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雪崩は必要なもの!? 「雪崩管理者」に聞く雪崩の役割と、自然環境の変化

雪山

「雪崩管理者」という職業があることを知っていますか?

長野県・白馬をベースに活動する森山建吾さんは、白馬八方尾根スキー場で7年ほど「雪崩管理者」として従事。現在はスキー場の雪崩管理のアドバイザーや、一般ユーザーに向けた雪崩講習会の開催、雪崩調査など雪崩安全管理のエキスパートです。

森山さん

雪崩の研究を続けるうちに、雪崩は自然の摂理として必要なものだと気づき、雪崩が起きなければ水不足にも繋がると予測する森山さん。

「怖いもの」と思われている雪崩が"必要"とは、一体どういうことなのでしょう。森山さんの取り組みへの想いを探りながら、山の循環について考えてみます。

雪崩のリスクを事前に防ぐ、雪崩管理者という仕事

Asuka Ito
photo:Asuka Ito

── 白馬エリアは外国人ゲストが年々増えていますよね。やはり目的は新雪滑走でしょうか。

そうですね。中心部の八方尾根スキー場では、ハイシーズンはまるで外国のような光景です。世界一とも言われるパウダースノーをスキー場内や近隣で気軽に滑走できるとあって、人気を集めています。日本人にも、ここ10年くらいで新雪を求めて滑るスキーヤー・スノーボーダーが一気に増えました。

── 安全管理といった面では課題が多いのでしょうね。

白馬に限らずですが、雪崩や遭難事故も相次いでいます。スキー場内であっても雪崩は発生するため、雪崩管理を行いコースの安全を確保してからスキー場をオープンするなどの措置を講じています。

── 雪崩管理者はパトロールとは違うのでしょうか。具体的にどんなことをするのですか?

主な仕事のひとつに、早朝に行う雪崩が起きそうな箇所のチェックがあります。その際、危険なところは爆薬を使って人工的に雪崩を起こすことで、雪崩事故を未然に防ぐ活動をしています。パトロールの一員ではあるのですが、僕は雪崩専門という立場で安全管理を行っていますね。

── 作業には危険を伴いそうですね。

そうですね。猛吹雪の中で点火作業をしていて誤爆したという例もあり、ミスをしたら一発で死んでしまう、という大きなリスクがあります。大きな爆薬を使った方が雪崩を起こしやすいのは事実なんですが、その分リスクは高いし、使っても雪崩が起きないこともある。本音を言えば爆薬を使うのは最小限にしたいという気持ちもあります。

Asuka Ito
photo:Asuka Ito

── 実際、爆薬を使って管理することで雪崩事故を防げるようになった感触はありますか?

ありますね。もともと八方尾根はコース外滑走に対して、厳しく取り締まるスキー場でした。しかし外国人の増加もあり、コース外に入る人があまりに多すぎて、取り締まるよりも解放して楽しんでもらおう、と時代のニーズに合わせ方針を転換した背景があるんです。

大前提に良い雪を楽しんでもらいたい、という気持ちがあるので、その分、安全管理を行い、どんどん滑ってもらう。ただどうしても入ってほしくない危険エリアは遠慮してね、と。僕はちょうどその転換期に雪崩管理者として携わるようになりました。完全ということはありませんが、リスク軽減はかなりできていると思います。

── そもそもどうして命の危険を伴う雪崩管理という仕事に就いたのですか?

実は僕、16歳の時に雪山で遭難して死にかけているんです。でも助かった。生かされたんです。だからこれは自分に与えられた使命だと思ってやっています。

── どんな体験だったのか、聞いてもいいですか?

20年前、まだ新雪滑走が注目を集め始めたくらいの時代で、道具も今ほど進化していなかったんです。白馬のあるスキー場で、先輩の持っていた新雪用のスキーを午後に借りて、安易にコース外を滑走したら深い沢にハマってしまって。とにかく雪が深くて、登り返そうにも胸まで埋まるくらいで上がれず。歩いて下るしかないと装備もないまま、重いスキーで深雪をかきわけながら歩いて下っていきました。

2~3時間、歩き続けてスキー場も真っ暗になって、体力も気力も限界がきて。幻聴が聞こえたりして、寝たら楽になるかなと、途中で寝てしまったんですよ。どのくらい眠っていたかわからないけど、急に身体がすごく熱くなって、ハッと目覚めて帰らなきゃ!と再び歩き出したんです。結局、麓の駐車場にたどり着いたのは夜中の2時くらい、その後のことはあまり覚えていません。

── 壮絶な体験ですね......。スキーをもうやめようとはならなかった?

当時、プロスキーヤーを目指していたんです。でもこの体験の後、ものすごく辛くて。その後ハーフパイプで大怪我をするんですが、「ああ、やっとスキーをやめられる」と思いました。

しばらく雪山から離れていたんですが、いろいろな縁で、山岳救助犬を育成することになったんです。八方尾根で働く前は、別のスキー場で山岳救助犬とともに遭難や雪崩の現場で救助活動をしていました。その流れで雪崩管理に携わるようになったんです。

雪崩は自然界にとって必要不可欠なもの

Asuka Ito
photo:Asuka Ito

── スキー場での雪崩管理の他に、森山さんは雪崩の研究者でもあるんですよね。

はい。雪崩の研究に関しては師匠がいて、その先生の教えの影響が強いかもしれません。それまでは、雪崩って怖いし人の命を奪うもの、というマイナスなイメージが強かったんですが、先生から雪崩の役割の話を聞くうちに、雪崩ってすごくポジティブで、必要なものなんだと思うようになりました。先生はよく「雪崩は美味しい」って言っていました。

── 雪崩が美味しい!? どういうことでしょう?

大きい雪崩が起きると、木とかいろんなものをなぎ倒すんです。今まで森だった場所も一掃されたりして、ものすごいパワーなんですね。そうするとなぎ倒された跡地から山菜が新たに生えてきたり、若木が芽吹いてきたりして野生動物が集まってくるんです。雪崩の後に若木の芽をついばんでるカモシカを見て、「雪崩は美味しいか?」とカモシカに問いかける話がとても大好きで。「雪崩は山の幸だ」という先生の言葉は印象的でした。

雪山

── なるほど。他にも雪崩の大切な役割はありますか?

一番は水資源だということです。雪自体が水資源で、冬の間、山にたくさん降った雪が春から少しずつ解けて、山の養分をたっぷり蓄えて、麓の田畑に水を運びます。雪自体、重要な天然のダムなんですが、雪崩が生じた際、その過程で雪が細かく砕かれるんです。雪は砕かれると密度が高くなり、ぎゅっと圧縮されるので解けにくいんですね。

── 雪崩が起きることで水資源が保たれているんですね。自然発生の雪崩も調査するんですか?

基本的には自然発生の雪崩を多く見るようにしています。人が絡む雪崩事故を報道などで知る機会が多いと思いますが、自然界では人知れず雪崩があちこちで起きています。雪崩事故は、人の行動に焦点を当てることが一般的で、人為的な雪崩ばかりを追求していくと、自然の本質から逸れていってしまう気がするんです。自然発生の雪崩は誰も調べないんですが、そこを突き詰めて雪崩の本質にたどり着きたい。

── 雪崩の本質にたどり着くことが事故防止に繋がるという考えでしょうか。

そうですね。雪崩は解明されていないことが非常に多くあって、日本で教わる雪崩論も海外由来のものが多いんです。

でも日本と海外の雪質が違うのはもちろんのこと、北海道と東北でも全然違うし、白馬のなかでも一概には言えず、もっと地域間で話し合われるべきだと思うんです。自然発生の雪崩を多く調べることで、「こういう気象条件の時にはこういう雪崩が起きやすいから気をつけよう」というように地域ごとの雪崩のメカニズムを調査することが重要と考えています。

白馬大雪渓が消失する可能性と私たちの暮らしへの影響

雪山

── 先ほど水資源の話がありましたが、ここ数年、白馬でも自然環境の変化を感じることはありますか?

ものすごくありますね。その象徴的な出来事が白馬大雪渓の通行止めです。

── 夏でも雪の上を歩いて登山できる人気ルートですね。雪解けが進んで2年連続で通行止めとなってしまいました。

僕は2016年から白馬大雪渓の雪の減り方を気にかけています。この年、白馬の名ガイド・降旗義道さんと一緒に大雪渓を上がる機会がありました。その際、何十年とこの山を案内し続けている降旗さんが「こんな雪の少ない大雪渓は見たことがない」とおっしゃったんです。その言葉がすごく印象的で。

自然を捉える時にすごく大切にしていることがあって、たとえば「何十年に一度の大雨」とか「記録史上最高の気温」とか言われるケースでも、1回目はごく稀な出来事だと思うんです。それが2回続くと常態化していくというように捉えています。

それがここ2年、連続で大雪渓が通行止めになりました。同じ時期に定点観測しているのですが、昨年の秋の雪の少なさには言葉を失うほどでした。2016年から10年も経たぬうちに、大雪渓の雪は消え、土砂崩れも起きているような状況です。

雪山
写真提供:森山建吾

── 日本では数少ない万年雪がなくなろうとしているのですね......。

大雪渓の雪は、冬に降り積もった雪が自然雪崩によって沢底に溜まり、夏でも解けずに残っている万年雪なんです。近くには"氷河"として認定される箇所もありますが、白馬大雪渓も昔は氷河だったのではないか、と言われています。

氷河は、数百年から数万年かけて降り積もった雪で形成されるものなので、
下手したら1000年以上前の雪が、今、目の前で消えてゆくということ。これまで自然現象や変化は100年スパンで見ていましたが、100年に一度どころではなく、1000年に一度クラスで、今生きている人類の誰も経験したことのないことが次々に起こる時代に突入していると感じています。

実際、2023年の夏は新潟あたりでも水不足が深刻な問題となっていましたよね。結果、米不足や米の品質低下を招きました。白馬エリアでは、ダムが渇水で水を溜められない状態だったり、山小屋でも水不足の課題が出ています。

でも、これって始まりの出来事でしかないと思っていて。この先、白馬大雪渓がなくなるほどに雪が降り積もらなければ、さらなる水不足は避けられない。雨が降ったとしても、雪のようにゆっくりと流れず、すぐに流れて海に到達してしまうので、雪であることが重要なんです。

森山さん

── 都市部の人々へも影響が出ますよね。

そうですね。水不足=お米や農作物が十分に育たない、ということになるので、野菜の高騰や米不足などがさらに頻繁に起こってくるのではないでしょうか。

── 水不足を防ぐためには、雪崩を人工的に起こすことも必要になってくるかもしれないのでしょうか?

そうなんですよ。今は雪崩事故防止のために人工的に雪崩を起こしていますが、将来的には水不足を避けるために雪崩を起こす必要性が出てくるかもしれません。自然の変化のスピードが本当に早いので、今から将来を予測して動けることは動こうと思っています。

自然に負荷をかけてでも守りたいもの

雪山

── 人工的に雪崩を起こすことは、なんとなく自然の流れに反しているようにも思えてしまいます。その辺りはどうお考えですか?

実は自分がやっていることって、ものすごく自然に対して負担をかけていると思うんです。白馬のコースを解放することだって、外国からお客さんをたくさん誘致して、その飛行機移動にはCO2も排出するし、そういった側面から自然破壊しているという自覚もあります。その分グリーンシーズンは、なるべく自然に負荷をかけずに生きていこうと決めて、たどり着いたのが自然農での米や野菜作りです。

── なるほど。破壊した分の埋め合わせ的な。

はい。無農薬で米作りをするなかで、自然環境の再生を実感しています。1年目はいろんな虫たちが田んぼに戻ってきて、2年目はお米の花が咲いた時にミツバチたちが寄ってきて一生懸命、花粉を集めている姿を見た時に、すごく感動しました。

Kengo Moriyama
写真提供:森山建吾

── 素敵ですね。でもそこまで強い想いがあるのなら、冬も自然に負荷をかけない暮らしに変えようとは思わないですか?

それはないですね。もし自分がやめたら、雪崩による事故で悲しい思いをする人が大勢いるとわかっていますから。自分は先陣を切ってやる立場にあると思っています。

雪崩救助犬の活動をしていた時、数々の遺体捜索の現場を体験しました。見つかるまでずっと待っているご家族と接したり、命を落とされた方と残された方が対面する場面に立ち会ったり。とにかく人の痛みに数多く触れてきて、本当に心苦しかった。だからこそ、事故を減らしたいという想いは人一倍強いかもしれません。

── まさに使命ですね。最後に、今後のビジョンがあればお聞かせください。

この冬から新たに始まるヘリスキーの安全管理に携わることになりました。日本では数少ないですが、ヘリコプターにお客さんを乗せて山の奥地に降ろし、誰もいない一番いい斜面を滑ってもらう究極のアクティビティです。その安全管理に入ってほしいとオファーがあり、ふたつ返事で受けました。

── それこそ、環境への配慮とは真逆のところにある気がするけれども、受けた理由は?

雪が降らなくなってきてるのは明確に感じていて、将来的には標高の高いところでしか滑れなくなると思っています。山の上の方を滑走するとなれば雪崩管理は必須だし、そうなればヘリコプターの力を借りないと無理だと思っていました。それと同時に、ヘリコプターから山を俯瞰できるということは、雪崩調査においても、ものすごくメリットの大きいことなんです。

── 雪崩調査にもヘリが有効ということですね。

ものの1分でも、ものすごい膨大な情報量が自分の目から入ってくるんですよ。ドローンを飛ばせば、と言われることもあるんですが、自分の目で直接見るのとでは大違いで。山を越えた先や、さまざまな角度から自然発生の雪崩の状況を把握できる。数々のデータの蓄積から雪崩予測はより明確にできるようになっていきます。

── こんな言い方でいいかわかりませんが、人の命と向き合ったり、本当にシビアなお仕事なのに、好きでやっているというか、楽しそうですね。

面白いですよ、すごく面白い。自然相手に、さまざまなデータや経験、感覚から予測して、雪の状況が読めたり、いい意味で裏切られたり、いつも発見があり、終わりがない。自然も変化しているから正解もない。変化が早すぎて何が起こるかわからない反面、人類誰もが経験したことのないフェーズに入っていく楽しみや、先頭切って解明していく面白さもありますね。

森山さん

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