「儲かるからSDGs」だけでは続かない。サステナブルな社会実現のヒントを枝廣淳子さんに聞く
2015年に国連総会で採択された「SDGs」。この10年間で言葉そのものは浸透したようにも思えますが、実際の社会のサステナビリティへの歩みは、なかなか思うように進んでいないのが現実ではないでしょうか。
本気で持続可能な未来をつくるためには、いったい何が必要なのでしょう?
そんな問いを環境ジャーナリストの枝廣淳子さんにぶつけてみると、「IDGs」や「システム思考」「東洋思想」など、ヒントとなりそうなキーワードが続々と。日本におけるSDGsの現在地と、本当にサステナブルな社会を実現するために必要なことを、枝廣さんに伺いました。
枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)
大学院大学至善館教授。東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。『不都合な真実』(アル・ゴア氏著)の翻訳をはじめ、環境・エネルギー問題に関する講演、執筆、企業の持続可能性に関するアドバイスや社員研修等の活動を通じて、地球環境の現状や国内外の動きを発信。持続可能な未来に向けて新しい経済や社会のあり方、幸福度、レジリエンス(しなやかな強さ)を高めるための考え方や事例を研究。「伝えること」で変化を創り、「つながり」と「対話」でしなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす。
頑張っていても、まだ足りない。日本のSDGsの現在地
── まず、枝廣さんから見たSDGsの現状について教えてください。
SDGsは国連が定めた、国連加盟国に向けたもの。17のゴールはともかく、その下の指標や169のターゲットの言葉を見ると、一般向けというより政府向けですよね。加盟国は国内の法律や枠組みを整えていますが、一般の人にはピンとこないものも多く、まだまだ意識・関心のレベルは低いのではないでしょうか。
気候変動(目標13)や消費にかかわるところ(目標12)には関心があっても、平和(目標16)や平等(目標10)、途上国との教育格差(目標4)といったところにまで思いを馳せて動く人は、理想に比べると少ないように感じます。
── たしかに個人レベルでは実践が難しそうと感じる目標も多いです。結局、目標12の「つくる責任 つかう責任」に含まれる食品ロスやごみを減らすことにばかり注力しがちなような......。
とはいえ、国連が加盟国をサステナブルな未来へ導くために定めたものが、そのプロセスの中で企業やNGOにも広がり、「みんなで持続可能な社会を作っていこう」という機運が高まっているのは確かです。
17のゴールが示されたことで「自分たちに関係があるのはどれだろう」「いまはどこまで進んでいるんだろう」「2030年までにどこまでいけるんだろう」と、みんなの考えや取り組みを促してきた装置としての役割は大きいと思います。
── 大きな役割を果たしたとのことですが、一方でSDGsに取り組んでいるように見せかけるだけの「SDGsウォッシュ」なんて言葉も耳にします。成果が見えない=形骸化してしまっている部分はないのでしょうか?
特に日本企業は基本的にまじめな体質なので、SDGsへ真摯に取り組んでいるところが多いと思いますよ。しかし今のままでは、目標達成に向けて全然足りていないという空気が広がっているのも事実です。
── 真摯に取り組んでいる企業が多いのに、足りていない?
17のゴールはかなり包括的で、環境問題から社会問題までカバーできています。しかし正しい領域と正しいゴールを設定したにもかかわらず、本来進むべきスピードでサステナブルな社会へ向かっていない、という印象です。
── スピードアップできないのは何か理由があるのでしょうか?
みんなが『ズレ』を感じているからだと思います。たとえば気候変動ならその単一のゴールを追えばよいのですが、SDGsにはいくつものゴールがあるので、一方を追うともう一方が犠牲になる『トレードオフ』も出てくるんですよね。
CO2を減らすことに成功しても、それによって生物多様性が失われたり、地域社会が壊れてしまったり。単純にひとつのゴールを目指せばよいという話ではなく、難易度が上がり、これまでのやり方で、ある目標を定めて、そこを最大化・最小化するだけではうまくいかなくなってきたのです。
── 「足りていない」という空気が広がっているのは、海外でも同じなのでしょうか。
歩みの遅さは世界中が抱えている課題ですが、特に日本では顕著です。さまざまな国に由来する移民がいて、いろんな生活レベルの人が共存する他国に比べ、日本は比較的、同一性が高い国民です。もちろん日本でも格差や多様な人種は存在するものの、それゆえに多様性に意識が向きにくいのではないでしょうか。
── つまり日本人の国民性が悪いほうに働いて、SDGsが進まないということですか?
多様性に加えて、気候変動についても日本人の関心が高まらないのは、「天災」が関係しているのではないかと思います。日本では昔から、地震や津波、火山の噴火など、多くの天災を経験してきました。その分、天災による変化を甘んじて受け入れ、その上でしなやかに生きていく術を自ずと身に付けていると思います。
気温が上がろうと、雨の降り方が厳しくなろうと、問題そのものを解決するのではなく、自分たちが適応してうまく生きていこうとする。そんな文化的な背景が大きいかもしれませんね。しかし、ときには積極的にアクションすべきこともあるはずです。
「SDGs」の枠を超え、ビジネスシーンでも注目される「IDGs」
── 最近では「IDGs(Inner Development Goals)」という言葉も見かけます。2020年に北欧で生まれた言葉で、「SDGsへの課題感に向けて生まれたフレームワーク」とのことですが、詳しく教えていただきたいです。
「IDGs」は、サステナブルな社会のためには内面の発達、つまり人が変わることが重要だという認識から生まれました。人が何によって動くかについてはいろんな理論がありますが、外からの報酬、たとえばお金が儲かる、地位が上がるといったことを求める人がいます。一方で、「これが正しいことだから」と自己実現に近い意味で幸せになれるという人もいます。
よく『内在的か、外在的か』という言い方をされますが、金銭で動く人は収入がなくなった途端にやめてしまう可能性がありますよね。「持続可能」を実現するには、内面から正しいことを正しいと認め、何が正しいかを見極める目を養い、正しいと思ったことに向かって行動を起こせる内面を磨く必要がある。元々はSDGsを進めるために作られた「IDGs」ですが、すべての人に役立つフレームワークだと思います。
── 実際、私のまわりでも「企業の内側から変えないといけない」という考えを持つ人が増えている気がします。
最近では「パーパス経営」とよく聞きますが、企業と従業員のパーパスの整合性が取れたときにこそ、一番大きな力が発揮できます。単に短期的な利益を求めて商売するのではなく、よき社会を作りたい、そのためにやっているというパーパスが同軸になったときに企業と個人の両方が成長し、幸せになると思っています。
いま自分たちがやっていることが短期的なことだったとして、「本当はこうしたほうがよい」と思ったら、実際に進めていく覚悟や決意を持てる力が必要です。また大なり小なり、実効性をともなう形でSDGsを進めるには、物事の一面ではなくつながりを認識する力も大事。おそらくこれらの力を育むことに「IDGs」は役立つでしょう。
── なるほど。SDGsにも、企業の成長にも「IDGs」が有効なんですね。いずれにしても、「物事を長期的な視点で捉える力」が大事なのだとわかりました。
特に日本は、多くの企業が分岐点にいます。これまでの成功モデルが通用しなくなり、新規開発をしないといけない。だけどそういう形では育成されていないので、ただ上から「新規事業を作れ」と言われても困る。単にスキルを教えるとかいうレベルではなくて、もう一歩先の育成が大事だという認識は出てきていると感じます。
── 「もう一歩先」というのは、具体的にどういったものですか?
大企業の方と話していると、スキルの修得のみならず、挑戦しようとする意欲や変化を恐れない心、失敗しても次に向かっていける力を持った社員を増やしていかないといけないというのが繰り返し出てくるテーマのようです。ただ、これは余裕のある大企業だからかもしれませんね。中小企業は明日の売り上げのために奔走しているところも多々ありますし、余裕がないというのも本音だと思います。
── 「挑戦」「変化」「失敗」。どの言葉も、日本人の気質には馴染まないというか、むしろ避けてきたもののように感じます。内面からの変化が求められている時代ということですね。
行動を起こし、仲間を探す。成功事例の積み重ねが世界を変える
── 「システム思考」という言葉もよく使われるようになった印象です。先ほども「つながり」という言葉が出ましたが、「システム思考」も「物事を個別に捉えるのではなく、全体のつながりや流れを意識しよう」という考え方ですよね。
「つながり」というと、みなさん空間軸のみで考えることが多いのですが、システム思考で大事なのは、時間軸も伸ばすこと。自分たちがよかれと思ってやったことが、次の世代、さらに次の世代に悪影響を及ぼすかもしれません。空間軸と時間軸の両方でつながりを見ることで、本質的な解決法を見出し、対症療法の弊害をなくす。これがサステナブルな社会の実現には必須です。
── 中小企業の話とも少し重なりますが、頭ではわかっていても、将来のことより目先のことを意識してしまう気持ちも理解できます。未来の時間軸を考える余裕がないというか。
右肩上がりの経済成長が続くわけではないと、いろんな国がいろんなタイミングで認識したはずです。日本でいえば、バブル崩壊や東日本大震災ですね。
そういった機会が一度でもあれば「今のままの社会でいいのか」と悟ることができる人がいる一方で、何度も経験してボディブローのようにじわじわ実感する人もいます。いまはまだ経済や社会の仕組みが右肩上がりを前提としているので、あちこちでハレーションや乖離が生まれ、無力感に苛まれるのではないでしょうか。
── 社会の仕組みを変えるのは、個人レベルではなかなか難しいと思います。そんな中でも私たちにできることはありますか?
小さな成功事例を作ることですね。大きなシステムをいきなり変えようとすると、風車に向かうドン・キホーテのようになってしまいます。その小さな成功を積み重ね、周囲の人に見せることが重要です。「変えたい」と願う人が1人では厳しいかもしれませんが、同じ考えを持つ仲間が2人以上いれば可能になると私は考えます。
── 小さな成功事例が積み重なって、大きな変化をもたらした例があれば、教えていただきたいです。
スペインの例がわかりやすいかもしれませんね。温暖化対策をしないといけないとなったとき、スペインのバルセロナが新築の家を建てる際は必ず太陽熱の設備を入れるという条例を作りました。それが徐々に他の都市にも広がって、真似をした都市が70になったタイミングで、スペインが国として法律化したんです。
── なるほど。最初の一歩を踏み出すこと、何か大きなものに立ち向かうことは勇気のいることですが、道な努力がのちに社会・世界を変えるんですね。
ローカルであれ企業であれ、小さな事例が広がって、最後に大きな仕組みを変える。私はそれしかないと思っています。「こっちのほうが主流だよ」という世界を作っていくんです。行動を起こすこと、そして2人目の仲間を作ること。それこそが人を動かします。
「タイパ」の時代だからこそ、いったん立ち止まる。「東洋思想」の教え
── SDGsの17のゴールのひとつに、「ディーセント・ワーク (Decent Work)」があります。"働きがいのある人間らしい仕事"という意味ですが、これを実現するため、IDGsやシステム思考とともに「東洋思想」を取り入れる企業も増えているそうですね。
東洋思想は幅が広く、仏教もインド哲学もアジアの思想も含まれるのですが、私は中国の古典の論語や中庸、老子といった儒教、道教の教えを参考にしています。中国古典では「慎独(=しんどく)」という言葉があるのですが、簡単に言えば『誰も見ていないからといってだらしない格好をしたり、悪いことをしたりしてはダメだよ』ということです。
日本でも、昔から「お天道様が見ているから悪いことをしてはいけない」とよく言われますよね。
── たしかに「お天道様」の考え方は自分の中に根付いていますね。なんというか、まわりに誰もいなくても常に誰かに見張られているような気になります。
何が正しくて、何をしてはいけないのかは、自分と他者の間だけのことではなく、人間としてあるべき姿が宇宙の根源的な法則として定まっている。それが東洋思想にもある考え方なんです。
短期的な利を追った結果、いまの環境問題や社会問題が出ているのだとしたら、本当にそれでよいのだろうか。自分は儲かるけど、それでのちに困ることはないか。天の道として正しいことなのか。そうやって自分に問い直し、自分を見つめ直すことができるのが東洋思想の強みだと思います。
── 実は「東洋思想」がなぜSDGsと関連付けられるのかピンときていませんでしたが、ようやく合点がいきました。一度立ち止まって「いまやっていることが正解なのか」と見つめ直したり、長期的な視点で物事を捉えたり。IDGsやシステム思考とも通ずるところがあるんですね!
しかし一方で、「慎独」や「お天道様」のような考え方がだんだん薄れてきているのも事実です。相手がいなければよいとか、相手の同意を得られればよいと考えてしまう人も少なくありません。だからこそあらためて「東洋思想」が注目され、単に利益の最大化を求めるのではなく、本当は何が大事なのか、何のために生まれてきたのかを問い直す人が増えてきたのだと思います。
── SDGsをなかなか"自分事"として捉えられない人も多いと思いますが、今日のお話には、そこから脱するためのヒントがあったと思います。
SDGsの内容をよく知らないという人は、17のゴールの中で自分が興味のあるものについて調べてみるだけでもよいと思います。ゴールそのものの意味、それに関して日本はどういう現状で、海外ではどうなのか。実際にどういう取り組みが行われているのか。
まずは知り、おもしろいと感じたら自分でやってみたり、誰かと話してみたりすればよいのではないでしょうか。とにかく関心を持ち、大事だと思うアンテナを磨いてほしいです。眉間にしわを寄せて「やらなきゃいけない」と思うと続かなくなってしまうので、「楽しむ」ことが一番大事だと思います。
「流行っているから」ではなく、あくまで自分の関心を原動力に。「関心を掘り下げていれば、そこから導かれるように必要な本や人に出会います。すぐに理解を得られなくともいつか理解者が現れるので、地道でも続けることが大事です」と枝廣さんは話します。
レジ袋を1枚もらわなかったくらいで......自分がどれだけサステナブルの社会の実現に貢献できているか、なかなか実感が湧きづらいのも事実。ですが、ひとりのその小さな行動が、未来を大きく変えるきっかけに繋がっています。国連で「SDGs」が採択されておよそ10年。この節目に、あらためて自分を、そして自分を取り巻く環境を見つめ直してみてはどうでしょうか。
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取材・執筆明日陽樹(TOMOLO)
取材久保直樹
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イラストヤマグチナナコX(旧Twitter): nnk_dendoushi