いちごを365日収穫できる植物工場? 日本の技術で世界の農業に新たなスタンダードを #豊かな未来を創る人
世界で一番セレブが集まるともいわれる街ニューヨークで、日本の高品質ないちごやトマトを販売するOishii Farm Corporation(以下、Oishii Farm)。天候や季節、地域に左右されない農業ができる「植物工場」を手掛けるスタートアップ企業として、アメリカを中心に今注目を集めています。サステナブルなソリューションとして期待されるこの技術は、世界の農業と食の未来を大きく変えようとしています。「私たち自身が日本にあるものの価値に目を向け、それを再評価して発信することが重要」と語るOishii Farm共同創業者兼CEOの古賀 大貴さんに、日本のモノの価値に注目する理由や、植物工場の事業ができた背景、Oishii Farmの軌跡とこれからについて伺いました。
古賀 大貴
Oishii Farm共同創業者兼CEO。1986年に東京で生まれ、少年時代を欧米で過ごし、帰国。慶應義塾大学を卒業後、コンサルティングファームを経て、UCバークレーでのMBA取得のために渡米。「日本のもので世界を驚かせたい」という長年の想いから、日本の農業技術と工業技術を活かした植物工場領域で、起業を決意。2016年に、COOのBrendanと共にOishii Farmを設立する。高品質な農作物を生産すると共に、サステナブルな農業の実現と、日本の技術を基盤とした新たな世界産業の創出に挑戦している。
農業で世界を驚かす。事業の原点と現在地
── 230億円の資金調達や、世界最大級の植物工場「メガファーム」をニュージャージー州で稼働させるなど、2024年には大きな動きがあったかと思います。改めて植物工場について教えてください。
Oishii Farmはニューヨークを拠点に植物工場を運営し、いちごとトマトを栽培しています。植物工場では、太陽光が一切入らない完全閉鎖型の室内で、LEDや空調設備で環境をコントロールして農作物を育てています。これにより、外の気候に左右されることなく、一年中安定した農作物の生産が可能です。
以前までは、植物工場で育てる農作物はレタスなどの葉物野菜が一般的で、いちごなどの果菜類の栽培は難しいといわれてきました。なぜなら、受粉に必要なハチを、工場の中で飛ばしたり管理したりすることが非常に難しいからです。
しかし私たちは、植物工場内での精度の高いハチ受粉の技術を確立しました。これにより、栽培期間が長く、安定した生産が特に難しいとされるいちごを世界で初めて量産・収益化することに成功しました。さらに、可動式の棚や自動収穫ロボット、画像認識技術やAIを活用することで、効率的なオペレーションも構築しています。
この植物工場の技術を使えば、天候や風土、労働力不足に左右されず、安定的かつサステナブルに野菜や果物を生産し、手頃な価格で提供することが可能です。これによって、農業と食糧危機の課題を解決することを目指しています。
── 10月には、日本の首都圏に世界最先端の植物工場の研究開発拠点「オープンイノベーションセンター」を2025年内に設立することを発表されましたが、なぜ日本に拠点を置くことにしたのですか?
植物工場は、ビニールハウスなどの施設で作物を栽培する「施設園芸」と「工業」が融合した技術といえます。この研究開発においては、両方の技術が発展している日本が適していると考えているからです。
実は、施設園芸技術を持っているのは、世界でも日本とオランダくらいなんです。農業大国であるアメリカやフランスは基本的に屋外の農業しかしておらず、施設園芸に関する技術が発展していません。
さらに、植物工場に必要な工業である空調やセンサー、水まわり、LEDといった技術も日本が得意とする領域です。そのため、施設園芸と工業の技術の両方が揃っている日本で研究開発をするのが良いというのは、以前から分かっていたことでした。
しかし、小さなベンチャー企業として最初から拠点を複数持つことはできず、新鮮で美味しい農産物が手に入りにくい、市場として最適なニューヨークでこの会社を創業しました。ようやくこの2024年でビジネスが軌道に乗り始めたり、チームが大きくなったりして。ニューヨークと日本の2拠点で事業ができそうな見込みが立ったので、満を持して日本にオープンイノベーションセンターを設立することにしました。
── 日本の技術を武器にした事業を立ち上げることにした原点は、何だったのでしょうか。
原点は中学生の頃にさかのぼります。僕は幼少期、両親の仕事の都合で海外に住んでいました。その時に通っていたインターナショナルスクールには、50か国以上から生徒が来ていたにもかかわらず、日本を知らない子はいなかったんですよ。日本のアニメや電化製品、自動車などが浸透していて、国そのものに良い印象を持っている子がたくさんいました。
その後、中学生になる頃に日本へ戻ってきたのですが、当時は「失われた20年」の真っ只中。「このままでは日本は沈みゆく船だ」と、悲観的なニュースにあふれていたんです。
日本は世界的に見るとものすごくブランド力が高く、日本のものというだけで「いいものに違いない」「クールだ」と思ってもらえる。そんな有利な立場にあるのに、国の外に目を向けずに「もう駄目だ」と言っていることが非常に勿体なく感じられて、まだチャンスがたくさんあるはずだと幼いながらに思ったんです。その時から「日本人に生まれたからには、日本の良いもので世界を驚かせたい」と考えるようになりました。
── それを実現させる手段を模索するために、新卒ではコンサルティング業界に就職され、数百のビジネスアイデアを考えたとか。その中でもどのような点で農業にチャンスがあると考えたのでしょうか?
以前まで、農業は法律の関係で企業はビジネス参入ができない産業でした。しかし、日本の経済が弱まっていく中で、農産業が崩壊することは目に見えている。となると、いずれ農業はパブリックセクターからプライベートセクターに移り変わり、企業によるビジネスができる産業になるだろうと考えました。
また、農業は人間が生きている限りなくならない産業ですし、日本の作物の品質が世界的に高いことも理解していたので、チャンスがたくさんありそうな産業だと思ったんです。
幸い、農業は他の産業と比べて構造がシンプルなんですよね。門外漢でも一生懸命やればそれなりに分かるようになる産業なので、まだほとんどのビジネスが参入していない有利な状況で何か面白いことができるんじゃないかと考えました。
門外漢だったからこそ覆せた「当たり前」
── 会社員をしながら学校に通って農業の知識を身につけた後、MBA取得のために渡米。現地で2016年に今の会社を立ち上げられました。新たな発想や技術的な知見が必要となる植物工場のビジネスは、どのように構築されたのでしょうか。
極端な話ですが、イーロン・マスク氏も自動車作り自体を職業としてきたわけではないですよね。でも、世界中の自動車会社の人たちが絶対に無理だと言った電気自動車の販売を成功させ、今や世の中の主流にもなりつつあるわけです。つまり、その産業における常識にとらわれない門外漢だったからこそ、原理原則で考えることができたことが成功につながったのだと思います。
それと似ていて、僕はコンサルタントとして培ったロジカルシンキングをもとに、コストがかかるから成立しないと言われている植物工場が「どういう前提条件のもとでそう言われているのだろうか」とゼロベースで考えたんです。
例えば、一般的な農業と全く同じ条件でしか生産・販売できない、同じ生産性しか達成できないといった前提条件であれば、高額な初期投資と電気代がかかるために既存の農業よりも安くなることはありえません。
でも、実際はどうでしょうか。常識から外れて原理原則にもとづいて考えてみました。例えば、植物工場なら季節に左右されずに農作物を育てることができるので、既存農業では一定の時期にしか収穫できないいちごを、12か月間連続的に収穫できたら生産性が何倍にもなるのではないか。植物工場でハチによる受粉ができたら、データの活用によって受粉の成功率を上げることができ、同じコストでも収穫量が増えるのではないか。となると、コストがかかっても生産性が高ければ1パックあたりの値段は従来と同じくらいになり、理論上は植物工場が成立するはずだ。
このように、常識ではなくロジカルに考えてきたことで、現在の植物工場の事業が形作られてきました。
── そうして事業を作り上げてきた中で、一番大変なことは何でしたか?
起業してから大変なことはたくさんありましたが、大変だったという感覚があまりないんですよね。事業を営むうえで発生する問題やプレッシャーで寝られない日もありますが、これ以上ない充実感を感じていて、人生においてこれ以上楽しいことはないと思うほど楽しいんです。
しいて言えば、起業に至るまでの間、事業について話をしたほとんどの人から「絶対に失敗するからやめろ」と言われたことです。起業の経験がある人も尊敬していたMBAの教授もみんな大反対するので、さすがに僕も「無理なのかな」と思った瞬間がありました。そこで抱いた不安を振り切って起業することが、これまでで最大のハードルだった気がします。
── 「これ以上にないぐらい楽しい」というのは、どんなところで感じていますか?
そもそも、天才でもなんでもない僕が、今後100兆円規模の産業になるかもしれない産業の最前線で、世界中の人に協力してもらいながら、フロンティアに挑戦させてもらっていること自体がもう二度とない奇跡的な機会だと思うんです。
この産業において日本がたまたま最先端の技術開発をしていて、その時僕が日本でコンサルタントをしていたために、産業の状況が見えていた。加えて、これからこの技術で世界を獲ろうと思った時に、施設園芸と工業の両方を得意とする日本を祖国とする僕は、世界中の起業家に比べて圧倒的に優位なポジションにいるわけです。しかも、日本では僕たちのビジネスの領域をサポートしてくださる機運も高まっていると。あらゆる物事とタイミングが奇跡的に噛み合って、追い風になっていると感じるんですよね。そんな中で人生をかけて今この事業をできていること自体、すごくわくわくしています。
また、日々いちごが農場から出荷されて、何千人、何万人もの外国人が食べてくれて、「こんなに美味しいいちごは初めて食べた」とSNSに投稿してくれるんですよ。これはコンサルタント時代には味わったことのない、何事にも代え難い商いの喜びだと感じます。
農業をアップデートする植物工場が抱える課題
── 農業のあり方を変えていくにあたり、どんなところに課題を感じていますか?
弊社の事業においては、需要に対して供給が全く追いついていないので、工場をどんどん増やしていかなければならないことが大きな課題です。アメリカには約6万店ものスーパーマーケットがあると言われているのですが、そのうち約250店舗にしかまだ供給できてないんですね。
それでも作ったものが売り切れてしまうので、ほかのスーパーマーケットの発注を毎日お断りする状態が続いています。生産のキャパシティを増やさなければ売り先を増やせないので、とにかく早く工場を建てていかなければならないのが現状です。
そして、植物工場の業界全体としては、果物や野菜以外の農作物のロードマップを描けていないことが課題だと考えています。米や小麦を植物工場で作っても、既存農業で作ったものの方が圧倒的に安いため、現実的ではないのです。しかし、本当の意味で農業をアップデートするには、米や小麦といった主食となる作物も植物工場でまかなえるようにならなければなりません。
現在、植物工場で米や小麦をまかなえるようになるのは非常に厳しいと言われています。しかし、僕はそれに対して自分なりの明確な解を持っていて、あと20~30年ほどで実現できると思っているんですね。そして50年後ぐらいには、子どもたちが「昔は外で太陽光を使って野菜を育てていたの?」と言うような時代が訪れるのではないかと考えています。
世界中の誰もが、当たり前に食べられる未来へ
── 農業のアップデートにおいて、Oishii Farmはどのような役割を担っていると考えていますか?
中にいると気がつかないのですが、日本には世界中の美味しいものが集まっているんですよ。世界一お金持ちが集まるニューヨークではどんなにお金を払っても、新鮮で美味しい野菜は手に入りません。同じ作物でも、地域の違いによって価格に大きな差が生まれる産業なので、それを是正していくことが私たちの役割の一つであると考えています。
また、何でも最初のうちは必要な備品が高く、コストを下げられるようになるまでは時間がかかるんですね。それは植物工場も同じです。だから、私たちはコストが下がるまでの間、植物工場というビジネスが生きながらえるための時間稼ぎをする役割も担っていると思います。Oishii Farmは、差別化された商品を作って高価格帯で販売することで、コストが下がるまでの間、植物工場がビジネスとして成立する期間を延ばしていくことができるビジネスモデルだと考えています。
── 事業が成長した先で、どのような未来を思い描いていますか。
10年、20年先の未来では、世界中のスーパーの棚に日本の高品質な美味しい野菜や果物が並び、寿司やラーメンだけでなく野菜や果物も「日本のものが一番いいよね」と言われるような社会を作りたいですね。
そして、もっと先の未来で私たちが最終的なゴールとしているのが、世界中の誰もが今よりも安い値段で今よりも圧倒的に美味しいものを一年中食べることができる未来です。数十年先、エネルギーコストはほとんどかからなくなると思うので、そのうえで完全自動化ができると、世界中の人たちに向けて非常に安いコストでさまざまな農作物を提供できるようになります。
果物や野菜に加え、最終的には米や小麦も一年中安定して収穫することができるようになり、お金持ちでなくとも当たり前にみんなが手に入れられる。そうして世界中の人が、美味しくて新鮮なものを十分に食べられるような社会こそ、この植物工場が最終的に目指す未来の姿です。
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文 安藤ショウカ
取材・編集 木村和歌菜
写真提供 Oishii Farm Corporation