スーパーエルニーニョと暖冬は「異常気象の時代」への入り口? 地球沸騰化がもたらす地球の未来
この冬、「スーパーエルニーニョ」という言葉をニュースで耳にした人も多いのではないでしょうか。エルニーニョ現象が発生する年は異常気象が多くなるといわれています。それに「スーパー」が付いた「スーパーエルニーニョ現象」は、言葉だけ聞くと非常に怖ろしいイメージを持つはず。
では実際、どのような異常気象が起きるのか、そして、それは私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか?
今回は、異常気象の専門家である三重大学大学院生物資源学研究科の立花義裕教授にお話を聞きにいきました。
その結果わかったのは、「スーパーエルニーニョ現象」から浮かび上がる、現在の地球の異常な状態です。
「地球はいま、沸騰している」
「日本の海水温は世界で一番高い」
「あと10年で世界は後戻りできない状態になる?」
など、我々の地球を取り巻く大きな問題が、エルニーニョ現象を知ることで見えてきました。
今年のエルニーニョ現象は、もはや"ジャイアントスーパー"?
── 今年の冬は「スーパーエルニーニョ現象」が続き、暖冬であるというニュースをよく耳にします。なぜここまで「スーパーエルニーニョ現象」が注目されるのでしょう?
それは、今年発生しているエルニーニョ現象が「スーパー」どころではないからです。正式名称ではありませんが、いわば「ジャイアントスーパーエルニーニョ現象」とでも言いましょうか。
エルニーニョ現象とは、太平洋の東側、南米・ペルー沖の海水温が平年よりも高くなり、逆にフィリピンやインドネシア、パプア・ニューギニアなどの太平洋の西側の水温が下がる現象のことです。エルニーニョ現象が起こると異常気象が発生するといわれています。
── そもそも、どうしてエルニーニョ現象が発生するのでしょうか?
貿易風という風が弱まることによって発生します。貿易風は太平洋を東から西に吹く風で、本来はそれが暖かい水を西側に押し込むので、いつもは太平洋の西側の温度の方が高いんですが、貿易風が弱まると、西側に押されていた暖かい海水が東側に流れ込み、ペルー沖が暖かくなるんです。
すると今度は西側の海上にある空気が暖かいところを目指して東側に流れるので、風の流れも東向きになり、どんどんペルー沖に暖かい水がやってくる。そして西側の海は暖かい水がなくなるので寒くなります。
── なるほど。その中でも「スーパーエルニーニョ現象」と呼ばれるものがあると。
スーパーエルニーニョ現象は、この東側と西側の水温差が極端になることです。スーパーエルニーニョになると、ますます異常気象が起きる。
ただし、エルニーニョ現象自体は4〜5年に一度起こる現象で、しかも予測可能なので対応もできる。スーパーエルニーニョ現象も1990年代後半に観測されています。
地球全体の海水温が、異常に高くなっている
── では、今年のエルニーニョはなぜ「ジャイアントスーパー」なんでしょうか?
通常の「スーパーエルニーニョ」と何が違うか。ペルー沖の水温も高いのですが、いつもは低いはずの太平洋西側の海水温も高いのです。地球温暖化で地球全体の水温が異常に高い中で、スーパーエルニーニョ現象が起こっているのです。
── そんなことが起こっていたとは......。
こんなのははじめてです。平年と比べた時の海水温の差がわかる図を見てみましょうか。
暖色になっていれば平年よりも海水の温度が高く、寒色になっていれば平年より海水の温度が低いことを表しています。
ご覧のように南米のペルー沖は赤くて、平年より4℃ほど高い。科学者の定義では、海水温が平年より2℃高いだけでスーパーエルニーニョ現象ですし、1℃高いとエルニーニョ現象になる。異常に海水温が高いことがわかりますよね。
エルニーニョ現象のとき、フィリピン沖は真っ青になるはずなんです。どこかが暑ければどこかが冷たくなる。地球はうまくできている。ところが見てわかるように、地球の全てが真っ赤でほんの一部しか青いところしかない。僕はこんな地球を初めて見ました。
── そうした状況を指して、「地球沸騰化」というワードが出てきているんですか?
そうです。この状態を国連は「地球が沸騰している」と表現した。その地球沸騰化に拍車をかけているのが、スーパーエルニーニョ現象です。本来、ペルー沖の海水温は低いので、地球全体の水温が高くても、少しはそれを和らげてくれるんです。そのペルー沖の温度も高いので、地球の海面温度の上昇に拍車をかけている。
── 一部の報道では3年ほどエルニーニョ現象が続く、ということも言われていますが、来年もエルニーニョ現象は続くのでしょうか?
エルニーニョ現象がいつ終わるかの予測は難しいんですよ。貿易風がまた東から西に暖かい海水を押し返せば元に戻るんですが、強い貿易風が吹いてくれない限り、エルニーニョ現象は続く。例年2〜3月が一つの境目になっています。現在のエルニーニョ現象は来年春には終わると気象庁が発表していますが、春まで続けばそのまま続くと思います。
── 貿易風次第で、来年の気象状況が大きく変わるんですね。
ただ、本来はエルニーニョ現象が発生するとき、日本の夏は冷夏になるといわれていたんです。それが、今年は猛暑でしたよね?つまり、今までの気象の理屈が成り立たない時代に来た。こんな状況は我々研究者も初めて経験する状況です。
スーパーエルニーニョ現象に限らず、世界中の海がおかしなことになっているんです。最もおかしい場所が二箇所。一つは今お話したペルー沖、そしてもう一つが日本です。
いま、日本の海水温の高さは世界でもダントツ
── なんと!日本も。
先ほどの図を見てください。少しズームしますね。
日本近海も真っ赤です。この図では、海水温が平年より5℃以上高いところは黒くなっていますが、三陸沖は黒いですよね。全地球の海の中で平年に比べて最も海水温が高いのが、日本なんです。平年より5〜7℃、高い。これはあまり報道されていません。
本来、エルニーニョ現象が起きると日本近海は冷たくなるんです。日本も太平洋の西側にありますから、フィリピン沖だけでなくて日本近海の海水温も下がるのです。
── では、なぜ、日本の海水温がそこまで高いんでしょうか?
二つ理由があります。一つは今年の夏がとてつもない猛暑だったこと。海面が猛暑に晒されて、海水温が上がったんですね。
もう一つが、「黒潮」の影響です。黒潮は暖かい海流で、本来であればフィリピン沖から日本を北上して千葉県銚子沖あたりで右に外れて、そのまま太平洋へと流れていきます。でも、今年の黒潮はものすごく蛇行している。それは黒潮の流れが遅いからなんですが、ゆっくり自転車を走らせると安定しないのと同じで、黒潮も流れが遅いと不安定になるんです。
そのため、今年の黒潮は東北沖、さらには北海道の南側まで流れている。それに加えて、同じ暖流で黒潮からの分流である対馬海流も日本海側に流れていますから、日本は暖流に挟まれている。それがこの海水温の暖かさに影響しています。
── 日本近海の海水温が高いことで、私たちの暮らしにどのような影響があるのでしょうか?
まずは残暑の厳しさです。2023年は11月や12月でも夏日がありましたよね? あの残暑の厳しさは、日本近海の海水温の高さが一因です。海水温が高くなったら、そう簡単に温度は下がりません。海から陸へと風が吹いても、暖かい海水の上を通ってきた風は温かい。しかも海風だからジメジメしていて、体感温度はもっと上がってしまう。
猛暑の影響で、去年は秋がほとんど無かったですよね。僕はこれをよく「四季が二季になった」と話しています。
── 海水温の上昇が、日本の季節までも変えてしまうんですね......。
加えて、これから影響がありそうなのが「豪雪」です。実は「豪雪」が起こる大きな原因は、海面水温の高さからです。寒気がシベリアのほうから日本へ向けてやってくるのですが、それが日本海を通過する時、日本海はとても暖かいので、水蒸気がたくさん出る。
冬にお風呂のドアを開けると、湯気がたくさん出てきますよね? あれは脱衣所が寒くて、お風呂が暖かいからその温度差でたくさん湯気が出るんです。だから日本海上にもたくさん水蒸気が出て、雪雲ができる。
地球全体が温暖化しているので基本的には暖かいんですが、一度寒波がやってくると、豪雪になるんです。昨年の12月には、札幌市の隣の岩見沢で1日70㎝以上の雪が降ったそうです。
── 水温が高いことは、残暑も生み出すし、豪雪も引き起こすと。
さらに、北極の寒波は温かい海を目指してくるんです。つまり、寒波は今年の暖かい日本が好きなんです。だから寒波が日本全体にやってくる。
── ということは豪雪の可能性も高まるんですね......。今までは雪が降らなかったようなところまで雪が降ることも起こり得ますか?
はい。もともと北極の寒気は、温暖化が起こる前は北極で安定していたんです。ところが最近は温暖化の影響で北極の氷が減り、北極が不安定になった。国と同じで国内が不安定になると、よその国にフラフラと手を伸ばすわけです。そこで動いた先が暖かい日本やアメリカなんですよね。だから寒波が日本に来やすくなって、九州の方にも行ったりする。
── 九州でも降雪が起きるわけですね。北極の温暖化が世界中に影響を及ぼしているとは。
スーパーエルニーニョ現象はアナザーワールドへの入り口?
── 地球温暖化によって今まで経験したことがない現象が各地で起こっているんですね。
由々しき事態です。今までは、スーパーエルニーニョ現象が起こっても、振り子が元に戻るように、少しすればまた理屈がつく気象状況に戻ると思っていたんですね。でも、振り子も振り切ったら戻らない。つまり、これまでの常識や理屈がまったく通用しない世界に突入するかもしれない。
その振り子が振り切るポイントのことを専門用語で「ティッピングポイント」といいます。それを超えたらいくら温暖化対策をしても意味がない。現在の常識では、CO2を減らせば地球温暖化は止まると思われているけど、「ティッピングポイント」を超えた世界では、CO2を減らしても、これまでの普通の気象には戻らないのです。まさに「アナザーワールド」が広がっている。
そのティッピングポイントを超えるきっかけは、やはり海だと思うんですよ。さっきも言ったように、海は一旦温度が上がったらなかなか元に戻らない。だからある一定の温度まで海の温度が上がったら異常気象が普通の世界になる。今年はスーパーエルニーニョ現象がその後押しをして、もしかするとアナザーワールドへの入り口にいるかもしれない。
── なんて恐ろしい......。海温がどれぐらい上昇すると、ティッピングポイントを超えるのですか?
研究者によってまちまちですが、確実に言えるのは、産業革命時の気温から2℃を超えたら、もはや地球は元のような気象状況に戻らないと言われています。現在は、その数値が1.2℃ほどなので、ティッピングポイントは近い。
── そう聞くと焦りが生まれます。このままいくと、あと何年ぐらいでティッピングポイントを超えるのでしょうか。
このままいけば、あと10年ほどです。よく聞く「2030年問題」とは、このことを指しているんです。もし、このままティッピングポイントを迎えたら、我々の生活のさまざまなことが変わり、異常気象を受け入れざるを得ない。例えば東京に首都があるのは暑すぎるので、稚内を首都にしよう、となるかもしれない。ティッピングポイントを超えた世界では「異常気象こそがニューノーマル」なのです。
異常気象の時代の入口で、私たちにできること
── 今、私たちができることはなんでしょうか。
当然ですが、ティッピングポイントを迎える前に温暖化を食い止めることが唯一の解決策です。そのときに重要なのは、一部の環境活動家だけが運動をしても仕方がない、ということ。そうではない大多数の人が、ちょっとでもいいからやれることをやる。1人が100をやるよりも、100人が10をやれば1000になりますよね。多くの人が協力すれば、この地球沸騰化問題は解決するんです。ですから、大きな生活スタイルを変える必要はないから、それぞれが少しずつ意識することが必要です。
そのためにも、多くの人に気象や海洋のことについて興味を持ってもらえるようにする必要があると考えています。
── 私たちが興味を持てるようにするにはどうしたらいいでしょうか?
「全体を意識する」ということが大事です。これまで説明したようにすべての気象現象や海洋現象は密接につながっているので、1箇所が変われば全体も変わっていく。
ただ、全体を見ない人からすると、日本の局所的な話だけを考えて終わってしまう。
── 日本で豪雪が多くなるのは、元を辿れば、北極の氷が溶けていることが原因ですもんね。世界中で起こる出来事はつながっている。
そうです。地球規模で物事を見ると、いかに異常なことが世界で起こっていて、そしてそれらが連鎖しているのかがよくわかります。だからみなさんにも地球規模で物事を見る癖をつけて欲しいと思います。
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取材 長谷川琢也
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取材・執筆 谷頭和希
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取材・編集 友光だんご(Huuuu)
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