「雪がなくなったら、全員負け」? 雪国発、私たちの未来を守るアクション
昨年10月、北海道と長野県の新聞広告にある刺激的なキャッチコピーが掲載されました。
「雪がなくなったら、全員負け。」
この広告を発信したのは、世界的にも有名なスノーリゾート「HAKUBA VALLEY」を拠点に活動する環境団体「POW JAPAN」(長野県大町市)。
同団体は多くのプロスキーヤー、スノーボーダーが参加するスノーコミュニティ発の環境団体で、環境教育や気候変動問題に取り組む仲間づくり、スノーリゾートや周辺地域のゼロカーボン推進に取り組んでいます。また気候変動対策を政策レベルでも進めるため、コミュニティとともに国の政策に対しても働きかけています。
今回の広告は政府が進める「エネルギー基本計画」が2024年度中に固まるのを前に、社会の関心を集めるために出されたもの。同時に、スキー場やアウトドアブランドなど177の企業や団体の賛同を得る形でまとめた気候・エネルギー政策への提言書も発表しています。
気候変動は猛暑や未曾有の自然災害といったかたちで、私たちの暮らしに直接影響を及ぼしているのが現状。地球の平均気温の上昇を抑えるために行動できる時間は限られていると言われますが、「タイムリミット」が刻一刻と近付いてくるなかで、同団体はどのように健やかな地球の未来を築こうとしているのでしょうか?
事務局の中心メンバーである髙田翔太郎さんと鈴木瞳さんに、社会に働きかけるこの活動への思いを聞きました。
髙田翔太郎/POW JAPAN事務局長
北海道札幌市生まれ、長野県大町市在住。大学生のときにアウトドア用品メーカー「パタゴニア」で働き始めたことから、公私共にアウトドアどっぷりの20代を過ごす。30代になると、サステナブルな生活のヒントを求め、ニュージランドやタスマニアに旅立つ。帰国後、縁があってPOW JAPANの立ち上げに関わる。農のある暮らしを実践中。
鈴木瞳/POW JAPAN事務局スタッフ
神奈川県藤沢市出身、長野県大町市在住。「もっと自然に近い場所で暮らしてみたい」と思っていたころ、POW JAPANとの出会いを機に長野県へ移住。スキーや山登りなどの自然遊びを楽しみ、畑やお米づくりを実践しながら自然のリズムに近い暮らしを目指している。
先に「気付いた」から、伝えたい
── 今日はよろしくお願いします。まず、話題を集めた広告「雪がなくなったら、全員負け」を発信した背景からお聞きしたいです。
高田
広告を出した理由はふたつあります。まずひとつは明らかに雪が減っていることに対する危機感です。このまま雪不足が進めば日本のウインタースポーツや冬の観光がなくなりかねない懸念があります。それはこれまでに築き上げてきた地域経済、産業、文化が持続できなくなることを意味します。
もうひとつは、今が変化を起こす重要なタイミングだったからです。実は今、日本の気候変動対策として非常に重要な「第七次エネルギー基本計画(*1)」が国で議論されています。それは今年度中に決まる予定の計画であり、より多くの社会的関心を集める必要がありました。
── 気候変動が進むと、冬の観光には具体的にどのような影響があるのでしょうか?
高田
これはフランスの研究ですが、2100年頃に1.5~2度の気温増加でフランス全体のスキー場の60%のコースが滑走不可能、4度の気温増加で90%が不可能になる(※)と言われています。日本においても近いことが言えるでしょう。
高田
スキー場が閉鎖されれば、そこに関係する多くの人たちが職を失います。また、冬の観光が基幹産業になっている地域では、人を呼び込めなくなることで地域経済も衰退する可能性があります。
高田
ただし今の時点で、将来の環境変化が地域に与える影響をイメージすることは簡単ではありません。また、日本人は多くの自然災害と共に生きてきた歴史のなかで、環境の変化を受け入れて、柔軟に対応してきました。それは素晴らしいことですが、すべてはお天道様が決める、といった自然観が気候変動に対する世界との認識の差を生んでいるところはあると思います。
── POWさんの活動はそうした人たちに早く「気付いてもらう」ことでもあると。
高田
仰る通りです。その上で行動に結びつけてもらうところまでを目指したい。危機感の認識にはグラデーションがあって、強く認識している人たちというのは、例えばスキー場の関係者であったり、農業や漁業など一次産業に関わっている方々、あるいは僕らのようにアウトドアのフィールドで日頃から遊んでいる人たちだと思っています。
僕らはいち早く気付いていることを、社会に広く伝える重要な役割を担っていると考えていて、今回の広告ではその思いを自分たちなりの言葉で表現させてもらった次第です。
私たちの遊び場を、サステナブルでグリーンに
── POWさんは元々アメリカのスノーコミュニティから立ち上がった経緯がありますよね(*2)。現場視点ではいつ頃から危機感があったんですか?
高田
これは地域差があるところだと思うんですが、我々が立ち上がった2019年シーズンがまさに少雪で、全国のスキーエリアに大きなインパクトを残しました。実際にスキー場のある多くの街で黒いアスファルトの地面が露出しているような状況が見られたんです。
もちろんそれ以前からも雪不足の問題はあり、日本だと特に西日本のスキー場や標高の低いスキー場はその影響が深刻です。営業日数の短縮やコースの縮小だけでなく、廃業に追い込まれたスキー場もたくさんあります。僕たちと関わりの深い白馬はインバウンドのお客さんを呼び込むことができていますが、雪が降らなくなるようであれば、将来的な影響は出てくるでしょう。
スキー、観光産業に支えられる地域では、、観光のお客さんが来なくなれば地域経済が衰退することは避けられません。スキーエリアというのは、スキー場だけで回っているものではなくて、ホテルや飲食店、土産物屋などあらゆる観光産業と結びついてます。だからこそ、スキー・観光地においては気候変動を地域一体で考えていくべきだと思っています。
── 雪が降らなくなったらそれこそすべてが終わり、という事態になりかねないと。スキー場はこれからどのように行動していくことが望ましいと考えますか?
高田
気候変動の影響を真っ先に受ける存在としての主体的な発信や取り組みがスキー場においては必要だと考えます。また、その取り組みの中での行政や地域との連携は欠かせません。
ひとつ事例としてお伝えしたいのが、野沢温泉スキー場の取り組みです。2025年の4月に野沢温泉スキー場で小規模な水力発電が稼働します。スキー場内を流れる沢に発電設備を設置したもので、そこで発電した電気はゴンドラのベースセンターで使われます。スキー場が環境負荷の高い火力発電による電力利用をやめて、自らつくった再生可能エネルギーでの自給を目指すという取り組みです。
この小水力発電所は野沢温泉村が建設し、その管理、運用をスキー場が担うと聞いています。野沢温泉村では他にも再エネ発電事業に取り組んでいますが、スキー場が関わり、多くの利用者に発信できるこのケースは、PRの効果も絶大のようです。スキー場が自分ごととして取り組みを発信する、その当事者性もポイントだと思います。
── スキー場が変わることが大事なんですね。POWとしては、どのようにスキー場に働きかけているんですか?
鈴木
POWは2023年度から「サステナブル・リゾート・アライアンス」という取り組みを始めています。これは脱炭素化やサステナブル化など環境に配慮した持続可能な運営を目指すスキー場のネットワークで、2024年12月現在、全国37のスキー場が加盟してくださっています。
環境に配慮した経営に意欲があっても何をしたらいいのか分からないというスキー場さんは多く、POWはその実現に向けたサポートをさまざまなかたちで行っています。そのひとつがグリーンなスキー場のための「サステナブル・リゾート・ハンドブック」の提供です。
鈴木
これはスキー場が新たな一歩を踏み出せることを目指してつくったもので、環境配慮型のスキー場経営のノウハウを詰め込んでいます。単なる事例集ではなく、どのような考え方でどう行動すればいいのか、"HOW"の部分をできるだけ詳細にお伝えするようにしているのが特徴です。オンラインセミナーも行っていて、このハンドブックをきっかけに実際に行動に移してくださったスキー場さんも少なくありません。
── どのような実例があるのでしょうか?
鈴木
まず、環境への配慮とビジネスとしての成功の両立が重要です。そこで取り組んで欲しいと私たちが考えるのは、環境対策に向けた社内リソースの配分です。
白馬村にある八方尾根スキー場はこの点で非常に意欲的に取り組んでくださって、社内に環境対策を専門に行う「SDGsマーケティング部門」を創設されました。これは国内のスキー場でも例のない先進的な取り組みです。
環境対策をどこまで実践できるかというのはスキー場の資本力にもよるところがありますが、POWが2022年に滑り手を対象に行った意識調査では、91.5%の人が「気候変動対策に積極的なスキー場を利用したい」と回答していました。気候変動対策に積極的であるかどうかが、顧客のエンゲージも高めると言ってもいいのではないでしょうか。
鈴木
このほか、私たちがハンドブックで提案しているアクションには「アドボカシー政策関与」というものがあります。これは気候変動の影響をビジネスとして直接受けるスキー場が、スキー産業として政策に声を届け、働きかけることを目指していて、実践例としては、先の新聞広告と連動するかたちで発表した提言書の存在があります。
この提言書は八方尾根スキー場と野沢温泉スキー場、かたしな高原スキー場をはじめ、自治体の首長やアウトドア関連企業などが連名で発表したもので、記者会見を開いてそれぞれの代表者が将来に雪を残すために社会・政治の変化が必要だということを訴えました。
── 非常に意義深い取り組みですね。反響はどうだったのでしょうか?
鈴木
記者会見には多くのメディアが集まってくださって、私たちが考えていたよりも世間の関心が高い取り組みであることを実感しました。
スキー場にとって雪がないということは、ネガティブなプロモーションになりかねません。それでも今、声を上げなければ未来がないという思いで発信してくださったことにはとてもインパクトがありました。
提言書は2024年12月の時点で、すでに20名を超える国会議員へ手渡しています。これもPOW事務局だけでなく、スキー場やブランドの代表者、また全国の滑り手やアウトドアを愛するの有志の皆さんが協力してくれて実現できました。当事者の切実な思いが、国の積極的なエネルギー計画の策定につながっていくことを願っています。
「クール」な選択肢を
── POWがスキー場と連携して行っている新しいプログラムにはどのようなものがありますか?
高田
2024年から「POWチケット」というものを始めました。これは通常のリフト券にスキー場へのドネーション分をプラスした特別なチケットです。例えば5万円のシーズン券であれば、それを5万1000円で販売する。その1000円分はスキー場のサステナブルな取り組み、ゼロカーボンにつながる取り組みの資金として使われます。
高田
これはもともとアメリカのスキー場で採用されていた仕組みです。アメリカではこのドネーション分がスキー場の直接的な取り組みというより、地域で活動する環境団体への寄付や、教育関係の資金に充てられることが多いようです。我々はそこにスキー場の環境への取り組みを応援するという視点を取り入れているのが特徴です。現時点では長野と新潟にある7つのスキー場で採用してもらっています。
── 面白いですね。売れ行きの方はどうなんでしょうか?
高田
実はこれ、昨シーズンに試験販売をしているんですが、そのときはあまり売れなかったんです。まだ日本にはドネーション文化が広まっていないのか、仕組みに課題があったのか、など検討を重ねましたが、、今シーズンは白馬のスキー場に関して言えば、3割弱の方々がPOWチケットを選ばれていると聞いてます。
受け入れてもらえた理由として、スペシャルなデザインにするなどの細かな工夫もありましたが、おそらく2024年からシーズン券に紐づけたことが大きかったのかなと思っています。シーズン券を買う人は、そのスキー場に愛着を持っているエンゲージメントの高い人が多い。これまでの環境の取り組みも知っているはず。コアなファンから情報が拡散されていくことに期待したいです。
── このチケットは「選べる」というのがひとつのポイントになっているように思います。
高田
そうですね。強制的に払わないといけないということだったらハレーションが起きそうですが、「こういうのもありますけどどうですか?」というかたちで選択肢を提案すれば、それなりに受け入れてもらえる社会になってきているように思います。
高田
これはいろんなかたちで取り入れることができる仕組みで、例えば海外からの観光客にカーボンオフセットのようなチケットを提供するというのもひとつの手なんじゃないかと。今、白馬にもたくさんの海外からの観光客が来ていますが、日本に来るまでに相当量のCO2を排出しています。それは日本人が日本のスキー場に足を運ぶのとは比べものにならないレベルです。
── なるほど。環境負荷に対する負担を求めるということですね。
高田
はい。ただ一方的に外国人の方々から徴収するというようなかたちはよくないと思っています。海外からのゲストに、地域の経済が支えられている側面もあります。。ですから、あくまでも任意で「これは私たちが払った方がいい、払いたい」と思ってもらえるようなかたちを提案する必要があります。
あなたからのドネーションがこの環境をどのように改善するのか、ということをちゃんと説明して、「なるほど、こっちのチケットの方がクールだから買いたい!」と思ってもらえるようにしないといけないなと思っています。
きっかけは「近く」にある
── 最後に、おふたりがPOWの取り組みに尽力されている動機について教えてください。
高田
端的に言えば、目の前に気候変動という問題があったからです。僕はサーフィンもするし、スノーボードもするし、畑や田んぼもやる。とにかく自然の中で多くの時間を過ごしています。これからもずっと自然の中で遊びたいと思うんですが、気候変動が進めばこれまでのようにはいかなくなる可能性が高い。シンプルにそれはいやだなと。
冬になり毎日滑る生活が始まり、スノーボード(スキーも)は最高だな、と再確認しています。この素晴らしい文化を発展させたり、未来に繋いでいくために、仲間たちも様々なアプローチをしています。
じゃあ自分にはどんなアクションができるかといったときに、僕には環境というテーマがあり、この団体の立ち上げに縁があったんです。ヒッピーのようなスタイルで、社会のシステムと距離を置き、環境へのインパクトを抑えるライフスタイルを送るやり方もある。けれど、広く世の中に働きかけながら社会の変化を目指すチャンスを与えられた以上、このテーマで自分にできることをやってみたいなと。
鈴木
私は学生時代から環境問題を含む世界中で起こる問題に触れ、そのなかで人間の行き過ぎた行動が地球環境にさまざまな影響を与えているということを知りました。けれど、正直ブラックボックス過ぎて何ができるのか分からない......みたいな気持ちもあって。どうせなら、ポジティブに、みんながいいね!と言えるような雰囲気で、社会に仕掛けていきたいと思っていたんです。
そんなあるときにPOWの存在を知って。自分たちの愛するフィールドを守るために社会に働きかける、遊び場が自然にとってポジティブであるように考えて取り組むって、とても前向きで、クールだなって。活動を続けるほどに、自然を愛する私たちだからこそできることだと実感しています。
高田
よくPOWってどんな活動をしてるんですか?と聞かれますが、僕は気候変動の解決とは言わず、気候変動を解決できる社会をつくるために、自分たちの立場から活動してます、と話しています。スノーコミュニティに差し迫る問題が「滑れなくなること」だから、気候変動の問題に声を上げている。それが結果的に、多くの問題を抱えるこの社会を少しでもよくすることにつながればいいなという思いです。
── 等身大で誠実なあり方ですね。ただ、気候変動の問題は非常に大きなものです。立ち向かうことに対して、無力感を感じることはありませんか?
高田
無力感というのは、自分が関われない、影響を与えられないからこそ生まれる感情だと思います。大切なのは、身近な自分ごとの事柄と大きな問題の繋がりを意識してみる。自分たちは今、政治に働きかけるなどにも取り組んでいますが、すべてのきっかけはこれまで送ってきたライフスタイルや、その環境の中にあります。僕らのような存在でもここまで社会に影響を与えられるんだよ、ということを示せるように頑張っていきたいですね。
鈴木
私たちの活動が「気候変動を止める」ということに直結するかは正直わかりません。人間が自然の変化をコントロールすることはできない。しかし、少なくとも自然の恩恵を受ける私たちは、自然とともにあるために、よりベターな選択と行動をしていくことができるはず。それは結果的に自然にとっても、人や暮らし、経済にとっても、健やかで、真の意味で持続可能に繋がると信じています。
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取材・執筆根岸達朗
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撮影小林直博