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イチゴの安定供給は「ロボット受粉」がカギ? テクノロジーが支える「おいしい」の未来  #豊かな未来を創る人

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記録的な猛暑や担い手不足を背景に、私たちの食卓に欠かせないお米の不足がニュースで取り沙汰されるようになりました。これはお米に限った話ではなく、気候変動や労働人口の減少は、日本の食料生産全体における喫緊の課題となっています。

例えば、ケーキやお菓子など加工用としても一年中需要がある一方、栽培の難しさから供給が不安定になりがちな「イチゴ」。この課題に、ユニークなアプローチで挑むスタートアップがHarvestX株式会社です。

彼らが開発するのは、イチゴの「自動受粉ロボット」。植物工場内での栽培を阻んでいたボトルネックを最先端のロボット技術で解決します。

なぜ受粉なのか。ロボットは農業をどう変えるのか。そして、その先に見据える持続可能な食料生産の未来とは。代表の市川友貴さんに、その事業の核心と、ものづくりへの情熱の源泉を伺いました。

市川 友貴(いちかわ・ゆうき)

HarvestX株式会社 代表取締役CEO。静岡県浜松市出身。幼少期に見たSF映画『アイアンマン』に憧れ、ものづくりの道を志す。中学3年生からプログラミングを始め、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定の高校で3Dプリンターなどを使ったロボット製作に没頭。大学時代に個人事業主として活動する中で農業分野の課題に出会い、起業を決意。東大IPCのアクセラレーションプログラム「1stRound」に採択され、2020年12月にHarvestX株式会社を設立した。

植物工場に"作る仕組み"を提供するメーカー

── HarvestXの事業について教えてください。イチゴの受粉に特化していると伺いましたが、どのような取り組みなのでしょうか。

私たちは、自社でイチゴを作って販売している会社だと誤解されやすいのですが、そうではありません。一言でいうと、イチゴを生産するための"仕組み"をパッケージとして提供しているメーカーです。

そのコア技術が、AIとロボティクスを活用した「自動受粉」です。これまでミツバチなどで行われていた受粉作業をロボットで代替することで、衛生管理が厳しい植物工場内でも高品質なイチゴを通年で作れるようになります。私たちのお客様は、お菓子などの食品メーカー様やスーパーマーケットのような小売業者様、農業法人様などで、そうした企業が自社でイチゴを生産するためのトータルサポートをしています。

自社でイチゴを生産

── すでに企業での導入も始まっていると聞きました。

静岡のお菓子メーカーに導入していただいています。生菓子に使うイチゴの量が、農家さんからの仕入れだけでは足りない分を自社で生産したいというニーズをお持ちでした。もともとライブキッチンとして使っていたスペースが空いたタイミングで私たちの製品にご関心を持っていただき、その場所をイチゴ工場へと転換されています。

私たちは、栽培環境もセットで整備するので、必ずしも植物工場専用の建屋を新設する必要がないことが強みです。静岡のお菓子メーカーのように、使われなくなった既存のスペースや、地方の遊休不動産などを活用してイチゴ生産を始められる。これも特徴の一つです。

イチゴ

植物工場のボトルネック「受粉」をロボットで解決する

── 植物工場というと、レタスのような葉物野菜のイメージが強いのですが、イチゴのような果物となるとあまり聞きません。技術的な難しさがあるのでしょうか。

葉物野菜と違い、果菜類は実をつけるために「受粉」の工程が必要です。通常のハウス栽培ではミツバチを放しますが、閉鎖的な植物工場の中だと、ハチがうまく活動できなかったり、ストレスで死んでしまったりします。その死骸がカビの原因になるなど、衛生面でのリスクも大きい。特に異物混入を避けたい食品メーカー様にとって、虫を使う方法は採用しづらいのが実情でした。

そこで、ミツバチに代わる高度な受粉技術が必要になる。私たちはその課題をロボットで解決しようとしています。

── もともとは収穫ロボットから開発を始められたそうですね。なぜ受粉にフォーカスすることになったのですか?

最初は収穫ロボットからスタートしました。しかし、農家さんの現場は、棚の間隔や地面の硬さなどが一つひとつ異なります。あらゆる環境に対応できる汎用的なロボットを作ろうとすると、非常に高コストになってしまう。これでは、本当に届けたい人に使ってもらえません。

どうすれば事業として成立するかを模索する中で、植物工場を手がける企業の方々と出会い、「受粉こそが自動化のネックになっている」という課題を知りました。衛生管理の観点からロボットによる受粉のニーズは高く、事業化の道筋が見えたんです。

── 受粉ロボットの技術的な難しさはどこにあるのでしょうか?

大きく2点ありました。ひとつは、繊細な花を傷つけずに、いかに適切な強さでアタッチメントを接触させるか。そしてもうひとつが、それを実現するための画像認識技術です。

イチゴの花は、一輪一輪が異なる方向を向いています。ただ二次元的に花の位置を特定するだけでなく、その「傾き」を三次元で正確に認識し、アームを垂直にアプローチさせることが、きれいに受粉させるために不可欠です。この花の向きを画像から高精度に推定する技術が、私たちの特許にもなっている核心部分で、メンバーで試行錯誤を重ねて開発しました。

もう一つの難しさが、ロボットを「安定稼働」させることです。実験で一度動けば良いというものではなく、毎日咲く花に対応し、長期間にわたって安定して動き続けなければ現場では使えません。この品質を実現するために、創業から製品化まで6年ほどかかりました。

受粉ロボット

既存の建物を活用し、農業未経験でも始められるパッケージ

── この仕組みを導入すれば、農業の経験がなくてもイチゴ栽培を始められるのでしょうか。

はい、可能です。栽培の仕組みからノウハウまでをパッケージで提供することで、農業未経験の企業様でもイチゴ生産ができるようになっています。実際に作業する方向けに、収穫や葉を間引く作業などを定めたマニュアルも用意しており、誰がやっても品質を保てる「再現性」を担保しています。

空調設備の工事などが別途必要になる場合はありますが、栽培そのものは私たちの仕組みだけで完結することができます。極端な話、砂漠の真ん中にある建物でも、寒い地域でも、電気と水と空調が動く部屋さえあれば、どんな環境でもイチゴを作ることが可能です。

イチゴの画像

"農家との競合"ではなく"不足分を補う"。共存で目指す持続可能な農業

── ロボットによる自動化は、既存の農家さんの仕事を奪うことにはならないのでしょうか。

農家さんと競合するのではなく、人間の手による農業だけでは応えきれないニーズを植物工場が担う、という棲み分けを考えています。よく誤解されるのですが、農家さんが作っているものを置き換えることではありません。その「不足分」を、年間を通して安定的に作れる仕組みを提供していくことです。

例えば、ショートケーキに使うイチゴは、生クリームとの相性から適度な酸味や硬さが求められますが、生食用の甘い品種が主流になる中で、こうした加工向きの品種は作付面積が減っています。そういった加工用の需要や、夏・秋など市場に出回りにくい時期の需要を、私たちの仕組みでカバーしていく。それによって、日本のイチゴ産業全体に貢献できると考えています。

イチゴの画像

未来の「おいしい」を技術で守る。それが一番ワクワクする

── 市川さんのロボットやものづくりへの興味は、どこから始まったのですか?

原点は、マーベル系のSF映画、特に中学生の時に観た『アイアンマン』です 。主人公がロボット開発者であり経営者でもある姿に、科学的なロマンを感じました 。もう一つ、幼少期に地元のお菓子メーカーの工場見学へ行った経験も大きいですね 。機械が動いて製品ができていく過程を見て、「どういう仕組みでできているんだろう」「どうしたらもっとうまくできるんだろう」と考えるのが好きでした 。

そこから、中学3年生でプログラミングを始め、進学した高校が文科省の「スーパーサイエンスハイスクール」に認定されていた学校で、当時まだ珍しかった3Dプリンターや工作機械に触れる機会に恵まれたんです 。

── 高校時代は、プログラミングの基礎からみっちり学ばれたそうですね。

はい。いきなりプログラムを書くのではなく、論理回路やアルゴリズム、コンピューターがどういう構造で動いているかというアーキテクチャから学びました 。当時は早くプログラムを書きたいと思っていましたが、この基礎があったからこそ、どう書けば最適化できるかという思考が身についた。そしてプログラミングとしての面白さも感じられるようになったんです。

── 大学時代に個人事業主として活動される中で、農業という分野に出会ったきっかけは何だったのでしょうか。

大学の授業は高校で学んだことの復習が多く、時間を持て余してしまって 。自分の経験値を高めようと電機メーカーでアルバイトを始めたのですが、そのうち範囲外の仕事や、大学の先生から実験器具の設計などを頼まれるようになり、個人事業主として請け負うようになりました 。私自身、ロボットに興味はありましたが、それを社会でどう使っていくかはまだまだ模索していたので、様々な分野に触れていたんです 。

その中で、たまたま東大農学部の先生のプロジェクトを手伝ったのが農業との出会いです 。ワイナリーやトマト農園などを訪れる中で、例えば職人のおじいさんが土を掴んだ感覚で水分量を見ているような、素晴らしいけれど次の世代に継承するのが難しい技術を目の当たりにしました 。ここにロボットやコンピューターサイエンスを応用すれば、この国の食料生産に貢献できるのではないかと、やりがいを感じたんです 。

それから知り合いにいちご農家さんを紹介していただき、収穫のロボット、そして受粉ロボットにつながっていきました。

技術は独占しない。未来の「おいしい」を守るために

── 今後の展望について教えてください。

大きく2つあります。ひとつ目は、この自動受粉の技術をイチゴ以外の作物にも応用していくことです 。すでにトマトやリンゴなどの果樹農家さんからも、受粉に苦労されているというご相談をいただいており、この技術をビニールハウスなどでも使えるように拡張していきたいと考えています 。

ふたつ目は、今あるイチゴの生産システムを、より小規模な農業法人さんや農家さんでも導入できるようなコスト感にしていくことです 。例えばトマトの農法が、露地栽培から「オランダ式温室栽培」と呼ばれる手法に変わっていったように、イチゴ栽培も、従来のビニールハウスから、閉鎖空間での生産へとアップデートしていく時期に来ていると感じています 。私たちの技術を広く提供することで、既存の農家さんの収益源を増やすお手伝いにも繋がると信じています 。

イチゴの画像

── 自社で大規模なイチゴ生産に乗り出すのではなく、あくまで技術を提供する「メーカー」という立場にこだわるのですね。

そうですね。私たち自身がイチゴを作って売ることは今のところ考えていません 。私たちの強みは、やはり技術を作るところにあります 。その技術を様々な企業や農業法人、農家さんに広く提供していくことこそが、業界全体を良くし、ひいては世界の食料問題の解決にも繋がっていくはずだと考えています 。

そして、今の美味しい食べ物を未来に残していく技術を作りたいと考えています。自分の名前が歴史に残らなくてもいい。でも、自分の時間を使って開発した技術によって、未来の誰かの「おいしい」が守られる。そこにワクワクを感じています。

  • 取材・文島田龍男

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