を受け取ったら今度はローンサービスをハックして。いよいよとなったら闇の市場にスマホを売る__。そうすると当然ながらお巡りさんがやってきて捕まり、一発で実刑です。
── シームレスに犯罪までいってしまう。
でも、彼らがなぜそのような行為をするかと言えば、それは端的に言って「食えないから」じゃないですか。本人からすると、生き延びようとして頑張っているんですよ。
犯罪に対してはもちろん「それは犯罪ですよ」と言いますよ。でも、その頑張り自体は否定できるものではない。僕らとしては、そういう歯痒さ、難しさをたくさん感じながら、日々支援と向き合っている感じです。
お知らせ
せかいビバークでは、緊急お助けパックの引き渡しを行う「受け取りスポット」としてご協力いただけるお店・施設を探しています。詳細は下記の公式サイトをご参照いただき、内容をご確認の上お問合せください。また、せかいビバークの利用についての詳細も、サイトからご確認ください。
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取材・執筆鈴木陸夫
Twitter: kincsem629
取材・編集・撮影ヤマグチナナコTwitter: nnk_dendoushi