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海と山の旬がズレて、定番料理が変わってしまう? シェフから見た気候変動と食糧危機

    

サストモ編集部

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「魚が獲れなくなった」「産地が変わった」「旬の時期が変わってきた」。ニュースなどで、そうした話題を耳にする機会が増えています。でも、具体的にどうアクションを起こせばいいのかがわからない......そんなモヤモヤを抱えている人もいるのではないでしょうか。

日々、自然と向き合っている生産者の方たちと、私たち生活者の間にはたくさんの壁があり、自分ごととして捉えられる機会は多くありません。それでは、生産者と生活者のちょうど間にいる、料理人の方々はどう感じているのでしょう。

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今回取材させてもらったのはChefs for the Blue」というチームのシェフたち。2017年にフードジャーナリストと東京のトップシェフたちが立ち上げ、2021年には京都チームも発足しました。専門家などを招いて勉強会を開き自らの学びを深めるとともに、自治体や企業と協力しイベントやレシピ開発など、持続可能な海を目指すさまざまなプロジェクトを展開しています。

理事に名を連ねるのは、「カンテサンス」の岸田周三氏、「シンシア」の石井真介氏、「ノーコード」の米澤文雄氏、「チェンチ」の坂本健氏。彼らを含む約40人のメンバーは、いずれも業界を牽引するトップシェフたち。

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食材に触れる機会の多いシェフの目には、気候変動の問題はどのように映っているのでしょうか。今回は、東京チームから「シンシア」の石井真介氏と、京都チームから「チェンチ」坂本健氏に聞いてみました。

山の旬と海の旬、"鉄板"の組み合わせができなくなってきている

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── お二人が料理人として生産者さんたちと話すなかで、気候変動や食糧危機を感じることはありますか?

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ミシュラン一つ星を獲得したレストラン「シンシア」オーナーシェフの石井真介氏。

石井

「Chefs for the Blue」の活動分野は海ですが、魚だけではなく、野菜でも気候変動......特に温暖化の影響を感じます。普段お付き合いしている生産者さんたちからは、「秋になっても気温が下がらないから種を蒔けない」とか、「土の温度が高すぎて野菜が小さいうちに腐ってしまう」といったお話を聞きます。肌感覚としても、夏っぽい野菜が増えて、寒い時期の野菜がどんどん減ってきているように感じますね。

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ミシュラン一つ星のレストラン「チェンチ」オーナーシェフの坂本健氏。"レストラン界のアカデミー賞"とも称される「Asia's Best 50 Restaurants」では京都で唯一、2022年から2年連続でランクインする実力者

坂本

旬とよばれる時期が明らかに変わってきているし、産地も変わってきていますよね。ブドウの産地がどんどん北上していて、函館でも良いワイン作りができるようになったとか、ひと昔前までは北海道ではおいしい米はできないと言われていたのに、今おいしいお米ができるのは北海道だと言われだしている。もともとは熱帯だけで作られていたカカオやコーヒー豆が沖縄で作れるようになったのは、熱帯の幅が広がってるということでしょうし。

石井

坂本くんと僕は同い年なので、歩んできた時代がかぶっているんですよね。料理人になって28年ぐらいですかね。そのなかで、言い出したらきりがないくらい、無視できない変化がありました。温暖化は料理人にとってもすごく大きなテーマだと感じています。

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坂本

そうですね。料理には昔から、海産物と農産物の旬が重なるいわゆる"鉄板"の組み合わせがありました。しかし、温暖化の影響で、その食材が同じ時期に存在しなくなりつつあります。和食で言うと、京都では秋にハモとマツタケの"ハモマツ"と呼ばれる組み合わせがあったのですが、今はその旬が合わなくなってきている。違うものと組み合わせて、新しい料理を考える機会が増えています。

──「Chefs for the Blue」の活動を始めるきっかけとなるような、気候変動や水産資源への危機意識を持った出来事はありますか?

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「Chefs for the Blue」ロゴマーク。東京・京都のトップシェフ達がチームとなって、持続可能な海のためにさまざまな活動を続けている

石井

僕は小学生の頃からよく父に連れられて、千葉の館山で船釣りをしていたんです。ヒラメを釣る前に、生き餌となるイワシを獲りに漁場へ行っていたんですが、中学生くらいから同じ漁場ではイワシが獲れなくなり、船のいけすの中にあらかじめ入れられるようになりました。

20歳で料理人になって、三國清三シェフの「オテル・ドゥ・ミクニ」で働いてからは、毎日たくさんの魚が届くんですが、指定していたサイズが徐々に揃わなくなってきて。魚が獲れなくなってきたとか、高くなってきたっていうのは、じわじわと感じていました。

坂本

僕は独立して9年目なんですが、前職を辞める10年ほど前から値の上がり方が尋常じゃなくなってきて、料理店同士で取り合うようになりはじめていました。市場に通いだした20数年前、山口や島根で獲れた鮮度のいいノドグロが1キロ2000円台くらいで出回っていたんです。でもみんなが使い出してから値段が上がりだし、小さいものまで獲られはじめ、ついには幼魚まで流通しだして......。今では韓国産など、海外のものしか見なくなってしまいました。

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坂本

独立前は勤めていたのが高級店だったこともあり、魚が減ったり値段が上がったりしても食材に予算をかけられたんですね。だから以前は、「高くなってもそれを仕入れればいい」と思っていました。でも、今はもう無視できない問題だと感じています。

「レストラン」というメディアが必要

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大西洋クロマグロの資源回復をリードしたフランスの三つ星シェフを迎え、2019年にはシンポジウムを開催した。

── やはり料理人の方たちは、仕入れなどで水産資源の問題を実感するんですね。「Chefs for the Blue」の勉強会を開いてから、料理を通して生活者に語るとき、どういうことを意識しているのでしょうか。

石井

「Chefs for the Blue」を6年以上やってきましたが、初期は特に「魚を食べるのをやめよう」という活動だと勘違いされ、ネガティブに捉えられることがすごく多かったですね。まずは「そうではない」ことを説明することからスタートしました。

坂本

僕は、勉強会で最初に海の現状を知ったとき、ある種のショックで......。僕らの仕事は環境を破壊しているだけなのではないかと痛烈に感じて、商売をやめるべきなんじゃないかと思うほどでした。お客さんには伝えられる段階でもなかったですし、まずはポジティブな話ができる状態にもっていかなければと。

── それほどのショックからどのように持ち直していったんでしょうか。

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坂本

最低限できることとして、数が減っている食材は使わないようにして、ある程度、漁獲量が安定しているものを使うところからはじめました。そして、お客さんにおいしいと言ってもらえたときに、「減っていたけれど、やっとちょっと増えましたよ」とか、「漁師さんがしっかり資源をみながら、期間を守って獲っているものなんですよ」など、コミュニケーションしています。

最近僕は、レストランはメディアになれると思っていて。

── レストランがメディアに......どういう意味でしょうか?

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坂本

テレビなどのマスメディアの報道も大事なんですが、興味のない人にとっては、右から左へ情報が流れていってしまうと思うんですよね。でも、自分の好きな飲食店へ行って、おいしい料理を食べながらだと、お客さんも心を開いた状態になるはず。そんななかでシェフから海の現状を伝えられれば、メディアのような役割を担えるのではないかと。

石井

料理人が生産者さんの声を届けるのにはすごく適した時代ですよね。昔はフレンチってキッチンとホールが完全に分かれていたんですけど、お客さんとの距離が一気に縮まって、伝えやすくなりました。

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石井シェフが過去に手がけた「シンシアブルー」では、未利用魚を活用して料理を提供。

石井

一方で、飲食業界全体を巻き込むことも大きなテーマです。経営規模の大きいチェーン店などはまだまだ、サステナブルな食材を使うことに対して「どういうメリットがあるの」という話になってしまう。

── とはいえ、特定の食材がないと商売が成り立たない飲食店もありますよね。

坂本

そうなんですよね。鰻屋さんは鰻を使わないと料理が成り立たないし、カニを武器にしている旅館はカニがないと経営が立ち行かなくなるかもしれない。わざわざ遠い土地から鰻やカニを輸送してこなくても僕らの料理は成り立つので、我慢できる人たちが我慢する、さじ加減が大事かなと。

そうすることで、例えば「カニは地方へ食べに行くものだ」って共通認識ができたら、地方の活性化にもつながります。どこでも何でも食べられるのではなく、食材を求めて移動するような感覚が大事だと思うんです。天気の話をするくらい当たり前に、スーパーに並んでいる魚を見たら「資源管理のおかげでこういう魚がまた増えてきたんだね」とか。そういうレベルまで人間自体の生き方自体を変える必要性があると思っています。

── なるほど。我慢できる人が我慢する、食材を求めて移動する、というのは大事な視点かもしれません。

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石井

この食材を使う・使わないという判断は、各自ですればいいと思うんです。「Chefs for the Blue」の東京メンバーも、魚卵系は使わないとか、稚魚は使わないとか、それぞれのルールを持ちはじめています。もちろん痩せ我慢して店が潰れたら本末転倒なので、できる店から、できることからやっていく。

ただ、僕らのような高級店だけではなく、生活者により近いレストランや、水産に関わる人たちの意識も変えるくらいじゃないと、やっぱり状況は好転しないですよね。自分たちが10年後、20年後にも魚を使い続けるため、もしくはその次の世代のシェフたちに残すために必要なことだと考えています。

次世代のシェフたちが未来を変えていく希望

── 次の世代、というキーワードが出ましたが、「Chefs for the Blue」では学生を募集し、約3か月のプログラムで次世代の人材を育てていく「THE BLUE CAMP(ザ ブルー キャンプ)」というプログラムも今年スタートされましたね。

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未来を担う次世代の若者に、海や漁業の現状、持続可能性について学びと行動の機会を提供する企画。将来、海や水産物に関わるさまざまな分野で活躍できる人材の種を育て、そのコミュニティを作るための事業。

石井

もちろん今現場にいる人たちへの啓蒙もしていかなくてはならないのですが、もとを辿ると、未来の料理人だったり、食に関わる人たちへの働きかけも、並行してやっていかなくてはならないと感じます。僕自身も専門学校の講師として呼ばれることも多くなりましたし、次の世代への教育から、未来を変えていくことができるかもしれないと。

坂本

ブルーキャンプに80人も応募があったと聞いたときには背筋が伸びました。エントリーエッセイを読んだ時点で、飲み込まれてしまうくらいの熱量を感じましたね。若い人たちは感覚が鋭いというか、しがらみもなくシンプルなので、大人たちがちょっとモゴモゴするようなところを、ズバッと言うんです(笑)。何かを変える力は僕らよりもこの子たちのほうが持っていると思わされますね。

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京都で開催されたキックオフ交流会の様子。選考をくぐり抜け集った東京8名・京都8名の学生たちの熱い3ヶ月をシェフ等も徹底的に伴走する

── 次世代のシェフのことを考えるようになったきっかけは何かありましたか?

石井

飲食店はどこも人材不足と言われるなかで、これまで僕らはマンパワーだけでやってきたんですが、それに限界を感じはじめたからですね。自分の店を守ったり、目の前のお客さんを喜ばせたりするのは、自分が死んでしまったら終わるので。

自分の名を残したいとかではなくて、料理人たちが働きやすい仕組みをつくって、残していくようなこと。そして、もっと働きやすく、豊かにしていきたいし、料理の世界は楽しいということを若い世代にもっと伝えていきたいと思っています。

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未来の料理人への教育を行っている。オンラインでの学びや漁港へのフィールドワークを経て、8月に1週間ポップアップレストランを運営する

坂本

僕の場合は、海外の有名シェフたちと交流をする機会が増えてきたのですが、彼らは資源に対して何かしらアクションを起こしていました。

これまでは、ただ「おいしいものを作ること」のみ追求してきたんですが、それだけに没頭し続けるのでは良くないなと。「明日どうやったらお客さんが来てくれるだろう」って心配しなくていいような恵まれた環境にいるのだから、その時間をちゃんと世の中に向けるべきなんだなと思いはじめたんです。

── 未来にも食材をつないでいくことと、料理人を志す人を増やしていくことは、どちらも大切なアクションですね。

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坂本

僕たち料理人が、おいしいものを作る以外に、生産者と生活者をつなげたり、水産資源を守ったりすることに役立ったら、社会において料理人の価値が上がると思うんですよね。

僕らはテレビ番組の『料理の鉄人』のスターシェフに憧れて、この世界に入ってきました。若い人たちはスターシェフを知らない世代かもしれないけれど、料理人がよりよい世の中にするために活躍できる職業として認められるようになれば、目指す人は増えてくれるんじゃないかなと思います。

自分自身がメディアになることが、現状を変える第一歩

生産者と生活者の間にいる料理人が、食材に触れるなかで実感する気候変動は、今や無視できないものになっています。私たち生活者は、「いつでも」「何でも」食べられることを当たり前だと思わずに、そのときに獲れるものを食べたり、食材を求めて移動したりといった、意識の変革が求められているのではないでしょうか。

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また、目の前にいる人に伝えていくことも大事だと話す、坂本シェフの言葉が印象に残っています。

「外部で学んだり、さまざまな業界の人と話す機会が増え、得られた情報をSNSなどで発信してきましたが、あるとき『興味のある人にしか届いてないんだろうな』と気づきました。

遠くにいる不特定多数の人ではなく、近くにいる興味のない人に伝えることが大事なのかもしれません。例えば普段は笑い話ばかりしている飲み仲間とか、僕の場合は若手のスタッフとか、目の前で料理を食べているお客さんとか。そうした人たちの意識や行動を変えることができたら、さらに他の人にも伝えてくれる可能性もあります。こういう動きをみんながどんどんしていくことが、地道ながらも、世の中を変えていける方法なのではないでしょうか」

「1いいね」「1リツイート」じゃない、「あの人がこんなことを言っていたな」という、実感を伴う情報こそが、現状を変えていく第一歩なのかもしれません。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、地球環境や持続可能性について知ってもらうことが、豊かな未来をつくることにつながります。

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サストモは、未来に関心を持つすべての人へ、サステナビリティに関するニュースやアイデアを届けるプロジェクトです。メディア、ビジネス、テクノロジーなどを通じて、だれかの声を社会の力に変えていきます。

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