子どものための''不動産屋''? 家と土地からアプローチする福祉の形 #豊かな未来を創る人
離婚率が上昇する昨今、厚生労働省の「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査結果」によると、母子家庭は119.5万世帯にのぼるといいます。加えて、厚生労働省の「令和4年 国民生活基礎調査」では、ひとり親世帯の貧困率は約4割以上と、厳しい状況に置かれる家庭が少なくありません。そんな中で、シングルマザーやひとり親向けの住宅「シングルマザーシェアハウス」を運営するのがシングルズキッズ株式会社です。2017年の「MANAHOUSE上用賀」のオープンから、現在は都内を中心にアパートも含めて9棟、37世帯が暮らしています。シングルマザーシェアハウスの運営を始めたきっかけから現在の取り組み、これから思い描く未来の在り方について代表取締役の山中真奈さんに伺いました。
山中 真奈(やまなか・まな)
シングルズキッズ株式会社代表取締役。宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士。1986年生まれ、埼玉県出身。10代でギャル・ギャルサークル・キャバクラ・引きこもりを経験後、20歳で某FC不動産会社にて4年間従事、2015年独立。 不動産仲介・保育園開設支援・子どもに想いのある大人が繋がるプロジェクトなど活動後、「シングルズキッズ(=ひとり親で育つこども)を住環境から楽しくHAPPYに!」をミッションに、2017年6月、世田谷区に"シニア同居・地域開放型・シングルマザー下宿MANAHOUSE上用賀"をオープン。自身も同居しながら経営中。他、ひとり家庭と児童養護施設出身の若者やペットが暮らすハウス、豊島区やNPO法人と連携したハウス、コミュニティアパート型などを9棟運営。福祉と不動産の共通言語をつくる通訳を目指す。
シェアハウスで提供するのは"箱"だけではない
── 「シングルマザーシェアハウス」は、どんな人たちがどんな目的で利用しているのでしょうか?
シングルズキッズが提供するシェアハウスには、家庭内暴力や家が借りられないような状態から脱してきた人たちが多く暮らしています。みなさんの目的は、まずは安心安全に子どもと生活することです。
それに対して弊社では、「シングルズキッズたちを住環境から楽しくHAPPYに!」をミッションに、ひとり親で育つ子どもたちが楽しく生活できるような暮らしの在り方を提供しています。
── 子どもたちがHAPPYになれる暮らしの在り方というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
シェアハウスでは、シングルマザーの親子をはじめとし、児童養護施設で育った若者や会社員として働く単身の方など、多様な方々と一緒に暮らす環境があります。入居者には似た境遇の人たちがいるので、ほかの人には言いづらいことも話せたり、相談し合えたりできることもあります。そういう、シングルマザーシェアハウスだからこその安心感も共有し合える場、助け合いの場にもなっているのです。
ただ、過去に家庭内暴力などの被害を受けた人たちは、心の境界や限度である「バウンダリー」が曖昧だったり、穴が開いていたり、他者との距離感をつかむことを苦手とする人もいるんですね。親子ふたり、孤独な子育てをしている場合、親子関係でしんどくなって、お子さんにきつく当たってしまう場面もあります。
シェアハウスではいろいろな人と一緒に生活をすることで支え合えたり、学びを得たり、他者のバウンダリーを侵害せずにお互いが安心安全に暮らせるあり方を練習し、社会性を育む場にもなっているのです。
シェアハウスは一つの「チーム」だと思っているんですね。チームは、みんなで同じ目的に向かって、それを達成できるように助け合ったり、トラブルを解決したりするじゃないですか。それと同じように、みんなが安心して子育てや仕事ができて、お互いの生活がうまく回っていくように支え合いながら生活できるような契約やルールを提唱しています。
進む関係性の貧困。不動産というアプローチ
── シングルマザーシェアハウスを運営してきた中で、どのような問題意識を抱いていますか。
シングルマザーに関わる問題として目立ちがちなのは、数字として分かりやすい「経済的な貧困」です。だから世の中には物や資金を与えるだけの支援もあります。それはそれで必要です。でも実は根本的な問題はほかにもあって、それが「関係性の貧困」なんです。
経済成長の中で、それまであった人と人とのつながりがどんどん希薄になっていると感じます。どんな人が家の隣に住んでいるか知らない、祖父母や家族との交流もほとんどない。困ったときに地域で助けてくれるつながりがない中で、周囲との関係性の貧困化が進んでいます。
その中でとりこぼされてしまうのは大人だけではなく、発信力がないために気づかれない子どもたち。そうして、異変に周囲が気づかないまま虐待で亡くなってしまう子どもたちもいるのです。現在の取り組みを通じて、その希薄になった関係性をつなぎ直す住環境構造をつくっていきたいと考えています。
── 年々取り組みを広げられ、最近は自治体との協業もされていますよね。
豊島区住宅課のサポートによって「ポノハウス池袋本町」ができました。豊島区では、区内にある空き家のオーナーと、社会的な目的で活用するNPOや企業とをマッチングするシステムをつくっているんです。その中でNPOが借りた空き家を、私たちが運営しています。
ここで紹介いただいた空き家は、すごく大切にされてきた思い入れのある家で、荷物が残っているなどの事情があって売ったり貸したりするのが難しく、豊島区に相談があった物件なんですね。そこで、オーナーさんとはあらかじめ契約期間が決まっている定期借家契約を結んで、再契約も返却も選べるようにすることで、安心して貸していただける仕組みにしています。
物件の中に残っている荷物もシェアハウスでは喜んで使ってもらえていますし、社会的に必要な方のために市場より安く借りられて、私たちとしてもとてもありがたい取り組みでした。
── シェアハウスを運営する中で「やっててよかった」と思うのはどんな瞬間ですか?
最長で立ち上げ時から7年間暮らしている親子がいるのですが、入居当時は保育園児だったお子さんがもう小学校高学年になったんです。一緒に暮らしながら、その成長を見られているのがすごく嬉しいですね。
ほかにも、シェアハウスを卒業しても「また住みたい」と言ってくれる子がいたり、入居前は両親の不仲で笑顔がなかった子が、シェアハウスの暮らしを通じて子どもらしく笑ったり泣いたりできるようになったり。そういう変化にもやりがいを感じます。
「不動産×子ども」にたどり着くまで
── 子どもやシングルマザーをご自身の取り組みのテーマの一つにした原点はどこにあると思いますか。
やっぱり私が育ってきた家庭環境は大きいと思います。私の両親は離婚こそしていないものの喧嘩が多かったので、家庭の雰囲気が良くなかったんですね。そんな家庭環境の中で私は3人きょうだいの末っ子。他のきょうだいよりも手がかかり、構ってもらえていないという気持ちを抱いていました。母親とのコミュニケーションもうまくいかず、10代の頃はギャルサークルやキャバクラなど夜の世界で過ごす時期もありました。家庭環境が円満だったら、現在の仕事には行きつかなかったと思いますね。
── 夜の世界で過ごす経験をしながらも、その後不動産で働くこととなったきっかけは何だったのでしょうか。
家庭環境の影響で、19歳の時に摂食障害となり、まともに食事もできなくなったんです。全ての関係を絶ち切って家に引きこもり、死にたいと思うようになりました。でも、そんな勇気もなかったので結局働くことにしたのですが、当時の携帯屋での仕事がだんだん楽しくなってきたんですよね。その後、ある程度ちゃんと自分で稼げるようになったので実家から出ようと、家を借りることに。そこで出会ったのが不動産という仕事で、「楽しそう!」と思ったのがきっかけでした。
── そこから不動産×子どもにいきついたのはどういう経緯だったのでしょうか?
不動産屋で働いていた時は、シングルマザーの「借りたい」という相談を断る側だったんですよね。賃貸業には2つの立場のお客さんが居て、家を借りたい人と貸す人である大家さんです。その上で、大家さんがだめだと言ったら断ることしかできないんです。管理物件ではない物件に200~300件電話で問い合わせをしても、パートや無職で子ども3人、なんていうご家庭だとほぼすべてに断られて。実際に会って、すごく頑張っているお母さんだから応援したいと思っても貸すことができないという状況に違和感を抱えていました。
思いが強くなるきっかけとなったのが2010年の大阪2児餓死事件でした。食べ物が余ったら捨ててしまうような国で、3歳と1歳の子が餓死してしまったことはかなり大きなショックでした。そこで、子どもが幸せであるためにお母さんの安定した暮らしが必要だと考えるようになり、私が好きな「不動産」と「子ども」をかけ合わせた仕事をしたいと考えるようになったんです。
その後、子どもの貧困についての勉強会を開いたり、保育園の物件探しを手伝ったりするようになった中で、カンボジアでの活動に参加する機会があって。そこで、女性起業家の支援をされている経営者に出会ったんです。
その人に事業プランを相談をしていた時、「やりたいことと社会のためになることをかけ合わせたらいい」という言葉がありました。私の中で浮かんだキーワードは「シングルマザー」と「児童養護施設」だったんですね。当時、児童養護施設の子供は全国に3万人以下なのに対して、シングルマザーは約120万世帯。ビジネスとして取り組むのであれば、母数の多い分野にしようと一緒に練り上げたのが、シニアが管理人としてサポートするシングルマザーシェアハウスという事業でした。
── ビジネスとしてきちんと成立するかどうかも、この事業を始めるにあたって重要な判断軸だったと。
シングルマザーにただ寄り添って「大変だったね、無理しなくていいよ」と安く家に住んでもらうのは本質的な自立支援にはならないと思います。人の喜びって、何かをしてもらうことよりも、何かをして人の役に立つことで感じられるものだと、私は思うんです。自立のためには、与えられる側ではなく、与える側になることが大切。そのために必要なのは福祉だけではなくビジネス的なマインドだと考えているので、「不動産×子ども」という構造の中にはビジネスの要素が必要不可欠でした。
── それで現在は、ビジネスと福祉、両方の視点を持って取り組んでいると。シングルズキッズでは「不動産と福祉の共通言語をつくる」というバリューを掲げられていますが、まさに、不動産というビジネスと福祉とをつなぐような立ち位置を担っているのですね。
私は不動産業界から何も知らずに飛び込んできたので、シェアハウス運営ではトラブルが多く起こり、福祉の勉強をしないと乗り越えられないことがたくさんあったんですね。福祉のことを学んだり関係者と話したりして感じたのが、不動産業界と福祉業界で全然話が噛み合っていないということでした。
不動産屋は顧客である大家さんの利益を守るために、リスクのある不良入居者を断らなければなりません。となると、保証人のいない無職のシングルマザーは断る対象になってしまいます。
一方で、福祉の人からすると、どうしようもない事情で困っている人に家を貸せないのが理不尽に感じられるんですね。福祉側の人は不動産を扱う側の事情やリスクについては知らないので、どうしてもそこですれ違いが生じてしまうのです。
ただ、不動産屋は困っている人が役所窓口に行くところに同行したり、制度で補助をしたりなどのソフト面での支援ができないけれど、それは福祉が得意なんですよ。だから、不動産と福祉が手を取り合えば解消できることはたくさんあるのに、と思っていたんですね。それが今のバリューとなり、その2つをつなぐのがシングルズキッズの立ち位置だと思っています。
子どもたちが多様な人に愛される社会へ
── 今後、どんなことに取り組んでいきたいと考えていますか。
実は、今後はシェアハウスを減らしたいんです。一時期、シェアハウスが居住支援の課題解決になるのではないかと、やろうと言い出す人がたくさん出てきたことがありました。でも、大変な思いをしている人を集めて「助け合いなさい」なんて、そもそも簡単にできることではないんです。
弊社がそれをなんとかできているのは、これまでの7年間、自分自身もシェアハウスに暮らす中で培った運営ノウハウと経験があるから。例えそれを書類にまとめて渡したところで、誰でも運用できるわけではありません。
また、シングルマザー向けのシェアハウスを始めてもトラブルが多く手間がかかるのに採算性が低く、途中でやめてしまう人がほとんどです。せっかく始めても持続性がないと結局意味がないじゃないですか。
そこでこれから取り組みたいのが、余っている不動産を子どもの将来のために活用することです。子どものための活動をするために場所が欲しい人がいる一方で、空き家問題がありますよね。家庭の事情や、荷物が家に残っていて貸せない、代々の土地だから普通の市場で売りたくない、といった物件がまだまだあります。
そこで、「不動産が持つ社会的価値を、子どものためになる活用につなぐ」をミッションに、「一般社団法人子どものための不動産活用機構」を設立しました。子どものために活用したいという考えに共感してくれる方から、土地建物の寄付をしてもらったり、安く貸してもらったりする非営利徹底型の社団法人です。大切にされてきたおうちを、子ども食堂や学習支援など子どものために何かしたい方に貸したり、まるまる親子世帯に住んでもらうことを考えています。今後はこの活動を広げ、子どもたちのための物件の活用を進めていきたいと考えています。
── シェアハウスという形態は手段で、その先で子どもたちやお母さんの幸せな暮らしの在り方を考えていると。
私はこの7年間、お母さんや子どもたちと一緒に暮らしながらいろいろ話を聞いたり、現場を見たりしてきて、暮らしという目線で誰も気づいていないことに気づいてきた自負があります。だからこそ、私はシェアハウスではなく、もっと広い意味での構造を変えていかないと、本質的な課題解決にならないと強く感じています。
政治に頼るのも一つだと思いますが、声を上げ続けられるものが制度になっていく中で、親子の課題は子どもの年齢によって変わるので、課題感が続かないんですね。だから、制度になりづらいという実感があります。
そこで、政治による解決が難しいなら、土地建物からやっていきたいと思っているんですよ。地主って、自分の土地の中で小さな社会をつくることのできる存在じゃないですか。「無職のシングルマザーを断って」と言っていた大家さんと逆のこともできるということです。まずはその土地建物を切り口に構造を変えていく。業界が経済価値で計る不動産を、社会的価値に光を当て、先代の想いと共に子ども達のための未来に活用される社会にしていきたいです。
── 最後に、取り組みを続けていく中で思い描く社会像を教えてください。
子どもが子どもらしく、子どものままでいられて、楽しくハッピーな社会です。そのためには、誰かからちゃんと大切にされるという「愛」が必要だと思います。だから、子どもたちが親だけでなく、隣の人や学校の人、近所の八百屋のおばちゃん、多様な人に大切にされている社会になってほしい。
ただ、それは大人同士が大切にし合っていないと実現できないんです。夫婦の関係や会社の人との関係を大人が大切にしているからこそ、子どもを大切にできる。だから、子どもを大切にするために、まず大人がそうであれるような構造を不動産という切り口からつくっていきたいと思います。
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文 安藤ショウカ
取材・編集 木村和歌菜
撮影 荒井勇紀