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俳優・小林涼子、経営者との両立を支える「美味しいをいつまでも」の思い #豊かな未来を創る人

    

サストモ編集部

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農業を通じて社会への新たな価値を生み出している、株式会社AGRIKO(以下、AGRIKO)。「アクアポニックス」と呼ばれる農法を採用した農園「AGRIKO FARM PW桜新町」と「AGRIKO FARM 白金」を都内で運営しています。そんなAGRIKOを立ち上げたのは、ドラマや映画で活躍する俳優・小林涼子さんです。幼い頃から俳優業を続けてきた中での農業との出合いや起業のきっかけ、AGRIKOの現在地、農業を通じて描く社会の未来像について聞きました。

小林涼子(こばやし・りょうこ)

AGRIKO代表取締役、俳優。1989年生まれ、東京都出身。子役としてデビュー、NHK連続テレビ小説「虎に翼」をはじめ、数多くのドラマや映画などへ出演が続いている。俳優業の傍ら、2014年より農業に携わり、家族の体調不良をきっかけに2021年株式会社AGRIKOを起業。農林水産省「農福連携技術支援者」を取得し、自然環境と人に優しい循環型農福連携ファーム「AGRIKO FARM」の運営、アート事業を展開。さらに報道番組への出演やラジオナビゲーターなどパラレルキャリアで活動の幅を広げている。

農福連携の都市型ファーム「AGRIKO FARM」とは

── はじめに、「AGRIKO FARM」とはどんな農園なのか教えてください。

魚の養殖排水を活用して水耕栽培を行う「アクアポニックス」という農法で、魚を養殖しながら野菜やハーブ、食用の花をビルの屋上で育てています。アクアポニックスは、養殖排水に含まれる魚の餌の残りや糞をバクテリアが植物の栄養素に分解し、植物はそれを養分として成長。植物が栄養をたくさん吸うことで水が浄化され、綺麗になった水がまた循環するという仕組みになっています。

現在、魚は琵琶湖に多く生息しているホンモロコを、植物はルッコラやバジル、エディブルフラワーなど常時6~8種類を育てていて、育ったものはファーム(農園)と同じビルに入っているカフェやレストランで料理に使用していただいています。

こうした、"今日使いたいものを今日採る"という「ビル産ビル消」の農業をしているのがAGRIKO FARMの特徴です。広い土地でたくさんの農作物を作る地方の農業に対し、狭い土地で少量かつ多品目の植物を育てる都市型の農業を行っています。

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「AGRIKO FARM PW桜新町」にあるアクアポニックスの様子(写真提供AGRIKO)

── 環境負荷の少ない次世代の循環型農業として近年注目される「アクアポニックス」ですが、取り組む中で難しさを感じるところはありますか?

実は、こうして屋外に設置しているアクアポニックスは珍しくて、やっぱり気候の変化への対応はすごく大変ですね。たくさん雨が降れば水量を調整しなければならないし、太陽が当たらないときは晴れることを祈って過ごすことしかできないですし。

ただ、太陽が良く当たって風も通るからこそ、健康な植物が育つのも確かなんです。例えば、エディブルフラワーは室内の水耕栽培で育てている場合が多く、発色が弱かったり、弱い株になったりしがちです。でも、ここで育つ花は発色が良く、生育も良いので一つのファームで月に約2,000輪もの花が咲きます。

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ファームで育てる色鮮やかなエディブルフラワー

── 自然環境下で行っているからこそ難しい反面、メリットもあるのですね。そうした魚や植物の世話はどのように行っているのですか?

「AGRIKO FARM PW桜新町」では、プレミアムウォーター株式会社さんと協業で障がい者雇用の支援を行っていて、平日は障がい者の方々がスタッフとして魚や植物のお世話をしてくださっています。また、育てるだけでなく、いつ、何を、どのように育てて収穫し、出荷するかを調べたり考えたりするところから一緒に作っているファームなんです。

このファームでは、農地が少なく農福連携が難しい都市部においても安定して雇用を生むことができています。また、育てたものをお店で使っていただく様子を間近で見られることで、働く方にとっても仕事を通じて社会に貢献できる実感も得られる場となっています。

── 障がいのある方が農業で活躍することを通じて、生きがいを持って社会に参加していく取り組みである「農福連携」。実践する中で、課題を感じることはありますか。

人も農業も日々変わっていくものであることの難しさを感じています。障がいもいろいろな特性があるし、人も日々それぞれ状況が変わるし、気候も毎年違うし、答えがないんですよね。よく観察して試行錯誤するしかなくて、何が正解なのか日々考えています。でも楽しい方が大きいですね。

アクアポニックスの水槽で泳ぐホンモロコ
アクアポニックスの水槽で泳ぐホンモロコ

農業との出合いで変わった価値観

── 子どものころから俳優業をされてきた中、どのような経緯で農業と出合ったのですか?

はじまりは24歳のときです。当時、10代からずっと頑張り続けてきた俳優業で疲れてしまっていて。そんな私を見た家族のすすめで、新潟にある父の友人の棚田へお手伝いに行ったんです。

そこで初めて農業に触れて、最初は「楽しい」「このお米、美味しいな」くらいの気持ちでした。でも、農業をしていく中で私が日々食べているお米ができていく様子を見たり、近くの山に山菜を採りに行ったり、木になっているイチジクを採って食べたりして、実りがあることの豊かさを感じたんですね。その気付きで価値観が大きく変わり、どんどん農業が好きになっていきました。

── 価値観が変わったというのは?

それまで、都会には何でもある気がしていたけれど、実はそうではないのだと分かったんです。都会は、和食に中華料理にタイ料理に......何でも好きなものを選べて、少し歩けば全然違う飲食店もあるし、すごく豊かで恵まれていると思います。ただ、逆に言えば生産ができない土地でもあります。毎日食べるお米を自分で育てたり、山菜やきのこを採って食べたりできないから、スーパーマーケットに行かなければ食べるものがないじゃないですか。

都会には都会の豊かさがあるように、田舎には田舎の豊かさがあって、その2つでは価値観が全く違うのだと気が付きました。

小林涼子

── そこからどのようにして農業が起業に結びついたのですか?

家族の体調不良とコロナ禍の影響が、特に大きかったですね。もともとは家族と一緒に農繁期に手伝いに行っていたのですが、体調不良で行けなくなってしまって。加えて、コロナ禍に見舞われて、新潟に行くことすら難しくなりました。

私が通っている田んぼは、高齢化が進む限界集落で荒廃が進んでいる棚田なので、担い手がすごく少ないんですね。だから、手伝いに行かなくなったらお米が作れなくなって、今当たり前に食べているこのご飯を食べ続けることができなくなるのではという漠然とした不安を抱くようになって。美味しいものを食べ続けられることが当たり前じゃないんだと気づいて、自分も何かできることがないかと考えるようになりました。

さらに、以前のように農業ができなくなってしまった私の家族や高齢者、障がいのある人など、誰でもバリアフリーな農業ができたらという思いから「農福連携」にたどり着き、今の事業を始めました。

── 会社という形以外にも、コミュニティを作るなどの選択肢もあったかと思いますが、なぜ会社にしたのでしょうか?

自分自身が農業を手伝う中で、仕組みよりも人の思いで成り立っているボランティアやコミュニティという形では、人が辞めてしまったらその後どうなるんだろうといつも考えていました。たとえ、体調不良やコロナ禍のようなのっぴきならない事情で手伝えなくなったとしても、季節は進み、田植えや稲刈りの時期が来て、自然は待ってくれない。どうしたらこの美味しいお米を守っていけるんだろうかと考えるようになったんです。

それに、いくら私が農業をやりたいと思っていても、植えられる苗の数は限られています。あくまでもお手伝いをしてきた私が、本当にすべて1人でやり抜けるかわかりません。それで、仲間を作って持続可能な形で農業と向き合いたいと考え、AGRIKOを立ち上げました。

── 会社の事業として、どのような経緯でアクアポニックス農業にたどり着いたのでしょうか。

新規就農をするなら生まれ育った世田谷でしたいと思っていたのですが、なかなか農地が見つからなくて。どうしようかと困っていたとき、海外の知人がアクアポニックスというものがあると教えてくれたんですね。

それで興味を持ったのですが、当時日本ではアクアポニックスを活用した農業をしている人が少なかったので、まずは自分でやってみようと思いました。自宅のベランダに手作りのアクアポニックスを作って、何か月か試してみたんです。

すると、それがすごく面白くて。アクアポニックスで何かできれば、と思うようになりました。そんな時、たまたまOGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町さんとご縁があり、この屋上を貸していただけることになったんですね。屋上であればまさにアクアポニックスがぴったりだと、このファームを作ることにしました。

竹害に悩む地域から竹を譲り受けて活用
野菜への農薬や化学肥料、魚への抗生物質は使わずに育てている。循環に必要な栽培設備には、竹害に悩む地域から竹を譲り受けて活用

みんなの「得意」が社会を支える

── 農福連携の事業をする中で大切にされている考え方や信念を教えてください。

「得意を生かす」ことをすごく大切にしています。人にはみんな、得意なことと不得意なことがあります。私は子どもの頃から今まで、俳優として得意なことを仕事にできていますが、子どもの頃はずっと母に支えられてきましたし、今はマネージャーさんや作品に関わる人たちが私にはできないことを補ってくれるからこそ仕事ができています。

そうして周りの人のおかげで得意を生かせて今の仕事をしているけれど、もし得意じゃないことに目を向けられていたら、今こうして仕事ができていないかもしれないと思うんです。だから、できないことに目を向けるのではなく、できることに目を向けられるような会社にしたいと考えています。

竹害に悩む地域から竹を譲り受けて活用
ファームで育てた野菜を収穫するスタッフの様子(写真提供AGRIKO)

── 会社の中で、得意を生かしている事例があれば教えてください。

会社を作った当初はファーム事業しかしていなかったのですが、ファームで働く障がい者の方で、絵がすごく上手な人がいて。その方はタブレット端末の操作やメールの文書を打つことが難しかったのですが、ほかに得意なことがあるんじゃないかとお話を重ねたところ、「実は絵が得意なんです」と教えてくださったんです。それで、農園をテーマに絵を描いていただいたら、本当に可愛い作品を描いてくださって。この方の業務の中で、農業以外にも何か違った可能性があるかも、と思い2023年12月にパラアートの事業を始めました。

そこからたくさんの方に支えていただいて広がっていき、サンマルクホールディングスが運営するPetrichor Bakery and Cafeの紙袋やBAKERY RESTAURANT Cのコースターで使用していただいたり、J-WAVEの番組ステッカーに採用いただいたりしています。

障がいのあるスタッフが描いた絵をもとに作ったPetrichor Bakery and Cafeで販売するオリジナルの手ぬぐい(写真提供AGRIKO)
障がいのあるスタッフが描いた絵をもとに作ったPetrichor Bakery and Cafeで販売するオリジナルの手ぬぐい(写真提供AGRIKO)

また、ファームには子育て世代の女性たちも勤務しています。お母さんって教育者じゃないですか。子どもが何かできなくても切り捨てるのではなくて、どうしたらできるか、何ができるかを見つけて、それを育ててあげるのが得意な人が多いと感じます。

皆さんそれをこのファームでも自然と行ってくださっていて、この方は何が得意で何ができないかをみんなで共有しながら、できないことがどうしたらできるようになるかをいつも考えてくれているんです。例えば、ダウン症で字が書けない方に文字を教えてくれて、半年ほどしたらプランターに植物の名前を書けるようになったこともあるんですよ。

一般的な会社では「できないならいいよ」と言われてしまうようなことでも、一緒にやろうと言って、能力を引き出せるのは、お母さんだからこそだと思います。これは、私には絶対にできなかったことですね。

小林涼子

「半径5mの幸せ」を追求したい

── 今の事業を続ける中で、どんなときにやりがいを感じますか?

休日にスタッフが家族を連れて子どもと一緒に水やりをしてくれたり、夏休みの自由研究をしたりするのですが、お母さんが働いている姿を見た子どもたちが「ここで働きたい」「アグリコの社長になる」って言ってくれるんですね。私は、美味しいものを将来も食べられるような未来を作るため、後の世代にバトンを渡すために会社を作っているので、そうした言葉をもらえるのがすごく嬉しいです。

また、就職された障がい者の方々が、1年、2年と働かれて親御さんが喜ばれている姿を見たときにはすごくぐっとくるものがありました。

そういう「半径5mの幸せ」が私のやりがいですね。これが持続可能な未来を作るんだと思います。自分が幸せでなければ社会や地球の未来なんて考えられなくなってしまいます。今自分が幸せであること、自分の周り5mが幸せであること。それがゆくゆくは地球の未来の幸せにつながると思います。

── 大きなやりがいを感じて事業をされているのですね。とはいえ、俳優の仕事とこの会社の仕事と、ものすごく忙しい中続けるのは簡単ではないと思います。どのような思いに突き動かされてこの事業を続けていらっしゃいますか。

「美味しい」という気持ちかもしれないですね。私にとって美味しいものを食べることがすごく幸せで、今日だって、夜に何を食べようかともう考えていましたし(笑)。

この「美味しい」って簡単なようで難しいことだと思うんです。だって「美味しい」というのは、美味しい食べ物があって、心と身体の健康が揃ってようやく思えることなんですよね。それって実は簡単なことではないからこそ、「美味しい」と今感じられているのはすごく嬉しい稀有なことだと思っていて、その気持ちが原動力になっています。

ファームで育てるビールのホップ
ファームで育てるビールのホップ

── 今後の展開において、これから注力していきたいことを教えてください。

農産物の6次産業化と雇用の推進には特に注力していきたいです。6次産業化は、1次、2次、3次産業それぞれの産業をかけ合わせることで、新たな付加価値を生み出す取り組みのことです。直近では、ファームで育てているホップを使ったビールの試作を作っているところなんですよ。これからは、そういう6次産業化の事例を増やしていきたいですね。

また、ファームを増やしたり、アート事業を拡大したりしていくことで、雇用人数を増やしていきたいと思っています。私自身、俳優になってから日の目を浴びるようになるまで長い時間がかかったので、いろいろな人が社会に出ていけるようなフィールドを作りたいです。

── 最後に、今の事業を続けた先に思い描く理想の未来を教えてください。

美味しいものを「美味しい」と食べ続けられる未来です。そのために会社としても「明日を耕す」というパーパスを掲げているので、自分や周囲の人の幸せから食の未来につながる土壌づくりをしていきたいです。

小林涼子

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