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豊かな未来のきっかけを届ける

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ウクライナ料理を食べることが支援に。避難民の心も支えるレストラン

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

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ロシアによるウクライナ侵攻が2022年2月に始まってから1年が経過しました。2022年3月に戦禍を逃れるため国外へ避難するウクライナ国民の受け入れを日本政府が表明し、これまで2,256人が日本へやってきました(2023年1月18日時点)。

日本に避難したウクライナの人々は「短期滞在」の在留資格で入国しますが、就労が可能な在留資格を申請することができます。しかし日本語が話せない上に、いつまで日本に滞在できるか分からない彼女達を受け入れる職場は多くはありません。

2022年9月にオープンしたウクライナ料理店「スマチノーゴ」は、現在8名(うち1名は以前から日本在住の方)のウクライナ人のスタッフを雇用しています。経営者のTAKANE(たかね)さんは、ウクライナから日本に避難する人々の報道を見て「自分にできることはないか」と考え、レストランを新橋・虎ノ門にオープンしました。

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オーナーのTAKANEさん。ランチタイムとディナータイムの間を縫って取材に応じてくれた

「この場所を選んだのは、遊びや楽しみがメインではなく社会的問題に対して関心が高い人が多いエリアがいいと思ったからです。ビジネスマンが多いところなら、避難民への支援を意識して、『同じランチを食べるなら避難民のためにお金を使おう』と思ってくれる人がいるのではないかと思いました」

俳優やアーティスト、デザイナーとして活動しているTAKANEさんは、昔から料理好きではあったもののレストラン経営の経験はありませんでした。しかし開業を思い立った2022年5月からウクライナ料理や東ヨーロッパのワインを勉強し、料理人を探し、たった1人で開店準備を進めました。「スマチノーゴ」という店名の意味はウクライナ語で「美味しく召し上がれ」だそう。避難民の就労ビザは戦争が終わったら更新されないため、終戦したら閉店すると決めているといいます。

「スマチノーゴ」でのウクライナのスタッフと日本人のお客さん達の交流の様子や、避難民への支援の在り方などについてお聞きしました。

避難民が不安から解放される場所を作りたい

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ランチメニューのキーウ風カツレツ丼とウクライナ風ロールキャベツ。左奥はウクライナの黒パンとビーツのスープ

「スマチノーゴ」のメニューは、日本料理をベースにしたウクライナ料理。京都の日本料理店監修のレシピをもとに、日本人の口に合うようアレンジされています。ランチメニューの1つは「ウクライナ風ロールキャベツ」。ひき肉の中に米が入っているのが特徴です。

「国旗の黄色が麦を表しているのはご存知ですか? ウクライナは世界有数の穀物輸出大国で、米や小麦、そば粉などが非常に豊富です。ロシア侵攻によってウクライナの小麦輸出が困難になり世界の食糧事情に打撃を与えたくらいですから。また、サラダやスープに入っているビーツもウクライナ料理に欠かせません。それらの食材は日本で手に入りにくいので、季節ごとに仕入れ先を探しています。

お客様が『お米が入っているなんてびっくり』と言って食べてくださったり、それに対してスタッフが『日本のロールキャベツにはお米が入っていないの?』と驚いたり、料理をきっかけにした交流が起こっています。昨年末にスタッフの知恵を借りて実現したディナーメニュー『キーウのスペシャル・クリスマス』もとても好評でした。これまで知らなかった食文化に触れるのって、その国に興味を持ついい機会ですよね」

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スペシャルディナーの前菜。ビーツと青背魚が重ねられており、料理名を和訳すると「毛皮のコートを着た魚」なのだそう

TAKANEさんは、2022年3月に日本政府が避難民の受け入れを表明したことで、「募金以外でも自分にできることがあるのではないか」と考えたといいます。

当時はウクライナ人の友達がいたわけではないし、ウクライナの人と話したこともありません。それでも長年ヨーロッパに住んでいた経験から仲間意識のようなものがあり、何かしてあげたいと思いました。以前からよく募金をしていたので、一旦はポーランドで避難民を支援している日本の団体や、避難民を受け入れているモルドバの大使館に寄付をしましたが、なかなか戦争が終わらない。戦争の長期化に伴い、政府が避難民を受け入れたことを知り、それならばもっと直接的に何かしてあげられるのではないかと考えるようになり、日本に来た避難民の方が、不安から解放されるような場所を作りたいと思うようになりました

避難民に雇用機会を提供することを思い立ち、雇用の場所としてレストランを構想した理由は「ウクライナ料理のお店なら祖国と繋がっている安心感や祖国の文化を紹介できる誇りを感じられるだろうし、日本語が話せなくても配膳ならできるのでは」と考えたからだそう。

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店内にはカウンターとテーブルがあり、全20席。ランチ・ティータイムのあと、18:00からはディナータイムに

「レストランがやりたかったというより、避難民の方を雇用して日本人と触れ合うことができる場所を作りたかったんです。

日本には『戦争は気の毒だけど何をしてあげたらいいか分からない』という人が多いと感じました。そういう人がレストランという場所を通して、言葉が通じなくてもウクライナの人と交流ができたら何かアクションが起こせるかもしれません。ウクライナの人達にとっても、日本人と触れ合うことで何かが生まれるのではないかと思いました。

普通のレストランはお客様ファーストですが、うちのお店はお客様と同じくらい避難民を大切にしています。お料理をツールにしたウクライナの人との触れ合いがコンセプトなんです」

一緒に働いているからこそ細やかなケアができる

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撮影前のひととき。お揃いのスカーフは、在日ウクライナ大使館から贈られたものだとか

「スマチノーゴ」で働くウクライナ人女性達は、ほとんどが日本語も英語も堪能ではありません。言葉の壁だけではなく、飲食店で働いた経験がなかったり、何より日本でサービスを受けた経験がないのです。

「『日本におけるサービスとは何か』を伝えることからスタッフ教育をしなければならないので、開店当初の仕事量は本当に多かったですね。でも未知の境遇にいる人達と知り合うことができるのは楽しいと思っています。今はだいぶ慣れてきましたしね。彼女たちのことを本当に家族のように思っているし、私のところへ来てくれたからには、しんどい思いから解放されるようにしたいんです」

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店内の壁面にはウクライナ国旗の色を採用。向かいの壁には日本国旗の赤と白が使われ、両国の友好を表しているという

スタッフへの接客指導だけでなく、TAKANEさんは物件探しから店舗デザイン・改装、メニュー作成や食器選び、スタッフの募集や面接などの開店準備を数ヶ月の間に1人でやり遂げ、営業を開始してからも1人で経営しています。そこに不安はなかったのでしょうか。

「きっと誰かの役に立つという自信はありましたが、『すごく大変だろうな』という点では少し迷いました。でも私の中では大変だからやらないのは違うし、あとで後悔したくなかったんです。

その際に、公的な機関や他の団体と連携するという発想はありませんでした。沢山の人がいると馬力は上がるけれど、色々な意見があって支援が遅れることがあります。分業することで『経済的な支援はするけど精神面のサポートは担当外です』となったり、抜け落ちてしまうところが出てくるでしょう。それなら私がお金を出せる範囲で、1人で責任を持って一人ひとりのトータルケアをした方がいい。人任せでなく、一緒に働いているからこそ触れ合ったり、悩みをケアできると思います

ウクライナ避難民の就労支援の課題

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東京都外の政府提供施設から新橋まで出勤しているスタッフも多い

日本に一時避難しているウクライナの国民は、在留資格を申請すれば日本国内で1年間就労できます。しかし、TAKANEさんは開業を経て「避難民に仕事を与える人が少ないのでは」と感じているそうです。

「基本的には労働基準法に従って日本人と同じように働くことができます。しかし私が関わった公的機関の方達も、避難民の就労に関しては前例がないせいか理解が進んでいない様子でした。もう少し積極的に就労支援をする人が増えるといいなと思っています。

また、「スマチノーゴ」でウクライナの避難民を雇用する際も、一筋縄ではいきませんでした。最初はハローワークや厚生労働省傘下の外国人雇用サービスセンターを通してマッチングしようとしましたが、応募はゼロ。職員の方にも、『避難民は2000人いますがマッチングできるかは分かりませんよ』と言われました。応募が少ない理由としては、日本という未知の環境で働けるのかという不安や、専業主婦で働いたことがないという事情があると聞きました。言葉の壁が高く、交通手段さえおぼつかない人も多いですから。

そのあとFacebookの投稿で募集すると、2日間で20名の応募がありました。本人が応募したケースもありましたし、先に日本に住んでいるご家族がいて、その方に勧めてもらったという人も多かったです。特に日本語が喋れない避難民は、誰かの後押しがないと、面接にも行きづらいのだと思います。そこから、オープニングスタッフとして7名を採用しました」

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取材にご協力いただいたスタッフのオレーナさん。中学生の次男と一緒にドネツクから日本へ避難。スマチノーゴで週5日働いている

「それぞれお子さんがいたりするので週に働ける日数が違いますし、接客希望の方や、接客はできないけど料理が得意な方など個性に合わせて役割やシフトを調整しています。

一緒に働いているうちに段々とそれぞれの得意不得意が見えてきて、またスタッフの人数を調整したり、土曜のシフトに入れる人がいなくて私が立ち回るしかなかったり、苦労する場面もありました。今は8名のスタッフがいますが、特に最初の数ヶ月は、できるだけ働いてもらって収入を増やしてあげたい気持ちと経営のバランスを取ることが難しく、お店を回すことが非常に困難な時期もありました。ディナーの価格を改訂したことと、料理長が安定したことで12月から赤字が減り、1月は採算が合うまでほどではありませんでしたが、ずいぶん改善されました」

「この発音合ってますか?」語学学習から始まるスタッフの交流

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日本語をもっと勉強したいというオレーナさんに「十分上手だよ!」と声を掛けるTAKANEさん

オープンから約5ヶ月が経ち、お店は連日多くの人々で賑わっています。「また来ます」と声をかけていく人が多く「常連のお客様が増えてきた」とTAKANEさんは言います。

「沢山の方が来てくださいますし、皆さんに『おいしい』と言っていただいています。1回だけでなく、複数回利用することが支援になることを意識してくださっている方が多いのでとても有難いです。

ただ正直なことをいうと、採算を取るのが難しいところもあります。支援をしたいと思ってくれる方に気軽に来ていただきやすいように、なるべく価格を抑えて提供しているので。それでもやむを得ず、ディナーは価格を改定しましたが、ランチは極力リーズナブルに提供させていただいています。何度もご来店いただくことがスタッフに対する経済的・精神的な支援につながっています」

また、「お客様とのコミュニケーションを通して、スタッフ達の居場所が作られていることが何よりの支援になる」と実感しているといいます。

「彼女達の仕事に対して反響があるとモチベーションが高まりますし、自分達を理解して受け入れてもらえることが励みになっていると思います。スタッフへのちょっとしたプレゼントやお小遣い、チャリティーコンサートに招待してくださる方もいますね。でも、何よりも頻繁に食べに来てくださることがダイレクトな支援になっています」

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店前に置かれていた看板。昼時のオフィス街は人通りが多く、お店を事前に知らずに来店する人もいる

「スマチノーゴ」の店内ではスタッフとTAKANEさんが常にフレンドリーに声を掛け合っています。

「避難民を雇用している他の企業では、ウクライナの人の境遇があまりに可哀想なので腫れ物に触るように距離を置いて接してしまう人が多いと聞いたことがあります。でも彼女達は一時的に非常に気の毒な境遇にあるだけで、私達と同じ普通の人間。そこを理解して親しみを感じていただけるように、私は彼女達に家族のように接するようにしています。その空気感をお客様が感じてくださっているのではないでしょうか。あまり気を遣わず、隣にいる困っている人に『どうしたの?』と話しかけるくらいの感覚で接していただけたらと思っています」

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ウクライナのクリスマスはユリウス暦に基づき、1月7日なのだとか。店内に置かれた読みもので、さまざまな豆知識が知れる

お店には、ウクライナ語を勉強してスタッフに話しかける人も。また、各テーブルには食事中にウクライナについて知れる読みものとして、ウクライナの文化や言語に関する情報を隔月で更新しているほか、スタッフの紹介カードなども設置してあります。

「『ウクライナ語を勉強している』と仰って、本を見ながら話しかけてくださるんです(笑)。彼女達が発音を直してあげることもあります。そういう方が何人もいるので彼女達にどう感じているのか聞くと『ウクライナに興味を持ってくれて嬉しい』と言っていました。突っ込んだ話を聞くお客様がいる場合は大丈夫かスタッフに声をかけますが、スタッフはむしろ会話を楽しんでいるようです。文化や言語をきっかけにアットホームなやり取りが生まれることは嬉しいですね」

避難民も日本人も「自主性」が尊重される場所

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店内のインテリアのみならず、シーズンに合わせた店内装飾もTAKANEさんが手がける

自ら望んで海外で暮らす留学などと違い、自主性を奪われた状態で海外で働くことは非常に困難なことです。しかし「スマチノーゴ」のスタッフ達は生き生きと働いています。

「このレストランは自主性のかたまりみたいな場所なので、それが彼女達にも伝わるのだと思います。私が自主的な考えで始めたお店ですし、お客様がここをどう活用してくださるのか私は一切規定していません。ただお料理を食べに来てくださるだけでもいいし、積極的に交流してくださってもいい。ウクライナの人に何かしてあげたい気持ちのある方が集える場所というニュアンスでやっています」

ウクライナの避難民への支援についてTAKANEさんは、「一人一人が、この程度だったらできるかなと思えることをしてほしい」と言います。

「私自身、自分にできる範囲のことをやっているだけなので、皆が大変なことをする必要はありません。でもそれぞれが自分なりに考えて、積極的に動くことは必要なのではないかと思っています」

TAKANEさんの本望はあくまでも「戦争が終わり、ウクライナの人々が祖国へ帰ることができること」。戦争が終わったらお店を閉めると決めています。

「彼女達は皆、日本に来ることを望んではいなかったはずです。戦争が終わってウクライナに帰ることがベストなんです。戦争が終わってからも日本に住むことを選択する人がいたら、きっとここで身につけてもらったスキルが役に立つと思います。そういう方がいたら、次の仕事が見つかるようケアしていきたいと思っています」

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つぎのスペシャルディナーは4月半ばを予定。スタッフと連携しながら、終戦祈願スペシャルディナーを計画中だとか

日本の国旗とウクライナの国旗を模したデザインが施されている「スマチノーゴ」の店内は、明るく開放的で何気ない交流を生み出す温かな空気が溢れていました。ただ料理を食べるだけで支援ができる気軽さを楽しむ人もいれば、「避難民は本当に日本にいるのだ」というシビアな現実を感じる人もいるかもしれません。

しかしどんな時も人を思いやる気持ちと、温かい料理には不安な心を癒す力があるのだと感じられます。「支援をしたいけど何をすればいいのか分からない」という人は、まずは実際に行動を起こしている人を応援することを考えてみるといいのではないでしょうか。

\ さっそくアクションしよう /

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