社内のメンタル不調にどう向き合う!? 工夫次第で昇進した人も
うつ病などメンタルヘルス不調により休職する人が増加傾向にあり、管理者やマネジャー、人事・管理担当者で社員マネジメントに悩んでいるケースは少なくない。
厚生労働省の調査によると、過去1年間でメンタルヘルス不調による休職者・退職者を出した事業所の割合は、2021年で10.1%、2022年で13.3%。また、メンタルヘルス不調による休職から復職したのち5年以内に再休職する割合は47.1%だ。
部下や同僚、自分自身が、心身ともに健康的に働き続けられる職場にするために、どう行動を変えればいいのか? 当事者や心療内科の院長、支援団体スタッフらに話を聞いた。
うつと診断され、休職と復職を繰り返した会社員Aさん
関西の教育系の企業で働くAさん(男性)は、職場での人間関係のストレスから精神疾患を患い、休職と復職を繰り返してきた。
「きっかけは、他部署の業務が自分のもとに降りてきたことからでした。当時、私にはその業務のノウハウがなく、他部署の上司に聞きながら仕事を進めていくしかなかったのですが、『なんでできないのか』と叱責される日々が続いていました。自分の部署の上司にも助けを求めたのですがサポートしてもらえず。精神的に追い詰められる中で、眠りが浅いなどどんどん体調が悪くなっていきました」
はじめは内科を受診するも、処方された漢方が効かず、心療内科へ。そこで処方されたのは、睡眠薬と抗うつ剤。しかし、それを飲んでも体調が回復せず、別のクリニックを受診。薬の量が大幅に増えたが、Aさんは体調を戻したい一心で飲み続けた。
その結果、薬の副作用によって頭がボーッとしてまともに仕事ができない状況になってしまい、1度目の休職をした。そこまでの過程で「つらかった」と吐露したのは、職場の人たちの自分への接し方だった。
「職場の人たちには、主治医の先生に聞いて取ったメモをもとに自分の状況を伝えたりしていましたが、なかなか理解してもらえませんでした。週の前半は大丈夫でも後半になると意識が朦朧(もうろう)として仕事にならないなど職場にいられないこともあり、『調子がよさそうだったのになんで?』『がんばらないとダメだろう』と言われていました。同僚から腫れ物のように扱われるのも悲しかった」
休職と復職を繰り返し、部署異動も重ねたAさん。2度目に移った部署でも上司から突き放した態度を取られ、「このままでは人生が終わってしまう」と絶望感を抱えていたが、このタイミングで移った心療内科で転機が訪れる。
それまでうつ病と診断されてきたAさんだったが、自分は双極II型障害という精神疾患だったと知ることができた。正しい病名だけでなく、「こだわりが強く過集中しやすい」という特性を持っていることも認識したという。
大量の薬を飲むことをやめ、双極II型障害への治療を始めたAさん。リハビリ出勤のプログラムを通して段階的に職場復帰を果たすと、その後は一度も休職せず働き続け、数年前に昇進した。
今、心身ともに健康的に働き続けられている理由をこう考えている。
「自分で自分の精神面をコントロールするために、体づくりに気を配るようになったことが、健康的に働き続けられている一番の理由だと思います。食事は炭水化物を抑えてたんぱく質中心に変え、時間外労働も夜ではなく朝に変えたことで、適度な睡眠時間を取れるように工夫しています」
復帰からしばらくして、上司が代わったことも大きかったという。
「『働いているうちにしんどくなったら、休んだらいいじゃないか。せっかく戻ったんだから、がんばってみろ』と面談で言ってもらえてうれしかった。信頼できる人が一人でもいるだけで、自分はここに居続けられると安心できると思います。上司から『お前ならできる』と新しい仕事を任せてもらい、いろいろなことを経験させてもらえたから今がある。周囲の力添えなしでは昇進することもできなかったと思います」
環境不適応から生まれるうつ状態。特性を理解し、工夫できるか
Aさんを長年苦しめていたのは、不適切な薬の摂取による体への負担だけでなく、職場の人たちに症状が理解されないままに、努力を強制されたり腫れ物に触るような接し方をされたりしたことだった。
なぜ当事者を苦しめる対応がされてしまうのか。再休職率0%の実績を持つリワーク専門の心療内科で、企業と連携を取りながら患者の職場復帰をサポートする大阪のボーボット・メディカル・クリニック院長の亀廣聡さんの話からは、メンタルヘルス不調への理解が社会全体で追いついていないことが見えてきた。
「まず、代表的な精神疾患の一つであるうつ病についてですが、私はうつ病という病気にかかっている人は、実際はさほど多くないと思っています。これまで診察してきた2000人以上の患者さんの中で、抗うつ薬投与と安静休養指示といううつ病への対応をした人はたった2人。仕事のことを考えると眠れない、職場に行こうとすると吐き気がする、といった症状は『うつ状態』と呼んでいいと思いますが、必ずしもうつ病とは言えない。それを引き起こす疾病は幅広いんです。ですが、職場の方を含め多くの人が、メンタルヘルス疾患をそのままうつ病と捉えています。メンタルヘルス不調を起こしている患者さんの職場の方と面談するとき、『うつ病だからがんばれって言っちゃダメなんですよね?』と聞かれることはよくあります。昭和の頃から言われてきた強烈なキャッチコピーから、今でも抜け出せていない」
また亀廣さんは、「発達障害による職場環境への不適合で生きづらさを感じ、うつ状態になるケースは少なくありません」と語る。内閣府が出している『ひきこもり支援者読本』でも、第2章にADHDからうつ、躁うつなどの二次障害を併発している割合は86%という数字が出ている。亀廣さんは周りができる対処法として、こう伝えているという。
「たとえば、言語化やアウトプットが苦手という特性により、わからないことを人に聞けず苦しんでいる患者さんの職場の上司には、『本人に悩んでいるそぶりがなくても毎日5分でいいのでミーティングをしてほしい』と伝えています。反対に、本人はアウトプットしているつもりでも周囲にうまく伝わらないケースもある。その場合はホワイトボードなどを使って、本人が何を考えているのか一緒に視覚化することが有効です。思考が整理され、互いに共有もしやすくなります。職場環境の不適合により生きづらさを感じている人は、意外と単純なことでつまづいていたりするんです。そういった工夫は、視力が低い人に眼鏡をかけることを勧めるのと同じ考え方です。近視や乱視の人に『自分の努力で見えるようにしろ』とは言わないですよね。周囲の工夫によって本人の生きづらさを軽減できるというのは、発達障害に限った話ではなく、どんな障害、疾患に対しても言えることだと思います」
心構えとしては、「決して怒らないことが大切」と亀廣さん。
「どちらの場合も、本人にとっては『周囲に理解してもらえない』という絶望感や孤独感が生じるものだからです。褒めることによって人の思考は活発化されるということも、伝えたいことです」
ボーボット・メディカル・クリニックでは開設以来、うつ病の予防や早期発見、復職をサポートするEAP(従業員支援プログラム)サービスを提供しており、専門スタッフが企業訪問することでメンタルヘルス問題への早期介入とスムーズな治療導入を可能にしている。
「持続可能な就労がゴール」と亀廣さんが語るように、復職時も本人の強みと職場のニーズのマッチングを行うことで双方にとってより効率よくストレスの少ない雇用関係を築くのをサポートしている。
組織の中に「サポートチーム」を設け、働き続けられる環境をつくる
周囲の人たちはどのように対処の糸口を見つけていけばいいのだろうか。うつ・メンタルヘルス不調で休職中や離職中の人への就労支援を行う、沖縄の株式会社BowLでリワークプランナーとして働く大田真央香さんは、「聞く」ことの重要性を訴える。
「メンタルヘルス不調と診断がされても、職場はどこまで踏み込んでいいのかわからないし、本人もどこまで頼っていいかわからないとなってしまい、具体的な対策がされないまま休職と復職を繰り返しているケースはとても多いんです。本人に何が起きているのかを聞かなければ、その繰り返しから抜け出すことはできません。
よく、『こういう優先順位でやってみたら?』のようなアドバイスを先にしがちですが、そうではなく、まず聞くという姿勢を見せることが、対話を始めるきっかけになると思います」
BowLは、メンタルヘルス不調で休職した人の復職をゴールとせず、その後も健康的に働き続ける環境をつくることを目的としており、本人が戻る職場の組織開発も支援している。BowL代表取締役の荷川取佳樹さんは、「サポートチーム」を設けることの必要性を語った。
「まず、多くの企業は、休職から戻ってきたら100%元気な状態で働き続けられると思っていますが、それは大きな誤解です。人の精神状態は十分な休養によって100%まで回復しますが、職場に戻れば普通はそのメーターは70%、60%と下がっていきます。戻った先の職場環境が何も変わっていなければ、また0%まで下がって休職せざるをえなくなります。そうならずに、60%くらいでも持続的に働けるようにするには、組織が変わらなければいけません。組織を変えるため、本人が戻る職場には、『BUDDYシステム』という仕組みにのっとったサポートチームづくりを提案しています」
BUDDYシステムでは、まず、メンタルヘルス不調から復帰した本人をサポートするために、悩みを受け止めてくれる仲のいい先輩のような存在「BUDDY」を置く。その上で、本人の悩みに共感しながらその先に進むための問いかけをしてくれる「COACH」、業務に対して指導してくれる「TEACHER」を置き、3人体制でサポートする。BowLの新人育成で実験的に行った上で体系化された仕組みであり、休職する手前のメンタルヘルス不調者に対しても有効だ。
「就労支援というより、健康的な組織づくりをしているような認識」と語る荷川取さん。
「多くの企業が、今までの根性論に偏った人材育成のやり方が合わないということに気づきながらも、そのやり方を押し通し続けています。そこに問題意識を持ったほうがいい。どうしたらこの人は伸びるんだろう?といった視点を持てる人が増えていくことが、互いを傷つけあう世界から抜け出す一歩ではないでしょうか」
人間関係の不和を解消する一歩は、「役割の違い」を認識することから
荷川取さんは2020年に一般社団法人ポリネも立ち上げ、メンタルヘルス不調を生まないマネジメントサポートを日本全国の企業に対して行っている。その一社で、地方の中小企業にデジタル戦略支援をする静岡の企業・株式会社トムスの中川豊章代表取締役社長は、自社での取り組みとともに社内でメンタルヘルス不調者を出さない難しさについても赤裸々に語った。
「私は組織のマネジメントを考える上で、社内の人間関係の質を高めることを大切にしています。地方の中小企業が成果を上げ続けながら持続していくためには、売り上げや数字といった成果を起点とするのではなく、人間関係を起点としてその質を高めていくことで成果が上がるという成功循環モデルで組織づくりをする必要があると考えているからです。ただ、3年前くらいですかね。当時の社内では一人の上司と周囲との関係性がよくなく、互いに不平不満を言い合っているような状況でした。メンタルヘルス不調を訴える人は出ていませんでしたが、いつそうなっても不思議じゃなかった。その関係性をよくしたいという思いで利用したのが、ポリネ。社内の人間関係の改善が、メンタルヘルス不調を起こさないことにもつながるということを理解した上で、サポートを受け始めました」
関係性改善のために、自分の思考プロセスと相手の思考プロセスの違いを理解できるポリネのプログラムを、社員全員参加の2泊3日の研修で行った。研修後も社内ワークショップを通じて互いの理解を深めるための対話の機会を増やし、「以前よりもいい関係性になれたと思います」と手応えを口にする。
一方で、関係性を改善したことによって精神的に苦しむ社員もいた。
「関係性を改善していくと、社員が進んで『自分はこれがやりたい』『この人のために何かしたい』という思考となり、自走する組織になっていきます。しかしそれが、苦しいと感じる人も中にはいます。言われたことをこなしているほうが楽なタイプは、かえって周囲との差を感じたり、自分を見失って精神を病んでしまったりするんです。メンタルヘルス不調者を出さない職場づくりって、本当に難しいと感じます。ただ、世の中で起こっているメンタルヘルス不調の原因のほとんどは、上司からのパワハラなど、人間関係によるストレス。うちの会社で過去に休職した方々もそうだったと思います」
心身ともに健康的に働き続けられる職場にするために、中川さんが社員に伝えたいこと、社長として胸に留めていることは何か。
「自分の立場が上司であれ部下であれ、多くの会社員が見つめ直したほうがいいと感じるのが、自分や相手を偉い人、偉くない人として見ていないかということ。日本の企業はまだまだ上下関係がハッキリしているのも、その風潮につながっていますよね。部長などの肩書は偉いから与えられているのではなくて、その人の役割として与えられているものなんです。それが、偉い・偉くないと誤認されることで、言いたいことが言えずにストレスがたまって精神を病んでしまうという結果につながります。役割の違いということを互いに理解すれば、互いにリスペクトを送り合うコミュニケーションが生まれ、関係性はよくなるはず。その違いを認識できる機会をつくることが、経営層には求められているのだと思います」
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取材・文 小山内彩希
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編集 大川卓也
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