震災から1年、深刻なボランティア不足が続く能登「人手が足りない」「降雪期に入れば一層深刻化」の声も #知り続ける能登 #災害に備える
昨年1月に能登半島地震が発生してから、1年を迎えた。しかし、震災からの復旧が進まない中、9月には奥能登豪雨が追い打ちをかけ、被災地の状況は今なお深刻だ。昨年12月10日時点で、輪島市では14カ所の避難所に290人が身を寄せたままであり、年末年始を避難所で過ごす住民もいる。「とにかく人手が足りない」「このまま降雪期に入ればさらに事態が悪化する」という切実な声が上がる中、被災地では長期化する災害ボランティア不足への対応が急務となっている。(取材・文・撮影・編集:島田 龍男/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
地震と豪雨が複合的被害をもたらす...進まぬ復旧作業
1月の地震による地盤の緩みや護岸の崩壊が残る中、9月の記録的豪雨が輪島市、珠洲市、能登町を中心に複合的な被害をもたらした。防災科学技術研究所によると、土砂流出箇所は輪島市と珠洲市の一部で約1900カ所に及び、地震起因の約2200カ所に迫る勢いだ。地震を耐え抜いた家屋が再び水や土砂に襲われ、さらには震災被災者のために建てられた仮設住宅でも浸水被害があり、ようやく生活再建のめどが立った矢先に再度の災害が起きたことで、住民からは「さすがに心が折れそうだ」という声も聞こえる。
全壊・半壊とまではいかなくとも、泥出しやがれきの除去、清掃など、専門的でない作業が必要な家屋は多い。しかし行政は人命救助や避難所運営、ライフライン復旧など優先度の高い活動の対応に追われ、すべてをカバーできない。被災者自身で対処するのは到底困難であり、そのため災害ボランティアが本来欠かせない存在となるはずだ。
増えぬボランティア...3カ月経っても「マッチング待ち」多数
ところが現地では、依然としてボランティア不足が続いている。輪島市社会福祉協議会によると、昨年12月10日時点で約40件が「マッチング待ち」の状況だ(地震・豪雨による被災どちらも含む)。豪雨直後の9月下旬には1日で81件もの要請が殺到。ピーク時よりは落ち着いたものの、3カ月が経過してもボランティア要請は寄せられており、すべてのニーズには対応しきれていない。
「降雪期には作業がさらに困難になります。東日本大震災では半年ほどで閉所へ向かう災害ボランティアセンターも多くありましたが、今回は震災から1年が近づいても終わりが見えません」
輪島市社会福祉協議会の担当者からは、そんな苦しい思いが聞かれた。
「能登には来ないで」から始まった初動の難しさ、脆弱なインフラ
なぜこれほどまで人が集まらないのか。1月の地震直後から現地に入り、復旧支援活動を続けてきた一般社団法人「ピースボート災害支援センター(PBV)」理事兼事務局長の上島安裕さんは、交通網や宿泊環境といったインフラ面での弱点、若者の少ない地域での受け入れ態勢の薄さなど、複数の要因を指摘する。
「震災直後は『能登には来ないで』というメッセージを出さざるを得ませんでした。幹線道路が寸断され、金沢から奥能登に行くには下手したら10時間以上かかる状況。当時、自衛隊や緊急車両を優先し、被災者でさえも市外への避難を呼びかけていた状況下では、受け入れは難しい状況でした。ただ、その初動対応の影響で、関心が下がり、結果的に長期的なボランティア不足が続いているのではないかと感じます」
また、高齢化が進む能登では、平時から地域を支える若者が少なく、ボランティアを受け入れる仕組み自体が脆弱だった。さらに地震時には危険性が高く、一般ボランティアが動きにくかったことが、当初の参加を鈍らせた可能性もある。
一方で、地震と豪雨では必要な支援内容が全く異なる。豪雨被害では泥出しや清掃など、一般ボランティアの手が求められるケースが多いにもかかわらず、「地震の延長」と思われて必要性が十分に伝わらなかった。加えて報道量の少なさ、選挙時期との重なりで情報が埋もれ、さらなる人手不足を招いたと上島さんは分析する。
求められる「細く長い支援」 関係人口の拡大へ
作業のタイミングも課題だ。2次避難先の金沢などから被災者が戻ってくるときに合わせてボランティアが必要になるが、帰ってくるタイミングはバラバラで、短期集中型の「ボランティアイベント」が組みにくい。「細くても長く」続く支援が不可欠な中、一時的な応急対応ではなく、被災地と長期的に関わる「関係人口」の創出・拡大が求められている。滞在拠点の整備や仕事創出、子育て環境の改善など、地域活性化とも連動した取り組みが議論され始めている。
また、過酷な状況のため初動対応でハードルが高かった今回の支援は、新規参加者を呼び込みにくくしたのではと上島さんは推察する。
「以前の大規模災害では、初動で多くの人が関わり、その経験者が次のボランティアを呼び込む好循環がありました。しかし今回は長距離移動や水道や電気などのインフラ不備、厳しい雪や冬の寒さなど複合的な要因で、初めの一歩を踏み出すこと自体が難しかったのではないかと思います」
ボランティアへの肯定的なポストの少なさ
ボランティア不足を取り巻く背景には、SNS上の投稿でも顕著な傾向があったという。災害研究を行う福山市立大学講師の宮前良平さん(社会心理学)は、能登半島地震発生直後の約2週間、X(旧Twitter)上のボランティア関連投稿を分析した結果*1をこう語る。
「過去の災害と比較して、ボランティアを肯定的に捉える投稿が全国的には極めて少なかったんです。一方で、被災地からの投稿に限ると『助かりました』『ありがとう』といった肯定的な声がたくさん上がっていましたが、そうした肯定的な声が全国的に共有・拡散されにくい状況がありました。通常、災害が起こると現地で活動するボランティアの情報が発信されて、それが広まっていく形でボランティアに行く機運醸成がされますが、今回はそういった広がりがあまり見られなかったことが特徴かと思います」
さらに宮前さんは「正しいボランティア」像にとらわれすぎないことが大切だと話す。
「今回、道路の寸断で現地に行くことが難しかったり、初動の受け入れを石川県で一本化したりしたことで人数の枠が限られてしまったこともあり、特に自己完結で復旧活動に取り組める"正しいボランティア"だけが参加できるような印象が広がってしまったように思います。でも、家の片付けにきたとしても、片付けよりもまずはじっくり被災者の話を聞くことが求められる場合もあります。そういった柔軟に対応できることが、ボランティアの良さだと思います。『正しい』ボランティア像にとらわれるのではなく、より多様な関わり方があることを意識できればと思います。受け入れ方も、社会福祉協議会開設のボランティアセンターだけではなく、様々な民間団体もボランティアを受け入れています。そういった団体に寄付をしたり、情報を受け取ったり、平時から関係を持っておくことも大事かと思います」
あたかも「正しいボランティア」の形があるというイメージが広がってしまったことが、SNS上での肯定的な意見の減少にもつながっているのかもしれない。
*1宮前良平(2024) 令和6年能登半島地震発災初期におけるXでのボランティア言説の検討.自然災害科学.43(3), 551-560.
平時からの連携強化で「有事に動ける」仕組みを
気候変動の影響で大規模災害が頻発する中、一般社団法人「災害時緊急支援プラットフォーム(PEAD)」は、全国規模での持続的なボランティア派遣モデルづくりを進めている。IT企業経営者や投資家を中心として、平時から訓練や行政との連携を重ねた結果、今回の能登半島地震でも早期に現地入りし、浄水器設置など柔軟な支援を展開できた。
「行政は公平性が求められ、個別事情に踏み込みづらい面があります。民間の柔軟なネットワークを平時から築くことで、有事には機動的な対応が可能になると考えています」とPEAD事務局長の岡田隆太朗さんは話す。
「人が人を動かす」 ボランティアがもたらす心の再生効果
被災地では、ボランティアが単なる労働力以上の存在であることを実感している。輪島市の坂口茂市長は、「普段あまり見かけない若い人や外部の人が訪れることで、町に活気が戻る」と強調する。
「家の中がきれいになるだけでなく、心が軽くなったと被災者から聞きました。作業中に音楽を流したり、片付けた後に家にあったピアノで一緒に歌ったりすることで、笑顔が生まれる。また、水害で店を畳もうとしていた人が、ボランティアの励ましで再開を決意する例もあります。人が人によって動かされる、その力を強く感じます」
震災から1年が経った今も、被災地では避難所生活を余儀なくされる住民や、人手不足を抱える現場が少なくない。災害ボランティアが果たす多面的な価値を再認識し、その支援体制を強化することは、能登だけでなく、今後増えるであろう災害に備える日本社会全体への課題と言える。
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協力
一般社団法人 災害時緊急支援プラットフォーム(PEAD)
一般社団法人 ピースボート災害支援センター(PBV)
輪島市社会福祉協議会
輪島市
一般社団法人 能登官民連携復興センター