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あなたが育てたどんぐりが、土砂災害を防ぐ? 被災経験から生まれた森の守り方 #豊かな未来を創る人

    

サストモ編集部

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家や職場などで、苗木を育てて山に返す「MODRINAE(戻り苗)」。身近な暮らしの中で、誰もが森林保全に関わることのできる、体験型のプロダクトとして注目が集まっています。

これを手掛けるのは、和歌山県田辺市にある林業ベンチャー・ソマノベース。個人や企業に向けた「MODRINAE」の販売や、それにまつわるイベントの企画運営、企業のESG活動のコンサルティングなど、さまざまなサービスを行っています。

代表の奥川季花さんは学生時代、大規模な土砂災害のために、故郷の豊かな景色や友人を失いました。生まれ育った町のため、自分に何ができるのか。それを模索し続けた先に、「土砂災害を生まないための山づくり」というテーマに辿り着いたと話します。

自ら考え行動する中で出会った人やさまざまな課題。それらを"つなぐ" ことで、変化を生み出す渦を作り、物ごとを前に動かしてきた奥川さん。林業の世界に飛び込んで感じたこと、その中で自らが担うべきだと考えている役割などを聞きました。

奥川季花(おくがわ・ときか)

高校時代に地元で紀伊半島大水害により被災し、災害で人が亡くならない世の中を作りたいと志す。同志社大学で商学を学んだ後、ボーダレス・ジャパン、防災NPO、造林を行う(株)中川などの会社で働く。防災や林業土砂災害リスクの低い山づくりを目指し (株)ソマノベースを設立。代表取締役を務める。 自宅で植林用苗木を育てる、購入者参加型の新しい形の観葉植物「MODRINAE」を発表し、Wood Change Awardやウッドデザインアワードを受賞。その後ECサイトを開設。企業向けにも「MODRINAE」を販売開始し、1年間で約2000本の苗木が全国で育てられている。

個人が参加できる森林保全のかたち

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2022年に販売がスタートした「MODRINAE」。

── 地球温暖化の抑制、生物多様性の保全など、森林は多くの恩恵を人に与えてくれています。一方、森林保全が大切なことだと知っていても、個人がそこに直接関われる機会は多くないと感じます。そんな中で、観葉植物感覚で苗木を育てることで、誰もが森林保全の担い手となれる「MODRINAE」の取り組みは画期的だと感じました。

そうですね。日常の中で、無理なく楽しみながら関われる形を模索しました。「MODRINAE」を購入すると、まずどんぐりや鉢、土などのキットが自宅に送られてくるんです。そこから2年間大切に育てていただき、私たちの会社に送り返してもらう。そしてそれを私たちが山に植える。そんな体験型のプロダクトです。

苗木をじっくり育てる過程で自然に愛着や絆を感じてもらい、その苗木が返っていく山や森林についても考えるきっかけになればと考えています。

最近は、個人のお客さまだけではなく、企業からの注文も増えています。オフィスで従業員のみなさんに育てていただきながら、森林保全のセミナーや植林ツアーにも参加していただきます。

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CSR活動の在り方を新たに模索する企業などが、「MODRINAE」を導入するケースが増えている。

── 確かに、そもそも普段の生活の中で山や森林とのつながりを、身近に意識するきっかけはあまりないですよね。

多くの人がそうだと思います。でも実は、日本は国土のおよそ3分の2が森林を占めていて、古くから人の生活が山や森林とともに営まれてきたのです。木を切って、家や道具を作って、そこにまた木を植える。そんな循環の中で、人と森林が共生してきました。

ですが、近年は海外から輸入された安価な木材などによって、国産の木材の需要が減少し、林業が衰退しています。そのため、およそ50年前に国の政策のもと植えられた人工林が、適切な時期を過ぎても刈り取られず、放置されています。また刈り取られたとしても、その場所に再び植林するためのお金や人手がなく、苗木の生産量も低下しているのが現状です。

── これまでの「切って」「使って」「植えて」「育てて」...という持続的なサイクルが、うまく回らなくなってきていると。

そうなんです。そして、それによって起こる問題の一つが、土砂災害です。そもそも木の根っこは土砂の流出を防ぎ、幹は雨水を溜めて川に水が一気に流れ込むのを防いでくれる役割があります。

それが近年、適切に管理されないために木々が弱った状態の森や、木が伐採されたまま放置された皆伐跡地(かいばつあとち)が増えることで、土砂災害のリスクが高まっています。

「MODRINAE」の取り組みを通して、こうした現状を多くの人に知ってもらいたい。そして、普段林業に直接関わりのない方々にも、山づくりの担い手となってもらうことで、森林の豊かな循環を取り戻したい。その結果として、土砂災害が起こらない町づくりにつなげていきたいと考えています。

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植林されていない状態の皆伐跡地。

町のすべてを奪った土砂災害

── こうした取り組みを始めたきっかけは、自身の被災体験だったと伺いました。

はい。当時、私は高校1年生でした。2011年9月、私の地元・和歌山県那智勝浦町に台風が直撃して、大規模な山崩れが起きたんです。土砂災害と川の氾濫で、和歌山県では240棟の家が全壊し、61人の死者・行方不明者が出ました。

夜から大雨と停電で、まったく状況がわからず。朝に電気が復旧してテレビをつけると、町がどこもかしこも茶色くドロドロに埋め尽くされていて。ニュースで見たことのある、戦場の映像を見ているかのような感覚になりました。

そして翌日、友人から電話がかかってきたんです。小学校の頃から親しかった後輩の男の子が行方不明になっていると聞きました。

すぐに家を飛び出して探そうとしたものの、どこも立ち入りが制限されていて動けませんでした。重機に乗って作業ができるわけでもない自分は、無力だと感じました。ゴミ袋を握りしめて、近所のゴミをひたすら拾い続けることしかできなかったんです。それが、悔しくて悔しくて仕方なかった。そのときの悔しさは、今も鮮明に蘇ってきます。

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大量の土砂流が多くの住宅に達した紀伊半島大水害。(提供/和歌山県土砂災害啓発センター)

しばらくしてから、行方不明だった後輩が亡くなったと知らされました。彼がもし生きていたら、今どんなことをしていただろう。繰り返し問ううちに、これまでずっと言い訳をしてきた自分にも気づきました。

── 言い訳というのは?

私、それまで地元のことが嫌いだったんです。和歌山県の中心地に出るのにも、電車で3時間以上かかるような場所で。早くこんな町を出て、東京でいろいろなことに挑戦してみたいと、ずっと思っていました。

でも、当たり前だと思っていた穏やかな日常が、全部壊れたときに気づいたんです。それまで暮らしていた町が、自然豊かな美しい場所だったこと。そこが自分にとって、とても大切な場所だったということ。

そして亡くなった後輩のことを考えると、今生きている自分が、「田舎にいるからしたいことができない」と考えるのは、行動しない言い訳でしかないと思ったんです。そこから、とにかく町のために何かしたいと動き出しました。

── どのようなことから始めたのですか。

まずは地元のことを知りたくて、高校の授業が終わると、地方創生に取り組んでいる近所の大人に話を聞きに行っていました。大学1年生の夏休みには、地域のためにヒントをもらえそうな社会人100人に会いに行く試みも。その中で地方創生の取り組みが活発な地域に1か月間住み込みをして、考え方や実践例を教わりました。

さらに、地元で学生団体も立ち上げたんです。でも、これには苦い体験も。高校生と大人たちが地域の課題を話し合うイベントを企画したのですがうまく運営できず、地域の人からは苦言を呈されることもあったんです。この活動は、地域の人が本当に望んでいるものではないと気づき、1年ほどで団体の活動は閉じました。

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ソマノベースが拠点を置く和歌山県田辺市の緑豊かな風景。

── 自ら情報を取りに行き、地元のためにできることを模索した日々。そこから現在取り組むテーマにフォーカスしたきっかけは?

大学4年生だった2017年の夏、再び地元を台風が襲い、浸水被害や道路の陥没などが起きたんです。台風が起こる度に、地元に暮らす家族や友人の生活が脅かされてしまう。そんな不安や憤りを抱える中、やはり災害そのものをなくすことこそ、地元の人が本当に望むことなんじゃないかと、考えるようになりました。

それからは、図書館に通いつめて防災について調べました。その中でわかったのは、古くから森林が土砂災害を防ぐ役割を担ってきたこと。そして近年、その森林の管理がきちんと行き届いていないことで、土砂災害リスクが高まってしまっているということでした。

── 「土砂災害リスク」と「山づくり」が結びついたわけですね。

はい。ですが、そこから解決策をいくら調べても、随分昔の事例か一般論しか見つけられなくて。自分で現場に足を運ぶしかないと思いました。地方創生の活動で知り合った方々に紹介をしてもらい、まずは和歌山の林業家さんのところにインターンに行かせていただくことに。そこからヒアリングを始め、業界について一通り理解できるまで、少なくとも3年はかかったと思います。

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林業と他業界の交流セミナーに登壇する奥川さん。

「切りたくなくても、切らなきゃいけない」

── 林業従事者の方のもとに通う中で、どのような課題が見えてきましたか?

真っ先にわかったことは、林業の置かれている苦しい状況でした。ある林業会社の社長さんは、収益が上がっていないために、行政による補助金に頼らざるを得ない現状を語ってくれました。

けれどそうすると、例えば間伐をする際、補助金制度の条件によっては、その山にとって必要以上の木を伐採しなくてはならない場合もあると、その社長さんは仰っていたんです。

本当は木を切りたくなくても、切らないといけない。そんな現状があると知ったとき、私は林業の道に進もうとはっきりと決めました。情熱を持って取り組んでいる人が、経済的な理由で信念を曲げなくてはならない。そして、それが回り回って山を弱くすることにつながっている。そんな理不尽な現状を知り、林業を健全に稼げる状態にすることで、災害リスクの低い山づくりを目指そうと強く思ったのです。

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山で木が伐採される様子。

── それが今の会社の立ち上げにつながっているのですね。

はい。そこから林業と防災をかけあわせたビジネスをしたいと考えました。まずは大学卒業後、社会企業家集団である「ボーダレス・ジャパン」という会社に入って、ビジネスや経営について学び、1年後に独立。

そこから2年間、林業の会社と土砂災害対策の会社でそれぞれ現場を学びながら、個人事業を始めました。サービスの内容は、林業の情報を集約するWEBメディアの運営や、林業家さんのSNS運営代行などの広報支援など。そして、2021年にソマノベースを設立しました。

現在は、「MODRINAE」を個人や企業に販売するほか、それを軸にしたイベントやツアーの企画運営、企業がビジネスとESGを両立させるためのSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)コンサルティング、学校向けの教育プログラムの提供などを行っています。

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Panasonic100周年記念施設「100BANCH - 未来をつくる実験区」では、利用者とともに約600本の「MODRINAE」を育てる企画をした。

── 現在の取り組みにおいて、奥川さんがやりがいを感じるのはどういう瞬間でしょう。

やはり、林業に従事する方々に貢献できたと感じられる瞬間ですね。というのも、「MODRINAE」の販売をスタートした当初は、林業家さんから「どんぐりを1万円以上で売るなんて、ぼったくりやん」と言われたこともあったんです(笑)。でも、私たちはどんぐりを売りたいのではなく、2年間の中で得られる体験や学びを提供したい。そこから山や林業についても知ってもらいたい。その思いを丹念に伝えながら、取り組みを続けてきました。

そうしたプロセスを経た今、林業家の方からは「林業に興味を持ってくれる人が増えて嬉しい」「新しい業界の人ともっと触れ合ってみたい」という声や、「実は広報や採用に困っていたので、助けてほしい」という相談もいただくようになりました。これまで良くも悪くも閉鎖的だった林業界が変化していく流れの一旦を担えたときに、喜びを感じます。

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植林ツアーの様子。「傾斜40度近い山道を登ることも。林業従事者の方々と同じ体験をして、気づきをアウトプットするワークショップなども行っています」(奥川さん)

"つなぐ"ことから変化を生み出す

── 現状の林業における、これからのご自身のミッションを教えてください。

引き続き二つの方向に力を入れていきたいです。一つは、個人と山や森林のつながりを作ること。もう一つは、林業をやりがいを持って働ける産業にしていくこと。

一つ目の個人の方々に対しては、まずは「MODRINAE」を入り口に、自分たちの生活が自然と共存していることを体感していただく。そして今後は木を育てて植えるというところから、さらに一人ひとりの意識を醸成することにも力を入れていきたいです。もっと当たり前に、山が私たちの生活の一部として位置付けられる必要があると考えています。

「しなくちゃいけないから」という義務感ではなく、「面白い!」とか「やってみたい」という思いを起点にすれば、もっと持続的に山づくりに取り組めると思うのです。「MODRINAE」の他にも、山づくりや防災が暮らしに密に溶け込んでいく仕掛けを、今後考えていきたいです。

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「MODRINAE」を導入した企業に向けて、森林課題を伝えるセミナーを実施。

── そうした意味では、私たちが「SDGs」という言葉を乗り越えて山や森林と関わった先に、本当の意味での持続可能な世界が広がっていきそうですね。もう一つの林業の活性化に向けては?

今は、まさに林業とさまざまな業界をつなぐ取り組みをしているところです。これまで閉鎖的だった林業の世界を変えるには、新しい視点を入れることが大切だからです。

先日は、IT企業向けのワークショップを開催しました。流通や採用など林業が抱える課題を伝えた上で、それを解決するサービスを一緒に作りましょうと。具体的には「IT × 林業」というテーマでディスカッションをして、新規事業立ち上げを目指しています。

単にSDGsの一環ではなく、ビジネスとしてきちんと成立する形で、他業界の人に深くコミットしてもらう取り組みを増やしていく。そうすることで、林業を産業として強くしていきたいです。

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NTT西日本が運営するオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」で、林業界と他業界との新たな共創を考えるワークショップと交流会を開催。さまざまなアイデアが飛び交った。

── 事業を通して行うのは、まさに森と人、人と人を "つなぐ" ことなのですね。

そうですね。これまでの価値観や枠組みを取り払いながら、私たちがいわば緩衝材のような役割となり、課題解決をしていけたらと考えています。

── 自らの足を運んで、今起きていることを自分の目で見る。そしてそこで出会った人やさまざまな課題をつなげて熱量の高い渦を作り、変化を推し進めていく。奥川さんは、あらゆるものを縦横無尽に "つなぐ" 人なのだと感じました。

そうした意味では、「MODRINAE」自体、本当にたくさんのつながりを生み出していると感じています。例えば和歌山県田辺市には、「MODRINAE」に使うどんぐりを回収するボックスがあるんです。そこに地域住民や観光客の方々が、散歩のついでに拾ったどんぐりを入れてくれるのです。

つまりここには、回収ボックスの設置に協力する自治体や、どんぐりを集める地域住民や観光客、そのどんぐりから苗木を育てる全国の人々、植林後に苗木の世話をする林業従事者の方々...。「MODRINAE」を囲んで、一つのクラスターが生まれているんです。

私はそうしたクラスターを、もっといろいろな地域に広げていきたいと考えています。実際に今年から、北海道でも「MODRINAE」の取り組みを始めることになりました。こうしたつながりを広げていくことで、住んでいる場所や職業などの属性を問わず、全国に山づくりの担い手を増やしていきたいと思います。

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田辺市内に3か所あるどんぐりボックス。熊野古道を歩くために国内外から多くの人が訪れるエリアに設置されている。

さらに「MODRINAE」を通して、企業同士の新たなつながりも生まれています。これは苗木を育てる複数の企業が、合同で防災協定を結び、従業員向けの防災訓練を行うというもの。企業が一緒に取り組むことで、個人にアプローチするよりも、一度に多くの人に防災を自分ごと化してもらうことができるのです。

こうしてさまざまな人をつなぐことで、この先も一緒に山づくりや防災について考える仲間を増やしていけたら嬉しいです。一人では物事を変えられなくても、一人ひとりがつながって想いを共有しあえるチームになれば、山も社会も変えていけると思います。

  • 取材・文木村和歌菜

    写真提供ソマノベース

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